第12話 シラムカラ侯爵家4

 ライが、シラムカラ侯爵家での予定を終わる日、彼はすでに領民及びシラムカラ家の寄子関係者の6,200人について魔法の処方を終えていた。

 予定では、1日300人をこなして9日程度で終える予定だったが、その効果を味わったものが知り合いに大いに効果を吹聴した結果、希望者が続出して対象者を増やさざるを得なかったのだ。


 ライは1回の処方対象者を200人に増やした。その代わりにシラムカラ家の関係者ですでに処方が終わったものが、新たに処方を受けたものの訓練を引き受けている。

 そのため、1日4回程度の処方を行い、その合間や処方が終わった後に、寄子の貴族やその従者に魔法を披露し、かつ開発の目論見書を作る時間を取ることもできた。


 ライは、日本人だったヒロトの記憶から、魔法によるワード・プロセッサーとコピー機の開発を行うことに成功したため、書類を作るのが大いに捗っている。ただ、現状ではカラーは無理で白黒・グレーのみであるが、文字と罫線さらに描画とカーボンの粉末を使って紙に焼き付けて実現している。


 なお、紙については最優先で開発に励んだ結果、ジュブンラン領で小さな工場が立ち上がっており、それなりの生産ができている。これは、領内に豊富な木材を切り出して、鍛冶師のベンザが作った粉砕機でチップを作り、それを土魔法で作った容器内で、薬剤と熱をかけてパルプにする。


 薬剤については、尿素を合成できるライからすれば、その構成分子さえ得られれば合成は容易である。幸い、ラママール王国では岩塩の露頭があって、塩は安価に入手できるので、苛性ソーダ等の合成は問題ない。


 ライとしては、この豊富な岩塩を用いて近い将来ガラス産業を立ち上げることを目論んでいる。チップができれば、魔法とローラーによって押しひろげ乾燥させることは容易にできる。現状では、ジュブンラン領の小規模な工場でも月産5トンの紙を生産している。


 さて、ワード・プロセッサーとコピー機であるが、ライはまずカーボンの粉を魔法で作り、それを形にして紙に押し当て焼き付けることに試行錯誤の末に成功した。次に鋼製の枠を作り、それに文字のテンプレートを作り取り付ける。


 そこに紙を差し込んで、魔力を巡らしながら文章を思い浮かべると、テンプレートの形の通りにカーボンが使われて文字が浮かび上がる仕組みだ。最初は、文字を一つ一つ確認する必要があったが、少し慣れると文章を思い浮かべるのみで、印刷されるようになったので、ワード・プロセッサーより早く打てる。


 罫線は鉄の枠の垂直線と、水平線をテンプレートとして引けるようになっているので、文章を作る場合の問題はない。コピーは同じくオリジナルの印刷済の紙の文字をカーボンの粉末を用いて、魔法で焼き付ける。


 ライであれば、1時間で1000枚ほどもコピーが可能だが、ジュブンラン領内の普通の魔力の者を訓練した場合は、200枚/時足らずが限界である。従って、今後出版などのためには、魔法により活鉛などで版を起こす方法で、原版を作って活版印刷を行う予定にしている。


 このようなことで、目論見書作成は順調に進んだ。シラムカラ侯爵家寄子団は侯爵家を中心に、ジュブラン男爵、カーミラ子爵、アリーナ男爵、ムズラン子爵、ミマーラ男爵、アミザル男爵。リガリス子爵、ラース男爵、ミモザ男爵等の3子爵、5男爵家が寄子として数えられる。


 人口はシラムカラ侯爵領の7万5千人を始め、合計で21万5千人を数えるが、ジュブンラン領は残念ながら面積、人口ともに最小である。

 これらの領は、基本的には小麦の生産が主要産業であり、さらにカボチャ、ジャガイモ、玉ねぎなど保存の効く野菜、一部では綿花の栽培と小規模な繊維産業、さらに乳牛及び肉牛、羊なども飼われて、乳製品との乾燥肉の生産が行われている。


 鉄製品は、現状では各領で王都等から仕入れた鉄を加工して、主として農業用の様々な製品が作られている。

 目論見の骨子は以下のようなものになった。

1) できるだけ、早急に全領民に処方を施し、とりわけ魔法を使うものを訓練する。


2) 各領の農業生産を、肥料の活用で3倍増を目指す。


3) 製鉄業をザーシラ大森林内の鉄資源とシラムカラ領とミモザ男爵領の境界付近にある無煙炭を用いて立ち上げる。コークス工場はミモザ男爵領、高炉と製鉄工場はシラムカラ領のカズラ川沿い、鉄製品の機械部品はジュブラン領、その他一般鉄製品はシラムカラ市の郊外とする。


4) 製鉄業のためもあってザーシラ大森林沿いに鉄道を敷く。またこの鉄道はできるだけ早急に(3年以内)王都までの500kmを繋いで、今後侯爵家団の諸領で生産される農産品、農製品を中心に大消費地の王都地方に運び込む。


5) 余剰になる小麦を使って、ムズラン子爵領とアミザル男爵領で酒の醸造産業を立ち上げる。これは基本的にはエールと焼酎さらにウイスキーになる。


6) 小麦は製粉して王都に販売するため、製粉工場をシラムカラ領に作る。


7) ザーシラ大森林の豊富な森林資源を使って、ジュブラン領とカーミラ子爵領で製紙業を立ち上げる。


8) 綿花を栽培して小規模な繊維業があるリカンス子爵領とラース男爵領で綿花の作付面積を大幅に増やして綿花の増産し、機械式の繊維業を立ち上げる。


9) 全領で乳牛、肉牛、羊の飼育量を大幅に増やし、ミマーラ男爵領、アリーナ男爵領でチーズ、バターなどの乳製品及び付加価値の高い肉の燻製を製造する。また冷蔵庫を実用化して近い将来、牛乳と生肉を王都に販売する。


10) 肉の加工の段階で出てくる油を用いてジュブラン領で石鹸を製造する。また、油を採るためのオリーブ栽培を開始する。


11) 基本的に初等教育は全住民について行い、中等教育は基本的に望むもの全てに行い、成績優秀なものは領の責任において高等教育も受けさせる。


12) 各領で、小学校を順次立ち上げ、中学校の各領に置き、高等学校はシラムカラ市に建設する。主としてこのため、シラムカラ市で印刷業を立ち上げる。


13) 家屋と便所の改良を促し、さらに集落ごとに公衆浴場建設を行い、住民が運営する。


 これらの措置によって、シラムカラ侯爵家寄子団は、そのすべてが何らかの新産業に関係することになった。さらに、魔法で作る肥料施肥の効果で穀物を中心に3倍程度の収穫が見込め、それらの農産物を酒や製粉に加工することで、大きな付加価値を見込める。


 さらに、畜産や繊維業において、未熟な加工技術と流通の未発達によって領外への販売が振るわず、結局生産量も少なかった。これを、ライがヒロト情報によって、魔法の活用した乳製品の加工技術の導入、冷蔵による生の牛乳や肉の販売の促進、さらに王都に繋がる鉄道の目論見を立てることによって、近い将来の大幅な増産が期待されている。

 

 また、折角の綿花栽培も紡織技術の未発達のため、栽培面積も限定されていたが、これもライが指導して魔法を組み合わせた紡織機及び織機を導入することで今後は品質・生産量共に大幅な向上が見込まれている。


 加えて、工業面では最も優先されるのは、今後生産される豊富良質な鉄によって、農器具の生産による省力化、さらに車輪関係の改良と鉄道の普及による交通インフラである。


 ただ、動力については現状では石油は見つかっていないため、基本的に石炭を燃料とするしかな。従って、石油が発見されるまで鉄道の動力は当面、蒸気機関によることになる。


 さらに、工業として農産品加工以外についても、製紙、石鹸製造がメニューに上がっているが、紙については教育の充実には避けて通れないこと、さらに石鹸については公衆浴場の計画の中で自己消費のためにも必要とみなされたものである。


 製紙業はジュブンラン領と隣接するカーミラ子爵領と共同で立ち上げ、これも大規模化して近い将来の王都への販売を目指す。


 なお、石炭については、従来からミモザ男爵領では燃える石(石炭)の存在は知られていたが、交通インフラの未熟もあって幅広い活用は行われていなかった。ミモザ男爵領の石炭資源については、ライの探査では1億㎥程度の埋蔵が確認されている。 

 さらに炭層は浅いことから露店堀も可能であるため、当面の採取と国内利用については問題ないと考えられている。


 ライによる魔法のデモステレーションと、魔法の処方を行う中で、各領の主要人物の説得は終わっていた。従って、シラムカラ侯爵家のホールで行われた寄子の会議では、ライと侯爵家長男のマジカル男爵を中心にまとめられた、目論見書は熱狂的に支持された。


 しかし、骨子の後半の教育と公衆浴場については、必要性の有無について議論の蒸し返しがあった。

「私も、領民に教育をつけて、有能な人材に育てるという趣旨は分かる。しかし、文字の読み書き、計算についてはそれほど多くの人数は要らない。また、却って皆に知恵をつけると、反抗的なものが増えても困ることになると思う。従って私は全員に教育は反対で、選んだもののみにするべきであると思う」


 この意見は、石炭の採掘とコークスの製造を行う領のミモザ男爵から出てきた意見であったが、これに対してはライが答えた。なおライについては、わずか8歳ではあるが、魔法のデモストレーションや寄子会議での説明を通じて、すでに侮るものは居なかった。


「おっしゃる論点は良く解かります。しかし、3年後には王都まで間違いなく列車を走らせます。その時点では、農産物だけでなく様々な製品がこのシラムカラ侯爵寄子領から大量に運ばれます。

 多分その時点では、我々領主の家族のみでなく領民も今に比べて5倍程度の所得があるでしょう。これこそが、サンダカン帝国に打ち勝てる国作りなのです。


 またそうした高い所得が得られるようになった、その時には、領民にもそうした収入に見合う見識すなわち教育が必要なのです。また公衆浴場もその収入に応じて、公衆衛生意識を植え付けるために必要なのです。もっとも、そのように領民が高い収入を得るようになれば、公衆浴場は必要なくなるでしょうね。


 こうした豊かな生活をするようになっても、当然様々に種を見つけて不満を言う者はいます。それが、人間というもので、教育があるからであるわけではありません。

 ただ、教育があれば不満・苦情の理屈としてはそれなりのものになります。しかし、それに反論できないようであれば、貴族としての存在価値がないと思いますがいかがでしょう」


 会議の出席者は、皆8歳の子供が「それが人間というものだ」などと言うものだから、苦笑いをしている。

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