第14話 「殺そうとしている」

「犬宮さん、何か気になるような話ありました?」


 パソコンを操作している犬宮の隣に立ち、心優は自身のメモを見ながら先ほどの話について聞いてみた。


「んー? うん。わざとらしいなぁ、とか思ったし、話以外にも色々気になる事はあったけど。今は大きく動くことはしないよ」


「その、”話以外に気になる事”って、GPSアプリの件ですか?」


「それもあるけど、それだけじゃないよ」


「それだけじゃない?」


 心優と目を合わせず、犬宮はパソコンを操作しながら簡単に答える。

 質問以上の回答が返ってこず、また質問を繰り返すが、返答がなくなってしまった。


「あ。あのぉ…………」


「まだ、なんとなくしかわかっていないし、感じてないの。だから、細かくは話せない」


「なら、これからはどうするんですか?」


「今回は数日、新谷岳弥の尾行をして情報を手に入れようと思ってるよ」


 言いながらエンターを押し、犬宮の動きが止まる。だが、目はモニターから話さず、見続けていた。


 何を見ているのか気になり、心優は隣から覗き込む。

 そこには、誰かのスマホ画面が映し出されていた。


 また、ハッキング……。

 えぇっと、これは、さっきの依頼人のスマホ画面かな。

 ラインのトーク画面が映し出されてる。


「……あの、犬宮さん」


「なに?」


「さっき、勝手にスマホを操作していた理由は、何か変な細工するためですか?」


「当たり前。アイコンが表示されないようなGPSアプリを入れておいた。これであの女のスマホは俺の物と言っても過言では無い。さてさて、どういう動きをするかねぇ」


 ――――なんか、いつもとやり方が違う。


 いつもは、探し人の近くにいる人のスマホをハッキングしたり、調べたりして場所を突き止め、恐怖心をあおり慰謝料をぶんどるやり方だった。


 犬宮がいつもと違うやり方を選択する時、大抵ろくなことにならない。

 それは、探偵社としての彼と共に行動してきた心優だからこそ分かる。


 苦い顔を浮かべながらソファーに座っている黒田を見ると、最古とあやとりで遊んでいた。


 心優の視線を感じ「なに?」と振り返る。


「あの、そう言えばなんですが、黒田さん。スマホを受け取った時、何か考え込んでいませんでしたか?」


「んー?」


 空を見て、黒田は先程の事を思い出す。


「んー……あ、賢が俺にスマホを渡した時か」


「はい。何を考えていたんですか?」


「いや、考えてはいないぞ。特に何も」


 思い出す事が出来た黒田が、ヘラヘラと笑い、また最古とあやとりを始めてしまう。


「あの、まだ聞きたい事が……」


「ん? 俺に聞いても、俺自身よくわかってねぇし、意味ないと思うが?」


 ――――うっ、それも、そうだ。


 現状を一番理解出来ていそうな犬宮を横目で見るも、モニターに集中している為、質問しにくい。


 もう、流れに身を任せるしかないかと諦めた時、黒田が「そういや」と、最古にあやとりの糸を返し犬宮へ振り向いた。


「賢、俺も気になる事があるなぞ」


「なに」


「女から、何か臭いはしたか?」


 黒田からの質問を、犬宮は少し考え短く答えた。


「うん、金の匂いではなく、血なまぐさい匂いがしたよ」


 ――――えっ、血なまぐさい匂い!?


 黒田と犬宮の会話に目を開く心優をよそに、二人は話を続ける。


「多分だけどあの依頼人、浮気している旦那、荒谷岳弥を殺そうとしている」


 肘を机に付き、パソコンのモニターを覗きながら犬宮は難しい顔を浮かべる。


「それは、浮気をした腹いせ?」


「今回の話が全て本当なのなら、それが一番有力だとは思うよ」


 言葉になにか引っかかるものがあり、心優は首を傾げる。

 黒田も同じだったが、追求することはせず彼の言葉を待った。


「あの血なまぐさい匂いは、それだけじゃない気もするんだよね」


「それだけじゃない、ですか?」


「うん。血なまぐさい臭いに、というか。あの女事態に、様々な臭いが付着していて、ちょっと不愉快だった」


 パソコンを見ながら、犬宮は眉間に皺を寄せ考え込む。


 へぇ……。なんか、犬宮さんがこんな顔を浮かべるなんて珍しいな。

 いつもと違うやり方だし、また危険な事でも待っているのかな。


 嫌な予感が心優の胸をチクチクと刺す。

 そんな心優の心情を察してか、黒田が肩を組みいつもの笑顔を向けた。


「大丈夫大丈夫、賢は結構物事を重くとらえがちなだけ。実際は簡単に片づけちゃうから問題ないぞ」


「いや、それは絶対にありません。もっと考えてほしい所でも無茶をして、『大丈夫』と言って行動してしまいます」


「あぁ、めんどくさくなった時はそうだな」


「だから、難しい顔を浮かべている犬宮さんは警戒すべきなんです。めんどくさくなるのが早いから」


「へぇ〜、分かってんね」


「少しは……。それと、黒田さん」


「ん?」


 心優の声のトーンが少しだけ変わる。

 不思議に思い、黒田は顔を覗かせた。


「私ではなく、犬宮さんの肩に手を回してください」


「え、なんで?」


「レアな犬宮さんを慰める黒田さんの図を写真に収めたいからです」


 言いながら心優は、新しく買ったデジカメを手に、真顔で言い放った。


 どこまでもぶれない心優の言葉に、黒田は苦笑。

 犬宮を見るが、視線を感じつつも無視を貫き自分は関係ないと背中で訴えていた。


「…………さぁてと、俺はこの後何をして時間を過ごそうかなぁ」


「あっ、むぅ……ん? あれ、最古君? どうしたの?」


 黒田が口笛を吹き、離れてしまったことにふてくされていると、あやとりの糸を持ちながら、最古が犬宮へと駆け寄っていった。


「ん? 翔、どうした?」


 駆け寄ってきた最古を見ると、犬宮は回転椅子を回し目線を合わせた。


 じぃっと目を合わせている二人を、心優はデジカメを構えながら真顔で見続ける。


「…………ん? え、あぁ……」


「あ、最古君が犬宮さんの膝の上に乗った。言われてますよ、犬宮さん」


「あぁ……。翔に訴えられたら駄目だね。一緒に少し休むよ」


 膝に乗った最古は、にこにこ笑みを浮かべながら頷いた。

 「よっこいしょ」と、最古と共にソファーで横になる。


 二人のやり取りを見ている黒田は、意味が分からず首を傾げ「今のはなに?」と、心優に問いかけた。


「今のは最古君からの訴えですよ。『一緒に休もう』とか『一緒に寝たい』とかの。犬宮さんに甘えたい時にする、最古君からの珍しいお願いです。可愛いですよねぇ、私には一度もしてくれたことがないのに…………」


 なんで、私には懐いてくれないんだろう。

 結構私、頑張って話しかけているし、一緒に遊んでいるはずなんだけどなぁ。


 遠い目を浮かべていると、黒田は感心したような声を上げ、八重歯を見せ笑った。


「これはこれは、本当に昔の賢からは考えられないなぁ。成長しているみたいで良かった」


 黒田の優し気に細められた瞳を見て、心優も思わず笑みが浮かぶ。


 これから大変そうだし、今はゆっくり休んでくださいね、犬宮さん。

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