犬宮賢の行動理念

犬宮賢と首無し

犬宮賢とヤクザ

第12話 「俺には休憩時間すらないらしい」

「はぁ、酷い目にあった。まったく……」

　胴体と離れてしまった首を元に戻し、持参していた縫い糸で縫い合わせながらため息吐く黒田。

　本名（怪異名）は首無し。

　仮名のフルネームは、黒田朔（くろださく）。

「心優ちゃん、女性が回し蹴りを咄嗟に繰り出すのは駄目、下品だ」

「す、すいません…………」

　ソファーに座り、心優は首を縫い合わせている黒田に叱られ、項垂れる。

「うぅ……」

　黒田と心優は、犬宮程の長い付き合いでは無い。一、二度、共に事件を解決した程度。

　だが、犬宮がよく名前を出し話していたため、どんな人か何となく知っている。

　────確か、黒田さんって、首無しという怪異なんだよね。

　糸で縫い合わせないと、直ぐに頭が落ちてしまうらしい。

　包帯は、人間世界で暮らす際、変に目立つことにならないよう巻いていると言っていた。

　確かに、さっき久しぶりに黒田さんの首を見たけど、結構えぐかった。

　あれを晒して生活は、ちょっと目立つよね。

　それとは別に、黒田さんは犬宮さんの親的存在だと言うことも聞いたことがあったなぁ、そういえば。

「最初の頃の方が大人しかったんじゃないか？　心優ちゃん」

「そっ！　そんなことありませんもん！！」

　頬を膨らませ、心優は抗議する。

　黒田と心優が初めて出会った時、犬宮は最初彼女が取り乱すと思って警戒していたのだが、そんな心配は無用だった。

　犬宮が憑き人であることもあり、心優は黒田が怪異であると言ってもそこまで驚くことはなかった。

　だが、心優にも黒田について驚いたことはある。それは、性格。

　黒田の職業は弁護士。

　それを予め聞いていた心優は、真面目な人なのかなと勝手に思っていたのだが、まさかの真逆。

　普段から適当で不真面目。口調は荒々しく、怖い印象。

　だが、実際は優しく、犬宮を心から大事にしているのが共に行動していると分かってくる。

　そのギャップに心優は驚きつつも、ほっこり。

　犬宮と黒田の会話を見て、今まで癒されていた。

　黒田は怒りながらも糸で固定が終わり、最後に包帯を巻きつける。

　そんな彼に、犬宮が声をかけた。

「それで黒田、ここに何しに来たの？　弁護士としての仕事は終わった？」

「終わった終った。お前が証拠を沢山提出してくれたから、スムーズに裁判する事が出来たわ」

「それは良かったけど。なら、なんで来たの？」

「暇になったから」

「俺寝るね、今回も疲れた。お休みなさぁい」

　ソファーに座り話していた犬宮は、黒田に用事が無い事がわかり、すぐ立ち上がり窓側の椅子に移動。頭に本を乗せ、眠り始めた。

「犬宮さん、ソファーで寝なくていいんですか？　体が痛くなりますよ」

「いや、座って寝た方が賢の場合、寝やすいかもしれねぇぞ」

「いやいや、それはさすがに……」

　黒田の言葉を否定しようとした心優だったが、犬宮を見る彼の顔を見て言葉が詰まる。

　黒田は、寝ようとしている犬宮を見て、本当のお兄さんのような優しい笑みを浮かべていた。

　その表情は、ただ今の犬宮を見て微笑んでいるのではなく、過去を懐かしんでいるようなもののようにも感じ、心優も自然と笑みを浮かぶ。

「────そう言えば、黒田さんは昔の犬宮さんを知っているんですよね？」

「おっ、まぁな。一緒に過ごしていたし、十年以上の付き合いになるぞ」

　十年の付き合いって事は、犬宮さんが十代の時から黒田さんと共に過ごしていたということになるよね。

　つまりそれは、恋愛フラグが立っているのではないでしょうか！？

　そう思った心優は目を輝かせ、姿勢を正しメモとボールペンを取り出した。

「え？　どうしたんだよ、心優ちゃん」

「────聞かせてください」

「え、なにを……？」

　突如、予想もしなかった動きを心優が見せたため、黒田は困惑。目を丸くし、彼女を見た。

「貴方と、犬宮さんの馴れ初めを教えてください！！」

「ん？　えっ──……」

　表情が固まり、黒田は心優を見続ける。

　彼の困惑など一切気にせず、心優は欲望のままに怒涛の質問攻めをし始めた。

「さぁ、黒田さん。犬宮さんとはどこで出会ったのか、どのような出会い方をしたのか。最初に交わした会話は何なのか、なぜそんなに長く共に過ごし始めたのか！　全てをさらけ出してください！！」

　勢いが強すぎる心優の質問攻めに、黒田はたじたじ。

　顔を引きつらせ後ろに下がるも、ソファーの肘置きに背中がぶつかり、逃げられない。

　どんどん距離を詰められ、顔を寄せられる。

　覆いかぶさるように跨ぎ、問いかけ続けた。

「さぁ、さぁ、さぁ！！！」

　犬宮さんの過去は謎に包まれている。

　何時どうやって憑き人になってしまったのかも気になりますし、恋人とかが居たのかも気になります！！

　心優の興奮に黒田が顔を引きつらせ、目線だけを眠っている犬宮に向けるが、ガン無視される。

　本当に寝ているのか、ただめんどくさい事に巻き込まれたくないのか。

　どうすればいいのか分からない黒田を無視し、ペンとメモ紙を持ち質問をし続けた。

「早く教えてください、黒田さっ――――」

　――――コンコン

　突如、ドアが控えめに叩かれた。

　黒田と心優はすぐドアの方に顔を向けた後、きょとんと目を丸くしお互い顔を見合せる。

「…………行かなくていいのか？　依頼人だぞ」

「～～～～～～～～今行きます！！」

　もぉぉおお！！　せっかくのチャンスだったのに！！　

　そう地団太踏みたい気持ちを抑え、ペンとメモ紙をテーブルに置き、心優はドアを開けた。

　その間、やれやれと黒田は首の微調整をし、姿勢を正す。

「はい、犬宮探偵事務所です」

「あ、すいません…………」

　心優がドアを開くと、そこには一人の女性が立っていた。

「────えっ」

　何故か女性は、心優の姿を確認すると目を大きく開き、驚いてしまった。

「ん？　いかが致しましたか？」

　心優が首を傾げながら問いかけると、最初は唖然としていた女性が気を取り戻し、顔を俯かせる。

「あ、い、いえ。なんでもありません……」

「は、はぁ。では、一応確認なのですが、なにかご依頼がありこちらへお越しくださったのでしょうか？」

　まだ納得出来ない部分はあるが、これ以上驚いた理由について聞くのもおかしいと思い、心優は話を進めた。

「あ、はい……。お願いしたい事がありまして」

「わかりました。お話をお聞かせください」

　中へ女性を促すと、白い包帯を手直ししている黒田と、いつの間にか起きていた犬宮が依頼人を出迎えた。

「あ、犬宮さん、起きたんですね」

「一睡もできてないだけだよ。俺には休憩時間すらないらしい…………」

「いつでも休んでいるじゃないですか」

「けっ」と、ソファーに座り直した犬宮の肩をポンポンと叩き、黒田が慰めている。

　二人の姿を見て、思わず涎を垂らし見つめてしまった心優は、「あのぉ……」と依頼人から声をかけられ気を取り戻した。

　────い、いけないいけない、今は依頼人の前。

　犬宮さんと黒田さんの同人を妄想するのは、また後日にしないと。

「…………では、こちらのソファーに座りください」

「ありがとうございます」

　心優が促し、依頼人は言われた通りソファーに腰を下ろした。

　今は黒田と犬宮、先ほどからあやとりで遊んでいる最古でソファーがいっぱい。

　依頼人の隣に座るのも気が引けるため、仕方なく心優は犬宮の足元に膝を突いた。

「では、一応自己紹介をさせていただきます。俺の名前は犬宮賢。他の三人は、俺の助手と専門弁護士です」

「あ、はい。よろしくお願いします」

　心優と黒田を軽く紹介し、犬宮はすぐ本題に入った。

「では、まず。貴方がなぜここに来たのかを、軽くでもいいので教えていただいてもよろしいでしょうか」

　依頼人と話す時は、犬宮さん基本敬語なんだよね。

　前は子供が相手だったから合わせていただけ。

　敬語の犬宮さん、レアだから本当に美味しいよぉ。

　ニヤニヤが止まらない心優は顔を背け、依頼人に笑っていることが気づかれないよう、堪える。

　この光景はいつもの事なため、犬宮は無視。

　依頼人の話に集中した。