第5話
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁっ?!」
果てがないような暗闇の中を、「マサヨシの身体を象ったマサヨシの意識」が、まるで絶叫マシンに強制エンドレスで乗せられているみたいに、仰向けに吹き飛んでいく。
途中、マサヨシは頸動脈を絞められているような「落ちる」感覚を覚える。それに連動するように、吹き飛んでいる「マサヨシの身体のイメージ」の輪郭が、どんどんぼやけていく。マサヨシの意識が完全に落ちると、人魂にも似た楕円上のエネルギー体みたいなものに変わった。
「マサヨシの人魂」が向かう先に、鉄バットを肩に担いだ筋肉お化けと、胡坐座に縛られたまま頭をのけぞらせている「マサヨシの身体」が見えてくる。「マサヨシの身体」の頭上には、キラキラと金色に輝く、マサヨシの頭くらい大きなコイン状のものが、ゆっくり縦軸回転しながら浮かんでいた。
勢いを保ったままの「マサヨシの人魂」がコインのど真ん中を射抜く。「マサヨシの身体」の頭上にあったコインが、「グルグルグルッ!」とすごいスピードで回った。と、コインが急速に縮んで「ピンッ」と高く舞った。
そのコインをバシッと左手でつかんだ筋肉お化けは、肩に担いでいた鉄バットをポイっと雑に放り投げると、その場でくるっと回転。すると細身の転生ガチャの精霊さんの姿に戻った。
「待ってろよマサヨシ君! 今から君は、圧倒的な身体能力と生命力を合わせ持った、最強ヒーローへと転生するのだ!」
こらえきれぬ半笑いを浮かべてそう言った精霊さんは、転生ガチャの前まで行くと、手にしたコインを投入口に入れ、転生ガチャのレバーを「ガチャッ」と回す。
すると転生ガチャは「ブオンっ!」とエンジンがかかったみたいな音を立て、ピストンシリンダーがゆっくり上下し始める。ピストンシリンダーの上下運動が徐々に加速していくと、今度は転生ガチャはフォーミュラカーのエキゾーストサウンドのような高音を轟かせ、口のないフラスコみたいなクリアケース内では、攪拌されるようにカプセルが高速回転を始めた。
「ナニが出るかな♪ ナニが出るかな♪」
クリアケースが壊れんばかりの勢いで、転生ガチャはカプセルを高速攪拌していく。そして転生ガチャ自体がぶっ飛びそうなくらい上下に大きく震動し始めてから数秒後、クリアケース下にある排出口からカプセルが「スポンッ!」と勢いよく噴き出した。
「ヨッと!」
精霊さんは飛び出してきたカプセルを左手でキャッチすると、「あっはっはっはっは! さあ! 目覚めるのだマサヨシ!」とカプセルを開ける。カプセルの中から、零れんばかりの眩い光が放たれた−−。
☆ ☆ ☆
(……えますか……きこえますか……)
意識を失っていたマサヨシは、自分を呼びかける声で目を覚ます。
(……きこえますか、マサヨシ。今、あなたの心に直接呼びかけています……)
使い古しのネタでマサヨシを呼んでいるのは、もちろん転生ガチャの精霊である。マサヨシもそのことに気が付く。当然転生ガチャの精霊がマサヨシをバカにするために、あえて使い古しのネタで起こしたということも。
テメエこの野郎!
とマサヨシは声を上げようとした。が、自分の声が空気を震わすことはできない。異変に気付いて周囲を見渡そうとすると、自分の目の前に、二本の黒くて長い髪がビヨンとアホ毛みたいに飛び出しているのが見えた。
というか、目に見える景色の遠近感というか縮尺度というか、なんだかすべてに強烈な違和感を覚える。おそらく今オレは外にいるのだろうが、地面がやたら近い。なんだか縁にでも這いつくばっているような視界だ。
なんだこれ?
マサヨシは呟こうとするが、マサヨシの声は相変わらず音にならない。
(……マサヨシ、落ち着いてください……。あなたは無事、転生に成功したのです……)
転生? ……ウソだろ?
(……ウソでは、ありません……。右横に……鏡が……あります……。自分の目で……確かめてください……)
転生ガチャの精霊は、マサヨシの心の内を読んだかのように、マサヨシに語りかける。
マサヨシは首を振ろうとする。が、首が動かない。自分の身に起こった異変に猛烈な不安を追い立てられたマサヨシは、急いで体ごと右に向ける。
正面の鏡には、びよーんと長い二本の触覚が伸びた、見覚えのある黒褐色のおぞましい生命体が映っていた。
ゴキブリじゃねぇえかあぁぁっ‼
こうしてマサヨシは、ゴキブリに転生したのだった。
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