第13話 キスの味は案外苦い。


「き…………キス…………しよ…………?」

「は………………?」


 佐々木さんからの突然の提案に、僕はアホかというほどうろたえる。

 うわ……これじゃ童貞丸出しだ……。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってよ佐々木さん……!!!?」


 正直、ギャルのこういう言葉はどこまで本気なのかわからない。

 もしかしたら、普段からこういうこと誰にでもやっていて、深い意味なんてないのかもしれない。

 僕の純情がギャルにもてあそばれているだけなのか……!?

 だけど、佐々木さんの目や雰囲気は、思っているより真剣で。


 しかも、顔めっちゃ近い……。

 てか、まつ毛なが……女の子ってすごい……。

 めっちゃいい匂いもするし……やばい。

 別に今の僕は、佐々木さんのことが好きってわけじゃないと思う……たぶん。

 だけど、好みのギャルにこんなふうに迫られて、正気でいられるわけなかろうが!!!!

 だって僕だって男の子だもん……!!!!


「ねえ、カズくん……いいでしょ? しようよ」

「だ、ダメだって……!!!!」

「なんで……?」

「だ、だって……」


 だって――だって、なんだ……?

 自分でも、よくわからない。

 なんで、僕はキスできないんだ……?

 だって、僕と佐々木さんは、もういい年した高校生の男女だ。

 二人とも、付き合ってる人はいない……たぶんだけど……。


 それに、僕はもともと佐々木さんのことが好きだった。

 今見ても、好みど真ん中の超イケてるギャルだ。

 しかもどうやら、佐々木さんだって僕に好意を向けてくれている……少なくとも、表面上は。

 前にも、蓮華の前で、僕を狙うだとかなんだとかって表明してたくらいだし。

 カラオケにだって、向こうから誘ってきた。


 正直、今の雰囲気はいい感じだ。

 たのしくカラオケして、隣に座って、デュエットもして……まるで付き合いたてのカップルみたいな。

 そして今、僕は女の子のほうから、キスを迫られている。

 断る理由なんて……どこにもないんじゃないか……?


 佐々木さんのうるうるした唇を見ていると、吸い込まれそうになる。

 上目遣いの潤んだ大きな目で、こちらをすがるように見つめてくる。

 胸元は少しシャツがはだけていて、ギャルっぽい派手な下着が今にも見えそうだ。

 僕の理性が、だんだんと音を立てて崩れ去る。

 だけど――。


 だけど……?

 なんで、僕はこんなにもためらっているんだ……!?!??!?!


「ねえ、カズくん……はやく……」

「う、うん…………」


 ダメだ。どうしても、僕の中でなにかが引っ掛かる。

 なぜだろうか、ストッパーがかかって、身動きができない。

 女の子のほうから、こんなに迫ってきてくれているのに……。

 据え膳食わぬは男の恥とかっていうけど、僕はまさに恥の最中だ。

 そんな優柔不断な僕に耐え兼ねたのか、佐々木さんは。


「やっぱり、蓮華……?」

「え…………?」


 佐々木さんの口から出た意外な名前に、僕ははっとする。

 なんで、今その名前を出すんだ……。


「蓮華がいるから、あーしとキスできないんだ。そうでしょ……?」


 佐々木さんは悲しい目で、僕を責めるように見つめてくる。


「ち、違うって……」


 くそ……なんで蓮華なんだ……?

 さっきから、蓮華の顔が脳内でちらつく。

 今目の前にいるのは、佐々木さんだというのに。


「蓮華とは、付き合ってないんでしょ? だったら、できるよね? あーしとキス」

「つ、付き合ってはない……けど……」


 そのまま強引に、佐々木さんがどんどん顔を近づけてくる。

 僕は逃げるようにして顔を後ろに引いて――。

 そのまま、カラオケボックスのソファに倒れこむ。

 寝転ぶ僕に覆いかぶさるように、佐々木さんも体を倒した。

 これ以上は、逃げられない。


「ちょ、ちょっと待って……佐々木さん……!」

「だめ……逃がさない」


 そのときだった――。



 ――プルルルルルルルルル。



 カラオケ終了の電話が鳴った。

 僕は慌てて、佐々木さんをはねのける。

 そして、いそいそと受話器を取った。


「お時間10分前でーす。満室なんで、延長はできません」

「あ、はーい。わかりました」


 ふぅ……なんとか助かった……。

 でも……佐々木さんは。


「カズくん……そうだよね……ごめん、強引で」

「え、うん……いや……大丈夫。大丈夫」


 なんだかめちゃくちゃ気まずい。

 だけど、とにかくなんとか切り抜けた。

 佐々木さんは一瞬、悲しそうな顔をしたあと。


「あ! あーし、このあとバイトあるんだった!」

「え……」

「そうそう、お金置いてくから、先出るね! めっちゃ楽しかった! ありがとねカズくん!」


 早口でそうまくしたて、佐々木さんは机に1000円札を置く。

 そしてそのまま、いそいそと扉を開けて出て行った。


「ぼ、僕も……本当に楽しかったから! ありがとう! また明日学校で! バイトがんばってね! ……………………それと、ほんと…………ごめん」


 去り行く彼女に、僕は後ろからそう声をかけるしかなかった。



 ◆◆◆



【side:樹乃】


 逃げるように走りながら、考える。


「くそ……最低だ。あーし……っ!」


 正直、カズくんに拒まれたことよりも、彼を傷つけてしまったんじゃないかという不安のほうが大きかった。

 ちょっとさすがに、強引すぎたかな……。

 もしかして、引かれたかな……。


 自分がギャルだから、イケてるから、今までそう思って生きていた。

 そんな私には、こういう方法しか思い浮かばなかったんだ。

 キャラ的にも、真面目な感じでいったりなんかできないし……。

 だけど、本当は恋なんてしたことなくて。

 そのせいで、カズくん困らせちゃって。


 蓮華に取られたくないって気持ちだけが先行して、カズくんの気持ちを考えられてなかった。

 本当は、こんなつもりじゃなかったのに。

 くそ……なんで、こんなに不器用なんだ、私。


「にゃああああ! ダメだあああ!」


 ちょっとだけ、帰り道で涙がこぼれる。

 でも、全然くよくよしない。

 だって、あーしは最強のギャルだから。

 ギャル歴の長さなら、蓮華にも負けない。


「あんな付け焼刃のギャルに、負けるもんか!」


 今ならちょっとだけ、後悔する。

 なんで中学のとき、カズくんを振ったかなぁって。

 まあそれは、過ぎた話だから、悔やんでも仕方ないけど。

 とにかく次だ、次! もう一回、カズくんにアタックだ!

 そう気持ちを切り替えて、バイトに急ぐ私なのだった。

 あ、ちなみにバイトがあるのはほんと。

 時間はもうちょい後だけどね。



 ◆◆◆



 バイト中、カズくんのことだけ考えてた。

 それと、キスの味。想像だけど。

 キスの味は、想像の中でも、案外苦かった。

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