第12話 カラオケ


 翌日の放課後。

 僕は思い切って、蓮華に声をかけてみる。

 周りの目なんかよりも、やっぱり幼馴染の気持ちのほうが大切だ。


「あ、蓮華。今日いっしょに帰ろ――」


 席を立ちあがって、僕がそう言い切る前に……。


「柳瀬さん、一緒に帰ろ!」


 蓮華は近くの席の別の女子に、大きな声で話しかけた。

 って……えぇ……!?

 そしてそのまま、そそくさと逃げるように教室を出て行った。

 あれぇ…………?


「なんか、今度は僕が避けられてるなぁ……」


 まあ、昨日あんなことがあったんだからしょうがない。

 さすがにあれは恥ずかしかったもんなぁ……。

 全部うちの姉の爆弾発言のせいだ。ほんと。

 目の前で空振りをした僕を心配して、友人の片桐翼が声をかけてくる。


「カズ、大丈夫……? なんだか最近、三鈴さんとうまくいってないみたいだけど?」

「ああ、うん。ありがとう、大丈夫。ちょっとね……はぁ、嫌われちゃったかなぁ……?」


 そう落ち込む僕に対して、つばっちは。


「あはは……嫌われた? それはないね」

「そう……?」

「うん、だって。君たち子供のころからずっと一緒じゃんか。それに――」

「それに……?」

「いや、なんでもない。とにかく、心配しすぎだよ、カズは」

「そっか、うん。まあそうだよね。ありがとう」


 さすがは親友のつばっちだ。

 ちょっと話をきいてもらえるだけで、心が軽くなる。

 たしかに今更僕と蓮華が疎遠になるなんて、ありえないよね。

 蓮華もちょっと照れてるだけだろうし、また話す機会はいくらでもあるさ。

 そこに、ちょうど佐々木さんが話しかけてきた。


「カズくん、帰ろ?」

「あ、うん……」


 今日は蓮華と帰ろうと思っていたけれど、逃げられちゃったし、断る理由もない。

 結局、僕はいつものように佐々木さんと帰るのだった。

 なんだか蓮華には悪いけど……そうだ、帰ったら僕のほうから訪ねてみようかな。



 ◆◆◆



【side:樹乃】


「ねぇ……このままさ、カラオケいかない?」


 学校からの帰り道、私は思い切ってそう提案してみる。

 さっきもカズくん、蓮華になにか言おうとしてたし……このままじゃ、全然振り向いてもらえない。

 でも蓮華に避けられてたっぽいし、なんだか今がチャンスっぽい!?

 ちょっと強引だけど、ここは積極的に距離を詰めないと!


「え…………?」

「だから、カラオケ」

「えーっと、それは……僕と佐々木さんの二人でってこと?」

「うん、そう。あーしとカズくんの二人で」


 カズくんは鳩に豆鉄砲を喰らったように間抜けな顔で驚いた。

 そんなに意外な提案だったかな……?


「い、いいけど……べつに」

「ほんと! やったー!」


 カズくんはちょっぴり照れくさそうに、私の提案にオッケーした。

 もう少し拒否られるかとも思ってたから、正直うれしい。

 このまま蓮華のこと忘れさせてやる……!

 でも、男子と二人きりでカラオケって……ちょっと照れるな。

 正直、私もそんなのは初めてだ。


 大人数でのカラオケなら、何度もあるんだけど。

 いつもつるんでたような、イケてる陽キャ男子と密室で二人きりになったら、あいつらなにしてくるかわからないからなぁ……そういう状況は、意識的に避けていた。

 カズくんなら強引なことはしてこないだろうし、安心できる。

 っていうか、むしろこっちから強引にキスくらいできないかな……。

 なんて考えながら歩いていると、すぐにカラオケに着いた。


「えーっとじゃあ、2時間くらい?」

「そうだね、うん」


 二人でドリンクバーを経由して、部屋に入る。

 部屋に入るとき、カズくんはさりげなく扉を開けて、私を先に通してくれた。

 え……まって、ちょっと優しすぎない……?

 今まで遊んできた男子で、そこまで気が利く人はいなかったから、ちょっとびっくりする。

 そういうところも妙に女慣れしてるっていうか、ペースを乱される。

 不覚にも、再びドキッとしてしまう私だった。


「隣、座るね」

「へ……?」


 しかも、なんとカズくんはソファの隣に腰かけてきた。

 いくら狭い部屋とはいえ、向かい側にも一応座るところはある……なのに……!?

 またしても、私の心臓のBPMが少しはやくなる。

 そんな私の反応を見てか、カズくんは。


「あ、ごめん。嫌だった……?」

「う、ううん……ぜ、全然……嫌じゃないし……」

「いや、反対側だとちょっと寂しいかなって。せっかく二人で遊びにきてるんだしさ」

「そ、そうだよね。あーしも賛成!」


 なんだか声がうわずってしまった。

 誤魔化すように、曲を入れるタブレットを手に取る。


「あーし、先歌っていいかな……?」

「うん、どうぞどうぞ」


 緊張してることを気取られないように、そそくさと曲を選ぶ。

 すると横からカズくんが。


「あ、僕もこのアーティスト知ってる! 佐々木さんも好きなんだ?」

「え…………!? は…………!? あ、あーし!? ぜ、全然好きとかじゃないし! す、好きなわけないじゃん……ばか……!」


 急に横から話かけられて、なんのことかもわからずに挙動不審に返事を返してしまった。

 ってか顔近……!!?

 横からタブレットをのぞき込むようにしているせいで、私とカズくんの顔の距離が異常に近い。

 てか……まつ毛なが……女の子……?

 って、そんな場合じゃなかった。

 またカズくんが話かけてきて、私は焦って返事する。


「え? 好きじゃないのに見てたの?」

「ぜ、全然見てないし……!!!! まつ毛長いなーとか思ってもないし!!!!」

「え? ああ、僕の顔? じゃなくて、このアーティスト、好きなの?」

「え……? あ、ああ……! そ、そうだね! うん、あーし、このアーティスト好き……うん……」


 なんだ……アーティストのことか……。

 ちょっとなんか変な勘違いをしてたみたいだ。

 落ち着けー、私……。

 いきなり好きとかいうからバグっちゃったじゃん……!

 とにかく、また誤魔化すように、私はタブレットをタップする。


 さっさと曲を入れて歌ってしまおう。

 このままじゃまた変な感じになる……。

 てか、もうかなり変な女って思われてんじゃん!?

 歌ってテンション上げて、なんとか誤魔化そう。


「えい……!」


 ――チャーン♪


 軽快なイントロと共に、画面に現れたのは。



【二人のメリークリスマス/ラストナイト(デュエットバージョン)】



 ……って、あーーーーー!!!!

 これデュエットの曲じゃん!!!!

 ちょっと焦って適当に曲選んだせいだ。

 ラストナイトの曲は全部歌えるからって、なんでもいいって思ったけど……。

 よりにもよってこの曲ぅううううう!?


 普通のデュエットソングだったら、まあ別に一人でも歌えばいい話だ。

 だけど、この曲だけは歌詞が重なってる部分とかも多くて、とてもじゃないが一人じゃ歌えない。

 今更なんか消して入れなおしても、それはそれでビミョーだし……。

 どうしよ……ってか、これじゃ私が勝手にデュエットしたがってる痛い女みたいじゃん!

 ――でも。カズくんはそんなこと一切気にせずに。


「あ、僕もこの曲好きだ! せっかくだし、一緒に歌ってもいい?」


 屈託のない満面の笑みで、そう言ってくれた。

 彼が私の葛藤や不安に気づいて、あえてそうしてくれたのか、それとも、単に無邪気なだけなのか……それはわからない。てか、どうでもいい。

 とにかく、私はこう思った。


 ああ、マジでこの人のこと――好きだ。



 ◆◆◆



「いやぁ、楽しかったね。まさか佐々木さんがこんなに歌上手だとは!」

「あーしは別にうまくないって! それよか、カズくんこそ。イケボだね」

「えー、やめてよー。僕のほうこそ平凡だって!」


 一通りいろいろ歌って、疲れたからちょっと雑談。

 最初は緊張してたけど、さすがにほぐれてきた。

 歌も歌って、良い感じに肩の力が抜けた感じがする。

 あー、そろそろ2時間経つな……。


 てか、なにふつーに楽しんじゃってんだ私は。

 これじゃあ、ただの男友達とカラオケしたのと一緒じゃん。

 だめだ。もっと攻めなきゃ、蓮華には勝てない。

 そのためにカラオケに誘ったんじゃん!

 ここは密室だし、絶対に蓮華の邪魔も入らない!


「ね、ねえ……カズくん……」

「ん? なに……?」

「き…………」

「き…………?」


 恥ずかしくて死にたい気持ちを抑えながら――。

 私は、少しずつカズくんに顔を近づける。

 そして、思い切って言った。

 これがギャルパワーだ。ギャル舐めんなよ、オラ!



「き…………キス…………しよ…………?」



「は………………?」


 時間が止まったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る