第三話 入学式(後編)①

 御者と共に城を訪れたカイは、城内を堪能する暇もなく、すぐに夕食の席に案内された。他の継承者たちは既に食事を済ませ、明日の入学式に備えて就寝したとのことだった。

 夕食を食べ終えるとすぐに入浴させられ、その後は寝間着に着替えさせられた。入学式が終わるまでは、継承者個人の部屋への案内はできないということで、来客用の寝室に案内された。

 流れるような速さでベッドに入ったため、カイは余韻に浸ることができず、また、入学式への緊張から、眠りにつくことができなかった。


(明日はいよいよアカデミー入学式か……。他の国の継承者たちといよいよ対面なんだな……)


 継承者たちは、入学式当日にお披露目することになっていた。


(いったいどんな人たちなんだろう? 楽しみすぎて寝れないや……)


 しかし、疲れが溜まっていたのか、目を閉じた瞬間にカイは深い眠りについた。



 次の日、カイは早朝から、使用人たちに身支度をされるがままにされていた。

 洗顔、歯磨き、入浴と、全身くまなく清潔にされた後、アカデミーの制服に着替えた。

 アカデミーの制服は、金のラインが入った白いジャケットと紺のズボンに、胸には星をかたどった金のブローチが輝いていた。星≪アストラル≫の未来を背負う継承者、そう名乗るにふさわしい装いといえた。

 さらにその上に、式典時に着用する紺色のケープマントを着せられ、腰のベルトには、<継承器>クラウソラスを収めた鞘が通された。


「俺、本当に継承者になっちゃったんだな……」


 カイは鏡の中で、制服に身を包み、<継承器>を手にする自分をじっと見つめた。継承者となった実感が、制服を着る前よりもさらに湧いてくるのを感じていた。


「さあさあ、感慨に浸っている場合ではありませんよ!」


 カイの着替えを担当した使用人の声が、カイを現実に引き戻した。


「この後は、待ちに待った入学式なのですから!」



 入学式は、城内の大広間で執り行われた。大広間には、音楽隊や衛兵、各国の貴族と商人が集まっていた。

 継承者たちはそれぞれの<継承器>を手に寝室で待機をし、名前を呼ばれたら、部屋の中に設置された転移用魔法陣から、大広間に移動することになっていた。

 式の様子は、映像魔法を用いて各国に中継されていた。大広間にいる貴族と商人だけでなく、帝国、大陸中の人々が、新たな継承者のお披露目を待ちわび、ざわついていた。

 そんな中、待機していた音楽隊が一斉に演奏を始め、広間をその見事な旋律で満たした。

 演奏が終わると、紺色の服に身を包み、厳しい顔をした銀髪の男性が姿を現した。

 式の進行役であるその男性は、たった一言──しかし、その場の雰囲気をがらりと変えるほどの力を秘めた、一言を告げた。


「これより、帝立アカデミーの入学式を始める!」


 男性の声が引き金となり、大広間だけでなく、大陸中の人々が歓声を上げた。


「静粛に!」


 歓喜に沸く人々を静めたのも、同じく男性の声だった。彼は続けて、この入学式に欠かせない人物の名を呼び上げた。


「アストラル大陸第四十代皇帝・バルトロメイ陛下の御成!」


 そこに現れたのは、星をかたどった黄金の冠を頭に載せた、一人の老人だった。

 白銀の髪は神秘的な輝きを放ち、研鑽した輝きを秘めた鷺色の瞳は、その人物がただの老人ではないことを物語っていた。

 その人物こそ、中央帝国エデンの統治者であり、アストラル大陸の全てを統べる存在。

 すなわち、第四十代皇帝──バルトロメイその人だった。

 皇帝の登場に人々は先ほどよりも大きな歓声を上げ、またも進行役の一声で静められた。

 皇帝は広間に集まった人々だけでなく、中継用の魔法陣の向こうにいる人々にも向けて微笑みながら、玉座へと静かに座った。


(この人が、アストラル大陸の皇帝……)


 寝室で、映像越しに皇帝の姿を初めて見たカイは、緊張でこわばっていた体がほぐれていくのを感じた。包み込まれるような安心感を、皇帝の微笑から感じていた。

 しかし、進行役の男性が上げた号令により、すぐに緊張を取り戻した。


「これより、当代の継承者たちの召集を始める!」


 この号令により、いよいよ待ち望んだ時が来たことを知った人々は、各地で大歓声を起こした。

 男性は、この場に招集する最初の継承者の名前を呼び上げた。


「最初に、ソラリア王国代表、クラウソラス継承者──カイ・ソラリアム、こちらへ」



「えっ、俺!?」


 中継を観ていたカイは、まさか自分が一番手になるとは考えていなかったため、慌てて魔法陣の中に入った。

 魔法陣を使った移動は初めてだったため、移動してる間、乗り物酔いなのか気分が悪くなった。

 カイは、腰に携えていた<継承器>を、お守りのつもりで右手で強く握りしめた。

 転移が終わると、カイの目の前には、白く広い空間と、新たな継承者を出迎える人々の姿が広がり、カイの姿を目にした途端、今までよりも大きい歓声が広がった。

 皆、新しい継承者に期待をしている。

 そう思うと、カイは誇りと緊張で胸がいっぱいになった。

 カイは大広間の中央まで移動し、胸を張って姿勢を正した。

 その様子を、玉座から皇帝が優しく見守っていた。


「続いては、ゴエティウス王国代表、ゴエティア継承者──ベレト・ゴエティウス」


 次に魔法陣から出てきた人物を見て、カイは目を見開いた。

 現れたのは、昨日森で出会った、宵闇色の少女だった。


(あいつも継承者だったのか……! ゴエティウスって、魔人の国だよな。てことは、あいつは魔人なのか)


 ゴエティウス王国は、大陸本土から離れた場所にある島国で、魔人だけが住むという変わった国であった。

 魔人とは、『人』ではあるが人間とは異なる種族だった。角や牙など、大陸の脅威である『魔獣』と似た特徴を持ち、長命かつ怪力を持つが、それ以外は人間と変わらない存在であった。

 中でも、ゴエティウス王家は一般の魔人よりも強く、特別な力を持った魔人の一族らしいという噂があった。


 少女──ベレトは、黒と金に彩られた剣が収められた鞘を、カイと同じく腰のベルトから吊り下げ、広間の中央まで歩いてきた。

 ベレトはカイの右隣に立ち、横をちらりと見ると、彼に気づいて目を見開いた。

 両者は、互いが同じ継承者であることを知り驚いたが、昨日のことを思い出し、互いにフン、と顔をそむけた。


「カザミ王国代表、アマハバキリ継承者──ハヤテ・カザミ」

「はい!」


 次に現れたのは、菓子屋で出会った、若草色の少年だった。

 カイは、見知った顔を見てうれしくなると同時に、少年──ハヤテもまた継承者だったことに驚いた。


(あの子も継承者なのか……! カザミって、東の方だよな…他の王国と違う文化を持つ国だって聞いたことがある。ハヤテが持っている剣は確か……カタナ、って言うんだっけ? かっこいいな~!)


 カザミ王国は、アストラル大陸の東に位置する、自然豊かな国であった。

 刀や着物など、他の国とは異なる独自の文化を持ち、ゴエティウスとは別の意味での異質さを持つ国だった。

 また、カザミには、ゴエティウス王家に匹敵する力を持つ魔人の一族が存在するという噂もあった。


 ハヤテは、カイとベレトのものとは形が少し異なる剣と鞘を手に、二人と同じ場所まで歩き始めた。

 カイは、自分の左隣に来たハヤテに対し、こっそり手を振った。ハヤテの方も、カイに気づいて笑顔を見せ、小さく手を振り返した。


「サンモルシュ王国、グリモワール継承者――エミール・サンモルシュ」

「はい」


 次は、書店で見かけた、氷のような女性だった。

 声を聞いて、女性ではなく男性だったと知り、カイはとても驚いた。


(男だったのか!? 女の人みたいに綺麗だったから分からなかった……。サンモルシュは魔法使いがいっぱいいる国だって聞いたな)


 サンモルシュ王国は、大陸の北に位置する王国だった。

 アストラル大陸において、魔力を持つものと持たないものの比率は半々だが、サンモルシュ王国は国民全員が魔力を持ち、魔法が当たり前のように浸透し、優れた魔法使いを数多く輩出している国だった。


 青年――エミールは、花や雪のような装飾が施された銀色の杖を収めたホルダーを腰に携え、ハヤテの左隣まで歩いてきた。彼は無言で、昨日カイに向けたような涼やかな微笑を浮かべ、前を向いていた。


「メンシュリヒテン公国代表、フレイン継承者――ブラウ・メンシュリヒト」

「はい」


 続いて魔法陣から現れたのは、噴水で出会った、宝石の青年だった。


(噴水の人もかー! メンシュリヒテンは、ホムンクルスの国だっけ)


 メンシュリヒテンは、大陸の西に位置する国で、大陸でも珍しい『公国』であった。この国には大勢のホムンクルスが暮らしており、国の人口の八割を占めているとも言われていた。

 ホムンクルスとは、賢者の石という、魔力を秘めた石を心臓に持つ生物であり、人間と変わらない容姿を持つが高い知能を持ち、食事や排泄を必要としない存在だった。


 青年――ブラウは、弦が折り畳まれた弓のようなものを背中のベルトに収め、ベレトの右隣まで歩いてきた。彼はカイと出会った時と変わらず、感情のない顔をしていた。


(本当にいろんな国から継承者が来るんだな〜! 国境の取り締まりが厳しくて、どの国も行ったことないんだよなぁ……)


 大陸では大昔、国同士の侵略争いがたびたび起きていた。そのことから、大陸間の移動は厳しく取り締められ、貿易や国の行事などの場合を除き、他国への旅行はほぼ不可能となっていた。

 大陸の南にあるソラリア王国は、貿易が盛んな国であり、商人の出入りも多かった。カイは幼い頃から他国の商人を度々見かけることがあり、故郷以外の国に強い興味を持っていた。

 カイは、他の継承者たちから、各国の色々な話を聞けると思うと、楽しみになってきた。


 「以上五名が、次期皇帝の座の継承者候補となる。新たなる継承者たちに、盛大な拍手を!」


 進行役の呼びかけにより、大広間には数多の拍手が響いた。

 広間だけでなく、各国でも拍手が起こった。大陸中の誰もが、未来の皇帝候補達に、期待のまなざしを向けていた。


「ここからは、皇帝からの御言葉である」


 進行役に促され、皇帝は玉座から立ち上がり、階段を下りて、継承者たちの前まで歩いてきた。自分たちの眼前まで来た皇帝を見て、継承者たちの間に緊張が走った。


「継承者諸君。まずは、入学おめでとう」


 皇帝の声は、とても穏やかだった。その声を聞いた誰もが、不安や緊張から解放され、心が和らいでいくのを感じた。


「このアストラル大陸は、長い間脅威にさらされてきた。その脅威とは、魔獣だけではない。人々の心に生まれる怒りや悲しみ、憎しみが生まれ、そこからさらに争いが生まれる──脅威とは、形なきものにも現れる。

だが、その脅威に対抗できるのも、また人であり、心である。<継承器>は、それを可能にする手段であり、人が持つ『可能性』である。

 この帝立アカデミーでは、<継承器>の使い方、『皇帝とは何か』を学ぶことができる。

 君達は、アストラル大陸の未来を担うにふさわしいと<継承器>に選ばれた。そのことを、どうか誇りに思ってほしい」


 皇帝は、 祈りを捧げるかのように目を閉じた。


「君たちが描く未来を、私もとても楽しみにしている」


 誇りに思うもの、ただ受け止めるもの、退屈に感じるものなど、皇帝の話を聞いていた継承者たちの反応は多種多様だった。

 そして皇帝は、入学式の幕を下ろす言葉を紡ぎ始めた。


「改めて、帝立アカデミーへ……」


 だが、入学式の幕引きは、突然の地響きにより遮られた。

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