第7話 ジュブラン領所得3倍増計画4

 ラジル男爵は、領民である3村の代表に、肥料による小麦大増産をとっかかりとして、所得3倍増計画の全体を示した。特産品の製造については、その製造そのものがピンと来ていないこともあって、試作品ができて製造方法が明らかになってからということになって、大きな議論にならなかった。


 しかし、子供を学校に行かせるに当たっては難色を示すものが多かった。この場にきている者たちは、所有する農地の面積が大きいため、比較的収入も多く余裕のある人々である。だから、彼らの子供や孫については学校に行かせることは歓迎であったが、全部の子供を分け隔てなくというのは無理だろう、との意見が大勢を占めた。


 これに対して、ライが反論した。もはや出席者にライを年少者と思う者はいない。

「皆さんが言われるのは判ります。確かに貧しい農民は2~3エル程度しか農地をもっていなくて、自分たちが食べるのが精いっぱいでしょう。だから、自分の子供を他の家の手伝い等をさせて稼がせるということだと思います。


 しかし、僕が言った方法ですと、肥料のための費用は新たに生じるとしても、仮に同じ農地で3倍の作物が取れる見込みです。この場合は話が変わってくると思いますが、どうでしょうか? 

 この場合の、肥料代は増産による増収の2割程度に過ぎないと見込んでいます。さらに、先ほど言ったように、領内には様々な工場、これは石鹸、酒、いろんな加工食品や紙を製造する場所を作ります。


 こうした工場は人を雇って、賃金を払いますが、そうして雇われる人は、読み書き、計算程度はできないと困るのです。したがって、今は貧しい人々も否が応でも自分の子供を学校に行かせようとするはずです。

 いずれにせよ、学校は領の費用でジュブラン村、マタ村、ラムラ村それぞれに作ります。もっとも、当面はジュブラン村のみ数日後にも開校しますよ。まさにこの建物でね」


 これに対しては、さすがに文句をつけるものはなく、出席者の村の3役は自分の子供や孫はぜひ通わせると口々に言った。さらに、ライは彼らに、ライ自身が翌日から彼らの村を回って、魔力の強いものを選び出すので協力するように頼んだ。


「まず魔力の強いものを選んで、彼らが魔法を使えるようにします。特に若いものは鍛えれば魔力がどんどん伸びますので、できるだけこき使って……、ゲフン、ゲフン。いや頑張ってもらいたいと思います。

 明日朝に、各村に行きますので皆が畑に行く前に村役場(と言っても掘立て小屋だが)の前に集まるように言ってください」


 ライの言葉に、腰と足が治ってすっかりライに心服したマタ村の村長のキーラリは心配して聞く。

「しかし、ライ様、役場それなりに離れていますからそう簡単に移動できんでしょうに?」


「いや、ご心配なく。僕は魔法で飛べますから。ここから、マタ村までほんの100呼吸ですよ。また選ぶのも100呼吸程度です。選んだ人はここに来てもらって、魔法の訓練をしてもらいます」

 ハヤトの言葉にキーラリは納得して言う。


「なるほど、飛べれば早いはずですなあ。しかし、飛んで移動とは、ライ様はけた違いですな!」


 翌朝、ライは日が昇った後、少し時間を見計らってから、最初にマタ村の村役場である粗末な小屋に飛ぶ。18歳の従士のスミスルが魔法を覚え、少し飛べるようになったため、ついてくると言って聞かなかった。従士長から命じられたのだ。ライはため息をついて、真剣な顔でライに訴える彼に言う。


「村の人々が待っているから、着いてこれなかったら置いていくからね。あとでゆっくりおいでよ」ところが、そこへ母の手を引っ張ってミーシャが出てくる。


「兄さま、私も行く!」

 ライは止めようとしたが、ミーシャの顔を見てあきらめる。

『まあ、一緒に行けば危ないことはないし、一緒に飛ぶのも悪いことではない』そう思って、母に言う。


「母上、ミーシャは僕がちゃんと見ますから。領内ですし危ないことはないでしょう」

「うーん、わかったわ、ミーシャ。ライの言うことを聞くのよ」

 母のためらいながらもライに同意する。


「お母さま。わかっています。では行きましょう!わーい!」

 ミーシャははしゃぎながらも、滑らかに浮かんで、ライが出発するのを待っているが、ライはぎごちなく、浮かぼうとして、崩れた姿勢を正そうとしているスミスルを見ている。


 ようやく、スミスルの姿勢が定まったのを見て、ミーシャが叫ぶ。

「出発進行!いくよ!」

 その声と共に、ベージュのキャロットスカートとブラウスを着たミーシャが飛び出すので、ライが声をかける。


「ミーシャ早すぎる。もっとゆっくり」

 ミーシャの服と、肩まである髪が激しくなびくのを見て、ライが叫ぶ。横目でみると、スミスルは全く追ってこれていない。


「スミスル、ゆっくり追ってこいよ」

 スミスルを待っていると遅くなるので、ライは彼に言い置いてミーシャを追う。たちまち、マタ村のほぼ中心の村役場に飛ぶと、すでに200人以上が集まっている。


「おーい」

「はーい」

 100mほどの上空から、ライとミーシャが呼びかけると、その群衆が一斉に見上げて、ざわざわしていたのが、いっぺんにいろんな叫びに満ちた。


 その中を、小屋のすぐそばに降りていくと、その周りから人が退いて降りるのに都合のよい空き地ができた。

 しかし、下に降りてしまうと、背の低い2人は皆から見えなくなってしまうので、ハヤトは寝そべったように、50mほどの高さの空中に地面と水平に浮かんで、人々に大声呼びかける。


「マタ村の皆さーん。僕はジュブラン家のライです。おはようございまーす。今後、領内でいろんなことをして、皆さんが豊かになれるようにしますからね。協力してくださーい」


 すると、今度はミーシャが、同じように空中に寝そべって大声でいう。

「マタ村の皆さーん。私はジュブラン家のミーシャです。おはようございまーす。みんなもこんな風に魔法が使えるようにしますからね」

 その時、ライはすでに魔力の大きなもの32人を選び出していた。そのうち5人はまだ近づいてくる途中であり、下に居なかったが、ライは念話で、明日の朝ジュブラン館に来るように伝えていた。


 魔力の弱いものには、ある程度離れていると念話で伝達することは難しいが、選んだ人々の程度の魔力があれば問題ない。ハヤトは、村長のキーラリと副村長と収入役に大声でお礼を言う。


「村長さん、副村長さん、収入役さーん。今日は皆さんを集めていただいて、ありがとうございました。魔力の強い人は選びましたので、明日の朝ジュブラン館にきてもらいます。全員で32人ですので、本人が行くと言ったら認めてください。今日はありがとう。さようなら!」


 手を振って、飛び去っていく2人の小さな子供を、村長以下の村人はあっけに取られて見送っている。スミスルは、まだ豆粒のようだったのがようやく体が見え始めた段階であったが、ライは念話で伝える。


「スミスル。悪いな、マタ村は終わった。次はラムラ村だ。たぶん間に合わんから、ジュブラン村に行っておいてくれ」


「ええ!そ、そんな。ライさまーあ」ス

 ミスルは情けなく念話でも声でも叫ぶ。このように、ライはラムラ村で28人、ジュブラン村では75人を選び出したので、合計135人の魔法使い候補が選ばれたことになる。


 これらの中から、魔力がとりわけ強く年齢が近いもの10名を選んで、特別に鍛えたのは物語の冒頭の、ミーシャを入れての11名である。

 彼らは全員、サンダカン帝国の強大化を防ぐために全身全霊をささげて戦いを続けていったライに最後まで付き従い、後に“ライの10人の影たち”と呼ばれるようになった。そして、彼らはそう呼ばれることを、強く誇りに思っていたとされる。


ライは、自分とミーシャを含めた12人を『ジュブラン遊撃隊』と呼んでいた。ライが名付けたもので、彼の中二病的な性格が十分発揮されたというべきであろう。隊長は無論ライであり、副隊長はケビンである。


 ケビンはすでに身長は160cmを越えて、髪は茶、鋭い目をした細身で敏捷な男の子である。彼は、村ではいわゆるガキ大将であり、年下のライの下に着くのはためらいもあった。

 しかし、自分も処方によって魔法に目覚めてみると、ライの圧倒的な魔力に敵わないという感情をもったこと、さらに話してみると大人の人格を持った個性に圧倒された。そのため、ライの下で訓練が始まると、ライの指揮のもとにまとまるのが自然であることが納得できている。

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