第10話 シラムカラ侯爵家2

 その後、ライは自分の魔法を披露したが、そのために館から外に出る際に、乗ってきた馬車を披露した。馬車そのものは、木製の車台にキャンバス地の幌をかぶせた、貴族家のものとは思えない簡素なものであったが、その車輪、車軸及び車台を支える板バネ等の機構がすごかった。


 まず車輪は、鋼板製でありそこにゴムタイヤが取りつけられている。さらにその車輪は車軸から穴あきの鋼板で支えられている。鋼製の車軸は鋼製の車輪受けに取り付けられたボールベアリングを内装した軸受けで支えられ、その鋼製の車輪受けは車体に板バネで吊られている。


 つまり、車輪の振動はゴムタイヤで吸収され、さらに板ばねで吸収されて車体に伝わることになるのだ。加えて、車台の上には御者と他に1人が座れる前部、後部の2列の座席があって各2人ずつがゆったり座れるようになっている。

 しかも、その座席には魔法で作ったクッションに覆われているうえに、座席はコイルバネに支えられている。


「おお、これは今までのものと全く違うな。一見は粗末に見えるが車輪の辺りはいかにも優れたものに見える」

 侯爵が車輪の辺りをしげしげと見て言う。


「侯爵閣下、粗末な馬車ですが、すこし試乗されますか?」

 ラジル男爵が、馬を馬車につなぎながら侯爵家の2人を招く。これに、侯爵が応じ息子と共に後ろの座席に着く。その際に、2重のばねに乗っている車体はゆらゆらと揺れるが、普通の馬車とは全く違う乗り心地だ。


「おお、なんと、ふわふわするな。また、この座席は良い。しっかりしていて、柔らかい。さぞかし走っているときも乗り心地は良かろう」

 侯爵が御者席の後ろの席に乗り込んでクッションに触りながら言う。


「はい、では少しこの中を走らせてみましょう」

 ライを横に座らせ、自ら御者席に乗り込んだラジル男爵が手綱を操ると、おとなしい雌馬はおもむろに歩き始める。このように、自ら馬車を走らせる貴族は珍しいが、合理主義のラジルらしい振る舞いである。


「おお!これは素晴らしい、確かに音も振動も段違いだ。すこし、外を歩き回ってくれんか」

 侯爵が叫ぶと、ラジルが応じて、馬を軽く走らせる。


「わかりました。少し走らせてみましょう」

 通常は車軸のキーキーいう音と、鉄の輪をはめた車輪がカラガラ、ジャリジャリ大きな音を立てる。


 ところが、この車のゴムタイヤは屋敷内の石畳では殆ど音を立てず、外に出て走り始めても、ゴムタイヤが砂や砂利を踏むジャリジャリという控えめな音がするのみである。


 それと、侯爵家の2人が感じたのは、馬が走っていても尻に響く振動を殆ど感じず、快適に乗れている点である。また、引いている馬も1頭引きであっても、軽々と走っているところをみると馬への負担も少ないのであろう。

「これは、素晴らしい。これは我が家の馬車も同じようにできるかな?」

 1㎞ほどを走って屋敷に帰る道すがら、侯爵が言うと、ライが揉み手で答える。


「むろんできます。我が領には優秀な鍛冶師がいますので、これは当面領の特産品にしようと思っています。しかし、足回りは余り変えませんが、近い将来エンジンというものを作って、馬を繋がなくても走れるようにします。

 いずれにせよ、ご注文いただいて、馬車をお預け頂ければ、そうですね5日程度で、足回りとばねの改造をしますよ」


 屋敷に帰った一行は、裏庭に向かってライの魔法を見る準備を整える。その際に、マジカルの子供、すなわち侯爵の孫である、8歳のカーリク、6歳のアーシャナ呼ばれてやって来る。

 カーリクはライより少し身長は低めで、侯爵家の跡継ぎであるから、厳しく勉強も武道も鍛えられているため、それなりに締まった体つきをしている。


 女の子は、ミーシャと同じ年であるが、ミーシャに比べれば随分おしとやかそうな感じだ。色白で整った上品な顔立ちであり、柔らかい目つきで将来美人になることは疑いないと思わせる。


「これは、私の息子のカーリクと娘のアーシャだよ。ライ君は仲良くしてほしい」

 マジカルが紹介し、子供たちは少し驚いている。

「でも、父上、この子はたかが男爵の息子でしょう?」


「ハハハ!その通りたかが男爵の息子だ。しかし、この子の魔法を見てからだな。では、ライやってくれ」


「はい、ではまず火魔法ですね。あの先に大きな岩がありますが、あれは砕けてもいいですか?」


 広い裏庭の50mほど先には、高さ2m程の角ばった岩がある。

「なに!あれを?うーむ、出来るのだったら、どのようにしてもかまわん」

 侯爵の言葉に「では、ファイア・ボール!行け!」ライは鋭く叫ぶ。


 途端にボッという音と共に、ライの前に直径30㎝程の白熱の玉が現れ、目で追えない速度で岩に向かってすっ飛ぶ。ズジャ!バリバリ!という音をたてた岩から、赤熱したかけらが飛び散る。


「「「おお!」」」

 思わず、声をたてた侯爵家の4人と見守っていた3人の家臣であるが、ライは平静に言う。


「やっぱり、燃えない的では大した威力ではないですね。では、次は水です。アイスボール、次いでアイス・ランス」

 ライが、後半は叫ぶように言うと、直径2mほどの水の球が地中から尾を引いて現れ、次いで氷の4本の巨大な槍になる。


「それ、飛べ!」

 ライの叫びに、槍が同じくまだ中心が赤熱している岩に向かってすっ飛ぶ。ゴギン、バリバリ!という音をたてて、岩と氷のかけらが飛び散るとともに沸騰して蒸気が舞い上がる。


 侯爵家の人々はむろん、ライの父も初めて見るライの派手な魔法に、唖然として見ているがライは不満そうだ。

「うーん、ぱっとしないな。侯爵閣下、あの池は無茶苦茶になってもいいですか?」


 庭の端にある小さな池を指して侯爵に聞くと、「うむ、かまわん。ほかにあるならぜひ見せてくれ」という答えだ。


「では、遠慮なく。ファイアー・ボール。行け!」ライが叫ぶと再度白熱の玉が現れ、ライが指した池に向かってすっ飛び、池の寸前で軌道を下に変えて水に潜り込む。一瞬後、ドッカーンという爆音が響き、直径10mを超える泥交じりの爆発が起きて、泥水を跳ね飛ばす。それは70mほども離れて見ている人々にも飛んできたが、ライがとっさに風のバリヤーを張ってそれを防ぐ。


「てへ!ちょっと派手すぎたかな。ついでにあの泥水を防いだのは風魔法です」

 ライがチロ!と舌を見せて言う。暫く、見ていた人々は唖然として声も出なかったが、最初に我に返ったのは、ラジル男爵で侯爵に謝る。


「これは、侯爵閣下、庭を泥まみれにして、また折角の池を台無しにして申し訳ありません。これ、ライも閣下にお詫びせよ」


「いやいや、ジュブラン男爵。気にすることはない。それよりいいものを見ることができた。ライの魔法はすさまじいものだな。わしも王国魔術師の、こうした試技を何度か見たが、ライのような短時間で発動はしないし、威力が段違いだ。これは、王国にとって素晴らしい兵力になるな」

 侯爵が興奮しながら言うが、ライは平静に反論する。


「いえ、これらの魔法そのものはそれなりの威力ですし、確かに相手が数千の兵力であれば、僕が単独で圧倒できるでしょう。しかし、相手が数万になると歯が立ちません。所詮その程度のものです。

 それに、はっきり言って私のレベルの魔力をもっているものは殆どいません。ですから、魔術師軍団をつくるとしても、平均的にはさっきほどの威力の魔法は使えず、ずっと劣ったものになります」

 ハヤトが言う言葉を、侯爵を始め人々は真剣に聞いている。


「さらに、もう一つ申し上げたいのは、私が使ったファイアボール、ウオーター・ボール、アイスランス、さらに最後の池の爆発は、私がものの成りたち、性質をよく知っているので、その原理を応用して魔力を効率よく使えています。

 ものの成りたち、性質の知識を『科学』と言って、これは先ほどの馬車の車輪にもたくさん応用されており、これを学ぶことはこの国のみならずこの世界が豊かになる手段になります。さらに、当然武力の面でも最強になる早道です」

 ライの言葉にマジカルがつぶやく。


「うむ。科学か」

「そう、そのためには、子供もそうですが、大人も学ぶ場が必要です。そのために、とりあえず、我が領では学校というものを作ろうとしており、一部はすでに開きました」

 ライはさらに言い、続ける。


「先ほど、攻撃に使う魔法をお見せしましたが、これからお見せする魔法の方がより重要だと私は考えています。よろしいですか?」

 ライが人々の方を向いて言うと、侯爵をはじめとした人々は、ライがまた何を始めるのかと判らないながら頷く。


「では、これは土魔法の一種の錬金術です。この周りの土の中から鉄を取り出します」

 ライは目を閉じて、両手の掌を向かい合わせて集中する。掌の間にぼんやりと何かが見え始めそれの形がだんだんしっかりしてきて、最終的に銀色に輝く球になる。


「これは、鉄の玉です。どうぞ、触ってみてください」

 ライは直径5㎝程のその球を、まず侯爵に渡す。侯爵はそれを触り、しげしげと見つめてから息子のマジカル男爵に渡す。このように、鉄の球が人々の手に次々に渡っているうちに、ライはさらに呼びかける。


「さて、この錬金術は、実は先ほど申し上げた我が家の裏山の、鉄でできた山でもう少し大規模に試しました。その成果をお見せしましょう。

 ちなみに、僕は先日毎日魔法を使い切るという訓練を行ったおかげで、ようやく空間魔法である収納を使えるようになりました。では収納オープン!」

 ライが小さく言うと、彼の少し手前に鈍い銀色に輝く棒の山ができる。それを指しながらライが言う。


「この棒はすでに刀にも使える鋼になっています。1本が10ブル(5㎏)で2千本あります。鉄は今1ブル(0.5kg)で5ダイン(500百円)すると聞いています。これだけ高価だと、簡単に使えませんが、この価格を私は1/10にしてもっと簡単に使えるようにしたいと思っています。

 だから、これを魔法を使わず、大量に安く作る方法を最初に実現したいと思っています」


 すでにさんざん驚いてさらに驚き足らず、侯爵一家とその使用人は突然現れた、彼らからすれば高級品の金属の山を見て目を剥いている。ちなみに、ライは最初鉄を5トン作ってとりあえず十分と思ったが、鍛冶師のベンザが使えるようになったことから、より予算が必要と思い。売却分を10トン、ベンザ分を5トン作ったのだ。


「で、伝説の空間魔法!この量が入るとは!」

 侯爵がつぶやくように言う、彼は王家に伝わる魔法のバッグを見せられたことを思い出していた。現在の王が自慢そうに言ったあれは、高々千ブル(500㎏)程度しか入らないものだった。それに対して、このライは10ブルの棒を2千本といったから、2万ブル(10トン)だ。


 そこに、ライが侯爵に頼む。

「ええ、でも実際の容量は、こんなものではありませんよ。とは言え、侯爵閣下、我が領では様々なことを大規模にやろうとしています。それにあたっては、どうしても金が必要です。それで、この鉄を売っていただけませんか。我が領では伝手がないものですから」


「よかろう。我が領の御用商人であれば、問題はない」

 侯爵は息子を振り返り、頷くのを見て答える。

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