第5話 和解?


 休み時間になって、佐々木さんが蓮華の席まで近づいてきた。

 佐々木さんは僕のことをキッとにらみつけたあと、そのまま蓮華に食って掛かった。


「ねえアンタ、さっきの態度はどういうつもり!? なんであーしのこと知ってるのよ!」


 そう突っかかる佐々木さんに対して、蓮華はいたって冷静に、めんどくさそうに答えた。


「説明しないとわからないかな? 私、佐々木さんと同じ中学なんだけど。同じクラスにもなったことあるし、面識もあるはずだけど」

「そ、そんなはずは……。だ、だって……あんたみたいな、その――」


 佐々木さんはそこまで言って、言いよどんだ。

 そのあとに続く言葉は――あんたみたいな完璧美人ギャルはみたことないわよ――とかだろうか。でも佐々木さん的には今の状況で蓮華をほめるようなセリフは言いたくないのだろう。

 それで佐々木さんが選んだ言葉はこうだった。


「あんたみたいな派手なギャル、一回見たら忘れないわよ! あんたと同じクラスになったことなんて一回も……」


 言いながら、佐々木さんは蓮華の席に張られた名前のシールを確認する。


三鈴蓮華みすずれんか……って、あんた……あの・・三鈴蓮華!?」


 佐々木さんがあの・・と言ったのにはわけがある。

 蓮華は中学のころも、ちょっとした有名人だった。

 といっても、佐々木さんが有名なのとは、ちょっと違った理由でだ。

 いわゆる優等生というやつで、蓮華は成績優秀者としてたびたび表彰されていたくらいだった。

 先生の手伝いとかもよくしていて、お手本のような生徒。

 そういうのもあって、同学年で蓮華のことを知らない生徒はほぼいなかった。

 佐々木さんのようなギャルからは、真面目なうざい生徒というような認識だっただろうけど。

 それこそ、佐々木さんが蓮華に注意を受けて悪態をついているシーンを、何度もみたことがある。

 だから二人は、中学のころから水と油だった。

 そんな蓮華が、こうしてギャルとして――しかも自分以上の美人でカースト上位オーラが半端ない状態で――目の前に現れたものだから、当然、佐々木さんとしては驚くほかないのだ。


「ちょ、ちょっとまってよ……どういうことなの!? なんであんたがそんな恰好してるのよ!」

「悪いかな? 私がどんな格好しようが勝手だと思うけど」


 すっかり蓮華は佐々木さんを敵認定しているようだった。

 まあ、僕が佐々木さんに振られたとき、蓮華はひどく同情して、怒ってくれたっけ。

 それでもやっぱり、ここまで佐々木さんを嫌う理由にはならないような気もするけど。


「ふ、ふん……! ま、まああんたが高校デビューしたんなら、あんたが中学のときダサかったことは横に置いておいてあげるわ。これから同じクラスなんだし、仲良くしましょうよ」


 さすが陽キャなだけあって、佐々木さんはすぐに距離を詰めようとする。

 蓮華が拒否オーラを放っているにもかかわらず、佐々木さんは腕を首にからませ、さっそく蓮華と仲良くなろうと迫っている。

 今の状態の蓮華が相手では、対立は不利だと考えたのだろう。

 佐々木さんはカーストトップの地位を追われないように、はやくも蓮華に取り入ろうという作戦だ。

 僕の今までの経験上、こういうふうに同じクラスに複数のギャルがいた場合、どちらか人気の高いほうが、クラスの中心人物となり、それに負けたほうは、その取り巻きに甘んじることが多い。

 そうでなければ、カースト上位を追われるかだ。

 だから自然と佐々木さんは蓮華との和解を選んだ。

 しかし、そんな事情は蓮華には関係がないらしい。


「だったら、まずはカズくんに謝ってよ。話はそれから。私は佐々木さんがカズくんを傷つけたこと、許せないから」

「って……さっきからそのカズくんって誰よ!」


 佐々木さんの口から出た言葉に、僕はまた傷つく。

 やはり佐々木さんは僕のことなど覚えていないようだ。

 蓮華は眉をひそめながら、僕のほうを指さして「ん」と佐々木さんにカズくんを明示した。


「ああ、なんかいたわね……オタクの……」


 ああ、なんかいたわね……オタクの――佐々木さんからしたら僕は、その程度の認識らしい。

 悲しくもあるが、顔をちゃんと見て思い出せるくらいの存在ではあったらしい――それで少しうれしくなってしまう自分が嫌だ。


「ってか、私があいつになんかしたわけ?」

「まさか、覚えてないの……!?」

「だからさっきからそう言ってるでしょ!」

「佐々木さん、カズくんに告白されて、オタクキモイとかって言ってカズくんを傷つけた!」


 蓮華がそう説明すると、佐々木さんはしばらく考えたあと――。


「あー……なーんか、そんなこともあったような気も……。でもあーし、何回も告られてるからなー、ごめんやっぱ思い出せないわ」

「むかっ……!」


 そこで再び蓮華の怒りを察した佐々木さんは、僕のほうにやってきて、肩をぽんぽんと叩きながら、こういった。


「あー、カズくん……だっけ? なんか昔ひどいこと言ったみたいだけど、本気じゃないからごめんね? 同じクラスなんだし、仲良くしようよ」

「あー、はい……」


 後ろから肩をぽんぽんされて、佐々木さんの胸が後頭部にわずかに触れる。

 そしてギャルの金髪からわずかに漂ってきたシャンプーの臭い。

 それだけで僕は、挙動不審になって、よくわからない、歯切れの悪い返事をしてしまった。

 さすがはギャル、スキンシップも謝り方もすごく軽々しい。

 まあ僕としては、もはや佐々木さんに振られたことはなんとも思っていないし、謝ってほしいとは思っていなかったのだけれど。

 こうしてちゃんと佐々木さんに認識され、仲良くしようとまで言われたことは素直にうれしかった。

 ナイスだ蓮華。

 蓮華が僕のことばかり言うから、佐々木さんとしても僕を無下にできないのだろう。

 まあ蓮華のおまけだとしても、佐々木さんとお近づきになれるチャンスがあるのなら僕としては喜ばしいことだった。


「って……ことでいいかな? 蓮華ちん」


 佐々木さんは僕に謝ったあと、慣れ慣れしく蓮華に話しかける。


「蓮華ちん……?」

「いいじゃん、同じギャル同士、仲良くしようよ」

「で、カズくんはそれでいいの?」


 蓮華は僕のほうに話を振ってくる。


「あ、うん……僕はもう大丈夫だから。蓮華も佐々木さんを許してあげて」

「わかった……カズくんがそういうなら……」


 と、和解できたところで。

 究極の元祖ギャルであるところの佐々木さんから、とんでもない発言がもたらされた。


「で、二人は付き合ってるの?」



「へ…………?」「あ…………?」



 僕と蓮華は、互いに間抜けな声を出し合って、目を丸くして顔を合わせるのだった。

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