第5話 聖十字架剣をたずさえし神の使徒

「こんばんはー!ご視聴ありがとうございまーす!……で、プレイし始めて早速ですが、1つ目のバグですね。最初のイライラポイントです。ゲームスタートして早々に、6大王国の内2つが魔王に滅ぼされたことを出発地点クリスタ王国の国王から告げられた勇者。 白教会の教皇ザナディスから”聖剣”を渡され、強制的に魔王討伐の旅へ送り出されちゃいま~すっ。

いや。ホント。拒否できないのよ、コレ。抵抗して城下町に隠れてたりしたら王宮騎士がどこからともなく現れて町から叩き出されます。国家権力ってマジ怖ぁ~い!……でもって1つ目のクエストの提示です。


『黒教会の総本山”漆黒の大聖堂”へ行き、そこで黒教皇ウィーグより”聖盾せいじゅん”をもらうように』


国王から言われます。ま、装備は必要ですからね。へいへーい!ってな感じで”漆黒の大聖堂”へ山を越えてテクテク行くんですけどぉ~~……。

だああああああッ~~~~~?!”漆黒の大聖堂”燃えてる?!な、に、が、起きたぁ――!オイ。

白教会はクリスタ王国の城下町に総本山”星白の大聖堂”がデデ~ンとそびえ立ってるんですけど、黒教会の総本山はちょびっと離れた山奥にあるんですよねー。で、夜になるんですけどー、真夜中に現地到着したらその目的地が大炎上中。そして、突然のバグで画面がフリーズ。画面、暗転……。

フッと画面が元に戻ってホッとしちゃったプレイヤーが何人いたことか……。グスッ。甘い!クソ伝説の幕開けです。画面が明るくなったら、なぜか朝になっていて。えっ朝チュン?さっき絶賛炎上中だった”漆黒の大聖堂”は、100%焼け落ちて火事現場跡地になってます。

そして、3人のパーティメンバーが全員い、な、い。消えている!えっ?!勇者、捨てられたぁ?旅のスタート時点で?仲間みんな、どこ行っちゃったの――ッ?!意味不明です。普通に理解できません。ちなみに、ゲーム内でこの現象について一切説明はありません。いまだにボクも謎です。

そして、昨夜はなかった墓が大聖堂の火事現場の奥に突然できている!28個。……え?火事で死んじゃった黒教会の信者さん達のお墓かな?なんか木の棒で簡単に”即席の十字架組みましたー”みたいな荒い作りで全然敬意も感じないし、死体を野ざらしにできないから『慌てて隠したよー』的な感じ。え~~~?なに、なに、なに。なんかすっごい違和感ー!ちなみに、これもゲーム内で”誰の”墓か一切説明はありません。いまだにボクも謎です。

そして、極めつけにひどいのが勇者のステータス。『HP(体力)残り1、MP(魔力)残り0』で死にかけです。DEATH目前!なぜか。だああああああああああッ?ホワイ?昨夜までたいして戦闘もしてないし、体力、魔力満タンでしたけどっ?! 何回もプレイして検証しましたが、必ずこうなるんですよ……。

はぁ~い、まとめます。クソゲー伝説1つ目の謎バグによって起きる現象はぁー。


ひとぉ~つ、3人のパーティメンバーが全員、謎の失踪。

ふたぁ~つ、謎の火事で”漆黒の大聖堂”が焼けて、黒教皇ウィーグも失踪。

みぃ~っつ、勇者のステータスが突然、謎に”瀕死状態”へ変化。


以上です。数々の”謎”に説明が欲しいよね!制作陣出てこい。コラ。……ていうか白教会に戦司祭ウォープリーストっていう強い兵隊いるんだから、旅の最初のクエストくらい警護してくれたらいいのに!あいつら一応『”勇者”の剣となり、盾となる』教義にひれ伏す神のしもべなんでしょ?

ハア。ため息が止まりません。でもプレイも止まりません。画面キレイだからね!そして、さらなるクソなる伝説へ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


 血飛沫ちしぶきが目に入った。視界が赤に暗転する。ルビィは完全な勘頼みで背後へ跳んだ。


ザァンッ!


 一瞬前いた場所に剣戟が降ってくる。ハアハアハアハアハアハア。自分の荒い呼吸音が耳障りで仕方ない。汗がひっきりなしに額から流れ落ちる。ビリビリ疲労にしびれる腕で剣の柄を握りなおした。26人倒した。残る2人が厄介だ。


「なんですか、そのガラクタは。猊下げいかより賜った”聖剣”はどうなさったんです?」


 強い批難をこめた罵声が正面から飛んでくる。ルビィは血で赤く染まった視界を瞬きで振り払い、両目をパッと開いた。手にした古い剣のことを言われている。まあ。ゴテゴテと派手な装飾つきの純白の”聖剣”に比べれば見目はたしかに”ガラクタ”と言えなくもない。


(城下町の古道具屋でこっそり買った年代物だからな。)


 だが26人斬るのに耐えきった。武器として合格だ。剣は通常2人斬ったあたりで人の血脂で刃がなまって斬れなくなる。勇者の少女は鼻で笑った。


「ああ。捨てた。変態教皇の怪しい魔法がかかってたんでな。……あの剣で戦わせて、戦闘中に『自分の咽喉をかっ切らせる』のが目的だったんだろ?残念だったな。

しかも『思考鈍化』の精神操作系の魔法も付与されてたぞ。どこまでヤバいんだ、あの変態は。」


 戦司祭がギロッと怒気に満ちた目で睨んできた。


「猊下を冒涜するなッ!」

「”勇者”は冒涜していいのか?」

「貴様など”勇者”ではない。勇者を語るまがい物だ!真の勇者があのお方の言葉に逆らったり、あのお方を侮辱する暴言を吐くはずがない。あの方こそ、地上を救うため神がおつかわしになった”代行者”!あのお方の言葉は神の言葉に等しい。それが理解できぬ偽者は、早々に大地へ還ってもらう!」


 ルビィは燃え盛る夜を背景に、はんなり笑った。口の端を引き上げる。宙を舞う火の粉がルビィをかばうようにキラキラ降った。


「その”代行者”の言うことをきかなかったから『エメラル』『トパージア』の2王国を滅ぼしたんだろ?魔王のしわざに見せかける偽装工作つきで。ハハハ。本物の魔王も呆れ果てるほどに狡猾、そして性悪。

『神』じゃなく『悪魔』の”代行者”じゃないのか?ああ……悪かった。洗脳されてるお前達に真実を説いても怒らせるだけだと知ってはいたんだが。」


 目の前の戦司祭が腰の鞘から本命の武器を抜いた。夜の闇に、刃物の白さが冷たく淡く輝く。短剣の先端が十字架の形をしている。十字架の中心に紫色の大粒の宝石がきらめいた。白教皇ザナディスの側近17人にしか与えられない聖十字架剣ホーリーソードだ。ルビィは目つきを険しくした。あの武器には、ザナディスの特別な魔法が付与されている。


(白教皇の”固有魔法”……『聖なるしもべ』。遠隔操作でこいつらを操りつつ、かつ戦闘力を強制的に引き上げた攻撃を可能にする。体力も魔力もほぼ尽きた状態で聖十字架剣持ちを2人相手するのはキツいな……。)


 キツくても戦う他に道はない。少女はジリ、と横に動きながら互いの距離を測った。男が、聖十字架剣を両手で頭上にうやうやしく捧げ持った。大音声で祈祷の一節を詠唱する。


「天を焼き、地を焼く神の火よ。神の手よ。御心を妨げる悪しきものを粛正する聖なる力を我に授け、守りたまえ。我の目を、手を、すべてをあなたに捧げます。今ここに我をあなたのものとし、あなたの火をつかわしたまえ。世界が迎える終焉の日まであなたの使徒を守りたまえ!」


キィィィィィィン。


「猊下のために!」


 男の剣先の十字架がカッとまばゆく白色に光り輝いた。教皇ザナディスの固有魔法が今、発動した。攻撃力がぐんと増した剣が少女の正面に打ち込まれる。鋭く斬りかかってきたその一撃で、ルビィの剣が折れた。剣先が飛んでゆく。


ガン、ガン、ガン、ガキィン!


 手元に残った柄の部分だけで男の聖十字架剣を受け止め、死にもの狂いで斬り結ぶ。膝がガクガク笑ってしゃれにならない。

 ガギガギガギギギギ。刃物同士のしのぎ合う激しい音が響いた。遠くで、もう1人の戦司祭が腰の鞘から長い聖十字架剣をシャッと抜き放った。長剣使いだ。襟元の階級章が目の前の男よりさらに上だ。あちらの方が強敵に違いない。


(くそっ)


 ルビィはふっと体の力を抜き、低くしゃがんだ。意表を突かれたのか、剣で押し合っていた相手がたたらを踏んで体のバランスが崩れる。


(今だ!)


 自分の折れた剣を投げ捨てる。短い聖十字架剣を持つ相手の前腕部をガッとつかんだ。相手の腕を肘の関節からあらぬ方向へねじる。にぶい骨の感触がして、人体の体の振動が直接少女の手に伝わった。つかんだ腕を無理に方向転換させ、十字架の剣先を男の心臓へ向けて一気に刺し貫く。瞬時のためらいもなかった。

 命のやり取りをする相手に慈悲はもたない。全身の最後の力で深く深く剣を男の胸へ押し込んだ。


「……ッ!」


ブシャァァァァァッ!


 派手な血飛沫がたった。戦司祭の男がゴブッと口から吐血する。ワインを吐いているように見える。後から後から流れる濃密な血の匂いが立ち込める。

 グラッ。男の体が傾いだ。少女の上に崩れるように倒れかかる。ゴロリと横に転がり、かろうじて下敷きになるのを避けた。


ハアハアハアハアハアハア。


 心臓が早鐘を鳴らし続けている。痛い。もう少し、ゆっくり。苦しい。息が、できない。

 ジャリッと頭の側で砂利を踏む音がした。ハッと見上げた時には遅かった。最後の1人、長い聖十字架剣を持った戦司祭が鋭い長剣をルビィの首にまさに振り下ろすところだった。男の背後に銀色の冷たい満月が見える。その色彩に、心をよせる人物の面影を思い出した。ヒラリと可憐な雪の結晶が1つ、宙に舞った幻覚まで見える。


(ユト……!)


 ビュウゥゥゥゥゥゥ――。突如現れた氷吹雪がルビィにとどめを刺そうとしている男に猛然と襲いかかる。


「……あ、ウグァッ」


 戦司祭が振り下ろそうとした腕が凍りついていた。男の目が信じられないものを見た形に見開かれる。


……パキパキパキパキパキパキパキ、パキッ。


 男の全身が厚い氷に包まれ氷柱と化してゆく。全身を急速に凍らされながら男が声に憎悪を込めて叫んだ。最初に国王の勅令を読み上げたリーダーの戦司祭だ。もう足下から首まで完全に凍りついている。


「魔……ッ。貴様なぜここにっ!」


 ルビィの真後ろに人影が立った。背が高い。よく知るその気配に、胸がグッとつまってルビィは泣きそうになった。柔らかい落ち着いた男性の声が響く。


「殺させないよ。”勇者”は君たちの玩具じゃない。僕の」


 ”魔王”ユトの銀髪が背後の赤々とした炎に照らされ輝いた。深紅の双眸が火明かりを映し、色合いに深みを増す。


「大切なひとだから、ね。」

「貴様ァッ――!……猊下にたてついたのみならず『魔王と通じて』いたとは!裏切り者!なんと恐ろしい。地獄へ墜ちろッ!天の火に焼かれるがいい!」


 血走った目の戦司祭が口角泡を飛ばして、ルビィを罵った。ルビィがキッと強い目で睨み返す。


「……その時は、お前達の妄信する”猊下”も道連れだ。」


 目の前の男が髪の先まで全て氷柱と化し、事切れた。死してなお、氷の壁の内側から憤怒の表情で裏切り者の勇者と魔王を見ている。ルビィはハアッと息を吐いた。


(来てくれた……助けに)


 四肢に力が入らない。出血している腹部の傷がジクジク痛んだ。グラッと視界が回転した。倒れる。でも、最期に見るのが彼の顔なら悪くない。意識が闇の泥濘へ引きずり込まれた。地面に崩れ落ちる寸前、優しい腕が抱きとめてくれた気がした。







「ねぇ。コ、コンビニ行かせて。3分で戻るから。」

「……のこのこ部屋までついてきながら、臆したか。このヘタレ。元魔王のくせに情けない。わかった。リードする自信がないなら、私がリードしてやろう。四の五の言わず、観念しろ。」


 淡いミントグリーン色の冷蔵庫に”壁ドン”している。瑠実が。

 キッチンの冷蔵庫を背に追いつめられた一色がワッと両手で顔を覆って、蚊の鳴くような声でつぶやいた。


「……避妊具、持ってない。」

「なに?」


 瑠実は眉を上げた。おかしい。男は、使わなくても常に財布に入れてるんじゃないのか?楓音がそう言っていた。あと、キラキラしたモテメンのくせに女のあしらい方がまるでなってない。なんか動揺しすぎじゃないか?

 様々な疑問符が頭の中を飛び交う。本人に疑問をそのままぶつけてみた。


「……お前、そのルックス、爽やか甘い系ボイスで今まで女の誘いがなかったはずないだろう。どう、かわしてきたんだ。目の前で女性が服を脱ぎつつしなだれかかってくるとか軽く10回、20回は体験済みと見た。

なぜそんなに挙動不審なんだ……?ひとにあんなセクハラメーターブチ切った質問をしておきながら、まさかお前『童……』」

「う、わぁ――ッ!やめてやめて!好きな子にそう言われる男の心理ダメージ慮って!お願い!というかそんな痴女じみた迫り方する人、ザラにいないから。

だって、だって、だって。再会できただけで魂ごと昇天しそうなのに、ここまでの急展開……心臓が準備できてない。ちょっと頭を整理させて。夢じゃない……これ夢じゃない……?」


 独り暮らしの女の部屋のキッチン床で、三角座りでブツブツつぶやくイケメン。シュールだ。

 瑠実はふふっと微笑んだ。そうか。今のユトは”純情路線”だった。それはそれでよし。一色のアッシュブラウンの髪をよしよしと撫でる。一色が頬を赤く染め、潤んだ瞳で嬉しそうにチラッとこちらを見た。破壊力がとてつもない。


(……か、可愛いぞ。)


 それ以外の表現が地球上に存在しない。カッコ良くて可愛いとか、どうしようもない男だ。


「……すまない。私が展開を急ぎすぎた。よし、大丈夫だ。”友達”から始めよう。」

「あ。それイヤ。男友達ポジション断固拒否。”彼氏”がいい。」

「そこは強気なんだな。」

「うん。友達から初めて友達で終わるパターンいっぱい見たもん。

絶対イヤ。”彼氏”一択。友達エンドとか、想像だけで号泣。イヤ。」

「……わかった。なら交際初級者編『手つなぎデート』から始めよう。

こじゃれたカフェで『ランチデート』、休日の『映画デート』生活を経て、3週間後に夜景が見える公園で『キス』にステップアップだ。数十年前の少女漫画のようなまだるっこしさだが、お前の精神がそれで安定するなら」

「え。イヤ。『キス』3週間も待ちたくない。今日したい。なんなら今したい。絶対イヤ。」


 瑠実はこめかみを引きつらせた。グイッと目の前のわがまま男の胸ぐらをつかみ上げる。キレそうだ。低い声で元魔王の元カレを恫喝する。


「おい。全部『イヤ、イヤ、イヤ』ってわがままが言える立場か!お前は!

……誰のために、現実に即した提案をしてやってると思うんだ?”純情奥手路線”ひた走るお前への思いやり100%で成り立っている提案だ。一蹴するな!

”初級者編ノーマルモード”かっ飛ばして”上級者編アブノーマルモード”突入してやってもいいんだぞ?身の程をわきまえろ。」


 一色が、不満そうに軽く睨み返してきた。唇を尖らせる。


「え~?『ベッドイン』さもなくば『手をにぎるステップから』って、提案が両極端すぎる。学内稟議もそんな感じなの?ウソ。そんな暴論展開、絶対に稟議の承認下りないよー。

大体、お互いこの年齢で『手つなぎデート』って。なんの罰ゲーム?そんな提案する20代女性が存在する?あ、いた。ここに。

……でも”上級者編アブノーマルモード”ちょっと興味あるなぁ。」

「黙れ。もういい。……思い出した。前世まえもこんな感じにきれいさっぱり話が通じない男だったな、お前は。

頭痛がする。コーヒーでも淹れてやるから、飲んでおとなしく帰れ。今夜は自分の家で枕にでもキスしてろ。この話は後日また」

「え。イヤ。」


 さっきから、こいつはそればっかりだ。ため息が出た。

 と、突然長い腕にギュッと抱き締められた。温かい檻に閉じ込められる。密着する温もりが心地よい。耳に男の吐息がかかった。懐かしい声が近くで囁く。


「……すき。ねぇ。ルビィは?」


 瑠実はプイ、と横を向く。”怒っているぞ”アピールだ。そんな安い言葉で懐柔されるものか。一色がチュッと頬にさりげなくキスしてきた。


(勝手なことを!)


 キッと振り向いて抗議しようとした唇を、すかさず甘く塞がれた。

 瑠実が驚きに目を見開く。体勢を入れ替えられドン、と冷蔵庫に背中を押しつけられた。今度は瑠実がミントグリーン色の冷蔵庫に壁ドンされている。”キス”のオプション込みで。


(……ッ!こいつ)


「言って。今、聞きたい。聞くまでやめない。」


 意地悪そうに目を細めた一色が、今度は耳に軽くキスしてきた。つむじ、おでこ、頬に優しいキスの雨が降りそそぐ。

 瑠実の全身がカ~ッと瞬時に熱くなった。もう顔も真っ赤だ。鏡を見なくてもわかる。無理。無理ゲーすぎる。


(言わなくても)


 また唇を塞がれた。情熱的に口の内側を蹂躙されている。愛の言葉を引き出したいくせに、物理的にその手段を奪うとか矛盾している。なんなんだ、本当に。


(知ってるくせに)


 瑠実はそっと瞼を閉じた。男の胸にきゅうっとしがみつく。ようやく会えた。もう離さない離れない。今度こそ絶対に。


(……愛してる。息の仕方を忘れるほど、愛してる。)


「よいしょ。」


 一色が瑠実の体を抱えたまま急に立ち上がった。急に目線が高い位置に引き上げられてびっくりする。

 そのまま元魔王は自分の部屋のように堂々とした足取りで、キッチンからリビングを横切っていく。歩いて向かう先のドアは寝室だ。瑠実は、慌ててピッタリくっついていた一色の胸から顔を離した。焦りがにじむ声で男に問いかける。


「なっ……『心臓の準備』と『コンビニ』はどうした?!落ち着け。冷静さを取り戻せ。”純情”まっしぐらのお前を思い出せ。急展開に頭が混乱してたんじゃなかったか?!」


 一色が悪い顔でニッコリ笑った。


「よく考えたら、”授かり婚”って素敵な響きだね!」

「はあああああッ?待て、待て待て待て。なぜ開き直った?思考回路がショートしてるぞ。

……き、期間限定のアイスを買いにコンビニに行きたいと激しく無性に思ってたんだった!行こう。今すぐ。徒歩5分。往復でも10分だ。ひとまず下ろせ。早まるな。」

「往生際が悪いなぁ。……のこのこ部屋まで男を入れておきながら、ビビっちゃった?ふふ。ルビィのヘタレー。元勇者のくせに情けない。いいよー。安心して!俺、すっごい頑張ってリードしちゃうから!四の五の言わず、観念してね!」

「はぁ~~~~~~~ッ?!」


 微笑む元魔王がジタバタ暴れる元勇者を両腕でガッシリ拘束したまま、リビング中央へ到達した。寝室はもう目の前だ。

 ヤバい。いや、展開に否やがあるわけではないが、主導権を相手に完全に奪われているのが気に入らない。瑠実はギリッと歯を噛みしめた。その時。


ガッシャァァァァン!

 

 ベランダに続く掃き出し窓のガラスが派手に割れた。ハッと瑠実と一色が同時にそちらへ顔を向ける。幸い分厚い遮光カーテンが覆いになって破片は室内へ飛んでこなかったが、割れたガラスの欠片がカーテンの下にカシャリとこぼれた。


ガン、ガン、ギキィィッ。


 破砕音が響く。ベランダに誰かいる。割った窓の隙間からベランダの鍵を開錠して、室内へ侵入しようとしている。


ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。ここはオートロック式のマンションだが、策を弄して中へ入れないこともない。一色が玄関を見た後、瑠実に無言で首を振った。


(ベランダと玄関、出口を両方ふさがれた?少なくとも2人。強盗?それとも)


 ”魔王”ユトと再会したその日。2人が一緒の時に襲われる。妙に全てのタイミングが良すぎる。瑠実の脳裏に前世で2人の死の原因になった憎い面影がよぎった。端正で美しく冷たい顔立ちの年若い聖職者。


(ザナディス!)

「ルビィ!」


ヒュンッ。ザッ!


 割れた窓の隙間から白刃のきらめきが飛んできた。瑠実の顔に刃が刺さる一瞬前に、一色が乱暴に瑠実を床へ投げ落とす。

 ドサッ。床に転がり落ちると同時に身を起こし、瑠実は一色の方を見た。


「……ッ」


 瑠実をかばった一色の腕に赤い血が滴っている。刃は一色の顔を数センチ仕留めそこない、マンションの壁に深く突き刺さっていた。

 壁から生える刃の先端が十字架の形をしている。十字架の中心に紫色の大粒の石が麗しくきらめいた。


(……聖十字架剣ホーリーソード!)


 ヌッと黒い軍手をはめた手が分厚い遮光カーテンをよける。黒い目出し帽を被った男が室内を覗いてきた。男は厳かな声で聖句のように唱えた。


「――猊下げいかのために」


 マンションの壁に刺さったままの十字架の刃がカッとまばゆく白色に光り輝いた。ゲーム世界で何度も見た光景だ。悪夢のように忘れたくても忘れられない。


キィィィィィィン。


 白教皇ザナディスの固有魔法が今、発動した。

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