第13話 王都への旅

 ライは、シラムカラ侯爵と共に馬車に乗っている。むろん、ゴムタイヤでボールベアリング、鋼製ばねで支えられたジュブンラン領謹製の馬車であり、舗装もない悪路であっても耐えられる程度に振動は抑えられている。


 向かい合った座席には、これまたゴムを使ったジュブラン製クッションが、乗っている5人にそれぞれ敷かれている。乗っているのは、外で馬を操っている御者を除けば、2人の大人、侯爵及び義理の嫁であるリアーナ、それに3人の子供、8歳の侯爵の孫のカーリクと6歳のリシャーナそれにライである。


 護衛の騎兵は10騎で、侯爵ほどの身分の護衛としては例外的に少ないが、これも彼らが身体強化を覚えた結果であって、各々の戦力は半月前の彼ら自身の5人分に当たるであろう。

 その上に、ライが魔法使いとして、間違いなく王国随一であり、火魔法、水魔法、風魔法を使えば、100人やそこらの部隊であれば問題なく退けることが可能である。


 さらに、侯爵家の馬車の後には同じ車輪機構の荷馬車が続いていて、沢山の器具が乗せられている。

「お義父様、それにしても、この馬車は素晴らしいですわね。それにこのクッション。私正直に言って、馬車の旅は大嫌いでした。揺れて疲れるし、お尻は痛いし、できれば避けたかったのですが、この馬車の旅なら歓迎ですわ。この馬車は是非父にも紹介します」


 カーリクの母のリアーナが、出発して最初の2時間で感激したように言う。リアーナは、王都に隣接するジャーナル侯爵家の当主の2女であり、シラムカラ侯爵家の嫡男のマジカルとはいわば見合いで出会ったのだ。


 彼女は上級貴族のお嬢様だったわけだが、その割にお高いところはなく、今は妻に死別しているシラムカラ侯爵家の良き主婦として、使用人にも領民にも慕われている。中肉中背でそれほど美人という訳ではないが、柔らかい目の優し気な貴婦人というタイプである。


 一方で、貴族社会では、お高くはないので、寄子達には同様に慕われているが、上級貴族仲間からは、あまりそうしたパーティにも出ないうえに、下の者に優しい彼女をあまりにも軽いと、侮られているところがある。そこで、似たような気質の夫のマジカルとはぴったりで、夫婦仲は至って良い。


 今回は、2年ほども帰っていない実家に帰るようにと、侯爵が孫2人と共に半ば無理に連れてきたものだ。彼女の言うことを聞くと、結局彼女が実家に帰りたくなかったのは、ひどく揺れる馬車の旅が嫌だったようだ。夫のマジカルは、開発計画で忙しい領の面倒を見るために留守番である。


「うむ、この馬車は素晴らしい。そう思って、5台分の車輪とばねを後ろの荷台に乗せて、取り付けの職人も乗っているので、ミーザル(侯爵、リアーナの父)にも1台分贈呈するよ」


 侯爵の言葉に、リアーナが目をキラキラさせて喜ぶ。

「まあ、ありがとうございます。それはお父様も喜びますし、私のお母さまが一番喜びます。お母様も私と同じように馬車の旅が嫌いですから」


「ところで、ライ。このように、お前の考案した馬車の車輪とばねの仕組みは素晴らしい。これは貴族連中に跳ぶように売れるぞ。ジュブンラン領では、量産はしているのだろうな?」


 侯爵の言葉にライは頷く。

「むろんです。もっともこれが貴族にしか売れないのは困りますけどね。これは、前にも言いましたが、本来一般の輸送に役立ってほしいのですよ」


「うむ、わかっておる。わしもこの仕組みは荷馬車や、旅客輸送に使うべきとは思う。しかし、この原価は一式で金貨2枚の2千ダイン(20万円程度)だが、貴族に売れば金貨30枚の3万ダインでは売れる。

 大体、貴族に売り尽くした後に平民に売ればよいのだ。開発計画を進めるためには、金はいくらあっても足りん。貴族連中からは絞れるだけ絞ればよいのだ。どうせ金を持っていてもパーティなど碌な使い方はせん」

 侯爵の言葉にライもためらいながらも同意する。


「確かに金は必要です。製鉄の仕組みは作って鉄はでき始めていますが、鉄道のレールに大量に必要ですし、機関車を作っていますので、なおさらです」


「おお、鉄道か、機関車を作るところはみせてもらったが、進行状態はどうかな?」


「はい、レール・機関車を作るためにも鉄を大量に作る必要があります。そのための溶鉱炉が必要ですが、まず燃料のコークスを作るため乾留炉はすでにミモザ領に作って、すでに動かしていますので、コークスは順調にでき始めています。


 また、製鉄のためには石灰石も必要ですが、これも幸いにして、シラムカラ領のザーシラ大森林のそばにあります。溶鉱炉そのものは、閣下も見られましたが、シラムカラ領の石灰層の近くにすでに完成して、1日50トンの銑鉄を作っています。


 製鋼所はそのそばに冷却水が必要ですから、カズラ川沿いに作っています。ですから1日45トン程度の鋼鉄がシラムカラ領から生み出されるわけです。とはいえ、1㎞の鉄道を引くのに、小さめのレールは使いますが、それでも1mで25kgのレールですから、1㎞で40トンもの鉄が必要です」


 侯爵とリアーナも熱心に聞いているし、ライとはずいぶん打ち解けてきたカーリクも一生懸命理解しようとしている。しかし、6歳のリシャーナは流石に理解できないようでうつらうつらしている。ライは続ける。


「鉄道ですが、とりあえずミモザ男爵領から、シラムカラ領を通ってジュブラン領、それから鉄鉱山までの44kmの測量は終わって、5㎞については地ならしと枕木を敷設しました。作業員は全部で100人ほど確保しましたが、15人は魔法を使えるので随分捗っていますから、1日に1㎞ほども地ならしと枕木ができています。


 途中橋が1か所ありますが、レールも3ケ月位で必要な量は完成する予定なので、順次取り付けていって線路は4ヶ月で完成するでしょう。駅は始点と終点、製鉄所及びその中間に2ヶ所作ります。機関車はそれまでに5台は完成しますし、貨物車と客車も各50両と20両が完成します」


 工業生産のためには、距離や長さ、重ささらに時間について統一して正確な尺度は絶対的に必要である。だから、ライは度量衡に対してはメートル法を持ち込んでおり、㎏原器、メートル原器を作って、物差し、メジャー、巻き尺、重量計を各種つくった。

 時間については、巻きばねによる目覚まし時計程度の時計を作っているが、これは今のところ1日に1回巻く必要がある。


 一日は24時間、1時間は60分、1分は60秒とした。しかし、このように決めたライは、なんで日、時間、分、秒はそうなのか聞かれたが、自分の中にある記憶がそれを決まりとしているということで通してしまった。またこの世界の1年は300日、10ヵ月であったので1月は30日となっている。


「この鉄道の完成をもって、鋼鉄の日産45トンの生産体制が整いますが、当分は40トンをレールに、5トンを他の用途に振り向ける予定です。それでも、王都までレールを引くとなると500kmですから、そのままの生産では500日要しますので1年以上かかります。


 一応、鉄の利用の状況を見ながらですが、利用がどんどん広がるようだったら、溶鉱炉と製鋼所を拡張する予定です。原料の産地が鉄道で結ばれているので、実際には100倍の生産量になっても輸送力は対応できますが、需要の無い生産を続けても無駄ですからね。

 それに王都まで鉄道を引くとなると、王都そのものの合意が必要ですし、途中の領も合意と各々の投資を求めるべきです。鉄道と製鉄会社は、前にもお話しした株式会社にするべきだと思いますよ」

 ライの言葉に侯爵が応じる。


「うむ、株式会社というのは良いな。明らかに王都までの鉄道は我がシラムカラ家とその寄子団の手に余る。それを、貴族家と王家も加わって各々が投資して、その利益も分け合うのというのはもめ事の種を作らないという意味では大変良い。

 製鉄については、ほぼ我々の領で完結するだけに、同じように株式会社にするのはいささか業腹だが、王家の持ちものになっている、ザーシラ大森林に資源があるだけにやむを得んだろうな」


「ええ、その通りです。鉄はそもそも様々な産業の基礎になるものですから、できるだけ早く値段を下げたいのです。先日は公爵閣下に、私は魔法で作った鋼鉄を1kg10ダインで買って頂きました。

 しかし、鉄道が走り始めて、日産45トンの生産が始まれば、費用は1㎏1.5ダイン(150円)程度に下がりますので、2ダイン/㎏で販売の予定です。


 私は、それでもまだ高いと思っていまして、10倍程度の能力の炉で生産するようになれば、1kgを1ダインで売れるようになります。そうすれば、もっともっと手軽に鉄を使えるようになりますから、人々の生活ももっともっと楽になります。


 ところで、鉄道も王都のラマラで止まっては駄目です。どうしても港のキシジマ伯爵領まで繋いで、我が国で今後作られる様々な産品を他の国に送り出したいと思います。そうして、他の国も豊かにして、サンダカン帝国が簡単に征服できない国にしたいと思います。キシジマ港は国際貿易港になるのです」


 このライの言葉に侯爵はうなって答える。

「うーむ、お前の考えることは少々桁が違うな。確かに今領で作り始めたものは、我が国の王都のみでなく他の国でも売れるだろうな。そうして交流が深まれば、なるほどそれらの国も我が方の技術を取り入れていき、豊かになるだろう。そのように、他の国も豊かにして、味方にするか。それは長い目で見て賢い選択かもしれんな」


 そう言って、侯爵は組んだ腕をほどき続ける。

「今回の王都への旅の目的の一つは、鉄道予定地の各領主に会って、鉄道事業の賛同を得ることだ。直近のザジル・ミガンスル両伯爵はすでに賛同を得ている。

 あとはラーマル侯爵、ジザーララ侯爵、アーラナ公爵、イーガラ子爵、それにリアーナの父のミーザル侯爵に王家直轄領だ。今晩はラーマル侯爵家に泊まる予定なので、当主のサイール殿と合って口説かなきゃならん」


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