第14話 王都への旅2

 スブラン・ドラ・シラムカラ侯爵は、ラーマル侯爵家の客棟に泊まっており、今は当主のサイールに夕食の招待を受けているところだ。


 貴族は皆客棟をもっており、他の貴族が自分の領を通る時はそこに泊める。だが、食事まで準備して迎えるとなると、迎える方の負担が大きすぎる。だから、通常は自分で食料は持ち込んで客棟に備えられている台所を使って自前で勝利をする。


 今回は、シラムカラ侯爵はあらかじめラーマル侯爵に話し合いたいことがあるということで、招待を受けている。

 サイール・ミラ・ラーマル侯爵は56歳、軍人上がりで脳筋タイプであるが豪快かつおおらかな性格である。体躯はそれらしく長身で逞しくていかつい顔付きである。シラムカラ侯爵とは無論付き合いはあるが、それほど親しいわけではない。


 しかし、ラーマルは隣接するミガンスル伯爵から、シラムカラ領およびジュブラン領周辺で起きている、様々な変革の話は聞いており、シラムカラ侯爵の会いたいという申し入れは渡りに船であった。


 ラーマル侯爵家の食堂には、ラーマル家からはラーマル侯爵当人と、その婦人アリーナと長男のハジズ28歳及び2女ザリーシャ17歳が出席して、シラムカラ侯爵と嫡男夫人、孫2人にライが出席している。


 シラムカラ侯爵から、ライのサンダカン帝国との因縁を含んだ説明、及び領と寄子の貴族領で行っている開発計画について、一通りの説明があった。サイール侯爵はライのサンダカン帝国からみの話は正直に言って信じられなかった。


 しかし、その能力とシラムカラ侯爵領とジュブラン領を含む寄子領での開発計画については、ミガンスル伯爵から聞いていることもあって信じざるを得なかった。そうなると、領という事業主で、寄子8家を束ねる立場でもある侯爵がどう、その開発計画に絡むかは大きな関心事である。


「そういうことで、ラーマル侯爵家の皆さんとその寄子領の皆さんへの魔法の処方、肥料当の技術の開示は、無料ではありませんが致しましょう。さらに、すでにお聞きのようですが、現在我が領ではさきほど説明した鉄道の敷設がすでに始まっています。

 これは、近い将来、そう3年以内に王都ラマラまで敷設しますし、その後あるいは並行して、港町であるキシジマまで結ぶつもりです。この鉄道は、ラーマル侯爵領も通りますので、ここから王都まで210リール(420㎞)であれば、8時間ほどで結べます。

 今は急ぎの馬車でも4~5日かかりますので、一部の保存のきくものしか王都に持ち込めないこちらの特産の野菜が、何でも王都に届けられます。我が領の場合の、生肉や牛乳みたいなものです。

 その鉄道については、鉄道のみならず駅という乗り降りする基地も必要なので、工事の規模が大変大きくなります。ですから、我が領のみで建設するのは資金的にも人的にも無理です。

 ですので、少なくとも計画している鉄道沿線の領の家には設立する株式会社の出資者として募っております。無論その中には王家も入っていただく予定です。株式会社とは………」


 シラムカラ侯爵は前置きの上で株式会社の説明をすると、ラーマル侯爵が応じる。

「それは、ぜひ応分の出資をして、その株主にさせていただきたい。それはそれとして、収量が3倍にもなるというその肥料については、来年の作付けにはぜひ間に合わせたい。

 そのためにも、肥料を用意しなければならないようだが、魔法の処方も必要になるわけですな。いずれにせよ、緊急に視察団を出したいが受け入れていただけるでしょうか?さらに、お疲れのところを申し訳ありませんが、効果を確認するうえでもその魔法の処方をお願いしたいところですが?」


 シラムカラ侯爵は柔らかく笑って答える。

「むろん、視察については、今後いろんなところから来られるのを想定して、準備を整えておりますので、留守を預かっている息子のマジカルに連絡していただければ、話が通るようにしております。この点はよろしいですかな」

 彼はラーマル侯爵が「おお、それは有難い。近く私も含めて是非視察したいと思っております」と答えるのを聞いてライを見て言う。

「ライ君、ラーマル侯爵家の方々への処方は宜しいかな?」


「承知しました。しかし、どうせなら、できれば100人以上200人以下でお願いします。急なことで、人を集める都合もあるでしょうから、明日早朝でいかがでしょうか?明日はアーラナ公爵を訪ねる予定ですので、日の出の朝食後にお願いしたのですが」


 ライがラーマル侯爵に申し入れてそのように決まった。

翌朝ライはラーマル侯爵一家の12人を始め、その従士や領兵の幹部を含めて180人について、いつものように処方を施した。また、その中から魔力の強いものを25人のうち22人はジュブラン領に赴き、ライの妹のミーシャをはじめとする手法を他の人に施す手法を学ぶことになった。


 その後、一行はラーマル侯爵家のある町ラーマルを発ち、街道をアーラナ公爵家の領都ミカエルへの道をたどる。しかし、ラーマル侯爵領とアーラナ公爵領の境には小高い山があり、約50㎞もの集落のない地帯が続き、その道は街道の難所にあたる。


 それも特にアーラナ公爵領において、盗賊が出没するといわれている。アーラナ公爵家は、5代前の王家の出身者が立てた家で広大な領地と、70万人に及ぶ領民を養うに足る耕地がある。

 しかし、今のリットン・マズラ・アーラナ公爵は浪費家として名高く、領に重税を課した結果多くの領民が食えなくなって、無住者や盗賊になっていると言われる。


 当然、王国政府からは改善の要求があるが、王室の縁を誇って無視しているのが現状であり、シラムカラ侯爵もアーラナ公爵との協議は難航を予想している。もともと、シラムカラ侯爵は大臣時代には同世代の傲慢でアホなリットン公爵にはうんざりしており、最悪話がつかなければアーラナ公爵領は迂回するつもりもある。


 言ってみれば、王都への街道で最も危険なルートであるが、別にミカエルを通らなくても王都に行く道はあり、最近では多くの商人を含めた旅人は、物騒でしかも領都に入る時に高い入領税を取られるミカエルを回るルートを通らない。しかし、シラムカラ侯爵家は領都に居るアーラナ公爵と会う都合上やむを得ない。


「侯爵、来ましたね。少しばかり規模が大きいようです。カール隊長に伝えます」

 ライが突然侯爵に話しかけ、念話で魔法が使えるので念話ができる護衛隊のカール隊長にも伝える。


「ええと、1㎞ほど先の見晴らしの良い樹上に2人見張りがいます。その下に馬と伝令がそれぞれついています。本体はそのまた500m先の峠へ少し登ったところの樹木の影に大体70人ほどがいて、両側の崖の上に弓兵が30人ほどです。なかなか規模の大きい盗賊団ですね」


 それを聞いて、侯爵が感心して言う。

「ほう、自分の領都への街道にそれだけの盗賊がいるということは、アーラナ公爵は何もやっておらんな。どうやら、領兵が続々盗賊化しているというのは本当だな。盗賊が100人とは国内でも最大かもしれんな」


「お父様、そんなのんきな。100人もの盗賊、それも領兵崩れを私どもの護衛はわずか10騎です。カーリクとリシャーナ、それにライ君もいるのに……」

 リアーナが顔色を変えて言うが、侯爵が笑いとばす。


「ハハハ、連れてきた兵は身体強化ができるようになって十分な訓練をしている。盗賊ごとき、正規兵あがりとしても、10人を楽々相手にできる。それに、このライにはその10人の今回の護衛も敵わん。ライに勝つには一万の兵でもまだ足りんかもしれんな。カーリク!」

 侯爵に呼ばれて8歳のカーリクはビクンと返事をする。

「はい!おじい様」


「よく見ておけ。本物の殺し合いだ。お前も将来この国のために血を流しあうこともあるだろう。今日は幸い怖がることはない。ライは生まれ代わりとは言っても、お前と同じ歳だ。彼の魔法による戦いをよく見ておくのだ」

 言った後、念話も併せて叫ぶ。


「カール!」

 カールが騎馬で馬車に寄って来て応じる。

「はい!御前。これに!」


「荷車からもっていって手槍を使え!弓はライに任せておけ。容赦はするな。盗賊どもはすでに多くの旅人及び領民を殺めておる。こちらも手加減をするほどの余裕はない。殺せ!ためらうな」

 侯爵がきっぱり言う。


「はい!承知しました、御前。殺します」

 それから彼は馬を翻し、後続の荷車に寄り乗っていた職人から槍の束を受け取り、部下を見て首でグイ!と合図する。


 護衛の他の者も受け取っているのは、太さ1㎝程の全鋼鉄製で長さ1.5mほどの手投げ槍10本と長さ2.5mある普通の槍である。これは、騎馬戦で弓を射るのは熟練の技が要る事から、身体強化をしている兵が容易につかえる手投げ槍を飛び道具に、さらに接近戦では槍を主要武器にしている。


 現在は鉄砲は試作段階であり、シラムカラ領内に鉄道を引き終わるころには本格的には配備する予定だ。その2㎏の手投げ槍は身体強化した兵が50mをほぼ必中距離にしており、その威力は普通の革製の鎧を軽々と貫く。なお、この世界では鉄が効果といこと、動きにくいということから鎖帷子はあるが鋼板製の鎧はない。


 10人の護衛は、侯爵の乗った馬車から50mほど先行し、荷馬車は50mほど下がる。見張りから500mまで馬車が進んだ時に、ライは地下水をくみ上げて径10㎝長さ50㎝の氷の砲弾を作って、見張を同時に背中から撃ち落とす。


 2人の見張は背骨を折られて気を失って、またがっていた枝から転げ落ちる。繋いだ馬の傍らに、のんびり寛いでいた2人の伝令役は突然落下してきた見張りに驚いて飛びあがった。 慌てて落ちてきた仲間に駆け寄り、力なく倒れている体を起こそうとするが、そこに同じ氷の砲弾が頭を打ち付ける。その衝撃に頭の骨が折れて氷が食い込みさらに、首の骨をへし折り砲弾は滑って落ちる。


 一人がそのように殺された後、数秒後には他の一人が続いた。馬は一瞬の惨劇にいなないたが、ひとしきり暴れた後、静まってまた草を食い始める。これは、侯爵一家からはむろん見えないが、ライは一部始終を追っている。

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