第一話 カイ・ソラリアム

 カイ・ソラリアムは太陽のような少年だった。

 ソラリア王国第三王子として生まれた彼は、誰よりも明るく元気、どんな時でも笑顔と前向きさを忘れない少年だった。

『王家の子は十五歳になるまで民の子として育てる』というソラリアム王家のしきたりによって、カイは十五歳まで王国内の小さな村のパン屋の子として育てられた。彼は幼い頃から家の手伝いをすすんで行い、近所の子供達とよく遊び、困っている人を見つけては放置することができず、助けていた。

 太陽のような橙色混じりの金髪に、青空のような色の瞳を持つ彼のことを、村の人々は「太陽くん」と呼び、嫌うものは誰一人いなかった。よく笑い、よく遊ぶ、普通の子供だった。

 彼自身も、十五歳の誕生日に迎えに来た王家の使者から、自身の出生を聞かされるまでは自分はパン屋の子だと信じていた。

 王家に迎え入れられた当初は戸惑いこそしたが、その明るさからすぐに馴染んだのだった。

 自分が王子と知った時が人生最大の転換期だとカイは思っていた──その日が来るまでは。


「さて、とうとうこの日が来てしまったな……」

 大陸に何度目かの春が訪れ、草木に咲いている蕾から花が芽吹き始めたある日のことだった。朝食の席で国王である父が静かに、だが待ちきれないという気持ちがにじむ声で話し始めた。

「未来の皇帝を選ぶ<継承器>が光った。それはつまり、五十年に一度、皇帝の座を継承する者が各王国から現れる日。このソラリア王国からは、お前たち二人の中から出る。王家に代々伝わる武器によって選ばれた者が継承者に――未来の皇帝になるということだ!!」

 各王国の王家には、代々伝わる<継承器>という、伝説の武器があった。かつて大陸に大いなる脅威が訪れた時、<継承器>を手にした英雄達がこれを払ったという伝説があり、その英雄たちから最初の皇帝と五大王国の王、そして彼らを祖とする五大王家が誕生した。このことから、<継承器>を手にした王家の人間が、皇帝になる資格を手にするということになったという――カイはそう聞かされていた。

「継承器!! 王家に代々伝わる神聖なる武器であり、帝位継承者を選ぶという伝説の武器!!」

 長兄のライトが大きな声を出した。

「俺は年齢から外れてしまっているので選定対象からは外れているが、弟たちが未来の皇帝候補に選ばれたのはとても誇らしい!」

<継承器>に選ばれるには条件があった。一つは十五から十八歳であること、もう一つは王家の子であること。

 ソラリア王国でこの二つの条件を満たしていたのは十八歳のシェイドと十五歳のカイであり、二十二歳のライトは選ばれなかったのである。

 王国の騎士団長を務めるライトは、カイと似た金色の髪と空色の瞳を持ち、豪快かつ大らかな人柄から『太陽の騎士』として国民から慕われていた。カイはそんな兄を『強くて優しい、憧れの兄さん』と尊敬していた。

 一方、次兄のシェイドは継承式の話を聞いて気を引き締めているのか、どこか真剣な表情で食事をしていた。影のように黒い髪と紺色の瞳を持ち、他の家族と違い無口で冷静な性格のシェイドは、騎士団の副団長として団長の補佐を務め、『月の騎士』として慕われていた。カイは彼と会話をすることはあまりなかったが、「静かだけどかっこいい、自慢の兄さん」と尊敬していた。

「とうとう我が王家から皇帝が生まれると思うと…うわああ楽しみすぎる!!」

 カイは鼓膜が破れるかと思った。父は普段から声が大きいが、今日は特に大きく、城中に響き渡っていたのではないかと思った。隣に座る母も、朝から大声を出す夫と息子にあきれながらも、未来の皇帝への期待を隠せていなかった。家族がこんなにも興奮しているということは、よほど重大なことなんだなとカイは思った。

 王家に戻ってきたのは一年前で、しきたりや継承器など、王家に関わることについては彼はまだ完全には理解できていなかった。そのため、カイは彼の家族のように興奮してはいなかった。しかし、自分では予想もつかないようなすごいことが起きている。そう思うと、カイの心は高揚していた。予測不可能な出来事に対して心躍らせる冒険心を持つカイだった。

(もし俺が皇帝になったら…どんな国を作ろう? ありきたりかもだけど、皆が笑って幸せに暮らせる国とか? そしたら、皇帝の俺が笑っていなきゃ、皆も安心して笑顔になれないよな)

 未来についてあれこれ想像したのち、ふと周りを見ると家族の姿が消えていた。全員、継承者を選定する選定式が執り行われる大広間に移動を始めていたのだった。

 選定式まであと十分。食堂から大広間までかなりの距離があり、走っても間に合うかどうかという距離だった。

 つまり、急がないと遅刻する。

「やっっべえええ!!!!」

 カイは慌てて走り出し、大広間に向かった。

 これから自分がどんな未来をたどるのか、知らないまま。


 大広間には、人だかりが出来ていた。城の人間だけでなく、貴族や商人も集まっていた。

 玉座にはカイの両親――国王と王妃、ライトが座り、大広間の中央には、金と赤の厳かな装飾を施された、長方形の箱が台の上に置かれていた。その台の前に、シェイドがひざまずいていた。国王が台まで歩いて行き、箱を開けると、中には布に包まれた一振りの長い棒のようなものが入っていた。

 包んでいた布を外すと、出てきたのは剣だった。太陽を思わせる装飾が施された金色の柄に、銀色に輝く刃がついていた。

 これこそが、大陸に伝わる伝説に登場する<継承器>の一つ、<クラウソラス>だった。

 輝かしきその姿を現した剣に、その場にいた全員が息をのみ、目を奪われた。

 国王が大広間に響き渡る声で宣言した。

「これより、選定式を始める!」

 その宣言に、栓を切ったように人々が歓声を上げた。


 大広間へ走りながら、カイはすれ違う使用人たちに挨拶をした。

「おはよぉぉぉ!!」

 叫びにも聞こえる挨拶にびっくりしながらも、皆挨拶を返してくれた。『どんな時もあいさつは忘れない』という、幼い頃からの習慣だった。この習慣を続けていたこともあり、カイは城の人々にそう時間をかけずに親しくなることができた。

 途中の中庭で大広間への近道を見つけ、カイは走った。時間を短縮するために、ジャンプも交えながら走った。気持ちの良い日差しと花の香りを乗せた風を全身に浴びながら、急いだ。

 ふと、上に視線を向けると、一面に青空が広がっていた。その中で、昼にもかかわらず大きな星が白く光り輝いていた。

 カイは昔から星を見ることが好きだった。陽の光を浴びるのが一番好きだが、星を見るのも好きだった。(星を見ていると、なんだか見守られている気がして、頑張れるんだよなぁ。……不思議だな)

 ふと、皇帝になったらどんな国を作りたいか、カイは改めて考えた。

(一年前に王家に戻ってきて、皇帝や国のことはまだよく分からないけど、作るとしたら大陸に住む皆が笑って幸せに暮らせる国がいいな……それに、夢は大きい方がロマンがあっていいよな!)

 その夢を叶えるためには、まずやらなければならないことがあった。

(どうか継承式に間に合いますように!)

 星にかける祈りでもない気がしたが、この時ばかりは祈るしかなかった。そしてカイは、改めて視線を前に向け、大広間まで走っていき、遠くからではあるが、ようやく入り口を視界に捉えるのだった。


「ではシェイド、こちらへ」

 国王に呼ばれ、継承者候補の資格を持つシェイドが台の前に歩み寄った。

「剣に触れなさい。お前が継承者としてふさわしければ、剣は光り輝くだろう」

 未来の帝位継承者候補は一礼をし、ただ一言だけ「身に余る光栄です」と口にした。静かに、だが力のこもった声だった。

 シェイドが剣にそっと触れると――

 何も起こらなかった。

 伝説に曰く、『継承者としてふさわしいものが<継承器>に触れたとき、<継承器>はそれに応え、星のように光り輝く』ということだったが、実際に継承者の条件を満たしているシェイドが剣に触れても、何も起こらなかった。

 これはつまり、彼は継承者としてふさわしくなかったということを意味していた。

 シェイドは思うところがあったのか目を閉じたが、すぐに開いて目線を前に戻した。当人の心情は定かではないが、きっと悔しいと感じたに違いないと、大広間にいた人々は思った。

 「シェイドが選ばれなかったとなると、次はカイなのだが……」

国王はあたりを見渡すが、カイの姿はなかった。

ちょうどその時だった。


「おおお遅くなりましたあああああっっっっ!!!」

 言葉のようにも悲鳴のようにも聞こえる声を上げながら、カイは目先の大広間の入り口に向かって走っていた。

 しかし、どんなに走っても入り口に辿り着けず、式に間に合わないと感じ、「もうこうするしかない」と、カイは広間に向かって、思いっきりジャンプした。幼い頃から家の近くの森を駆けまわっていたため、カイは体力や運動神経には自信があり、この状況でジャンプしても大丈夫と信じていた。だが、大広間まで予想以上に距離が長く、体中から体温が消えていくのを感じると不安になり、入口付近に無事着地出来るように心の中で強く祈りながら跳んだ。

 祈りが通じたのか、入口に差し掛かり、つま先から着地しようとしたが──着地した瞬間につま先が上に反り、そこにこめていた力が踵に行き、さながらアイススケートのようにそのまま滑走を始めた。カイの体は入口を通過し、大広間の中央まで滑っていった。

 中央の台に差し掛かった時、手が「何か」を掴んだ。あまりの勢いに目をつぶっていたため何に触れたのかは分からなかった。が、


 「何か」を絶対に離してはいけない。


 カイはそう強く感じた。どうしてそう感じたのかは分からなかったが、自分の直感を信じ、「何か」を腕の中に抱きかかえた。その拍子に、踵から下半身、背中の順に勢いよく床に叩きつけた。

「カイ!! 大丈夫か!?」

「カイ様!」

「王子!!??」

 家族や使用人、式に参加していた人々の困惑と心配の声が耳に届いたが、段々静かになっていった。

 どうして静かになったのか、カイは確かめようと目を開けようとするが、全身に激しい痛みが襲った。痛みで体を動かすことも、目を開けることも難しかったが、それよりもカイには大事なことがあった。

 静かになったのはどうしてなのか、腕の中の「何か」は無事なのか。それらを知るためには、目を開けなければいけなかった。

 痛みに耐えながら体を起こし、右の目からゆっくりと瞼を開けると、人々の視線はカイに向けられていた。(俺を見てる…?いや、俺だけじゃなくて、俺の持っている「何か」も見てる…?)

 そのまま視線を胸元に下ろすと、カイは「何か」の正体を知ることとなった。

 「何か」は剣だった。剣は金色の光を身にまとっていた。人々の視線はカイだけでなく剣にも集まっており、これが静かになった理由だった。剣はぼんやりと光っていたが、突然太陽のように眩しく光りかがやいた。カイは、抱えていた腕に火傷しそうなほどの熱を感じた。剣が熱くなっていたのだった。

「え、え・・・は?」

 痛みに加えて熱さを全身が襲ったが、それらを気にするよりも、戸惑いや困惑の気持ちが強く、ただ驚くことしかできなかった。

 国王は歓喜に満ちた、大きな声をあげた。

「ここに、新たな継承者が誕生した!」

 さらに強く、声高らかに宣言するのだった。

「<継承器>クラウソラスが選んだのは──カイ・ソラリアム!ソラリア王国の帝位継承者は、カイ・ソラリアムである!!」

 歓声が上がる。新たな継承者、未来の皇帝の誕生に、誰もが歓喜の声を上げた。

 当の本人は――

「え」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」

 全身の痛みと熱さを打ち消すほどの、驚きと興奮が混ざり合ったカイの悲鳴が、大広間を抜け、城を抜け、国中に響き渡ることとなった。


 こうして、ソラリアム王国に新たな継承者が誕生した。

 未熟だが、どんなときでも笑顔と明るさを忘れない、太陽のような継承者が。

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