第8話 殺意


「猊下、ご友人に会われている時に失礼いたします。今、お電話よろしいでしょうか?」

「構わない。」


 森林公園の散策道を歩いていた工藤は、コートの内ポケットで震えた携帯電話を耳にあてた。一瞬後、不思議そうな声で問い返す。


「”友人”?」

「デスクの外出連絡メモに『古い知人に会う』と記載がありましたので……。ご友人では?」


 工藤は少し目を大きく開き、ふっと微笑んだ。部下に答える。


「……いや。そうだ。どうした。」

「見つかりました。お探しの”黒教皇”は近隣で小児科医をされてらっしゃいます。自宅兼勤務先のご住所は――」


 金髪の青年はじっと部下の報告に耳を傾ける。全て聞き終わってから、短く答えた。


「わかった。そこへ向かう。『一色』『永安』の名前で連絡があれば、必ず私に電話を」

「……”魔王”と”勇者”は、前世の件で猊下を恨んでいるのでは?

 近づかれるのは賛同できません。復讐されるのでは?御身が心配です。」

「復讐?……恨んでくれれば、気が楽だったがな。」


 青年はハッと自嘲した。苦しみと悲しみの混ざった顔で瞳を閉じる。電話を切った。


(重いな。前世の悪行という十字架は……)


 チチチ、と鳥のさえずりが響いた。肌寒い空気が漂う灰茶色のケヤキ林の中を1人で佇む。

 勇者と魔王は置いてきた。魔王が落ち着いてから2人で帰るらしい。先に1人で公園の駐車場へ向かっているところだ。


(謝って済む話ではないが)

(罪をあがなう方法を知りたい……)

(神よ)


 虚ろな表情で泣く魔王に寄り添う勇者は一言も工藤を、ザナディスを責める言葉を口にしなかった。ぼんやりする前の魔王も同様だ。2人とも軽口で罵ってはくるものの、決定的な”断罪”をしてくれなかった。それがつらい。心臓に鉛の弾丸を撃ち込まれた気持ちになる。


(自分にこんな弱さがあったと、初めて知ったな。)


 人々の平穏を荒し、人生を壊し、多くの命を奪った残虐非道な行いを償わせて欲しい。誰かに罪を告解して裁きを下して欲しい。その結果、命を取り上げられても仕方ない。

 あんな深く重い罪を犯したこの魂に、神はなぜ再び肉体を与えたのか。生きる資格もない罪人がおめおめと。その罪悪感が工藤ザナディスを責めさいなむ。この心の寄る辺ない苦しみを誰かに聞いて、できれば共有して欲しい。ゲーム世界の『転生組』を現代で探した理由の根底にその下心があった。勇者の凛とした声が耳に残る。


(ありがとう。ザナディス。)


 許されたいが、許されたくなかった。断罪して『生きる価値もない』と言ってほしかった。


(救いがたいお人よしども。理解できん。)

(ああ、そうか)

(私は)


 きっとあの2人に殺して欲しかった。強く真っすぐな心でザナディスを裁く正当な理由と資格がある彼らに。だから乱暴な方法で接触を図った。恐れていた心の暗闇にサァッと光をあてられたようだ。思わず左胸を手で押さえる。


「なんと、愚かな……」


 生きることは愚行の繰り返しだ。それでも生きたい。誰かに必要とされたい。浅ましくもその欲求を止められない。

 樹々の葉から、漏れた天上の光が降る。胸に手をあてて天を見上げる無力な青年に神が手を伸べるかのように。青年の白コートの裾が風になびいた。大聖堂の宗教画と見まがう美しい光景だった。

 小石が転がる音がした。気配もなく背後に忍び寄った相手が青年の咽喉にピタリと冷たい刃を押しあてた。


「……殺人狂め。もう誰も殺させない。」


 尖ったナイフの感触が咽喉をグウッと圧迫する。このまま横に刃を引かれれば大量出血は間違いない。ナイフの柄を握る黒い革手袋を見ながら、工藤は薄く笑った。


「いつから後を尾けていた?聖騎士パラディン。あの2人と話していた時から盗み聞いていたのか?」


 転生組は今のところ全員、同年代だ。聖騎士イグニス。冷静沈着にして寡黙な、黒教会所属の騎士であり聖職者。勇者ルビィのパーティーメンバーにして剣の師でもある。かつて王国一の剣技の達人は常に彼女の心強い味方で兄とも言える存在だった。

 現在、背後からシースナイフで工藤の咽喉をかっさばこうとしている黒髪の青年だ。見ていないが、怜悧な印象の黒い瞳がギラッと獰猛に輝いたのを感じた。暗い殺気が匂い立つ。


「この現代で新たな命を得て、邪悪な貴様がおとなしくしているはずがない。必ず動きがあると思い、監視していた。

勇者と魔王に接触して何を企んでいる?今世ではあの2人を貴様の手駒にはさせない。死ね、ザナディス。今ここで。ルビィも魔王もウィーグ様も、絶対に」


 ナイフがシャッと横に走るのが分かった。とっさに相手の腕をつかみ、工藤が身をよじる。間一髪、拘束された体勢から逃れ出た。一瞬でも遅ければ咽喉から血飛沫ちしぶきが噴き出るところだった。背筋を冷たい汗が流れる。

 触れれば切れそうな、危うい気配の黒髪の若い青年が工藤を見ている。妙に実戦に慣れた雰囲気がある。警察官かそれに類する職業かもしれない。

 男がナイフを左手で持ち直した。そういえば聖騎士イグニスは相手を本気で殺す時、左手で長剣を扱っていた。今思い出してもせんない情報だが。イグニスが黒い目をカッと見開いた。


「死なせない。今度こそ!」


(お前じゃない。……私が殺されたいのは)


 工藤は冷ややかにイグニスが転生した青年を見返した。


「誰を殺める気もない。ここは昔とは違う世界だ。話が通じる雰囲気ではないが、対話で解決は――」

「前世でお前は自分が殺した相手の『命乞い』を1人1人聞いたか?」


 黒髪の青年が無表情で吐き捨てた。


「白教会に信仰を捧げる善良な女司祭を魔力で操り無辜の民の命を奪わせ、愛し合う男女に相手を殺す呪いをかけて殺し合わせ、対立する教会の長たる教皇を毒殺する……。自分に従わない3王国に間者を送り込み内部紛争の種をまき、壊滅に導く。

残ったボロボロの世界をその手にして結果、自害とは。

……貴様は一体、何がしたかったんだ?お前に殺された大勢の人間は命を弄ばれただけか?答えろ!返事によっては、楽な死に方に変えてやる。」


 工藤は薄く口を開き、閉じた。何を言っても醜い言い訳になるとしか思えなかった。聖騎士の説得を諦める。だが、ここで殺される気もない。脳裏に先刻別れた2人の姿が浮かんだ。

 あの2人には、特に魔王には陰からサポートが必要だ。廃ビルに眠る古い発火装置のような、狂気を薬で押さえ込む人間のような脆さと危険性を強く感じる。


(誰かが守らないと、あの2人は危うい。)

(私が……守らないと)


 それは直感だった。確信に近い。ザナディスは、前世からこの手の感覚を一度もハズしたことがない。

 あの2人が固有魔法を使えることを誰かに知られるなどという緊急事態が起きたとする。その非常時に、ある程度の強い立場や経済力でもって社会的に庇護、すなわち”尻ぬぐい””隠蔽”してやれる人間が絶対に必要になる。何を考えて生きてきたわけでもないが、ひょっとすると起業したのも気がはやるように実業家としての成功を求めたのも、”子羊”という動かしやすい私兵を組織したのもこんな事態を無意識に想定していたのか。


(死ねない。今は)


 工藤の青い瞳が、黒髪の青年を睨み返した。サアッと清涼な風が灰茶色の木立の間を吹き抜ける。伝説級クソゲーのプレイヤーの誰かがもしこの場を見たら、目を疑ってまじまじと見返したかもしれない。

 白教会の総本山”星白の大聖堂”で白教皇と聖騎士として対峙したゲーム内の名場面が2人の立ち姿に鮮やかに重なる。幾度も殺し合った”宿敵”の2人が今、現代で再び出会った。







「はッッ!」


 一色がぱちっと瞬いた。長い睫毛がゆっくり開閉する。とても可愛い。瑠実は柔らかく微笑んだ。


「お帰り。……嫉妬の炎は鎮火したか?」

「いや。全く。白教皇は?帰った?」


 キョロキョロ辺りを見回した一色が上着のポケットに入った純白のボールペンに気づく。


「お前を心配していたぞ。なんか、現世のザナディスは変だな。善良すぎる。」

「あ。それ思った。魂が浄化された……?それとも、前世から本当は善人だったとか? 白教会陣営もうるさい”長老衆”が幅きかせてて中で生きづらそうだもんねぇ。これ、キラキラ光ってるけど何のサイン?」

「え?」


 ボールペンは白光の輝きを放っていた。瑠実の耳に工藤の言葉がよみがえる。


には私の固有魔法がかかっている。それを通じて私にコンタクトを取れる。)


 その逆も、然り。ということは。


(電話の余裕すらない時は、それで私を呼べ。)


 瑠実と一色の目が合った。ボールペンを手に持った一色が低い声で尋ねた。


「白教皇、何があったんです?」


(……聖騎士に刺された。心配ない。今”子羊”を電話で)


「西口駐車場だ。行くぞ、悠。」


 一色の脳内に直接工藤の返答が響いた。一色の反対の手を握っていた瑠実にもそれが聞こえた。

 瑠実が即座に言った。すぐに屈み、足下の適当な木の枝を拾う。万一の場合は”変性”させて武器に変えるつもりだ。前世からの恋人がチラッと一色を見てまなざしを鋭くした。確認の色がその瞳にある。短く問われた。


「魔王の”固有魔法”もう使えるか?ザナディスの怪我の度合いにもよるが」


(私達を殺し合わせた男を、お前は助ける気があるか?)


 相変わらず予防線をビシバシ張ってくるな、と一色はため息をついた。純白のボールペンを上着のポケットに放り込む。


(……俺が嫌がっても無視して自分一人で助けに行くくせに。ホント勝手なんだから。肯定の返事以外聞く気はない、って顔に書いてあるよ。

自己中。すっごい自己中。俺は君の”所有物”じゃないって100回転生しても理解してくれなさそう。いつでも俺が君の言いなりになるって頭から信じてるんだから。……でも!結局君の『言いなり』になる自分が腹立たしい!)


「返事は?」


 瑠実が茶褐色の瞳で一色を見ている。強く熱く激しく、見つめてくる。


(お前が離れるのも裏切るのも許さない。絶対に)


 甘い熱に体が芯からゾクッと痺れた。束縛されている。強烈に自己中心的な彼女の愛情で、がんじがらめに戒められている。力でねじ伏せるように強引に彼女と運命を一蓮托生にさせられる。それは一色にはたまらなく心地よい鎖だ。

 彼も、同じかそれ以上の頑強な鎖で彼女を縛りつけたい。そしてもう二度と。


(離れないし、離さないよ。)


 ニコッと笑って、一色は瑠実に答えた。


「うん、愛してる。」

「返事になってないぞ。」







 血で赤く染まった白いコートを脱いで簡単に丸める。止血に使えるものが手近にない。シースナイフでザックリ切られた太股は後から後から鮮血が流れ出ている。失血死。その単語が急に現実味を帯びた。

 救急車を呼ぶべきか。それとも”子羊”には医者もいるから、そちらを緊急で呼びつけるのが正解か。知名度のある工藤が森林公園の散策道で不審者にナイフで襲われたなど、メディアが喜んで食いつく格好のネタに違いない。

 変に騒がれてはあの2人を陰からサポートできなくなる。ザナディスは重い息を吐いた。


「やれやれ。さて」

「工藤――ッ!」


 さっき別れたばかりの2人が猛スピードで散策道を走り抜けてくる。工藤は思わずギョッとした。


(いやいやいや……足、速すぎだろう。まさか、魔法のみならず『身体能力』も前世のレベルで現世に持ち越しか?)


 オリンピック陸上競技メダル級の速度で2つの影が疾風のごとく駆ける。


シュダダダダダダッ!


 漫画なら『ビュ~ン!』と効果音がつきそうだ。目の前に到着した瑠実と一色が、心配そうに工藤を見下ろしてくる。2人とも息もきれていない。タラリ、と冷や汗が工藤のこめかみを流れた。恐ろしい……。ナチュラルに化け物だ、このコンビ。


「ダメだ。遅かった。こんな血だらけで地べたに力なく座り込むなんて!変態、死ぬな!しっかりしろ。いくら私生活で鞭を振るうアレでソレな変態だからってこんな殺され方はあんまりだっ!」

「え?白教皇、死んでないよ。ポカ~ンと呆けてこっち見てる。その振り上げた木の枝さぁ、怖いから下ろして。ルビィが持つと凶器でしかないよね。ほら、貸して。」

「ハッ。血が、血が足りずに意識朦朧状態か?!早く!悠、早くッ!こいつ死んじゃうぞ。」

「えー。男の……というか正直ルビィ以外の人間を治すのは基本、嫌なんだよねー。何か見返りを提供してよ。」


 瑠実が甘い雰囲気のイケメンの胸ぐらをガッとつかんだ。綺麗な白シャツに皺が寄る。怒りに燃えた怖い目で静かに恫喝した。


「四の五の言わずに、やれ。逆らうな。」

「……ハア。こういう時、普通チュッって可愛くリップキスして『ねぇ。お、願、い!』とかいう展開じゃないかなぁ?

路地裏でカツアゲされてる気分。あれ?ルビィ、元ヤンだったの?……はいは~い。やります。やればいいんでしょ?ホント信じられない。」


 もはや不満しかない表情で魔王がザナディスの傍にしゃがんだ。じいっと黒い瞳で工藤の太腿のザックリ切られた傷口を眺める。長い睫毛が2回、音もなく瞬いた。

 左手を傷口の上にそっとかざす。一色の手のひらから淡い赤色の光の鳥が歌うように生まれた。工藤が驚きに目を見開く。思わず息を飲んだ。


(まさか魔王の固有魔法は……!)


「気づいた?ドS猊下」


 アッシュブラウンの髪をゆるくなびかせ、元魔王の青年が薄く微笑んだ。まばゆい赤光の粒子群が無数の鳥の羽根の形をしてはらはら宙をさまよい、彼を柔らかく包む。光が背中に集まる。失った6枚の羽根を再現するかのように。

 聞こえるはずもない賛美歌が、天上で美しく奏でられているように聞こえた。


「これが魔王の固有魔法『天使の慈悲』。終わったよ。立てる?」

「……驚いた。ゾンビ操作じゃなかったんだな。察するに、物質の”時間操作”の能力か?」

「フフ。正解に近いけど不正解。操作するのは”時間”じゃない。」


 失血死待ったなしだった工藤の太腿の痛ましい傷は、最初から何もなかったように消えていた。傷跡の気配すらない。先刻まで感じていた傷の痛みもきれいさっぱり消えている。血で汚れた衣服がなければ、襲撃されたのは夢だったかと戸惑うところだ。

 致命傷ともなる傷をたやすく消し去るなど、現代で一般人が目にしたら『神の奇跡』として聖人扱いされそうだ。ザナディスは眩暈を覚えた。同時に激しい頭痛が始まる。なんということだ。この2人。


(危険すぎる。勇者、魔王どちらの能力も、悪用されれば世の均衡を粉々に崩しかねない。絶対に誰にもバレるわけにいかない。ただ、問題は)

(この2人は、お互いが相手の”弱点”ということだ……)


 瑠実が満面の笑みで一色を見た。大輪の花がほころぶようだ。一色がボッと赤面する。


「さすがだな!悠。これ、流れ出た血液の分はどうなるんだ?それはやっぱり体から失われたまま?」


 コホン、と咳払いした魔王が赤い顔で彼女に解説した。元カノの明るい笑顔にとてもとても嬉しそうだ。


「ううん。そこは大丈夫。失った血液も元通り戻したよ。『天使の慈悲』は『状態操作』がメインだから、魔王おれが認識した対象の”状態”を自由自在に操作できる。

メカニズムはわからないけど、流れ出てその白いコートに付着した血液をまた体内に戻すとかじゃなく。今の場合だと、完全に白教皇の傷口の『状態』を固有魔法で操作して『負傷前の状態にした』……という感じ。大丈夫?意味、通じてる?」

「通じてるぞ。素晴らしいな。理屈で言えば、お前の能力なら難病で苦しむ人も『病気にかかる前の状態』に戻せるということだろう?

まさに”聖なる”力だな。世の憂える民草を救うための力だ。」


 瑠実がここでブッと噴出した。


「悠の方が、新興宗教の”教祖様”に適任だな!」

「……さっきから気になってたけど。なんで突然”ユト”から現世の”悠”で呼ぶようになったの?ルビィにそう呼ばれる度、胸の高鳴りやばいんですけど。」


 彼女が首を傾けて彼を見た。目を優しく細め、笑う。


「特に理由はない。」

「嘘だ。嘘つき。どうせ俺の”トラウマ克服キャンペーン第1弾”とかじゃないの?名前で前世と現世を区切って、まさかの恋人とのデスマッチ、からの心中エンドの記憶を『過去の遺物』として消化させようという試みとか。当たってる?」

「察しがいいな。まあ、死なない程度に胸は高鳴らせておけ。今は好きなだけ」


 温かいココアブラウンの髪をした彼女が、愛しさがこぼれ落ちそうなまなざしを彼に向けた。


「私に溺れるがいい。」






 

 コンビニの駐車場で目指す車を見つけた。助手席に乗り込むと、甲高い叱責が飛んでくる。お怒りだ。元聖騎士の青年は肩をすくめた。


「なんで殺さなかったのよ。この馬鹿!」

「脅しにはあれで十分だ。命を奪う必要は」

「黙って。ただでさえルビィが魔王と再会しちゃってイライラしてるんだから。

あああ。あんなちゃちい傷、どうせ魔王が固有魔法ですぐ治しちゃうわよ。どうせなら恐怖心を植えつけるために顔でも切りつけてやればよかったのに。

ずっと陰から奴に絶対会わせないように水面下工作してきたのに、魔王どころか白教皇まで!なに?なにこの運命の不条理。これじゃまたゲームの時と同じになっちゃうじゃない。許さない。絶対許さないわ。私のルビィを殺す危険性のある連中は全員排除、抹殺も辞さないから!

ウィーグ様、どうか力をお貸し下さい。今度こそあなたの愛し子を守れますように。悪を殲滅できますように。」


 澤井さわい國士くにしは、ブツブツ独り言を呟き続ける元女司祭の彼女を切なく見つめた。


(カノン……)


 彼は彼女の命令に逆らわない。愛しているからだ。前世から、ずっと愛していた。

傍目に見てもわかる。楓音は心を病んでいる。何度も精神科に連れて行ったが、どの医者も彼女の異常に気づくことはなかった。完璧に”正常”を装う彼女を傍で見るのは、胸が切り裂かれるようにつらい。でも見捨てられない。


(地獄に墜ちよう。2人で。)

(暗闇の淵から底のない場所へ)

(二度と離れず、一緒にいるから)


 スカートの膝の上でかたく握られた彼女の冷たい手を、彼はあふれ落ちそうな思いでそっと握った。

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