第6話 純白の変態、襲来
温かい木漏れ日の下でユトが微笑んだ。ルビィは小首を傾げる。
「『固有魔法』?……それは、ウィーグ様に習ってない。初めて聞いた。」
「そう。通常の回復魔法や攻撃魔法、その他の魔法と別格の位置づけをされているけど……。そういう条件制限魔法があるんだよ。使える人物も限られてる。
この世界では4人だけ。黒教皇、白教皇、魔王……」
ルビィが隣に座る青年を見た。つないだ手をそっと握り返す。
「”魔王”。ユトも使えるの?」
「うん。」
ユトが穏やかにうなずく。どんな魔法だろう。ユトが普段使う氷雪系攻撃魔法が進化した強力な攻撃魔法だろうか?それとも全然方向性が違う、想像もつかない魔法だろうか。青年は考え込む表情をした。
「黒教皇がルビィに魔法を教えたんだよね?」
「うん。子供の頃に、3年間。」
「黒教皇は、なぜ『固有魔法』があることを教えなかったのかな。腑に落ちないな……。」
「難しくて子供には理解できないから、とか?」
さっき4人と言っていた。固有魔法が使える最後の1人は、やっぱり。ユトが静かにルビィを見た。
「勇者の固有魔法『光の祝福』は、4つの固有魔法の王座に君臨する最強の攻撃魔法だよ。すべての魔法の中で最上位に位置する。子供でも”勇者”に教えないのは変だ。」
ああ。それなら教えなかった理由が思い当たる。だって黒教皇はずっと悲しんでいた。
(勇者と魔王は『戦ってはならない』。……それなのに、真実を教えず戦闘と殺戮を強要するなんて。)
ご無事だろうか?黒教会が襲撃され、炎上した夜。からくも生きて逃げのびたとは聞いたけれど。頑固で、言葉少なで、優しい老人の姿が思い出の海をたゆたう。ルビィは目を閉じて微笑んだ。
「……その魔法でユトと戦わせたくないから、かな。」
緑さんざめく山の中にいる。隣では甘い顔立ちの優男が不機嫌そうにぶーたれている。足元の小石を無意味に蹴って、八つ当たりを始めた。
「『明日、森林公園へ行こう』って女性に誘われたらさー。デートのお誘いって、普通の男は思うよね?俺、完全無欠に正しいよね。”アウトドアデートのおしゃれコーデ”とかネット検索して胸高鳴らせるの、まったく正解だよね?
なに?この状況。信じられない。トキメキと満ちあふれる期待を返せ。」
「説明が足りなかった点は謝る。悪かった。今度、デートしよう。拗ねるな、ユト。」
「この忌々しい邪魔者との用事が終わったら『すぐ』がいいー。2人きりがいーい。」
「……”忌々しい邪魔者”とは、私のことかね?魔王」
サラッと肩までの金髪を風になびかせた青年が、ニコニコと無垢にして邪悪な笑顔で一色を見た。一色が、台所の片隅で黒い虫を発見した時の表情で青年を見返す。能面に近い顔をわざと作って返事をした。
「ええ。無論、あなた以外いませんよ。白教皇
「ほう」
金髪の青年がフフッと微笑んだ。光あふれる緑の樹々を背景に、実に絵になる容姿だ。金髪碧眼、冷酷な雰囲気の美青年。高身長でスタイルもいい。さっき説明を受けたが、ハーフらしい。ゲーム内の容姿そのままで画面から抜け出たような姿だ。真っ白な立ち襟の長いトレンチコートを着て佇むシルエットが、前世の教皇服を彷彿とさせる。
というか、白のトレンチコートが似合う男性、初めて見た。雑誌のモデルみたいだ。さすが神作画を誇るゲームの『一番人気』キャラクター。俗世を超越した美形である。
(魔王ユト、
「今、脳内で私を侮辱しただろう。謝りたまえ。人の尊厳を否定するなどと勇者失格。唾棄すべき行いだ……。」
「えっ?!テレパシー魔法とかあったっけ?なんでわかった?」
「実に失礼だな、貴様は。かまをかけたに決まっている。何を考えたかは聞く気もない。
「うわぁ。キモ~い。転生してもキモさ変わってな~い……!え?鞭、持ってるの?そういうお仕事?」
「くびり殺すぞ、小娘。」
一色が呆れた顔で、瑠実と現世に転生済みだったザナディスが言い合う姿を眺めた。
「なんか、仲悪すぎて一周回ってすごい仲良しに見えるのがイヤ。他の男、見ないで。」
「安心しろ。私は、お前以外誰も目に入らない。
……その、今にもあの変態を撲殺しかねない凶悪な表情を隠しておけ。通報されるぞ。」
ザナディスが両手を広げたジェスチャーで大げさにため息をついた。
「私も暇じゃない。本題に入らせてもらおう。……あと小娘。さっき名刺を恵んでやっただろうが。『変態』でなく『工藤』様と呼べ。鞭を使うのはプライベートだ。
職業は”会社経営者”だと、鳥頭の貴様にも理解できるよう懇切丁寧に言ったはずだ。」
そう。転生ザナディスは『
「……絶対、詐欺スレスレ新興宗教の”教祖様”してると思ってた。」
「黙れ。貴様はもういい。……魔王。やってみろ。」
工藤が一色に向かってあごを軽くしゃくった。確かにこの用事が終わらなければ、デートは始まらない。一色は足下の地面に意識を集中した。地面に白い氷が張るイメージを脳裏に思い描く。小さくつぶやいた。
「『
何も起こらない。隣で次に瑠実がつぶやいた。指先で1メートル先の地面を指している。
「『
同じく何も起こらない。工藤がうなずいた。近くで拾った適当な石を瑠実に渡す。握りこぶし大のサイズだ。
「次は『固有魔法』を使ってみろ。私の説明した方法で。魔王、お前もだ。魔王の方は……最初は、問題が起きない程度のモノを使用対象にしろ。警察沙汰は困る。」
瑠実がギュッと目をつぶった。今日は、ザナディスこと工藤に固有魔法の使い方の指導を受けている。さっきの検証でも明らかだが、転生した現代世界には魔力がない。だから通常の攻撃、回復魔法その他は使えない。
だが、固有魔法は使える。現に工藤は白教皇時代の固有魔法『聖なるしもべ』を現代で普通に使用している。工藤が淡々と述べた仮説検証のため、瑠実と一色は工藤に会いに来た。
『
(勇者と魔王も、使える…)
瑠実はきゅっと眉を寄せた。手のひらの石が熱い。”全身の血を注ぎ込め”と工藤にさっきイメージ指導された。手の石に体の血を送り込む心象を懸命に思い描く。ブルルッと右手が激しく震えた。石が熱すぎて持っていられない。取り落としそうだ。
カッ。
灼熱の光が弾けた。瑠実の手中の黒ずんだ石が強く光を放つ。目に痛いほどの白金の輝きが、瑠実の手をみるみる包んだ。
勇者の固有魔法『光の祝福』。それは、物質を作る構成そのものに干渉し、構成内容を自由に作り変える。この魔法が及ばない物質は存在しない。勇者が認識した物質であれば、必ず確実に作用する。最強にして危うい『組成変性』魔法である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ヌッと黒い軍手をはめた手が分厚い遮光カーテンをよける。黒い目出し帽を被った男が室内を覗いてきた。男は厳かな声で聖句のように唱えた。
「――
マンションの壁に刺さったままの十字架の刃がカッとまばゆく白色に光り輝いた。ゲーム世界で何度も見た光景だ。悪夢のように忘れたくても忘れられない。
キィィィィィィン。
白教皇ザナディスの固有魔法が今、発動した。
(ユトを殺す気だ!)
壁に刺さった十字架の刃がグラグラ揺れ、ひとりでに動き出す。バゴッと壁から抜けると宙にふわっと刃が浮いた。クルッと瞬時に回転し、尖った切っ先をピタリと一色の顔に向ける。瑠実はザッと床から立ち上がり、走った。
触れれば切れそうな透明な刃を躊躇なく両手でつかんだ。ザクッと手のひらが切れて赤い血がぶわりと湧き出る。痛みを感じる余裕もなかった。
「ル……ッ!」
一色が焦った顔でこちらへ手を伸ばす。瑠実は振り向かず、怒鳴った。
「下がれ!手を出すな。……二度とあんなのはごめんだ。お前は私が守る。」
(剣が、剣があれば戦えるのに!)
全身の血が沸騰した。頭に血が逆流して急激に下がっていく感覚に、必死で踏みこたえる。瑠実の手から目に痛いほどの白金の輝きが生まれた。
シャァァァァァァッ。
手の中の聖十字架剣が灼熱の光に包まれ、作り変えられていく。金色の光の粒子が淡く舞う。十字架の形をしていた刃は、瑠実が勇者時代に使っていた飾りのない長剣に変化した。ベランダから覗きこんでいた目出し帽の男と一色が驚きに目を大きく開く。
「えっ」
「あ」
(これ『光の祝福』?……なんで、現代で魔法が使えるの?!)
男の動揺を見逃さず、瑠実は動いた。ビュッと長剣の先端を男の喉元に突きつける。皮膚の先、3ミリで止まった。燃え滾る双眸で男をひたと見すえる。瑠実の茶褐色の瞳が濃い金色に光ったように男には見えた。ゾッと恐怖が背筋を走る。
(殺される……この目は)
人を斬った『経験』のある人間の目だ。険しい目の光の底に容赦なく一線を越えた残酷さがにじむ。瑠実が口を開いた。心臓を刺し貫くような鋭い声だった。
「……ザナディスはどこだ。」
男はゴクリと唾を飲み、そろそろと両手を上げた。無抵抗、恭順のポーズだ。
「電話、させて、ください。あと……微妙に刃先が咽喉をチクチク刺して痛いです……。あっ、すみません。」
瑠実がギロリと睨むと男はビクッとでかい図体を縮こまらせて、慌てて腰のウエストポーチから携帯電話を出し、電話をかけた。
「猊下!猊下ァッ――!……固有魔法、使えます。使ってました!目の前で見ました! 猊下に頂いた聖十字架剣、勝手になんか長い剣に作り変えられちゃって!ひどい!1本しかないのに!
というかメチャクチャ怒ってて、俺もう天国へのカウントダウン始まってる感じです! 助けて猊下!死にたくない!……ようやく先週彼女できたばっかなのに。人生の春が今まさに始まろうと――」
恐怖のあまり機関銃のように言葉が止まらない男の手から、瑠実がスッと携帯電話を抜き取った。血塗れの手で携帯を左耳にあてる。
「おい、変態。……割れた窓ガラス代、弁償しろ。」
悠久の時を流れる星々が感じるような深い静寂が、マンションの室内を満たした。誰も口を開かない。じわじわと沈黙の圧が重苦しく増えてゆく。
「……”変態”と呼ばれて、私が返事をするとでも思うのかね?」
電話越しに、前世以来の涼しい皮肉な声が流れ出た。若干、笑っている響きがある。
「話がある。明日、魔王とセットで出てこい。場所は私の”子羊”に聞けばいい。」
「”子羊”?!」
ぎょっとした顔で目の前のガタイのいい目出し帽の男を見やると、恥ずかしそうに男がもじもじ身じろいだ。
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