第13話 「浮気女とか」

 依頼人の名前は、新谷雫あらやしずく

 夫が浮気しているかもしれないと思い、調査依頼にやってきたと話してくれた。


「貴方の話をまとめさせていただきます。最近貴方の夫、新谷岳弥あらやたけやさんは、仕事の残業という理由で帰りが遅くなっていた。それだけではなく、よくスマホをいじるようになり、画面を隠すそぶりも見せている。問い詰めようとすると逆切れされ話にならない。こういう話でよろしいでしょうか」


 眼鏡をかけ、犬宮が先程聞いた話をメモにまとめる。間違いがないか確認の為、復唱。

 コクンと頷き、雫は目線を落とした。


「確かに、岳弥さんの動きは怪しいですね。”浮気しています”と、自らばらしているかのような行動だ」


 メモを見直しながら、犬宮は顎に手を当て考える。


 隣からメモを覗き込む心優は、相変わらずの文字の汚さにため息。

 自分もメモを取ろうと、先ほどのメモ帳とペンを掴んだ。


「それで、今回の依頼内容は、浮気の証拠集めでよろしいでしょうか?」


「はい。証拠さえあれば大丈夫です」


「わかりました」


 眼鏡を取り、ポケットに入れる。

 隣に座る黒田は、犬宮のメモを覗き込み、読めているのかわからないがうんうんと頷いていた。


 二人の距離の近さに興奮しつつも、心優も同じくメモを取っている。


「わかりました、受けましょう」


「ありがとうございます!」


「では、まず、貴方の夫の情報を頂いてもよろしいでしょうか」


「はい」


 岳弥の働いている場所は、世間からは大手と呼ばれる会社。

 全員がエリート会社員と言われているほど実力重視とのこと。


「何か、お二人のやり取りで俺達が見ても良い物はありますか」


「最近、ラインを送るのですが、すぐに切られてしまうんです。一応、こちらなんですが」


 スマホを操作し、女性は犬宮にスマホを渡す。心優と黒田も左右から覗き込んだ。


 画面には、ラインのトーク画面が映されていた。


 そこには雫の質問に「うん」だの「うるせぇ」などの短い文字だけが返されているだけ。

 他の会話はなく、雫が言っているようにすぐに既読スルーされていた。


 ――――これは酷いな。


 眉を顰めながら心優が画面を見ていると、犬宮は片眉を上げ、顎に手を当て考え込む。


「…………んー?」


「あれ、どうしたんですか、犬宮さん」


「んー……。黒田、これ持ってて」


 有無を言わさず犬宮は、黒田にスマホを渡し伸びをする。


「え、体痛いんですか?」


「歳じゃないから」


「そこまでダイレクトに言っていません。気にし過ぎでしょうよ」


 ため息を吐いていると心優の視界の端に、黒田が無表情で画面を見ている姿が映る。


「あれ、黒田さん。どうしたんですか?」


「…………いや、なんでもねぇよ。それより賢、ほれ」


 何事もなかったかのように犬宮にスマホを返した。

 素直に受け取り、また画面を二人は見始める。


 ――――え、なに今の。

 なんか、二人が会話をしてような気がする。


 これが、以心伝心!! 何も言わなくても伝わる関係性! 

 そそる、そそりますよ!!


 心優の熱い視線を二人はガン無視。

 スマホ画面を見ていると、犬宮がスッとトーク画面を消し、スマホのホームを映した。


「――――――――ふぅん。新谷さん、貴方はこちらのアプリが入っていることはご存じで?」


「え、アプリ?」


 犬宮が見せた画面には、様々なアプリに紛れ、真っ黒の背景にカメラのマークが描かれているアイコンのアプリがあった。


 それを見せられた彼女は、何故ホーム画面に戻っているんだという疑問が浮かぶが、すぐカメラのアイコンに目が行く。


「えっ、なにこれ…………」


「これは知らなかったのか……」


 本当に知らなかったという反応を見せた雫に怪訝そうな顔を浮かべつつ、気を取り直し犬宮は言葉を続けた。


「それは、GPSアプリですよ」


「GPS!?」


 新谷は思わず叫んでしまい、心優も信じられないと口をあんぐり。


「これを誰が入れたか定かではありませんが、本人の許可なく入れたというのは貴方の反応でわかりました。一応、このまま残しておきましょう」


「え、なんでですか。なんか、気持ち悪いのですが…………」


「なら、消しましょう」


「い、いいのですか?」


「構いません。今、消しますね」


 犬宮は画面を操作し、先ほどのアプリを削除し、アイコンが消えた。


「これで消えましたよ。ですが、他にも知らないうちにアプリを入れられている可能性があります。なので、他にも確認させていただいてもよろしいでしょうか」


「は、はい。よろしくお願いします」


 そのまま犬宮は、怪しいアプリがないか画面を操作。


 …………犬宮さん、なにか企んでいるんじゃないでしょうねぇ。


 ジィ~と犬宮を疑いの目で見るが、意味はない。

 黒田はもう飽きたというように欠伸を零し、背もたれに思いっきり寄りかかった。


「…………あの、他に何かありましたか?」


「いや、今のところは何もないですね」


 しびれを切らし雫がおそるおそる聞いてみると、犬宮は簡単に返答しスマホを彼女に返した。


「ですが、一応パスワードは変えておいた方がよろしいかと。あと、指紋認証を取りやめ、パスワード設定だけにする。その番号も、自分にしかわからないものにしてください。誰にスマホを操作されたか定かではありませんので、念には念を」


「…………夫の可能性が高いかと思います。夫なら、私のパスワードも知っていますし…………」


「確かに可能性は高いですが、決めつけは良くないですよ。他の可能性があります」


「他の可能性、ですか?」


「浮気女、とか」


「えっ!?」


 え? さ、流石にそれはないだろう。

 だって、彼女のスマホにGPSを入れておく理由がわからないし、メリットがない。

 そもそも、入れる事すら出来ないんじゃ…………?


「よく、話には聞くんです。浮気女が、元妻に喧嘩を吹っ掛ける話」


「よく、聞きます……?」


「はい。このようなパターンは大抵、慰謝料の準備が整ったか、奪い取った男に慰謝料を払わせようとしている女とか、様々」


「へ、へぇ…………」


「浮気一つでも、様々なストーリーがあります。固定概念は捨てなければなりません」


「は、はぁ……」


「では、我々は行動に移ります。貴方は今まで通りの生活を送ってください。くれぐれも、我々探偵に浮気調査の依頼をしたことを気づかれないように、お願いいたします」


「わ、わかりました…………」


 その後はお互いの連絡先を交換して、雫は帰った。

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