第3話 前代未聞の極悪エンディング
動画を再生すると、男性が軽快な口調でテンポ良くしゃべり始めた。画面上にゲーム画像が表示されている。ゲームの解説動画によくある形式だ。
「こんにちはー!ご視聴ありがとうございまーす!今日は伝説の中の伝説、超ド級”クソゲー”と名高い『ラグナロク幻想曲~ドラゴン達の熱き戦い』をプレイしていきますねー!
え?知らない?数多のプレイヤーを絶望の崖へ突き落したこの”クソゲー”を?……まあ、発売終了したのもウン十年前ですし、今のお若い世代の皆さんはご存じないカモですね。よろしい。いかに、このゲームがプレイヤー達を怒りと嘆きの渦に叩き落としたか、最初のオープニング画像から進めていきますかー!」
画面が動き始め、音楽が流れる。フルオーケストラが奏でる荘厳で重厚なメロディは、胸が高鳴る熱いファンタジーの始まりを予感させる。
大空の雲海の中を1頭の白い竜が翼を広げて猛スピードで滑空し、垂直に急降下を開始した。視点が竜の見ているアングルに突然切り替わる。広大で真っ青な海が眼下一面に現れ、その海が割れて青い竜が1頭、海から弾かれたように踊り出る。白い波しぶきが激しく画面を叩いた。言葉に言い表せないほどグラフィックと画面構成、とにかく絵が美しい。
「……ごらんの通り、このゲームは作画が神ッ!!素~ん晴らしいんですよ。画面が美しいとそれだけで心洗われちゃいますよね。そして、この期待をさらに盛り上げるプロローグ……」
2頭の竜は互いに睨みあい、対峙する。突如、戦い始めた。BGMがテンポの速い戦闘曲に変わる。絡み合うように、互いの命をほふるように2頭は天空、大海、大地と転げ回り蹂躙し、激しくぶつかり合っては口から炎や吹雪を吐き、殺し合う。
竜同士の戦闘は大地を幾度も割り、大陸はそのせいで6つに分断された。6つに分かれた大陸にそれぞれ王国が建てられていく。古くから続く6大国家の始まりである。竜たちは、いまだ戦い続ける。大地は炎に焼かれ、人々は嘆き、荒れ果てた地面に動物や人間の屍が転がった。広大な土地が焦土と化してゆく。
その時、天から激しい雷光の矢が放たれ、2頭の竜を同時に刺し貫いた。
アゥォォォォォォォォォ~~~~ンッ!
口を大きく開き、断末魔の悲鳴を上げた竜は動きを止め、2頭共に雷の矢に串刺しにされたまま大地へ落下する。まばゆい光が白と青の竜を包み、竜の姿が砂塵のようにザラッと崩れた。
「これは『世界の始まりにこういうことがありました~』という創世神話の情景が、ゲーム冒頭で描かれてるんです。RPGにありがちですよねー。ちなみに時々叫んでるだけの竜の声優さんにも、あのとても有名なお方が起用されてたりします。ホンット金と人の無駄遣い……名作だったらよかったのにねー。もうねー。
空を司る”天空の竜”と海を司る”蒼海の竜”が人間たちの謀略によって争い、そのため大地が6つに割れて人も住めない荒野に変わった描写ですね。で、神々が大地を荒らした2頭の竜に天罰を下し、竜たちの争いがようやく止まった。」
画面中央に、水面から浮かび上がるような優美さで金文字が現れた。ゲームタイトルだ。
「ここで、ジャ~ンとゲームタイトル登場!いや、グラフィックが実に美しい。
名作だったらよかったのにねー。ホントねー。しかぁし!ここでまず、最初にツッコんでおきたい!このゲーム、タイトルが『ラグナロク幻想曲~ドラゴン達の熱き戦い』。当然、主人公がこの空と海の2頭のドラゴンの力を借りて魔王を倒すムネアツの冒険ファンタジーだと思うでしょ?!
タイトルに入ってるんだよ?とっところが~~ッ!両ドラゴンが登場するのはこの1分程度のプロローグだけ!その後、ドラゴンは一切ゲーム中出てきません。ゼロ!含有成分ゼロ!『あっ、魔王の正体がドラゴンだ!』と思ったそこのあなた。非常に冴えた推理してます。全プレイヤーそう推理しました。魔王城行って対決するまでそう固く信じてました。しかぁし!
魔王の正体をここでネタバレしちゃうと”堕天使”。うええええええ~~~っ?ドラゴンどこ行った?!ふざけろよ、制作陣。ちょっと出てこい。甘いですよ。伝説はまさにここからです。……なんと言ってもこのゲーム最大の罪は、前代未聞の極悪エンディングにあるといっても過言ではない!そう、魔王を倒した後のエンディングがひどい。なんと……!」
波乱万丈な1日の
(自転車の後輪がパンクしてるなー。あれ?石かガラス、踏んだ?朝は大丈夫だったんだけど。)
ザッと両隣の2、3台を目視でチェックしたが、パンクしている様子はない。
無差別愉快犯が千枚通し片手に駐輪場の自転車をパンクさせて回ったという線は薄そうだ。となると、偶然こんな”ついてない”日に”ついてない”ことが起きただけか。瑠実は疲れた吐息を落とした。
(頭も弾けてパンクしそう。)
長年探し続けた”初恋の人”に今日、再会した。彼だ。間違いない。嬉しい。だが問題はユトが噂の”一色主任”だった、この一点に尽きる。
(ど、同期でダントツ一番のモテメンで出世頭か……。容姿端麗、頭脳明晰、独身、結婚適齢期、かつ名家次男。おお。漢字熟語が脳裏をツルツルすべっていく。ダメだ。頭まったく働かない。バカになってる。)
相手が高嶺の花すぎる。近づくにも周囲の女子職員から激しい非難を浴びること確実だ。社会人として職場で不用意な真似はできない。
ため息ばかりがこぼれ続ける。会えて嬉しいのに。今すぐ追いかけて話しかけたいのに。
(
(どこまで覚えてる?)
(私を覚えてる?)
(ううん。たとえ)
”ルビィ”も”ユト”も何も覚えていなくても構わない。前世の記憶があるから好きというわけじゃない。こっちを向いて。私を見て。叶うなら、私を好きになって。お願いだいすきもう離れたくない。
彼女にして。彼氏になって。願わくば私以外誰も視界に入れないで。ねぇ。
グシャッと瑠実の顔が歪んだ。耐えきれず嗚咽が漏れる。ずっと押しとどめていた激情が決壊して心の外側へあふれ出す。
(だいすき。それだけ。……それだけなの!)
限界を超えた。心の抑えがきかない。両手をゆっくり駐輪場の地面についた。
パタ、パタパタパタ。目から盛り上がった透明な丸い粒が地面へ吸い込まれていく。涙のきらめきを量産し続ける。地べたに座り込んで泣きじゃくるなんて、いい大人の所業とは思えない。イタい女だ。イタすぎる。
さあどうする?今なら引き返すことは可能だ、と頭の奥で誰かがそっと囁いた。
(何も始まっていない今なら)
(この”恋”を投げ捨てて撤退することだって、できるけど)
(傷だらけになるとわかっていて、先に進む?)
黒いゲーム画面に『Continue?(続けますか)』の表示が浮かんでいる幻覚が頭をよぎる。
ハッ。瑠実はボロボロに泣き崩れながら不敵に笑った。化粧に注意しつつ、親指で目の下の涙の塊をビッと強くぬぐった。高らかに笑う。
「……戦う前から『負け』が頭をよぎった勝負は”全戦全勝”だったわ。そういえば。自分の不利なポイントを冷静に洗い出せるから、逆に勝ちやすい。
忘れてた。元”勇者”なめんなよ。首を洗って待っていろ!目にもの見せてくれる!」
ここは夕暮れの大学の、学生・職員用駐輪場。遠巻きに数名の男女の学生達が、ざわざわと心配そうに見守っていたことに瑠実はまったく気づいていなかった。
「……『ハンカチどうぞ』って話しかけたいけど、なんか泣いたり急に笑ったりして怖い……。」
「綺麗なひとなのに。なんて”残念”美人なんだ……!」
「え~。あそこに自転車取りに行きたいのに、近づけない~~~。」
泣いたせいでゴロゴロする目を気にしながら、大学から徒歩10分ほどの国道沿いの歩道を歩いている。普段、駅まで自転車で往復しているが後輪パンク事故のため、駅まで歩くことにした。ちなみに自転車は駐輪場に置き去りだ。明日以降、考えよう。今日はもうキャパオーバーで何も処理したくない。
自転車で8分。徒歩でも20分あればたどりつける。泣いた顔で電車に乗るのは恥ずかしいが、トイレで化粧を直せば問題ないと判断した。瑠実は肩にかけた鞄の位置をかけ直した。鞄の中で携帯がブルブル震えている。
(楓音かな?今日、様子が変だったし。)
研修会場で”ユト”こと一色主任と出会って話しかけようとした瞬間、楓音が間に割って入ってきた。
「資料ありがとうございます。では着席しますので。失礼致します。」
「楓音?」
敵意すら感じる棒読み、能面で瑠実の腕をガッチリつかみ、引きずってその場を離れる。その場、というより”彼”から引き離す固い意志を感じた。
とっさに一色主任の方を見ると、彼がニコッと笑った。軽く手を上げる。
(後でね)
そう言われた気がした。自意識過剰かもしれないが。
しかし顔がいい。神作画ゲームの魔王は転生しても顔がいい。いや、顔以外もデキる男とは噂で聞いているが、まだ本人をよく知らないので判断材料が顔しかない。
(まずは情報収集だな……。奴のデータを頭に叩き込み、接触する戦略を複数たてる。行動に出るのは、それからだ。一番現実的で無理のない方法で……)
瑠実は強い目で、暮れなずむ国道を流れる車の群れを見やる。スウッと5メートル先に銀色の車が歩道に車体を寄せて止まった。輝く赤いテールランプがこちらに何か訴えかけるように目を引く。
(おいで)
鞄の中でまだ携帯が叫ぶように震えている。瑠実は銀色の車の赤いテールランプをぼうっと眺めたまま、鞄から携帯を出した。
知らない番号からの着信だ。ピッと通話ボタンを押す。携帯を耳にあてた。今日の午前中聞いたばかりの男の声がわざと半音上げて女の声音を作り、滑らかにしゃべり出した。
「『ふふふ。あたしメリーさん。今、大学の傍の国道沿いにいるの…』
目の前にいるんだけど、車分かる?乗って。」
後半、男の声に戻った。ふざけるな。瑠実は無表情で携帯の通話を切ると、ズカズカと足取りも荒く銀色の車に近づいた。
助手席横の窓を軽く屈んで覗くと、カチッとドアが柔らかく開いた。瑠実はまなじりを吊り上げた。
「メリーさん、うちの大学は職員のマイカー通勤禁止ですが。あと、なんで私の個人携帯番号知ってるんですか?」
「え?違うよー。『大学敷地内の駐車場を利用する車通勤不可』だけど、『近隣に別途自費で駐車場を借りて車通勤するのは可』だよー。職員規定ちゃんと読んだら?
電話番号は、人事部の同期から正式な手続きで”聞き出し”ました。」
甘い顔立ちの優男がにっこり言い返してきやがった。丁寧に助手席を手で示す。
「乗って。話そ?総合情報統括メディア部の”
「良識と常識ある成人女性は『初対面の』男性の車に乗らないんですよ。財務部の”
おや、という感じに一色が眉を上げた。断られるとは思わなかったらしい。
その女慣れした感が瑠実の怒りを煽る。
(ですよね!”女が断るの初めて”みたいな顔しなくても、あなたがおモテになるのは重々承知しておりますとも!)
一色がゆるりと笑った。食えない感じの男だ。
「うん。『初対面』じゃなければいいんでしょ?俺達、前にも会ってるし。ほら」
「……ッ」
それは”前世で”という意味だろうか?それとも”今日の全体職員研修で”という意味だろうか。瑠実は唇をキュッと噛んだ。その一言では判別がつかない。
どうしよう。話は、したい。だが一色にもし前世の記憶がなく、ナンパされているならここは断るべきだ。女遊びに慣れているタイプは、追いかける過程を楽しむもの。ここでホイホイついて行ったら瑠実への興味をすぐなくすだろう。確実に一色を”ユト”を捕まえたいなら、それは得策ではない。
(ひとまず断ろう。まだデータ不足だ。ちゃんと戦略を構築してから……)
「結構です。すぐそこが駅なので。では、これで失礼しま」
「そっか……残念だなぁ。なら明日以降も、修理しても修理しても自転車の後輪がパンクする”呪い”を永安さんにかけてあげよう。
フフフ。修理代と強制徒歩通勤の二重ストレスで、何日目になったら俺の車に乗ってくれるか。楽しみだね!」
「あんたかっ!自転車パンクさせたの!」
瑠実はクワッと目を見開いた。器物損壊罪の犯人が目の前にいる。しかも平然と被害者に自白した。信じがたい神経だ。男はさらに追い打ちをかけてきた。
「あとこれ人事関連のレベル2機密情報だけど、永安さん12月1日付で財務部に異動~!今日、財務部長が申請出して、人事部長の承認もう下りたの確認したから。わ~同じ部署で毎日一緒に働けるなんて嬉しいなぁ。
財務部は初めてでしょ?手取り足取り、イチから全部俺が教育係になって教えてあげちゃうよー。やっぱり席も隣がいいよねー。だから別に今日車に乗ってくれなくたって構わないよー。これからいくらでも話すチャンスは」
「はああああああああッ?!」
後ろを歩く通行人がギョッとした顔でこちらを見た。ヤバい。瑠実の背を冷や汗が伝う。空気をあえて読まない、といった風情で一色がベラベラ軽薄にしゃべり続ける。
「……そもそも10月の移動が終わったばかりのこんな半端な時期にこの移動が認められたのも。財務部が訴訟沙汰になりそうで今必死にモミ消し謀ってるパワハラ問題で派遣社員さんが――」
「ユトっ」
明らかに路上で口外すべきでない学内機密情報の漏えいに動揺した瑠実は、思わず車の助手席に片膝をついて入り込み、運転席の男の口を両手で塞いだ。ゼエゼエ、肩で荒く息をする。なんて男だ。信じられない。学内でもエリートぞろいの財務部で主任を務めながら、情報漏えい責任をなんと心得るのか。
こんな。こんな学生や大学関係者も通る可能性のある場所で!
(しまった。今、”前世”の名前……呼んでしまったかも。)
グイッと腰を抱かれ、そのまま車内へ引っぱり込まれた。ガチャ。バタン。背後で車のドアが閉まった音が無情に響く。
ごく近い距離で、男の強い瞳が瑠実を見つめている。チュッと口を押さえる手のひらにキスされた。密着した場所からお互いの体温が静かに伝導する。温かく熱く切ない。
(あ。ヤバい)
灼熱の炎にあぶられる錯覚を覚える。想像もしなかった熱いまなざしで一心に見つめられる。離れない視線から熱が伝わって、眼球が溶けてしまいそうだ。瑠実はゾワッと震えた。体が燃え上って焼け落ちる。
四肢から力が抜ける。男の口を塞いでいた手がゆっくりと下に落ちた。ギュウゥゥゥッ。瑠実の腰を抱く一色の左手に力がこもった。そんなに強く抱かれるとあざになるかもしれない。ハンドルから離れた右手が瑠実の背中に回る。抱き締められる。長い時間の隔たりを埋めるように。
(……捕まった。)
「逃げてみる?」
嬉しそうに一色が微笑んだ。暗い車内で、黒いはずの男の目が深紅に底光りしたように見えた。
瑠実は震える唇を開いた。怖くても確認しなければ。瑠実と同じ世界に生きていたあの記憶を彼がどこまで覚えているのか。どこから覚えているのか。まったく覚えていないのか。でなければ、始め方を間違えてしまう。
一色の首に静かに両腕を回す。深紅に見える彼の双眸から目を逸らさず、瑠実は尋ねた。
「……名前、なんて呼んだらいい?」
一色がうっとりとした表情で顔を近づけてきた。唇に吐息がかかる。
「”ルビィ”が呼びたい方でどうぞ。」
軽快なテンポで動画解説者がしゃべり続ける。
「そう、魔王を倒した後のエンディングがひどい。なんと……!
やったぁ~魔王倒した~!の直後、暗転。画面が真っ暗になってスタッフロールが流れ始めるんですよ。ええええ?エンディングどこ行った?と目が点になったところで、スタッフロールの背景としてエンディングが始まるんです。
そ、れ、が……勇者と魔王がさっき戦った『死神神殿』で死んでいる。二人とも。しかも折り重なって。見ようによっては魔王の手が自分の上に倒れている勇者の腰に回ってるようにも、勇者が死んだ魔王に抱きついているようにも見える体勢で。え――ッ?!心中?!相討ち?!しかも、お前らいつの間にそんな関係にッ?
というか、魔王は倒したから死んだの分かるけど勇者は何で死んだの?謎。まったくの謎。説明がない。理解不能。そう。最後までクソなんですよ、このゲームは。では、今回はここまででーす。次回は、ストーリー展開上なにかと勇者にからんでくる黒教会と白教会の設定のひどさについて……」
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