第2話 ライの覚醒2

 子供たちの魔法の訓練は、これで10日目程度になる。ライは、ライとしての“前世”で魔法として身体強化は一応使えたが、それは幼い体の今の状態と差がない初歩的なものであった。


 ラママール国において魔法を使えるのはレアケースであり、もっとも初歩と言われる身体強化であっても、10人に一人であり、火、風、土、光魔法のいずれかを使えるものは、約500万人の国民のうちの千人に満たないであろうと言われていた。

 しかし、魔法についての知識については、魔法のない国の人であったはずのヒロトがよく知っていた。


『いや、むろん自分は生前、魔法なんて知らないよ。しかし、その知識はこうやってライと一緒になる際に授けられたようだね。少なくとも、このラーナラ世界の人々は皆魔力を持っている。だから、しかるべく刺激して訓練すれば、強さに差はあるが皆ある程度の魔法は使えるようになる。


 今のところ、魔法を使える人は偶然使い方に目覚めた人か、魔力が強くて必然的に使えるようになった人だ。また、その活用も力任せの不器用なもので、実際に持っている力の一部しか使っていない。さらに、これはやむを得ないが、世の中の物理現象の原理、つまり“科学”に無知であるため、その威力に限界がある。


 だから、身体強化は誰でもできるようになるよ。魔法についても10人に一人くらいは可能になると思うな。さらに、その威力は科学を理解して使えれば、レベルの違うものになえるだろうな。


 ちなみに、ライつまり私の魔力は最大級で、属性とかは関係ないから、恐らくすごい魔法が使えるはずだよ。また、これも授けられたもので“鑑定”や“探査”がある。これは、他の人の魔力を鑑定できるし、物・人を探ってその本質を知ることのできる極めて有用なものだよ』


 ヒロトの説明であるが、おかげでライは今訓練している、魔力の強い子供を探し出せたのだ。集めた子供に対して、ライはまず魔力を意識させるところから始めて、魔力の体内の循環、魔力を体に満たしての身体強化は問題なく皆がこなせた。

 魔法についても火、風土の基本的なことはできるようになっており、徐々に高度な練習をしているところだ。


 このように、領内の子供を集めて訓練するまでには、自分でも考え、父には真実のことを打ち明けて相談に乗ってもらっている。

 ライは、“目覚めた”その日、一日考え込んだものだ。命題は『どうすれば、サンダカン帝国のラママール王国への侵攻を防ぐか』である。サンダカン帝国はいわば魔法帝国であり、魔法こそが国としての力であり、その階級を形造っている。


 サンダカン帝国人は、平均して魔力が強く、その平均的なものでも他国のトップ魔術師レベルの魔力を持っている。その魔力を活用して、彼らは当初人口500万人足らずの、ラママール国程度の王国から、ライが殺された年には、今やこのラムサール大陸の全てを支配する存在になっていた。

 いまの現在の時点では、大陸随一の経済大国であった、ジルコニア帝国と争っていたはずだ。


 サンダカン帝国は、ジルコニア帝国を征服して以来、魔法を活用した軍事力のみならず経済力を含めた国力が大幅に増して、地理的に遠いという理由のみで、大陸に独立国として残ったラママール王国を含めた国々では、どうにもならない巨大な存在になっていた。

 しかも、サンダカン帝国はジルコニアの持っていた、銃及び製鉄技術をはじめとした技術を手に入れてしまったのだ。


 つまり、ジルコニアを征服する前の今であれば、ラママール国にもまだ手を施す術はあっただろう。しかし、これを両帝国の争いに介入を実行するためには、ラママール国の政治を動かさなければならない。

 しかし、田舎貴族のジュブラン家に、国の政治を動かす術はない。これは、自分で動いて、自分の身近で国を動かすほどの実績を上げるしかないだろう。


「父上、相談があります」

 ライはじっくり考えた後、父である男爵ラジル・マス・ジュブランの執務室を訪ねた。父は、ドアに向かって正面の机について、ドアから一歩入って立っているライを興味深げに見て言う。


「ライか。ドアを閉めて、この椅子に座りなさい」

 父は彼の事務机の前のあるスツールタイプの椅子を掌で差し示す。ライは言われるとおりに、ドアを閉めて、椅子にちょこんと腰かける。8歳の小さな彼は、父からはようやく顔と首のあたりが見える程度だ。


「ライ、君は数日前から随分変わったね。どうしたのかな?」

 父はライを正面から見つめて聞く。ライは躊躇った、しかしすでにサンダカン帝国の影は父も知っているはずだ。


「はい、私はサンダカン帝国の軍人に殺されたのちに、幼い自分に転生したのです」そう答えたライの目を父はじっと見つめる。ライは緊張して目をそらしたかったが、我慢して父の目を見返す。


「ふーむ。にわかには信じがたい。しかし、ライの今の口調は明らかに数日前のお前のものではない。わかった。言いたいことを言ってくれ」

 父がやがて穏やかに言う。


「はい、8歳の私と私の周りは今の自分そのままだと思います。しかし、たしか私が15歳の時、つまり今から7年後に、ジルコニア帝国が帝都ジルコニアの守りを破られ、ついにサンダカン帝国の軍門に下ります。


 その結果、ジルコニア帝国の富と技術が、すべてサンダカン帝国のものとなりました。サンダカン帝国の皇帝ジェーラルーンのやり方は極めて巧妙でした。ジルコニアの富と技術を十分に自分のものにするために、5年の間それに関係する人々を優遇して、徐々に自分のものにしていきました。

 そして、自分たちで完全にコントロールできると見た途端に、それらのジルコニア人を奴隷の身分に落としました。


 元来、サンダカン帝国の身分制は、魔力の強弱で決まっており、貴族は全員強い魔法が使えるものです。それ以外のサンダカン人は平民ですが、全員が自由民で半数以上が貴族ほどではなくとも魔法が使えます。


 そして、被征服民は基本的には奴隷であり、魔法を使える男は断種されるか殺され、女はサンダカン人の子を産まされ、子が生まれたら取り上げられて歳をとったら自分は殺されます。これは王族・貴族だろうが平民だろうが関係ないようです」


 そこまで、聞いて父は「ふー!」と息を吐いた。顔が赤く染まっている。

「父上、続けていいですか?」

 ライが父を見て聞くと、父は頷くので続ける。


「私が殺されたのは22歳ですが、さっき言ったジルコニア帝国の話は、私が20歳の時です。わがラママール王国に降伏勧告が届きました。それは、3か月以内にすべての町、城を開城して武装を解除せよとのことです。


 結局サンダカン帝国はジルコニア帝国を完全に飲み込むのに5年を要したわけです。抵抗したら抵抗したもの、及び家族はすべて皆殺しですべての住民は財産を取り上げて奴隷にするといいうことです。自主的に開城した場合には、王族と貴族は代官として存続させ、他は平民として一定の資産は持たすという条件でした」


 父はそれを聞いて首を振っており、ライも暗い顔で頷いて言う。

「そうです。サンダカン帝国の約束などあてになりません。ジルコニアの場合もそうですが、ほぼ、ことごとく裏切ってきています。しかし、その時点で、帝国の人口は奴隷も入れてですが、1億人です。


 残った独立国は4か国で、わがラママール王国520万、隣国シグラナール王国490万を入れても全部で2千万人強で全く敵いません。兵力も、敵は奴隷兵のみで楽々300万人であり、わがラママール国の最大動員数は、鉄の武器を持たすとなると20万がせいぜいでした」


ライは一旦言葉を切って続ける。

 「イリカムラン王は、諸侯を王宮に集め協議をしましたが、どうにもなりません。結局名誉ある死を選ぶ、という結論になったのです。しかし、その夜にサンダカンの支配下に置かれた、旧シムラマーク王国に隣接して東部辺境伯を中心に反乱が起きて、王は殺されました。

 さらに、その夜に父上とヒラジクル兄上も戦いの中に亡くなりました。反乱者はすでにサンダカン帝国の、魔法使いたちを引き入れていたのです」


 男爵ラジルは目を剥いて叫ぶ。

「なんと、私とヒラジクルは反逆者とサンダカン帝国の者の手にかかって死ぬのか!」

 ライは、続いて残された母と妹を守って、領地で出来るだけ抵抗したが、最終的にサンダカン帝国の魔法使いに敵わず、剣に貫かれて死んだことを言った。

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