21−3
「だからいいの、私は何も要らない」
時々言葉に詰まりながら、自分の身の上話を語り終えたちとせは、どこか悲しそうな、諦めた様な表情で2人にそう伝えた。その表情はどう考えても10やそこらの少女がして良い類いの表情ではなく、2人の心をこれでもかと締め付けた。
彩名もまりえも、ちとせと知り合って今日に至るまでの間にちとせと交わした会話の数々を全て足しても今日ちとせが語った【クリスマスプレゼントが要らない理由】にはおそらく届かないと思った。
それ位ちとせは饒舌に話を続けたし、2人は途中、一言も口を挟まなかった…違う、挟めなかったのだ。挟んではいけない、遮ってはいけない、聞き届けなければならない、そんな使命感が2人の言葉を詰まらせた。
気がついた時、ちとせを見つめる彩名とまりえは共に泣いていた。いい大人が、年端も行かぬ子供にかける言葉を見つけられなかった。
特に彩名は他人の感情に感化されて涙を流した経験が今に至るまで一度もなく、なぜか不思議な高揚感と多幸感に包まれていた。ただ目の前の1人の少女を【美しい】と、そう思ったのだ。
対してまりえの涙にも、複雑な感情が混ぜ溶かされていた。
測らずも彼女は愛情に近い感情を持ち始めていた少女の両親を死に至らせた元凶が自分の夫に有る事を知る事になった…
事故で全てを失って、絶望し、生きる事すらままならない状態の彼女を救ったのが、その事故に巻き込まれて同じ様に全てを失った1人の少女と言う事になる…
【なんでこんな…】
あんまりではないか…酷すぎはしないか…こんな結末は有り得ていい物なのか…
考えうる限りの残酷をミキサーに詰め込んでごちゃ混ぜにし、その中に漬け込まれる…まりえには自分の人生がそう言った物に感じられた。
消え入りそうな精神をどうにか繋ぎ止め、まりえは今一度ちとせに質問する
「私と彩名先生の事は気にしないでいいんだよ?それでも何かお願いを叶えてもらえるとしたら、ちとせちゃんは何が欲しい?」
「お父さんとお母さんを返してほしい、もう一度会いたい…」
この子は同じだ、私と同じ、あの日からずっとこの子の時計は止まったままなんだ。
空っぽなんだ、限界なんだ。
この子はこんな小さな体で、こんなにも純粋で真っ直ぐな心で、今日まで必死に生きてきたんだ、耐えてきたんだ…両親の死を自分のせいだと思い込んで、人知れず自分を罰して、戒めてきたのだ…それに比べて私はどうか、ただ死にたいと、終わらせたいと無気力に日々を揺蕩っていただけではないか…
「そうだよね、会いたいよね、会いたい…よね…」
まりえは声を震わせつつ涙を流しながらちとせを抱き寄せる、ちとせの腕がゆっくりとまりえを包み込み背中にその小さな手の感触を感じると、説明のつかない罪悪感で潰れそうになった。
「私はお父さんとお母さんを死なせちゃったクリスマスが嫌い、自動車を運転していた人も嫌い、でもあの時わがままを言った私が一番嫌い…」
まりえはポタポタと涙を流し始めたちとせを見て、自分の心が突然晴れたのを感じた。
飛行機に乗っていて曇り空を突き抜けて太陽の下に出たような、ひどい台風が過ぎ去って真夏の日差しが差し込む様な、今まで色を失って全てがモノクロに写っていた世界に色が生まれたようなそんな不思議な感覚。
【あぁ、解った…私はこの子に会うために生きていたんだ…この子の為に使う命を今日まで繋ぎ止めてきたんだ…】
「神様…ようやく救っていただけるんですね…」
それはまりえにとって啓示にも似た何かだった。
まりえはもう一度ちとせを強く抱きしめると【大丈夫だよ】と呟いて頭を撫でた。
彩名はまりえの瞳が出会ってから今日までで一番美しく輝いている事に気がついた。
それは流るる涙が反射してなのか、強い意志を宿したからなのか、その時の彩名にはわからなかった。
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