第8話 ジュブラン領の所得3倍増計画5

 ジュブラン遊撃隊の朝の訓練は、1時間ほど集中して行われている。最初はラジオ体操という準備運動、さらに魔力を巡らせ、身体強化に入り、初めは軽く次第に激しく、ジャンプ、疾走を繰り返す。

 さらに、木刀の素振り、木製の槍の取り回し訓練を短時間集中して行う。これらの、対人掛かり稽古は夕刻ジュブラン家の従士と共に行うことになっている。


 こうした訓練の中で、最も時間を使っているのは魔法の訓練である。皆魔法は使えば使うほど、魔力が増える年代であるが、訓練で使い切るのは無駄なので、ライが様々な魔法をその科学的原理と共に教えている。

 すでに、火魔法によるファイア・ボール、風魔法によるテレキネシスと風の刃、光魔法によるライティングは訓練済である。今日は土魔法の内の錬金術だ。


「そら、皆俺に同調してくれ」

 ライが言うと皆はライにその魔力を集中して、ライの魔力の動きが感じられるようになる。これを彼らは“同調”と呼んでいる。その状態では彼らは、ライの魔法がどういう風に使われるのか知って、真似をすることができるのだ。

 むろんこれは、ライ自身が完全に信頼している者にしかできないことである。


 皆が自分に同調したのを感じて、ライは続ける。

「さて、今から土からカリウムというものを取り出すぞ。ほら土に中にはいろんなものがあるだろう?殆どが、ケイ素というものだけど、違うものも沢山あるよね。これ、これが、俺たちが集めようとするカリウムというものが、これをこうするとカリウム肥料だ。そら、これを集めるぞ」


 ハヤトは持ってきた麻の繊維で作った袋にそれを魔力で集める。たちまち、数㍑の肥料で袋が膨らむ。

「どうだ、このカリウム肥料は、3つある肥料の一つで非常に大事なものだ。この能力をちゃんと覚えると役に立つぞ。さあ、やってみてくれ」


 皆はそれを聞くと、色めき立って、ライのやったことをなぞって集中する。いつものように、ミーシャが最も早かった。

「ライ隊長できたよ!」


 なるほど、地面に布を敷いて座った彼女の前に、白っぽい粉が盛り上がり始めている。

「うん、確かにカリウム肥料だ。その調子で続けてね」


 ライは“鑑定”でそれを確認して続けるように言う。更にしばらくたって、9歳のやせこけたサリムが手を挙げて恐る恐る言う。この子は、魔力では隊の中では中間程度であるが、使い方がうまい。

「ライ隊長、出来た……と思う」


 少しだが白っぽい粉、確かにカリウム肥料ができている。こうして、30分ほどして、一応全員ができたのを見て、ライはその日の訓練を終わらせた。

 こうして、翌日にはリン肥料の製法を覚えさせ、ライはケビンをリーダーにして、『肥料製造部隊』を2台の荷車に分乗させて送りだした。彼らはカリウム隊とリン隊に分かれて、魔力の続く限り、袋にこれら肥料を作っていくのだ。


 ちなみに、この荷車は硬木の車輪と軸に、軸受けのみを鉄とした荷車であったものを、子供のお尻を守るために大改造している。これは、ライが作った直径1mの鋼鉄の車輪と車軸及びボールベアリングを使った軸受けを、しっかり作った硬木からなる荷台に取り付けている。


 しかも、車輪には軟性ゴムを合成して張りつけているので、走りの滑らかさと乗り心地は、従来のものとは比べものにならない。無論ライの心つもりでは、これはまだその場しのぎのものである。


 この車輪と軸受けは、板バネかコイルばねで、より振動を吸収するようにして、車輪も空気チューブ式にしようと目論んでいる。そして、最終的には近い将来エンジンを“発明”して自動車を作るつもりだ。


 この2台の荷車を引くのは、領内に16頭しかいない農耕用の馬それぞれ1頭である。馬を借りるにはひと悶着あったが、村々に120人以上もの魔法を使える人材を訓練したことが、十分な取引材料になった。


 これらの魔法が使える者たちに、主として井戸からの水汲みと、土魔法による耕作を覚えさせたため、村々の耕作が大いに捗った。それに、こうして荷車によって肥料を作っていくことが本当の意味で彼らのためになることは、すぐに彼らも思い当たることになる。


 ちなみに、ジュブラン領には大きな川はないが、上流にミズラ湖があって良質な地下水が豊富であるので、家庭用・農業用双方ともに井戸によっている。しかし、地下の帯水層は地上から10m~15mもあって揚水には人手がかかって生活及び耕作の手間を増やしている。


 ライとしては、畑の作付けが終わったら、魔法を使える人々の手で、ミズラ湖から10㎞余の水路を引いて、生活用水と農業用水路を建設しようと思っている。


 こうして、2台の荷車に11人の子供が分乗して、彼らが持った袋にどこからともなく粉末のカリウム肥料とリン肥料が集まってくる様は、村人にとって不思議なものであった。彼らの乗っている荷車は、従来のものに比べると、ほとんど音がせずに滑らかに走る。そこのためもあって、どこに行っても注目される質問される。


「なにをやっとるかねー?」

 こうして聞かれる答えは、いつも同じだ。

「肥料を作っとる。こっちはカリウム肥料で、こっちはリン肥料だ」


 馬車の車輪については、村に1軒ある鍛冶屋のドワーフのベンザが激しく食いついている。彼は、荷車を見て目を剥いて暫くそれを凝視しながら、一緒にどこまでもついて行き、ライが作ったことを聞くと夕刻彼の元を訪ねている。

 まあ、ライの作った車輪機構を見て何とか自分で作りたいと思わないようであれば、鍛冶屋などはやめた方がよい。


 ライはしめしめと思っている。今後鍛冶屋は大いに活躍してもらわないといけない。まず、やるべきは、鍬、鋤、千歯漕ぎ、鉈、鎌などの鉄製の農機具だ。槍や刀などの武器も欲しい。


 また、様々な家庭用品で、鉄や青銅で作ってもらいたいものはたくさんある。農業用水については池から開渠でもってくるとしても家庭用の水は井戸水の方が望ましい。その場合には手押しポンプが欲しい。


 ライは、背が低いが逞しい肩と鍛え上げた腕のベンザを迎え入れる段取りを整えた。今日は父に立ち会ってもらっている。父の話では、ベンザはその鍛冶の腕はなかなかであるが、偏屈な親方ともめて、修行先を辞めてさすらって、ジュブラン領に3年前に来たものらしい。


 領としても鍛冶師はぜひ欲しいので、小屋を与えて住まわせている。ドワーフの歳はよくわからないが、まだ若いようだ。貧しい領であるため、あまりまとまった仕事はないが、特に不満も言わずにおとなしく主として農民の求めに応じているようだ。

ベンザは、家令のリーガンに案内されて、父の執務室に通された。


 彼は、突然思いがけずに、領主の部屋に通されて非常に緊張している。

「ベンザ、よく来てくれた。この貧しいジュブラン領に、お前のような腕のいい鍛冶師に来てもらって感謝している」


 ラジル男爵からこのように言われて彼は心底驚いているが、ラジルはなおも言う。

「今までは、せっかくのお前の腕を生かすところはなかったが、今後は違うぞ。お前は、このジュブラン領の所得3倍増計画というのを聞いたか?」


「は、はい。聞きました」

 ベンザは言うが、彼が聞いたのは昨夜の村の飲み屋で酔いどれた一人が言う言葉だった。

「所得3倍増計画だとよ。夢物語だ。そんなことができるわけはない!」


 その男は、なんにでも文句をつける奴で、どこにでもいる不満分子である。しかし、それには他の客から異論が出る。

「しかし、実際に魔法が使えるものが130人もいるようになった。俺はみたぞ、実際に俺の隣の娘のサーシャが魔法で水をくむのを。あっという間に大きな樽にいっぱいに水をくみ上げた」


「俺も見たぞ。2軒隣のおっかあが、畑をあっという間に耕していったぞ」

「俺は身体強化のやり方を教えてもらった。それで、それまでよりうんと力がでるようになったし、それ以来うんと体の調子がいい」


「それに、いま子供たちが肥料というものを作っているぞ。馬にひかせた荷車に乗ってな。あれを撒けば、小麦が3倍取れるというぞ」


「ばかばかしい!そんな夢みたいなことがあるか。お前らは、あのライというガキに騙されているんだよ」

 不満男の言葉に、酒場の皆が怒った。


「この野郎。おめえの口が悪いのは知っているが、ガキとはなんだ。実際にライ様が魔法を教えてくれたんだ」

 その不満分子はとうとう殴られて外にほおり出された。


 その光景をベンザは思い出していた。彼自身は嘘とも本当とも決めかねていたが、ライが作ったというあの車輪と軸受けを見て、どうも本当のような気がしている。


ラジルが言葉を続ける。

「それで、その考えはすべてライのものだ。今からお前にやってもらいたいことをライに説明させるので聞いてほしい」


 ライは丸めた紙を広げた。この世界でも紙はあるが、普通流通しているものは極めて質が悪い。この紙はライが自分で魔法によって木材を砕いて作ったもので、それなりの時間をかけて作ったものだ。その1m四方程度の3枚の紙に、これも魔法で作った鉛筆で様々な金属による製品の図を描いたものだ。


 ベンザは最初は紙に驚いたが、書いているものに気づくと、夢中になってそれらを見ている。それは、10種類程度の農機具、手押しポンプ、車輪と軸受け、ばね、戸車、滑車、さらにはエンジンなど思いつく限りのもので、たぶんベンザが初めて見るものばかりだろう。


「どうです、ベンザ。これらを作ってみたくはありませんか。一部は魔法が使えないとできないので魔法を使えるものをベンザに付けるよ。工場、鍛冶場は用意するし必要な鉄など金属、費用はすべて用意する。これは、しかしベンザ一人では無理だろう。だれか、鍛冶のものを連れてこれないかな?」

 ライは紙から目を離せないベンザに言った。


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