「天火」とロックケーキ
中学生時分、「手作りケーキ」のたぐいが流行っていた。
オーブンと言うより、まだ「天火」という表記も多いレシピ本。
中でも「ラブおばさん」こと城戸崎愛さんの、子供のためのレシピ本はとても楽しく『作ってみよう』という意欲をそそられた。
当時長井中学では学校を通じて学研? の少女向けお菓子の本が購買されていたが、本格的な共立て式(卵黄と卵白を一緒に加熱しながら泡立てる方法)のイチゴのデコレーションケーキや、折パイ生地など、専門学校で習得するレベルのメニューも多かった。
もちろん無精の私はカステラにホイップクリームを塗ったり絞ったり、そしてみかんの缶詰を飾って、家族に喰えと共用していた。
糖尿病を患っていたおじいちゃん、血糖値が臨界すれすれだった父。
まことにすみませんでした。
二人とも長生きだから結果オーライと言う事で。
そのうちに、世界の児童文学とコラボしたジュニア向けの料理本がいくつも発売されてきた。
「赤毛のアンの料理絵本」「くまのプーさんのレシピ」「メアリーポピンズの」
定番の訳本から抽出した印象的な場面の文章と、美しい挿画。そしてなにより、100%日本人向けでもない、異国の不思議感を残したレシピの数々に私は夢中になった。
クリームチーズをケーキに塗るの?
ヨーグルトと小麦粉でクッキー種を作るの?
フルーツケーキにお酒をたっぷりしみこませて、何年も置くの、かびない?
日本、それも多湿な日本海側の山形とは湿度も気温も違う、ヨーロッパやカナダのお菓子作り。
それはそれで、日本以外の世界への、思い出すと切なくなるような好奇心と闘志を心に宿してくれた。
天火(オーブン)が無いから、とアップルパイを蒸し器で蒸して、珍妙なねばねばバター生地の丸蒸しを作ってしまった14歳、ソフトボール部で万年球拾いをしていた私は、誕生祝に天火を所望した。
本以外のものを自分からねだるという、娘の「はじめて」に気を良くした両親は、電気屋で天火を買ってくれた。
「東芝電気オーブン」である。
上火と下火の調節も効かず、庫内の段を上下させて焼け具合を調節、熱源は「電気コンロ」が庫内側壁の穴にブッ刺さっているという、シンプル極まりないものだ。
だがそれがいい
未だに使い続けているが、壊れない。シンプルイズベイトである。
そのオーブンで、私は早速念願の焼き菓子を作った。
「チョコとクルミのロックケーキ」である。
ホットケーキミックスに賽の目切りにしたバターを潰し混ぜ、牛乳と卵、刻んだチョコとクルミを混ぜて焼くという、基本のきのような焼き菓子だ。
型抜き不要。ちり紙にサラダ油をしみこませて拭いた天板(オーブンプレートね)に、スプーンですくっておいていくだけ。
最初の10分は下の段で底をしっかり焼き膨らませ、あとの10分は上火でこんがり焼き目をつける。
今思えば、こんにち「スコーン」と言われるものに似ていた気がする。
これが家族内でヒットした。
チョコとクルミをどっさり入れれれば、その味だけで間違いないのだ。
両親も兄も、サクサクと食べていた。
おじいちゃんだけは、入れ歯の隙間に欠片が挟まり大変そうだったが。
ごめん、じいちゃん。
調子に乗って作り続け、その月の電気代を跳ね上げ大目玉を喰らったのも思い出である。
(当時は節電仕様なんかじゃなかったのよ)
お菓子作りは息子が小さい時に復活し、ドーナツやクッキーの型抜きをしたり、バナナケーキのバナナを潰したり、二人して遊んだ。
おかげで息子はクッキーとマフィンが今でも焼ける。
今週末は、出回ってきた紅玉リンゴでアップルパイを焼くつもりである。
もちろん生地は冷凍ですよ。
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