第4話

「はああぁぁぁぁぁっっっっ……」


 精霊さんは手をゆっくりと降ろしながら、空手の息吹のように腹から深く強く息を吐き始める。すると、周囲の大気ががびりびりと震えた。まるで、大厄災の前兆みたいに。


「……はい?」


 引きつった笑みを浮かべたマサヨシの目の前で、精霊さんの肉体がみるみるうちに変化していく。


 まず、精霊さんの三角筋が「ボコッ!」と、アメフト用の肩パッドを入れたみたいに大きく盛り上がった。と思ったら、広背筋と大胸筋と僧帽筋と上腕二頭筋と前腕筋も「ボンボンボンッ!」と順次分厚く肥大していく。精霊さんが手にしていたピコピコハンマーは「バキッ!」と柄が折れて、真っ二つに地面に落ちた。


「……ああああぁぁぁぁ嗚呼ア亜唖ぁ阿吾蛙ァあ……ッ 」


 ウサギのベネチアンマスクをつけたまま、絞り出すように息を吐き続ける精霊さんの身体はどんどん巨大化していく。腹直筋と腹斜筋は巨大な岩山が切り立つ大峡谷みたいに分割され、大腿四頭筋と大腿二頭筋が異常に発達した両足は、丸太どころかほとんど高架橋の鉄骨支柱くらい太くなった。首、胸、腕、脚にくっきり浮き出た太い血管が、どくどくと脈を打っている。


 ロールプレイングゲームで形態変化するラスボスよろしく、精霊さんが筋肉お化けへとトランスフォームしていく姿に、マサヨシは凍り付いた笑顔を浮かべたまま、白目をひん剥くほかなかった。


「……フシューッ……」


 どうやら形態変化を終えたらしい精霊さん改め筋肉お化けは、一息つくと筋骨隆々の右手を天に掲げた。地面に落ちていたピコピコハンマーが吸い寄せられるように、宙に浮かび上がる。


 そして筋肉お化けの右手の上で、蛇腹のついたビニール製のハンマー部分とプラスチックの柄が目も眩むほど輝くと、折れたピコピコハンマーは巨大な鉄のこん棒に変わったのだった。


 筋肉お化けがぎゅっと握りしめた全長1メートルほどのこん棒は、フルスイングがしやすいようにグリップテープがしっかり巻かれ、スイートスポットには先の尖った刺々しい突起物が、マサヨシの顔のニキビよりもびっしりくっついている。


「さ、お待たせしましたぁ」


「ちょっと待てえェッ?!」


 魔王みたいな野太い声で何ごともなかったかのように話を進めようとする筋肉お化けに向かって、マサヨシは白目のまま絶叫した。


 しかしもちろん、そんなマサヨシのことなど筋肉お化けは一顧だにしない。

 

「ではこれから、このピコハンでマサヨシ君の頭を叩きますからねぇー? ちょっとチクッとするかもしれませーん」


「チクッとで済むかバカ! 死ぬわ!」


「あはははー。そりゃそうですよー。だって『転生』するんですから、一度は死んでもらわないとー。じゃ、行きますよー?」


「アホかてめぇ! 今すぐナワほどけぇ!」


「痛かったら、三秒以内に『東京特許許可局でカエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ』って十回言ってくださいねぇ」


「言えるかぁ!」


 ネクストバッターズサークルから出てくるスラッガーみたいに、素振りをしながらマサヨシの目の前に立った筋肉お化けは、左手で持った鉄バットの先端をマサヨシの頭にビシッと向けると一言。


「かっ飛ばすぜ」


 円を描くように左手でくるっと鉄バットを回し、右手を添えると右打席に立つ野球のバッターさながらぎゅっと力強く構えた。


「……ウソ、だろ? イヤちょっとマジで待てって! ねえ! オイ!」


 最後のあがきを見せるマサヨシの前で、筋肉お化けは左足を軽く上げ、その足でスッと前に踏み込む。そこからスムーズな体重移動で腰を回転させると、マサヨシの頭めがけて鉄バットのヘッドを走らせた。


「フハハハハハっ! 死ねえぇぇぇぇっ!」


 ゴン!


 フルスイングされた鉄バットがマサヨシの頭に直撃すると、一瞬にして明後日の方向に頭をのけぞらせたマサヨシは、痛みを感じる間もなくこと切れた、のかと思いきや。


「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ 」


 マサヨシは海外のカートゥーンアニメみたいに、遥か彼方に勢いよくぶっ飛ばされていた。いや、正確には「マサヨシの身体を象った意識」だけが、身体から幽体離脱したみたいに、猛烈な勢いで吹き飛ばされたのだった。


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