第16話 「ちょっと、出かけて来る」
「んー……。動きが無くてつまらないな」
「前に少しだけ尾行した時も、特に目立った動きありませんでしたよね」
犬宮と心優は数日、雫のスマホに仕掛けたGPSを確認したり尾行したりと。
探偵らしいやり方で雫の動向を探っていたのだが、大きな動きがなく、つまらないと唇を尖らせてしまう。
「んー……」
難しい顔を浮かべると、犬宮はなんの前触れもなく立ちあがり、最古と共に椅子に座っている心優の隣に立った。
「どうしたんですか?」
「ちょっと、出かけて来る」
「え、わ、私も行きます!!」
犬宮がそれだけを伝えて部屋を出ようとしたため、心優も後を追うように鞄を慌てて持ち、追いかけた。
最古も二人と同じく立ち上がり、何も持たずニコニコと笑みを浮かべながら追いかけた。
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外に出た犬宮は、またしてもげんなり。
太陽が高く昇り、街並みを明るく照らしていた。
「きっつ…………」
「今日は暑いですね。長い間外にいると、熱中症になってしまうかもしれません」
心優は黒いジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖を捲りながら汗を拭う。
犬宮も暑くて死にそうになっており、ジャケットを脱いだ。
「――――あ、犬宮さん。自販機ありますよ、水分補給しまっ──」
ビル街を歩いている時、自販機を見つけた。
心優は笑顔で犬宮に聞こうとしたが、途中で言葉が止まる。
振り向くと、犬宮はいつの間にかワイシャツのボタンを二つも外し、額から流れる汗は顎を伝い落ちる。
暑さと太陽光で体力の消耗が激しく、もう息が荒くなっていた。
顔を赤くし、「あちぃ」とぼやく彼の姿をふいに見てしまった心優は頬を染め、目が離せない。
「あぁ、確かに水分補給しないと倒れるかもね…………って、ちょっと。視線うざいんだけど」
「い、いえ。ちょっと、あの、犬宮さん、イケメンに一度襲われてみませんか? 黒田さんあたりに…………」
「絶対に断る」
いつでも心優の頭にはBLの言葉が過る。
今も顔を染めていた理由は、犬宮の妖艶な姿に見とれていたのではなく、
「水」
「あ、はい」
犬宮は心優に小銭を渡し、水を買ってくるように催促。
すぐさま自販機で買ってきて、最古と一本のペットボトルの水を分け、飲んだ。
心優も自分のお財布からお金を出してお茶を買い、喉を潤す。
「ところで、犬宮さん。今、どこに向かっているんですか?」
「尾行とかだと時間がかかるから、また違った方法で雫の動向を探ろうと思ってね」
それだけを口にして、犬宮はペットボトルの蓋を閉め、歩き始めてしまう。
「あ、なんでそうやっていつも置いて行ってしまうんですか! 待ってくださいよ!」
スタスタと、心優に合わせることなく歩く犬宮を慌てて追いかける。
最古もおいて行かれないように走り、犬宮の手を掴んだ。
「あ、翔。――――ごめんて……」
最古の表情はいつもと同じニコニコ笑顔。だが、何故か背後に”ゴゴゴゴゴッ”という効果音が聞こえそうな程の圧があり、さすがの犬宮を謝罪した。
強いな、最古君。まぁ、いつも犬宮さんに置いて行かれているもんね。
最近は少し甘えたさんだし、寂しかったのかな。
微笑ましい二人を後ろから眺めつつ、心優は犬宮について行く。
三人はそれから何も話さず歩いていると、犬宮があるデザイン会社の建物前で立ち止まった。
「目的地って、ここですか?」
「うん。ここであの女は働いているから、出てきた人に手当たり次第に聞こうと思って。普段の依頼人の姿を」
説明していると、早速一人の女性が自動ドアから現れた。
すぐ犬宮は行動を起こし、臆することなく声をかける。
「すいません、俺は犬宮探偵事務所の者なんですが、少しお時間いいですか?」
躊躇することなく声をかけた犬宮の後ろで、心優は「すごいなぁ」と感心していた。
犬宮さんは何でも臆することなく、目的のために手段を択ばず行う。
私だったら、知らない人に声をかけるだけで躊躇してしまうのに、本当にすごい。
感心しつつ、心優も負けられない強く思い、犬宮の隣に移動し話を聞いた。
※
犬宮探偵事務所に依頼をした女性、新井雫は、自身の家の中でスマホを覗きほくそ笑んでいた。
「やっぱり、無名の探偵は穴が多いわねぇ。アリバイ作りに利用して正解だったわ」
タワマンの上層階に、雫は住んでいる。
部屋は綺麗に整頓されており、片手に紅茶を持ってスマホを操作。
見えないはずのアイコンをタップし、そんなことを継ぐ焼いていた。
開かれた画面は真っ黒、何も表示されない。
「それに、まさかあの探偵社に私と同じ業種の人間がいるなんて……ねぇ。しかも、私が一番嫌っている家、真矢家のお嬢さん」
ぎゅっと、スマホを握り、怒りでなのかカタカタと手を震わせる。
だが、大きく息を吐き、落ち着きを取り戻す。
「さて、あの探偵、私が気づかないと思っているのかしら。すべての準備を整えてから依頼に行ったに決まっているのに」
ふふっ、と笑い、スマホの電源を消す。
次に手に取ったのは、もう一台のスマホ。
表示されている画面には、誰かと連絡を取るための連絡ツール。
今はもう話し合いなどが終わっているため、少し前の日付から動いていない。
新井雫は、すべての準備を整えてから探偵者へと向かっていた。
理由は、アリバイ作り。
犬宮探偵事務所は無名。そのため、うまく欺ける。
そう考えての、今回の依頼だった。
「さて、もうそろそろあのお方も動き出しているはず。私も、早く作戦を実行しないと」
「あの、亭主関白のクズ夫を懲らしめるために」と言い、血走らせた目を画面に向け、スマホを強く握る。
怒りで体を震わせ、息を荒くした。
「必ず、後悔さえてやるんだから――――」
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