第2話
「嗚呼まさか⁉︎ 一人の女性がまさに今! 若い身空で
スポットライトの下、真っ裸でウサギのベネチアンマスクをかぶる自称「転生ガチャの精霊」さんは、長身からスラっと伸びる手足をクネクネ動かすと、舞台俳優みたいな芝居がかった調子で脈絡なく悲嘆の声をあげた。
そんな「劇団アウトオブベース」の妖しい夢舞台を見守る観客はマサヨシ一人。後ろ手に縛られたまま、逃げ場のない強制かぶりつき鑑賞である。
……オレに猿ぐつわはしていないってことは、一応こいつは、オレとコミュニケーションを取るつもりがある、のかも、しれない。
目の前の悪夢のような混沌に飲み込まれぬよう、マサヨシは冷静に状況を把握しようと試みる。
外見、というか股にぶら下げたジャンボフランクのサイズと形状から、転生ガチャの精霊さんは白人男性と思われるが、しかし日本語が堪能そうであることも、マサヨシの希望的観測を補強した。
もちろん、猿ぐつわをしていないのは、単に「声を上げても無駄だ」という余裕の現れなのかもしれない。そんなことは、マサヨシも本当はよくわかっていた。
実際、「転生ガチャ」周辺を除いて暗闇に包まれたこの場所は、防音室にいるような圧迫感があった。精霊さんの声以外、環境音がなにも聞こえない。空気の密度がどこかおかしい。スポットライトが当たる空間にも、宙を舞うチリやほこりがまったく見当たらない。
雰囲気が、無機質すぎる。一体ここはどこなんだ?
「誰かが彼女を守らなければ……」
意味不明な状況に絶賛困惑中であるマサヨシのことなどお構いなしに、生々しいフルチンの精霊役を絶賛熱演中である拉致監禁犯は、天を仰ぐと嘆息しながらそう呟いた。それからややあってクルっと華麗にターンすると、振り向きざまにマサヨシを「ビシッ!」と指さし、しなを作って決めポーズ。
「そうあなたこそ! 彼女を救うヒーローなのです!」
なんでもいいから今すぐここから逃がしてください神様。
クリスマスと大晦日と正月を寄せ鍋的にたしなむマサヨシの祈りはしかし、タチの悪い死神みたいなフルチンの精霊さんの前ではまったく無意味だった。いつだって現実は非情である。
「それではサッソクゥゥゥゥ、転生ガチャにぃ、レッツ☆トライ!」
精霊さんはバラエティ番組の司会者みたいな明るい調子で不吉なことを高らかに宣言すると、口角を上げたまま内股のモデルウォークで、マサヨシの方に向かってきた。
「いやちょっちょっ! なに⁉︎ 待てって! ちょっ、待ってくださいよ‼︎」
なにがなんだかわからないが、とにかくどう考えてもこれからマズイことが起こりそうだと確信したマサヨシは、たまらず声を上げる。
と、突然「あっはっは!」と高笑いした精霊さん、バレリーナみたいな片足立ちで勢いよくクルクル回りだしたかと思ったら、回転しながらマサヨシにじりじり近づいてきた。その姿にマサヨシは、ゴキブリでも見つけたみたいに「ひぃっ!」と裏声で慄く。
「あーっはっはっは! 恐れることはないのです、マサヨシ!」
精霊さんは腰の引けたマサヨシに向かって、ご機嫌に回転しながらじりじり寄ってくる。否応なしに、ゾウさんのお鼻のように長くてふにゃふにゃなイチモツが、遠心力でブルンブルンしているのが見える。ちょうど、マサヨシの顔の高さあたりの位置で。
「トォウッ!」
「え?」
今度は精霊さんが、フィギュアスケートのように回転したまま高くジャンプした。精霊さんがいまさらどんな奇行に及ぼうと不思議はない。しかしそのジャンプ力は、オリンピックレベルの超人すらはるかに凌駕するものだった。
「……マジで?」
マサヨシは、空中を見上げて絶句した。自分の頭上10メートルほどの高さに、精霊さんの足の裏が見えるのだ。マサヨシの高校には、身長174センチのマサヨシを背面跳びで飛び越えた陸上部の同級生はいたが、当然そんな常人レベルの話でない。
……いや、ちょっと待て。
マサヨシは、最高到達点から落下してくる精霊さんが、自分が縛り上げられている位置に向かって着地、というか激突しようとしていることに気付く。
「ウソだろオイ!」
マサヨシは縄を緩めようと身体を必死にジタバタさせる。が、当然間に合わない。
ぶつかる!
マサヨシが首をすくめて目をぎゅっとつむった瞬間、マサヨシのすぐそばで「ドンっ!」という着地音が響いた。マサヨシのマッシュショートの黒髪が風圧でフワッと乱れる。
「確かに! これからあなたには、幾多の困難が待ち受けていることでしょう! だがしかぁしぃ!」
「……ん?」
身体に風圧以外の衝撃を感じなかったマサヨシは、状況を確認するため恐る恐る目を開ける。
「うわあぁっ!」
と叫んだマサヨシの目の前には、精霊さんの凶悪なモロダシアナコンダが、「ズドーン」と豪快にぶら下がっていた。
精霊さんはマサヨシの至近距離に着地すると、自らの股間をマサヨシの眼前に突き出すように仁王立ちしていたのだ。
「近い近い近い!」
マサヨシは、鼻先数センチにぶら下がる生臭ソーセージから必死に顔を背けようと、首を思いっきりねじりながら訴える。
「どんなに辛くとも、耐えられない試練はないのです!」
対して精霊さんは、もちろん馬耳東風である。握りこぶしを作りながら、話の長い校長先生の卒業式辞みたいなことを力強く断言すると、マサヨシを弄ぶかのように、骨盤底筋を使って己がご立派様をピクピク動かした。
「付く! 付くってオイマジで! 動かすなボケ!」
「あなたは必ず、乗り越えられる! そう、転生ガチャの力で!」
「うるせーよマジで付くって! 離れろってのオイ!」
「負けるなマサヨシ! 戦うのだマサヨシ! 愛する彼女を救う、その時まで!」
「その粗チン嚙み切っぞオラァ! 離れろてめぇ!」
嚙み切るという物騒な言葉に反応したのか、もしくは粗チンという表現にプライドが傷ついたのか、ともかく精霊さんが黙った。
すると、まるでカースト最下位のクラスメートが一人遅れて入ってきた教室みたいに、周囲がしんと静まり返る。聞こえるのは、マサヨシの「ぜぇぜぇ」という息切れだけだった。
マサヨシはゆっくりと視線を上げた。
精霊さんはウサギのベネチアンマスク越しでもはっきりわかるキョトン顔で、「はて?」とでも言いたげに、小首をかしげてマサヨシを見下ろしている。
(なに不思議そうな顔してやがんだこの野郎!)
マサヨシの狼狽が理解できないとばかりの精霊さんの態度に、マサヨシは怒号を上げそうになった。
だがこいつを刺激したら、どうなるかわかったもんじゃない。
そう判断したマサヨシは、とりあえず一息ついたらしいこのタイミングに、拉致監禁犯とのコミュニケーションに挑むことにした。まるで「さわるな危険」と書かれた瓶入り劇物でジャグリングに挑戦するかのごとく、慎重に。
「……、あの、まずちょっと離れ、て、もらって、イイす、か……」
しかしマサヨシの果敢な挑戦は、無残な結果に終わることになる。
「……えいっ」
マサヨシの前に立った精霊さんは、マサヨシへの返答として、自分の腰をマサヨシの顔の方にグイッと突き出したのだった。
精霊さんのおっきなムスコと頬ずりしたマサヨシの悲鳴が、薄暗い闇の中に響いたのは、言うまでもない。
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