第20話 噂の二人
「おはよ、カズくん……」
顔を赤らめながら上目づかいで、蓮華が僕に挨拶してくる。
僕も同じように真っ赤になりながら、目をそらしつつ、応える。
「お、おはよ……蓮華」
そんな僕たちの様子を見ていたつばっちが、白々しくからかってくる。
「おやおや? お二人さん、今日はいつもと一段と違った雰囲気ですな? 幼馴染というより、まるで夫婦のような……」
「もう! やめてよつばっち!」
それにしても、つばっちだけじゃなく、クラスメイト全員がこちらに注目している。
噂というのははやいもので、光速で校内を駆け巡ったようだ。
いったい誰が流しているのやら……。
「ねえ蓮華、誰かにあのこと話したの?」
僕はきいてみる。
まあ、噂が流れて周知されないと意味がないのは承知のことだ。
僕と蓮華が付き合ってるふりをするに至ったのは、北村くんや佐々木さんからのアプローチを避けるためなのだから。
それに、蓮華は僕とちがって、他のいろんな男子からもアプローチを受けていたみたいだし、それにもうんざりしていたようだ。
「うん、まあね。仲のいい友達だけだよ」
「それでもうここまで噂になるのか……」
もしかしたら、蓮華は付き合う友達を考えたほうがいいのかもしれない。
「みんな、どう思ってるのかな……私たちのこと。特に、あの二人は」
幸い? なことに、あの佐々木さんと北村くんはまだ教室にきていない。
「うーん、どうなんだろう。僕は他の男子に恨まれないかが心配だよ……」
クラスメイトの男子たちはみんな、蓮華のことをそういう目でみていたからなぁ。
だけど、みんな蓮華や佐々木さんは高嶺の花すぎて、見るだけって感じだったみたいだけど。
佐々木さんと一緒に下校していただけでも僕は嫉妬されていたのに、蓮華と付き合ったら、本当に僕はクラスメイトたちから刺されるんじゃないか……?
そんな心配をしていると、クラスの男子の一人がこちらにきて話しかけてきた。
キタタクのグループの裏のリーダー、加瀬くんだ。
「やあお二人さん、きいたよ。ついに二人は結ばれたんだってね! 祝福するよ」
「ああ、加瀬くん。ありがとう」
加瀬くんは爽やかな笑顔で僕たちに微笑んだ。
やっぱり加瀬くんは人当たりもよくて、本当の陽キャって感じがするなぁ。
裏表がなくて、どこまでも太陽のように爽やかだ。
そんな友人に祝福されて、うれしくもあり、申し訳なさもある。だって僕たちが付き合ってるのはあくまでふりだからだ。
「でもキタタクは悲しむかもねー……」
急に加瀬くんは表情を暗くして、そんなことを言い出した。
「や、やっぱりそうだよね……ご、ごめん」
わかってはいたけど、僕と蓮華が付き合ったなんて知ったら、きっと北村くんはものすごく悲しむだろう。
北村くんの気持ちは知っていたわけだしね。
僕が一瞬暗い顔をすると、加瀬くんは打って変わって、またあの爽やかな笑いをみせた。
「って、うそうそ!」
「え……?」
「キタタクなら大丈夫だって。これでカズを恨んだりするようなやつじゃないし。それにもともと誰がどうみてもわかりきってた話だからね。君たち二人が両想いだってのは」
「そ、そうなの……!?」
たしかに僕もまだ短い付き合いだけど、北村くんがこれで僕を逆恨みしてくるような人じゃないことは、わかっている。
それにしても加瀬くんからみても、僕と蓮華が両想いだっていうふうに見えていたのか……?
「だって君たちって幼馴染なんでしょ? それに、三鈴さんが今みたいなギャルになったのもカズのせいだって話だし。そこまできいたらもうわかるでしょ。今回はそれでも三鈴さんを狙おうとしたキタタクが完全に無謀だったってだけの話だよ」
「そ、そっか……。まあ、キタタクには僕から謝っておくよ」
「うん、あまり気にしないでいいとは思うけどね」
加瀬くんにそういわれると、なんだか僕もほっとする。
そうこう話しているうちに、あっという間に始業のチャイムが鳴り、僕らは席につく。
ちょっと遅れてキタタクと佐々木さんが登校してきて、僕らは話す暇もなく授業が始まった。
なんだか教室の空気が重苦しい……。
授業中、蓮華からの視線を感じ、僕は真っ赤になってしまっていた。
それに、北村くんや佐々木さんからの視線も感じる。
授業にはもちろん、まったく集中できない。
そんな僕をおもしろがっているつばっちの視線も感じた。
浮ついた気持ちで午前をすごしていると、あっという間に昼休みになった。
これまで5分休みの間は北村くんを避けていたけど、昼はいっしょに食べることになってるから、さすがになぁ……。
僕は覚悟を決めて、北村くんに自分の口から話すことにした。
「……と、いうことなんだ。実は僕、今蓮華と付き合ってる……ごめん」
キタタクは、しばらく沈黙ののち、
「……そうだよな。いや、うん。俺もわかってた。やっぱそうなるよなぁ……」
「キタタク……」
「いや、ほんと気にしないでくれ。俺も自分でわかってんだ。うざくてしつこい男だってさ……。そりゃあ、幼馴染のカズに勝てるわけねえよな……」
空元気とは、こういうことをいうのだろうか。
キタタクは本当は悲しいはずなのに、僕に気をつかっているのか気丈にふるまう。
僕も佐々木さんに振られたときは、ダメもとだってわかってたけど、かなり悲しかったからなぁ……。
わかってはいても、その可能性を確定させてしまうのは、どうしても苦しいものがある。
そんなキタタクを見かねてか、根越くんがまた僕につっかかってきた。
「おいおいカズ! さっきからきいてれば、ひどい話じゃねえか! キタタクはお前に三鈴さんのこと相談してたっていうのに、それを知っていながら抜け駆けとはなぁ!」
「う……ご、ごめん……そうだよね……」
たしかに、客観的に見て、根越くんの言うことはもっともだ。
僕はたぶん、最低野郎に映ってるんだろう。
実際、僕は蓮華のバカげた提案を断ることだってできたはずだ。
それでも僕が蓮華と付き合うふりをすることに決めたのは、やっぱり僕の中に、本当は蓮華と付き合いたいって気持ちがあったからなのだろう。
それだけは言い訳できない事実だった。
キタタクの友人の根越くんが怒るのも、無理はない。
だがそれを見たキタタクは、また根越くんをとがめた。
「うるせえ根越! カズはなにも悪くねえ! 俺だって、三鈴さんとカズの気持ちを知っていながら、三鈴さんにアプローチをしたんだ。カズの気持ちを知りながら、相談なんてみっともない真似もした。だからおあいこ……いや、完全に俺が悪い。俺の惨めで間抜けな独り相撲さ……」
「キタタク……」
「それに、三鈴さんが選んだことなんだから。カズになら、負けてもいいと思えるさ……」
僕は今まで知らなかった。
北村くんのような一見完璧に見える陽キャ男子でも、僕らと同じように振られ、傷つき、悩むんだ。
僕はいつも振られて女の子をとられる側だったから、キタタクのような陽キャを毛嫌いして、逆恨みさえしていた。
だけど、彼らだって同じ人間だ。
負けるとわかっていながらも、好きになったら気持ちは止められない。
多少惨めでも、ダサくても、恥をかこうとも、あがかないわけにはいかないのだ。
そんなキタタクを、僕はとても人間らしいと思った。
「キタタク……キタタクだって、なにも悪いことはしてないよ。ただ好きになった女の子に、振り向いてもらいたくて全力を出しただけだ。僕だって、同じ立場ならそうする……」
「カズ……お前、本当にいいやつだよな。これからも、友達でいてくれるか?」
「うん、もちろんだよ。こちらこそ、よろしくね」
僕たちは固く友情の握手をした。
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