第4話 ジュブラン領の所得3倍増計画1

 その日から、ライは父と今後の領の運営について毎日話し合った。

 方針を出すにあたっては、近代日本での長い経験と豊富な知識があるヒロトと一体化しているランが主として提案して、それを父が現地における知識に基づいて修正するという形になった。


「父上、結局国の強さはなにより経済力です。その経済力は人の数にもよりますが、裏付けになる技術力によって人一人で生み出す生産力、いわゆる富は大差があります。我がジュブラン領の人口は1200人余りですよね?」ライが父に確認する。


「ああ、現在はそうだな。これは祖父の時代から余り変わっていない。なにしろ、幼児で死ぬものが多いからな」


「幼児の死亡が多いのは、栄養不足もあるでしょうが衛生状態が悪いための病気と、冬の寒さでしょう。これは、便所の改良と農民の家の改装が必要ですね。

 ただ、そうするには人々と領にそうするだけの資本、つまりお金が必要です。しかし、その金を生み出し、運用するためにはそれが可能な人材が必要です。今の領民で字を書け、計算ができるものはわずかですよね?」

 ライの言葉に父が頷く。


「ああ、しかし、農民にそうした知識はいらんだろう?」

 父が返す。


「いえ、決してそうではありません。今後、農業も効率を高めていこうと思っていますが、その際にいつ種をどのように撒いて、肥料はどれだけどのように撒いて、いつどれほどの水をやるのかということを自分で決めて、行できる知識と技能が必要になります。


さらに、今後は領内で、様々な食品、酒、工芸品などを作ろうと思っていますが、そうしたものを作るにはいろんな知識と計算の能力が必要です。加えてこれらを商人に売って利益を得るためには、原価と利益ということを理解してさらにお金を間違いなく計算する能力が必要です」

 ライの言葉に父、ラマランはうなる。


「うーん、それはそうだな。しかし、今現在農地を耕している皆にそういう教育をすることは不可能だろう?」

 父の返しにライが答える。


「それは、そうです。大人に仕事を終わって夜勉強しろと言っても無理でしょう。ですから、子供に教えるのです。“学校”を作って、半日程度読み書き、計算、それから国の常識、さらに“科学”を教えます。そうすれば、子供からそうした知識はある程度は伝わりますし、人によっては学びたいという大人も出ます」


「学校?王都にある学園のようなものか?」

 父がそれは無理だというように返す。


「いえ、村々に子供が通って来られる程度の距離で小屋をつくり、そこで教えるのです。問題は教師ですが、最初はこのジュブラン村で、お母様にお願いして僕が助ける形で始めようかと思っています。

 僕が考えている方法でお金ができれば、貴族や商人の一族で職にあぶれている人を教師として雇いたいと思っています。学校の建物など領からの支出もありますが、いずれは農民も豊かになりますから、ある程度は彼らが負担することもできるでしょう」


 ライの話に、父はためらいがちに頷き言う。

「ミワーラン(妻)のためにも、子供に教えるというのはいいかも知れないな。ここは田舎で、通常だとよくある貴族間の社交などないからな。しかし、彼女の無理がない程度に頼むぞ。

 お前の言う学校の構想は、出来ればいいとは思うが、領と領民が豊かになることが前提でもあり、なかなか簡単ではないと思うぞ」


 ライは、それに対して明るく言う。

「いえ、いえ、今の段階だったら豊かになることは簡単です。なぜなら、今が悪すぎるから。知識がないためにせっかくの条件を生かしていません。

 題して、『ジュブラン領所得3倍増計画』です。3年で達成したいと思っています。

 まず、当面必要な資金を得るために、鉄を精錬して売りましょう。また、種付けを控えている今、肥料を作って作付け前に畑に撒きます。これで、鉄を売ったお金が入りますし、秋には普通の年の3倍の収穫が得られます。


 僕も魔力を増やすためには、魔力をできるだけ使いきった方がいいですから、毎日鉄の精錬と肥料の生産を行います。さらに、鉄については、高炉を作って、僕がいなくても精錬できるようにしましょう。また、麦が育つ間にはこの領で作れる特産品を何か考えて、実際に作り始めましょう」


 ライが目を輝かせて言うのに父がタジタジとしながら返す。

「う、うむ。そうだな。しかし、我が家の寄親は隣のシラムカラ侯爵家だ。スブラン・ドラ・シラムカラ侯爵は立派な方で信頼できるし、子息のマジカル殿も穏やかな方で同様に信頼できる。

 この件は、侯爵家に話をして、すこし大きな規模で始めた方が、国への説明もやりやすいと思うがな。お前の言うように国を動かして、サンダカン帝国に対抗しようとするにはその方が有利だと思うぞ」

 ライはそれを聞いてもっともだと思った。


「なるほど、おっしゃる通りです。でも、我が領として短期的、中期的にどうするか今から話をして、一応文にしてまとめておきましょう。

 それにしても、兄上のヒラジグルが王都の学園に行っていない今、私達だけでは何もできません。僕は領内を回って将来僕の仲間になるものを集めておきたいと思っています。当然彼らには、真っ先に最良の教育は施しますよ。この点は認めてください」


このようにして、父との協議でまとめられたのは以下のような内容だった。

1) 計画達成年は3年後の3の月とする(1年は300日で、10の月に分かれる)。

2) 領の人口を現在の1200人から2倍の2500人にする。

3) 領内の耕作面積を現在の8万イル(1600ha=16k㎡)から10万イルに増やす

4) 小麦の生産量を現在の48万ブル(240トン)から3倍増にする

 これで、人口が増え、1人当たりの消費量が増えても余剰量が現在の12万ブル(60トン)から80万ブル(400トン)になる。

5) 当面、ライが鉄を精錬して、シラムカラ家を通して売りはらうことで、諸々の資金を稼ぐ。

6) ライが、ジュブラン領に必要な窒素、リン酸、カリウムの肥料を魔法で作り、今年の作付け部に施肥する。

7) 領民すべてに、ライが順次魔法の使い方を教える。大部分のものは身体強化のみの使用となると思われるが、その内の魔力の強いものを選んで魔法を教える。

8) 当面、ジュブンラン家の作業小屋を改装して、校舎としてジュブラン村の6歳以上15歳以下の未成年を対象として学校を開く。人口600人のジュブラン村で対象の子供は25人の見込み。

9) 領内の残りの2つの村にも学校を建設して、出来るだけ早く教師を採用する。

10) 村内の産業は、製鉄・肥料生産の他、当面石鹸、焼酎、製紙について当面領内とシラムカラ領の消費を当て込んで生産を開始する。


 これが、2年後にはラママール王国中から見学者が集まってきた結果、知らぬものも無くなった、ジュブラン領の所得3倍増計画であった。


 ライは裏山の赤ちゃけた岩山の前で、鉄の精錬をしている。これは、父との話の直後から始めている。裏山の鉄鉱石の量は、ライが探査したところでは、容量が大体1千万㎥程度であり、鉄の純度は約45%である。

 この場合、鉱石の比重は大体5.0であるため、鉄としては2千2百万トンである。今後ラママール王国において、鉄の消費量が増えても年間100万トンに達するのは当分かかるので、暫くの間は国内の消費は十分満たせるであろう。


 ちなみに、父の話では今のところ、1㎏の精錬した鉄の価格が10ダイン(千円)もする。このため、農機具の鍬など先端部のみに鉄を使っている。ところが、ヒロト情報では大量生産ができている日本では、わずか1㎏50円程度である。

 結局鉄が高いということは工業レベルが低いということで、これが安くならないと産業の効率も上がらないのだ。しかし、1/20にコストを下げるということは容易なことではない。魔法を使って、鉄の棒を作りながらライはため息をつく思いであった。


 このコストを下げるためには、魔法で鉄を作っていたのでは話にならないので、どうしても早めに高炉を作る必要がある。しかし、高炉で鉄を作るには大量の燃料が必要であるが、木炭では資源量に問題があるであるので、石炭を見つけたい。

 もっとも 石炭はそのまま使うと含まれている硫化物で鉄の品質が使い物にならないので、蒸し焼きにしてコークスにする必要がある。


 ライにとっても、鉱石が目の前にあってさえ、魔法で鉄を作るのは容易ではなく、1時間で僅か200kg程度しか作れず、魔力を振りしぼって5時間の作業で1日1トンが限度である。これだけ作ると、よれよれになって、家にようやく飛んで帰れる程度に疲れる。

 しかし、5日の作業で5トンをつくったので、これが5万ダラン(5百万円)で売れると金貨50枚で当面必要な資金はできただろう。


 明日からは、領民達に魔法を使えるようにする処方と肥料生産だ。父と妹及び母にはすでに処方して、要領は大体つかめた。まずは、領内を回って、魔力の強いものを選び出すことから始めるつもりだ。

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