ライの物語、日本人の知識による復讐譚
@K1950I
第1章 少年期
第1話 ライの覚醒1
ライは、川辺の平らな岩に座り込んで目を瞑り体内の魔力を巡らせていた。
彼は“目覚めた”あの朝以来、このいわばウオーミングアップを続けている。これは、自分の体のなかにある塊のような形で蓄えられている魔力を意識して、それを自由かつ精密に操るための基礎的な訓練である。
つまり、いわばどろりと動きの悪い魔力をサラサラにして、素早く意のままに動かせるようにする自己鍛錬ということになる。彼の服装は、麻のような繊維で編んだTシャツのような上着に紐で腰を絞めた半ズボンだ。足にはわらじのような草を編んで、紐で足に括り付けたサンダルを履いている。
彼は8歳であり、まだ幼いが彼の人格は3人のものが混合して形成されている。その一つは、彼自身、ライ・マス・ジュブラン男爵の2男、8歳のものであり、もう一つは同じライが22歳で殺された時のものである。
さらにもう一つは、このラーナラ世界から言えば異世界のニッポンという国の75歳で死んだ男のもので、その世界はカガクという学問が発達した社会だったらしく大変な物知りである。
ライが、自らの前世と違う人格の記憶を取り戻したのはほんの15日前であった。彼は田舎の貧乏な男爵家の次男坊であるが、有能な父と優しい母、乱暴ではあるが優しいところもある5歳年上の兄、2歳下の可愛い妹に恵まれて、毎日をそれなりに楽しく過ごしていた。
幸せであったと言ってもいいであろう。8歳の彼は、年にしては高めの身長で、毎日山野をかけまわっているおかげで、筋肉もそれなりについて動きは鋭敏である。
母と兄から教えられる勉強については、覚えは良い方である。しかし、コツコツ努力することには向いていないようで、田舎の貴族の子供としては普通の勉強進捗レベルである。
やんちゃであり、木を削った木剣でよく村の仲間とチャンバラごっこをして、同年代では敵はいないが、父が剣の天才と言う兄には全く歯が立たない。
2週間前のその朝、彼は突然襲ってきた頭の痛みに目が覚め、「う、ううー」とうめいて頭を抱えて転げまわった。どのくらいの時間そうしていたか解らないが、痛みが徐々に引いていくのを感じて心から安堵の気持ちが湧き出てくる。
しかし、そこで自分が変わってしまったのに気が付いたのだ。ライはハッと意識がもどって目を開けた。『ありえない!』横たわって目に入ったそこには、懐かしい子供の頃からの部屋の、むき出しの屋根の骨組みが見える。しかし、骨組みはまだそんなに古くなく、ライがよじ登って様々に巻き付けた沢山の紐が見えない。
彼ははっと体を触った。『小さい!』彼の最後の姿だったたくましい体付きではない。『若返っている!』彼は心の中で叫んだ。それでは、あれは事実だったのだ。彼は湧き出てくる憎悪と苦しみの中で歯を食いしばって記憶をたどった。
彼は、サンダカン帝国の貴族である金髪のあの若い将校に魔力で叩き落され、その衝撃で痛みの中で身動きができないままに、その男の剣が自分に迫ってくるのを憎しみの目で見つめるしかなかった。
そして、その剣は彼の喉を切り裂き、その鋭い痛みに体が引きつり、とどくどく流れでる何かを意識しながら急速に意識が失われていったのだ。
また、彼は日本人の狭山浩紀でもあった。老年となって引退したエンジニアとして、穏やかな日々を送っていたある日急激な痛みに襲われ、そのままに意識を失ったのだ。多分あれは脳梗塞だったのだろう。
異世界人の人格であるヒロキはともかく、成人だったライは未来から時を遡って帰って来たことになる。
そして、彼は8歳の自分が今後育つ中で、ジュブラン家とその家族が受けることになる過酷な運命、そして自らが剣に貫かれて死ぬことを“知っている”。ライは、自分が今こうしてあるのは、その運命を跳ねのけるためであると確信している。
それは、多分偉大なる“ミーナル神”に与えられたもので、今後自分がその未来を変える運命の下に生まれたのだ。これは、3つの人格の自分に目覚めて数日の内に確固として居座った彼の信念である。結局、ライの人格は、確固とした信念と目標を持った、22歳だったライの人格のもとに動かされることになったのだ。
ライは一通り魔力を巡らせ、スムーズに魔力が巡るようになったことに満足して、目を見開き立ち上がった。すでに、彼の体には魔力が十分にめぐり“身体強化”の状態になっている。軽く右足で跳ぶと、1mほども跳びあがる。
ちなみに長さ・距離・重量・時間等の単位に関しては、日本人だったヒロキの記憶から、彼の使っていた単位が無意識に適用されている。このサーマラ世界の、ライの住むラママール王国では、これらの厳密な単位はなくあいまいであるため、日本の尺度等が考えるには便利なのだ。
しかし、大国であり、将来ラママール王国を滅ぼし、ライを殺すことになる、サンダカン帝国ではもっと厳密な単位があると言われている。
ライは、さらに左足、右足と数分軽いジャンプの後、力いっぱい岩から岸側の草むらに飛び移り、まばらな森の中に駆け込む。森の木や、灌木や草の群落を避けながら、ライは走る。
全力ではないが、ジュブラン村の周囲約5㎞を、2週走り切れる速度で風を切って走る。“目覚める”前のライは、当然このような自ら課した訓練としてのランニングはやってなく、到底村の周囲を走りぬくだけの体力はなかっただろう。
ライの中のヒロトにとっては、この自らの足で息を弾ませながら疾走するこのランニングは快感であった。75歳で死んだ彼は、死ぬ前の5年間は心臓が悪いうえに膝が痛かった。だから、到底で走ることはできす、毎朝愛犬を連れて、ゆっくり自宅の周りを歩いて回るのが唯一の運動であった。
それが、身体強化のお陰もあるが、空気抵抗が大きく感じるほどの速さで、多分10㎞ほどの距離を走って、辛いほどの事もない。
彼がその周辺を走っている村のなかは、大部分小麦畑であり、今は作付け前である。早朝の今、村人が畑を耕している姿が彼方こちらに見られる。作付けまで20日ほど、それまでに父と話をして、肥料を使用することを説得しなければならない。ライは、そのように改めて決心する。
彼は、ランニングを終え、いつものように、ジュブンラン家に近い広場に向かう。そこは、森に近い、100m四方程度の草原であり、子供の遊び場になっていて、頻繁に子供に踏まれて裸地になっている部分もある。
そこには、男女10人ほどの子供が集まっていて、ライが広場に入って来ると皆がそれぞれに言う。
「ああ、ライ様」
「おはよう、ライ様」
「おはよう」
「おはようございます。ライ兄様」
そのように口々に言って集まってくる。人数は正確には11名、男7人、女4人で妹のミーシャも加わっている。それぞれの歳は、最年少は妹の6歳から最年長の村長の息子ケビンの11歳である。
「おはよう、皆!では始めようか」
ライが集まった皆に呼びかけると、皆はそれぞれライを向いて裸地になった広場に広がる。そこで、ライはいわゆるラジオ体操を始める。
「では、準備体操を始めます。まず、手を振って膝を曲げます!」
ライの掛け声で、彼の動作を真似ながら皆が体操を始める。ライがこれを始めたのは10日前で、いつものように、広場に集まって遊びをしようとする皆に呼びかけて始めたのだ。
ライは体操の後、ライは皆に呼びかける。
「はい、ではその辺の草の上に座ってね。次は魔力を体に巡らせます。そのまま目を瞑って、魔力を意識してね。できましたか?」
皆目を瞑ってライの言葉に順次コクコクと頷く。
妹のミーシャが一番早いが、それほど時間をかけずに皆頷く。
「では、頭にある魔力をおなかのあたりまで巡らせてね。ぐるぐる。ぐるぐる、とね」
しばらくして、ライがまた声をかける。
「はい、では立ち上がって、その魔力を、体の隅々に行きわたらせて!いいかな?」
「はい!」
「はい!」
「おう!」
口々に答えるので、ライが呼びかける。
「軽く、片足で跳ぼう。それ、それ、それ、それ!」
一番小さいミーシャですら1m近く左右に飛びあがる。
「よーし、次は辺りを軽く走りまわる。それはじめ!」
皆は小さい子とは思えない鋭敏さで広場またその外まで走り回る。
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