第3話

「てめえこの野郎! マジでナワ解けやコラァ!」


 自分の股間をマサヨシに押し付けた後、少し距離をとって「アッハッハ!」と高笑いを決めている転生ガチャの精霊さんに向かって、真っ赤な顔したマサヨシが吠えた。


「人をバカにすんのもマジで大概にしろよテメェ!」


「おや? マサヨシ君たら学校ではそんな乱暴な言葉使ったことないのに。どうされました?」


 精霊さんは「やれやれ」とばかりに肩をすくめ、マサヨシの怒りなど柳に風で受け流す。


「あ、もしかして? マサヨシ君ってば、学校と他の場所で性格が変わるタイプ? 高校じゃスクールカーストの順位に従っておとなしいのに、学校の外だと『明るくて面白い人』って評判になっちゃう感じ?」


 精霊さんは「プーッ、クスクス」とでも言いたげに、わざとらしく右手を口に当ててマサヨシを煽ってくる。マサヨシは「ナワ解きやがれヘンタイ野郎!」とさらにキレ散らかした。


「だいたいなんなんだよ一体! ナニモンなんだテメェは⁉︎ 人をいきなり取っ捕まえて縛りやがって!」


「ですから、マサヨシ君には転生ガチャでヒーローに転生してもらおうと」


「あぁっ⁉︎」


 転生ガチャの精霊さんが、指をパチンと鳴らした。するとスポットライトが消えて、代わりに巨大なスクリーンプロジェクターが台座の後ろの浮かび上がった。そこにはマサヨシの高校の制服を着た、少し色素の薄い髪をポニーテールにしている女子高校生のバストアップ写真が写っていた。


 その女子生徒の顔を見た瞬間、マサヨシは言葉を失う。


天野照子アマノショウコ。十七歳。彼女は今日、命を落とします」


「……、はぁ⁉︎」


「彼女は今、諸事情で高校二年の時から学校に行けなくなり、一年ほど自宅に引きこもっています。その件は、ですよね☆」


 全てを見透かすような笑みを浮かべる転生ガチャの精霊に、マサヨシは「いや……、別に……」と言葉を濁すのが精一杯だった。


「っていうか! ショウッ……アマノさん、が、死ぬって、いきなりなに言ってんだテメェ!」


「残念ながら、彼女は今日、あと数時間後に死ぬ運命にあります。これは厳然たる事実です。まあ、なぜ私がそんなことを知っているのか、懇切丁寧に説明したところで、マサヨシ君ごときの頭ではまったく理解できないでしょうけどね♪」


「このボケマジで…ッ!」


「しかし運命と言っても、所詮は巡り合わせの帰結。吉凶の巡り合わせをわずかでも変えることができればすなわち、運命を変えることも可能なのです。そう、貴方が彼女の命を救う、ヒーローに転生すれば」


「……はぁ?」


「ほら理解できなーい☆ だから説明しても時間のムダなんでー、『とり急ぎマサヨシ君を拉致監禁しちゃえー』ってなったわけでーす♪」 


 精霊さんの話を聞きながら、うつむき加減に体をプルプル震わせていたマサヨシは、気を取り直すように目一杯に息を吸い込むと、そこからゆっくり息を吐き出した。


(……よし、一旦落ちつこう)


 マサヨシはそう自分に言い聞かせる。


 突然ショウコの名前と写真が出てきて、おまけに死ぬなんて言い出したから面食らったけれど、転生だとかいう「あたおか野郎」の戯言に、オレはなにマジに反応してんだ。ここで優先すべきは、適当に話を合わせてとっとと解放してもらうことだろう。


「……なあ。じゃあ、そこにある、その転生ガチャってのを回せばいいんだな?」


 疲れた笑顔をムリヤリ浮かべたマサヨシが、精霊さんに訊ねる。


「おや! 突然意表をつくその積極的なアプローチ、もしかして何やら企みを⁉︎」


「いやいやそんなんじゃなくてさ。まあぶっちゃけ、オレも早く解放して欲しいからさ? あの、協力できることは、やろうかなっていう……」


「それはそれは! そうとなればこちらも話が早くて助かります☆」


「うん。でさ、ほら、回すから、まずナワを解いて……」


「チッチッチ」


 腹立つ顔した精霊さんが、口の前にかざした人差しを左右に振りながらマサヨシの言葉を遮る。明らかに人を小馬鹿にする芝居がかった精霊さんの態度に、マサヨシは(落ち着け!)と怒りを必死に抑えた。


「マサヨシ君、ガチャを回すには、なにが必要ですか? そう、コインです!」


「……なるほど」


 マサヨシは我慢強く笑顔を保つ。


「転生ガチャの場合、その人の『人徳』がコインになります。そのために、まずはマサヨシ君の人徳を、コイン化しなければなりません。そこでぇ……」


 ドラムロールのつもりか、自分で「ドゥルルルルル……」と巻き舌で音を出し始めた精霊さんが、再びバレリーナのようにその場でくるくる回り出す。そしてピタッと止まると、どこから出したのか、おもちゃのピコピコハンマーを持った右手を高々と天に掲げた。


「今からこのピコピコハンマーで、マサヨシ君の頭をピコッとゴッツンコしまーす☆」


 朝の幼児向け番組みたいな口調に、マサヨシはいい加減うんざりしてきたが、それでも(さっさとやるのが一番早い)と自分に言い聞かせる。


「……えーっと、それでオレを叩けば、コインが出るのかな?」


「その通りです!」


「じゃあ、それで一回叩いたら、ナワを解いてくれる?」


「お望みならば!」


 その答えを待っていたぞこの野郎!


 マサヨシはパーっと明るい笑顔を見せると、「よし! じゃあいっちょ頼むわ!」と依頼しつつ、改めて精霊さんの体格をじっと見やる。


 タッパは180超。が、あの細さだから筋肉量は大したことねえ。スッとした手には拳ダコもなく綺麗なもんだ。ご覧の通りマッパだから、武器を隠してる心配もない。脂肪がない細マッチョの体型だから、おそらく習慣的にトレーニングはしてるだろうが、見た目を気にして軽くやってるレベルだろう。


 高校ではバスケ部に入ったものの、小学生から空手を初め、中二で黒帯を取ったあとキックボクシングも齧っていたマサヨシは、精霊さんの体格から「油断したところの隙をつけば、制圧できる可能性は十分ある」と踏んだ。


 ……いや待て、そういやコイツ、あのジャンプ力……。

 

「おまかせをば! それじゃあちょっと準備しますので、少々お待ちくださいね☆」


 マサヨシの脳裏によぎった疑念を知ってか知らずか、余裕たっぷりの精霊さんは、マサヨシに正対すると、片手にピコピコハンマーを持ったまま、両手を胸の前に交差させて目を瞑った。

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