第6話 ジュブラン領の所得3倍増計画3

 ライが、鉄を目標の量まで製造した翌日、ジュブラン領の各村の3役が領主たる男爵の命令で集まった。3役とは村長、副村長と収入役である。ジュブラン領には3村あり、最大のものは領主の館がある人口600人のジュブラン村、西に隣接するマタ村、人口350人、ラムラ村人口250人からなる。


 その配置は、東にザーシラ大森林を控え、北にはシラムカラ侯爵領が隣接して、東西南にはシラムカラ侯爵の頼子である貴族領で囲まれている。ザーシラ大森林は王領ということになっているが、実際は外に出てくることはない。


 だが、危険な魔物が多く住んでおり、過去に開発しようとして、魔物に襲われて大惨事になったことがあり、価値がないものとされている。しかし、奥に入らない限りそれほど危険性はないとされて、若者がちょくちょく中に入り込むが、近年では襲われた例はない。


  また、現状ではなにも危険な森林を開発しなくても、大陸全体の人口が少ないために、もっと楽に耕作ができる土地が多くあり、あえて開発する価値はないということも放置されている一つの原因である。

 集まったのはジュブラン村の50代の小柄なハリム村長に2人の副村長と収入役、マタ村とラムラ村の村長と1人ずつの副村長に収入役である。


 加えて、領の直属の家臣である、男爵の右腕と言っていい、従士長のムージル及び従士の3人、カシム、キサラム、スミスルが出席している。

 貧しいジュブラン領では、直接雇用できるのはこれら4人の従士と家令のリーガン及び女性の小間使い2人がせいぜいで、領主夫人のミワーランも、家事の指揮を取るとともに、自ら料理などは手掛けている。


 皆が集まっているのは、ジュブラン館に付属する会合ができるように作られた会議棟と聞こえはいいが、ただの小屋である。そこは、床も張っておらず3人掛けのベンチが10脚ほど置かれ、前面には演台がある。


 そちら側には一応木の椅子が5つ置いてあって、それぞれ領主のラジル男爵、従士長のムージルと従士の3人が腰かけ、加えてライが自分用に作った小さめの椅子に腰かけるようになっている。明かりは、壁に8か所のろうそくを立てているが、室内はごく暗い。しかし、皆こういう状況に慣れているので平気である。


 集まった村の3役には、領の今後についての重要な話であるということで集まってもらっている。それだけに、彼らは自分たちが集まったとみて、領主と従士たちに加え幼い領主の息子もやって来て座ったのを怪訝そうに見ている。


 ちなみに、集合時間は西の山に日が沈む時間として通知している。これで大体30分程度の誤差で集まれるが、当然30分ほども待つ人がでるものの、その点は皆鷹揚であるので、例え1時間待っても平気である。


 これは、商業、工業の産業を興すには、どうしても時計を作る必要があるなとライは思う。しかし、ライの中のヒロトもその必要性は認めつつも、時間に鷹揚である点が失われるのは惜しいと思うのだ。


「さて、そろったようだな。皆今日は忙しいところを、急な呼び出しで済まなかったな。領にとって、大事な話を急遽する必要ができたので来てもらった」

 領主のラジル男爵は出席者を見渡してそう言い、一旦言葉を切って、出席者が彼の言葉に頭を下げるのを見て続ける。


「さて、皆はなぜ我が息子のライがここにいるか、不思議に思ったであろう。今日の話は全てライにかかわる話であり、その能力及び知識によって、わが領を豊かにしようという話である。まず、ライは皆に魔法、少なくとも身体強化を教えることができる」


 出席者は顔を見合わせているが、やがてジュブラン村の村長ハリムが口を開く。

「領主様の言うことを疑うわけではありませんが、私の村の600人のうち、身体強化ができるのは15人ほどです。それも、大して能力が上がるわけでなし、ものの100呼吸位の間しか、強化を保てないので実質何の役にもたっていません。


 近くのシラムカラ町や王都では、もっと、実際に使えるようにできるものはたくさんいるようです。しかし、できるものはコツを教えたがらず、結局我々のような田舎ものは身体強化という言葉は知っていますが、役に立たんものと考えています。

 魔法を使うということに至っては、実際に使うところを見たことがないものがほとんどでしょう」


「そうだ、その通りだった。しかし、見なさい」

 ラジルは手を差し伸べ、集中するとその指の先端に光球が現れ、暗い室内ではまばゆい光を放った。


「おお!明るい!」

 どよめきが起きた。出席者は皆、領主が魔法を使えないのは知っており、その彼がほとんどの者が初めて見る魔法を使ったのに心底驚いたのだ。


「どうだ。これは、わが息子ライが教えてくれたのだ。さらに、私は身体強化についてだけ、ハリムがいう中途半端に使えるだけだったが、今は完全に使えるようになった。まず、お前たちに、いまからこのライが魔法の使い方を教えよう。よいか?」

 ラジルの言葉に人々は沸き立った。


 代表して、ハリム村長が言う。

「は、はい。本当に使えるようにしていただけるのなら、こんな有難いことはありません。では、どのように?」


 今度はライが演壇の前に進み出て言う。

「そのまま座っていてください。まず、自分の魔力の意識するところから始めます」


 ライは家族に行ったと同様な方法で処方を進めていく。魔力を体に巡らせるところまでは順調であったが、魔力を体に行きわたらせるのは、個人差が非常に大きい。

 結局、最後の一人、52歳のマタ村の村長、キーラリが成功したのは、ほとんど1時間もかかった後だったろう。


 その間、皆を身体強化の状態で待たせるわけにはいかないので、すでに昼のうちに処方を済ませていた従士に、人々の強化の状態に慣れるための動きを指導させた。

 しかし、ついに身体強化に成功した時、キーラリは狂喜した。

「ああ、腰の痛いのと足が痛いのが治った。痛くない。痛くないぞ!」


 確かに彼は、歩くとき不自然な姿勢で足を引きずるように痛そうに顔をゆがめていた。聞くと、彼は家を修理するため屋根に登っていた時に転落して、腰と足を激しく打ち付け、かつねじり、その痛みにもう5年以上も苦しんできたという。


 その後、キーラリは強化を解いても痛みがまだ残ってはいたが、その強さは大きく減じており、数回身体強化を繰り返した後には完全に消えてしまった。


「なるほど、身体強化は、体に不具合があってもそれを治す効果もあるのだな」

 ライはこれは良い材料だと心に刻んだ。それと共に思ったのは、魔力を体に巡らせることで不具合が治るのなら、魔法による治療の一つであるわけだ。

 まして、ライはヒロトの知識によって基本的な人体の仕組みを知っており、治癒魔法も実際にできると確信したが、これは今後の課題として残すことにした。


 この村々の幹部への魔法の処方は、彼らに、彼らと領全体の豊かにしようとする計画を信じさせて、賛同させるに十分であった。


「これが、さっき言った肥料です。これもすでに言ったように、畑で作物を作るとある栄養分が減り、これは補ってやらないと作物の実りが悪くなります。皆さんは、栄養という点では意識して、葉っぱや草を土に漉き込んでいますが、その程度では全く不足しています。


 主に不足する肥料の成分は3つあり、この3つの袋それぞれがその成分のものです。

しかし、この必要な量はそう小さい量ではありません。この一番大きな袋の窒素肥料が40ブル(20㎏)、カリ肥料が20ブル(10kg)、リン肥料が20ブル(10kg)入っています。 

 これはそれぞれ2エル(2アール=2000㎡)に対して必要です。ですから、2エルの畑に対して、この中身を撒いて漉き込む必要があります。しかし、そうすれば、1エル(1アール)あたりの生産量は800-1000ブル(400-500㎏)の収穫を得ることができます」

 ライが言うと、さすがに農民の皆は話がうますぎると頭を傾げる。


「うーん。確かにそうなってくれればいいのですが、その肥料というものは畑に撒いた場合には害はないのですかな?」

 ハリム村長が聞く。


「過剰に撒けば害がありますが、今言った量だったら大丈夫です」

 ライが答え、今度は皆に聞く。

「ところで、今年の作付けの面積を教えてください」


 結果はジュブラン村で800エル(80ha)、マタ村で600エル(60ha)、ラムラ村で200エル(20ha)となって合計160haであった。

 ラムラ村が少ないのは、彼らは豊富な地下水を利用して野菜を主に作っているためである。結局、農民の不安そうな顔を見て、半分について、最初から化学肥料を施肥して、半分は育ち方を見て追肥の形で施すことにした。


 なお肥料の種類については、チッソは尿素、カリウムは硫酸カリウム、リン肥料は過リン酸石灰を用いることにした。これらを化学的には合成するのは、極めて高度な技術と設備が必要なのでこの世界ではまったく無理である。

 だが、この世界には魔法がある。ライは、ヒロトの知識をひっくり返しながら試行錯誤して、魔法でようやく合成する方法を編みだした。


 このうち、尿素についてはCO(NH2)2の化学式であり、普遍的な炭素、酸素、窒素、水素が成分なので材料を集めるのに苦労はない。しかし、カリウムとリンについては、地中に低い濃度で含まれているので、移動しながら地中の成分を集めて回る必要がある。


 80haの農地に対して必要な各肥料の量は、窒素肥料8トン、カリウム肥料4トン、リン肥料4トンにもなる。この量を作付けまでの残り20日で揃えることになるのだ。ミーシャは肥料製造に確実にあてにできるのが、ライにはうれしかった。


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