04

「こんにちは、改めまして、成宮です、えぇとたしか…」


「橘です、先日はどうも」


警察署の一角にある部屋で雪乃の到着をまっていた凛は立ちあがって一礼した。


「あぁ、これはご丁寧に、どうぞお掛けください」


雪乃に促され、凛は心底飾り気の無いパイプ椅子に腰をかける。

取り調べ用かと思われる間仕切りされた狭い部屋に、パイプ椅子がギシっと軋む音が響いた。


「あの、今回はどういった…」


「一昨日前の結城ちとせさんの件なんですけど…」


「はい、何かお気付きの点がございましたか?」


「いえ、そうじゃないんです、むしろ何も分からないと言うか…自分は結城さんが自殺をする人間だとは思えなくて、ぶしつけですが近しい人に事情を聴いた刑事さんなら、彼女がなくなった理由をしっているんじゃないかなって思って…」


「そうでしたか…」


相槌を打つと雪乃は少しの間なにかを考えている様子で凜から視線を外した。


「先日はお話しませんでしたが、彼女が亡くなった日、仕事中に彼女に【生きている意味】みたいな事を聞かれたんです。刑事さんが話を聞いた俺以外の人間が彼女についてどんな話をしていたかは俺には分かりません…ですが俺の知る限り結城ちとせと言う人はこんな話をする人間では有りませんでした。彼女には掴みどころが無い、天真爛漫と言える様な所が有りましたが、今にして思えば彼女が振ってくる話題としては違和感を感じます。」


「…」


「その時は俺も【この人は…また何を言い出すんだ…】と言う位の感じで、なにとない受け答えをして、その話題を終わらせてしまったんですけど…、バイト先の締め作業を終えた後、帰り際に彼女に【さよなら】と言われたんです、いつも別れ際は【じゃぁねー】とか【また明日―】とか、年相応に砕けた様子だったのに、さよならと言われました。その言葉を使う場面として何一つ間違っていなかったので、それも気に留めませんでしたけど…今思えば何か思う所があったのかと思います。」


「そうでしたか…」


「思い上がりだとは思うんですけど、俺の受け答えがあの時の物と違ったら、彼女の死を防ぐ事が出来たんじゃないかと思うんです…なにか託されたと言うか、試されたというか…ですが結局、どう後悔しても思案しても、既に亡くなってしまった結城さんの為に自分が出来る事なんてなにも有りません、だからせめて、"なぜ彼女が死を選択したのか“と自分なりに向き合ってみようって…そう思って…」


せき止めていた物を濁流の様に吐き出す凛の言葉を、雪乃は噛みしめるように時折うなずきながら聞いていた。凛もまた、堰を切ったように言葉があふれ出す自身に対して、誰かに聞いて欲しかった、吐き出してしまいたかったんだなと気づかされた。


「橘さん、お話はわかりました。きっと近しい方が亡くなって、辛い思いをされていたのでしょう。さて、まず先ほど伺われた件ですが、私が聞いた結城ちとせに関する聴取の内容ですが、これについて私の口から第三者の橘さんに何かをお話する事はできません、本心からお力になりたいのですが、私は警察と言う組織に所属し、その捜査の一環として任意聴取に協力して頂いています、その肩書の上で入手した捜査情報を開示することは法律で禁止されていますのでお伝え出来ないのです…お力になれず、本当に申し訳ありません」



「そう…ですか…」


【それはそうだろうな】と言うのが凛の率直な感想だった。

仮にこの刑事が何かちとせの自殺について有益な情報を持っていたとしても、核心にせまった何かを聞けるとは思っていなかった、それでも凛にとって唯一思い当たる【何かを知っているかもしれない人間】が成宮雪乃だったのだ。

凜は雪乃に話を聞けなかった事ではなく、結城ちとせに関わる事が聞けそうな人間すら他に思い当たらない関係だったという事実に少し肩を落とした。


「そう落ち込まないで下さい、さて、これは"内容"ではないのでギリギリ私がお伝えできる事ですが、現状私は聴取から結城ちとせさんの自殺の直接の原因になりそうな話は得られていません。」


雪乃は少しとぼけた表情で、暗に【私は特に何も聞いていないですよ】と凜に告げると、少し顔を近づけて声をしぼり、こんどは凛に聞き返した。


「ところで橘さん、結城さんから南原心療内科と言うクリニックの名前を聞いた事はありませんか?」


聞き覚えの無い院名と、それを告げる雪乃の声の真剣さが凛の顔をふっと持ち上げさせる。

直感的に凛は雪乃がそんな気がした。








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