第15話 「他にも色々気になることがあるから」
二人が目を覚ましたのは、驚くことに次の日だった。
犬宮さんも最古君も、相当疲れていたんだなぁ。
ソファーで寝て、しっかりと休めたのかな。
朝の九時に心優が出勤すると、まだ寝ていた二人がちょうど目を覚ました。
窓側の椅子には黒田が座っており、パソコンをジィっと見ている。
鞄と上着を壁にかけ、心優は黒田の隣に移動。
何をしているんだろうと、モニターを覗きこんだ。
「何をしているんですか、黒田さん」
「賢の代わりに依頼人の動向を探ってたんだが…………」
「? だが? 何か気がかりな事でもあるんですか?」
何か思わしくない事でも映っているのか、難しい顔を浮かべている。
「気がかりというか……まぁ、めんどくさい……かな」
「めんどくさい?」
今ので、もっとわからなくなってしまった。
起きたばかりで頭が回っていないらしい犬宮は、最古と共にぼぉっとしている。
そんな彼の姿に、心優は眉間を掴み「うーん」と唸ってしまった。
「…………今回も、危険がありそうなんですか?」
「あるだろうなぁ。賢が受ける依頼って、そういう物ばかりだろ」
「そうなんですよ……。お金が欲しいだけなのなら、そんな危険な依頼は断って、安全な依頼だけを受ければいいのにと、いつも思っています」
はぁ、とため息を吐き、心優は犬宮へと近づく。
「犬宮さん、今回の依頼、受けるのやめませんか? 黒田さんも危険があると言っていますし、昨日血なまぐさい臭いがするとも言っていたじゃないですか」
まだ意識が覚醒していないらしく、犬宮はすぐ心優の言葉を理解できない。
数秒、彼からの返答を待っていると、やっと答えてくれた。
「確かにするけど、断る理由はないよ」
「危険あるからというのは、断る理由になりませんか?」
「なるけど、俺自身が嫌だから断らない」
「なんでですか…………」
うぅ、なぜこうも自ら危険に突っ込んでいくんだ。
今だぼぉっとしている犬宮をジト目で見続けていると、黒田が机に手を置き立ちあがった。
「賢、まだまだ情報が少ない。もう動き出した方が良くないか?」
「そうだね。それじゃ、任せたよ黒田」
「おうよ、まかっ――なにを?」
流れるように任され、いつもの癖で受けようとした黒田だったが、何をすればいいのかを聞いていないためすぐ聞き返した。
「昨日少しだけ話したじゃん。尾行だよ、新谷岳弥の」
「………え、は? いや、話していたけど。なんで、俺?」
「この中で一番得意じゃん、人のあと付けまわすの」
「何でそうなる…………」
顔を引き攣らせ、肩を落とし犬宮を睨む。
そんな黒田を隣から見ていた心優は、何故か変に納得している。
「確かに、得意そう……」
「心優ちゃんまで?! なんでだよ! なんか俺、ストーカー常習犯みたいじゃねぇか!」
私、そこまでは言って無いんだけど……。
これ以上心優と黒田が口論しても、最終決定を下すのは犬宮。
その犬宮が、さっき言った言葉を訂正する様子は無いため、黒田はもうすべてを諦めた。
「はぁぁぁああああ………。しょうがねぇなぁ……。んじゃ、行ってくるぞ」
「任せた」
頭をガシガシと掻きながら、めんどくさそうに黒田は部屋から姿を消した。
普通に部屋を出たわけでなく、瞬きした一瞬でいなくなってしまったため、心優は目を丸くし慌てて周りを見回す。
「――――え、黒田さん、一瞬で姿を消す事も出来るの?」
「怪異、だからね」
怪異なら何でも許される、そう思っている節があるよなぁ、犬宮さん。
「えっと……。犬宮さんは何もしないんですか?」
「こっちは岳弥じゃなくて、女の方、新谷雫の方を調べるよ」
え、雫さんを?
確かに、今まで犬宮さんは不穏な言葉を吐いて来たけど……。
「岳弥の殺害を考えているあの女を野放しにするのはまずい。止めることはしないにしろ、状況把握するため調べる」
「止めることは、しないんだ。出来ないとかではなく……」
犬宮の言葉に呆れ、肩を落とす。
――――犬宮さんは、正義のヒーローという訳では無い。
自分に得がなければ動かないし、お金の匂いがしなければ依頼も受けない。
そんな事はわかっているが、ここまで堂々と言い切られると、聞いているこっちが戸惑ってしまう。
「あと、他にも色々気になることがあるから」
「気になること?」
「うん」
それ以上、犬宮の口からは何も教えられはしなかった。
心優が問いかけても無視され、出かける準備を始めてしまう。
最古も彼の後ろをついて行き、廊下へ出てしまった。
「…………あ。お、置いていかないでくださいよぉぉおお!!!」
呆然としていた心優は、すぐに気を取り直し鞄と上着をもって、犬宮の背中を追いかけた。
※
明るく、キラキラ輝く繁華街に、ド派手な女性と共に歩いている男性がいた。
「岳弥さぁん、わたしぃ~。次あそこのお店いきたぁい」
「梓ちゃんが行きたい所なら、どこへでも行くよぉ」
「やったぁ!! 岳弥さん男前、えへへ、大好き~」
男性は黒いスーツを着ており、左手にはビジネスバックを持っている。
鼻の下を伸ばし、腕に絡みついてくる女性をいやらしい顔で見ていた。
そんな男性の名前は、新谷岳弥。新井雫の夫だ。
彼の隣には、金髪のゆるふわパーマを揺らし、肩や足が出ている服を身につけている女性が、胸を押しつけ腕に抱き着いている。
その女性の名前は、
二人の距離は近く、はたから見たら付き合っているように見える。
現に、二人は浮気をしていた。
新谷岳弥は、自身の妻である雫を裏切り、今は休日出勤だと嘘をつきデート中。
ショッピングを楽しんでおり、彼女の腕にはブランドショップの紙袋が沢山ぶら下げられていた。
梓は、女性特有の甘い香りを漂わせ、妖しい笑みを浮かべ岳弥を見上げた。
「――――ふふっ、この世の男性は全て、私のものよ」
誰にも聞こえないような小さな声で呟き、そのまま次のブランドショップへと入って行った。
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