第11話 シラムカラ侯爵家3

 ライはさらに、生産に益する魔法の披露を続ける。

「錬金術による鉄の製造について、披露しましたが、先ほど肥料についてもお話ししました。小麦などの作物を作るのには土の中にある栄養素が必要です。そのうちの3種類は何度か作物を続けるうちに無くなっていき、その部分の栄養を補給してやらないと育ちが悪くなります。

 森を開いて、最初か2番目程度までの稔りはいいのにだんだん悪くなるのはそれが原因です。

 その3つの栄養を与えるものを肥料と言って、これは錬金術で作り出せます。魔法では、原子と言いますが、ある原子そのものは作れず、集めて合成できるだけです。一つは空気中やそこらに沢山あるものから、作るもので窒素肥料(尿素)と呼びますが、今から作りますので、この掌を見ていてください」


 ライは言葉を切って、掌を上に向けて目を閉じて集中する。手に平にぼんやり何かが現れたと思ったら、だんだんクリヤーになって来て、白っぽい粉ができている。


「これが、窒素肥料で、今のところ合成の過程が複雑なので、私と妹のミーシャしかできません。これは、1エル(1アール)に40ブル(20㎏)ほど必要です。40ブルの窒素肥料はこれに入っています」

 ライは掌の肥料を父に渡して、収納から袋に入った窒素肥料を取り出す。それには窒素肥料と書いてある。侯爵家の人々は、ラジムから渡された粉を見て、袋の中身を確認している。


 ライはさらにカリウム、リン肥料を作って見せ、それぞれ収納から袋入りのそれぞれのものを取り出して見せる。

「このような肥料を適量撒けば、小麦の場合で1エル当り、800〜1000ブル(400-500㎏)の収量が得られます。これは、現在の平均量の3倍になると思いますが?」


「うむ、そうだな。現在の平均が大体1エル300ブル(150kg)だから3倍だな」マジカル男爵が認める。


「鉄を作るのは、魔法を使うことなく比較的簡単な設備で出来ます。しかし、これらの肥料のうちカリウムとリンは、そうした資源を見つければ魔法を使わなくても簡単にできますが、窒素は簡単ではありませんので当分は魔法を使うことになるでしょう。

 魔法は、畑を耕すのにも使えますし、水を汲むのにも使えます。しかしこれはご存知のように牛や馬を使ったり、設備を工夫することで魔法を使わなくても出来ます。

 実際に魔法を使わなくても、明かりを灯すのも、物を冷やすのも、早く走るのも、空を飛ぶのもそれができる設備を作ればできます。しかし、それらの設備を作るには、人々がそれを作る知識を理解して、その知識を使いこなして、その設備を作れる産業基盤がないと出来ません。

 ですから、当面の間は、魔法を大いに有効に使って、本来だったらありえないこのような肥料などを作っていきたい。それを通じて、人々の生活を豊かにしたいと思っています。そして、豊かになるということは強くなるということでもありますから、そのことでサンダカン帝国の侵略を跳ね返したいのです」


 ライが、侯爵家の皆に向かって言うと、侯爵がうなって応じる。

「うーむ、ライの知識だけでなく、その見識は国の大臣連中に叩き込みたいところだの。それだけに、実際にやって見せないと納得はせんだろう」


「そうです。そのため、ジュブラン領でやって見せ、それを見本に国中に広げていきたいと思っています。ただ、我が領のみでは余りに小さい。出来れば、侯爵家に音頭を取って頂いて、侯爵家の寄子の領にこれらを広げたいと思っています」


 父ラジルがライに代わって言うが、侯爵は鼻で「ふん!」と笑って言い返す。

「えらく殊勝なことをいっておるが、本音のところは何なのだ?」


「ははは、まあ狙いはあります。ライの話の主要部分、とりわけ製鉄とその製品の製造、それに鉄道とかいう、交通手段、さらに武器の製造は、とても我が資金と領民でこなせるものではありません。

 侯爵家の財力及び寄子を含めた人材が必要です。それと、もう一つ、今もくろんでいる鉄鉱山の開発ですが、鉱山はザージラ大森林にあります。一応かの地域は王領になっており、今まで冒険者が様々なものを持ち出しても野放しですが、まず間違いなく実際に大々的に鉄を取り出せば問題になります。

 さらには、あそこには、ライの話によると様々な資源がありそうです。従って、王宮と話をつける必要がありますが、その点を公爵閣下にお願いしたいと思っております」


 ラジル男爵の正直な話に侯爵は考えながら返事をする。

「うむ、我が家にも、寄子にも利のある話であるから、いいのではないかな。一度寄子を集めよう。また、ザージラ大森林については、価値のない土地ということで、我が家に預けるという話もあったのだ。

 しかし、あそこから価値のあるものが出れば、あらかじめ話をしておこうがおくまいが、いずれにせよ分け前は要求される。だから、最初からこちらの心積りを言っておいて、国にとって大きな利益があることを納得させるべきじゃ。

 だから、寄子を集めることを含めて、もう少し、誰もが納得できる形の目論見書が必要だな。どうだ、どうせそのあたりの知恵は、そのライから出ているのであろう。しばらくライを我が屋で預かろう。ライの知恵で、マジカルを始め我が家の官僚にその目論見書を作らせよう。

 さらに、なにより、ライが魔法の処方ができるということであれば、是非我が領と頼子の主だったものに受けさせたい。そうすれば、寄子の者達にも地ならしができるというもだが、どうだ、ラジル、ライ?」


「え、ええ、ただ……」

 ラジルは、領内でライの指導で同時進行の様々な事業を思って躊躇うが、ライが口を挟む。


「確かに、御前のいわれる目論見書は必要です。また、それを作成にするには、こちらで作業するのが一番ですね。しかし、今我が領では多数の事業が並行して進んでおりまして、これは僕が抜けると止まってしまうものです。そうですね、では10日間、その間のみ、こちらにお世話になります。」


「ふーむ。なろほど、折角動き始めたものを止めるのは本意ではない。10日でどれほどの事ができるのか、やってみないとわからんが、そう言うことでやってもらおうかな」

 ライの言葉に、侯爵が答える。


「僕にいま魔法を教えてよ。ライは出来るんだろう?」

「私、私にも、教えて」

 カーリクが目を輝かせて言い、妹のアーシャナも続けて言う。


「ええ、いいでしょう。ただ、その処方は私の場合100人くらいは可能です。ですから、この館に居られる方を出来るだけ集めてください。それから、処方をする場合、1日に100人ずつ3回としたいと思います。大体朝の日の出から昼までですね。その後目論見書をつくりましょう」

 ライが答える。


 その言葉に、侯爵の合図で使用人が人を呼びに行くのを見ながら、ライは言葉を続ける。

「ええと、僕は人の魔力を見ることができます。ですから失礼ですが、皆さんの魔力も見えてしまいます。よろしければ、その結果を申しましょうか?」


「うむ、それは是非教えて欲しい」侯爵が応じライが答える。


「はい、まず侯爵ご一家の魔力は相当高いですね。皆さん、身体強化のみでなく魔法がある程度は使えます。今現代の魔力は侯爵閣下が一番、それからマジカル様、次にカーリク様とアーシャナ様ですが、カーリク様とアーシャナ様は使えばどんどん伸びます」


「フーム、わしとマジカルはもう伸びないか?」

 侯爵が聞くのにライは答える。


「ええ、残念ながら。大体10歳台で止まるようです。ですから、皆が魔法の事を知って6歳くらいから訓練していけば相当魔法を使えるものは増えますが、そういうことが知られていなかったので」


「では、サンダカン帝国はそれを知っていて、幼いことろから訓練していたということかな?」

 侯爵がさらに聞き、ライは答える。


「ええ。たぶん、そうだと思います。持って生まれたままと、訓練で伸ばした場合とでは何倍も違うはずです」

 そういうやり取りをしているうちに、人々が集まって来て、ライの父のラジルは領に帰っていった。


 ライは集まった100人余りの人々に向いて立ち、「ではまず、魔力を感じるところから始めます」といつものように、魔法の処方を始めた。

 そして、身体強化までを行って軽く体を動かして効果を確認し、身体強化の訓練の方法を教えた後に、魔法を使えるものを選び出した。

 それは、侯爵家の4人に加え新たにやってきた、マジカルの妻のリアーナの他に9人の使用人と領兵であった。


「皆さんは、魔法を使えるようになるはずですので、今からその訓練をします。また、その他の方も、20歳前の方は今日教えた魔力を巡らす練習を毎日すれば、魔法を使えるようになる可能性があります。時に有望なのはあなた達です」

 そう言って、若い使用人の何人かを指さす。彼は一様に目を輝かせ、皆身体強化を覚えたばかりで試したくてうずうずする皆と、張り切って去っていった。


 ライは、残った皆に自分に実際にやって見せながら、それを感じられるようにその感覚を念波で送って訓練していく。一通りの訓練が終わったあと公爵一家を除いた皆が去った後、ライが言う。


「どうやら、殆どの貴族の方は魔法が使えるほどの魔力があるようですね。我が家も皆そうでしたから」


 これに侯爵が応じる。

「やはり、貴族は人並優れた能力があってこそ、そうなったからであろうな。しかし、ライほどの魔法を使えれば別だが、なるほど魔法をまともに戦に使うのは難しそうじゃな」


「ええ、その通りで、通常は効果を表すのに時間がかかるので、とっさには使えませんのでね。むしろ、何もかも自分でやるのが普通の平民の人の方の使い道が多いでしょう。

 むしろ、魔力を体に巡らすことで健康になったり疲れにくく、頭の働きが良くなったりの効果の方が大きいと思います。しかし、私の妹のミーシャは十分強力な魔法が使えますし、カーリク様とアーシャナ様は今後の訓練次第だと思いますよ」


 ライが言うのに、マジカルの妻であるリアーナが口を挟む。

「そうね。私は立場上火をつけたり、あまりものを運んだりはしないけれど、普通の女は重宝するでしょうね。それより、私はどちらかというと体の調子が悪かったけれど、今はすっかりいいわ。それは本当にありがたいと思っています」


「そうですね。出来れば、それに加えて、毎日ある程度体操をしたり歩いたり、軽く走ったりの運動をした方が人の体にはいいのですよ」ライが言うとアーシャナが母の手を握って、母を見上げながら言う。


「お母さま、私と毎朝運動しましょうよ」

「そうね。そうしましょう」リアーナはアーシャナを抱いて言う。

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