第十四話「剥がれた化けの皮」
「これはまた面妖な話よの。
「
佐田彦は眉間に皺を寄せ、大宮能売は困った表情で蘇芳に尋ねた。
稲荷二柱は、『千里眼』を使用する前に本人の口から正直に告げられることを望んでいた。―――これは、主祭神である
「俺は……」
言葉を発する前に視線を感じた蘇芳が横目で
「三柱様方、横から失礼致します。蘇芳は、決してそのような者ではございません」
―――意外や意外。いつも叱っていた白狐の教師が、蘇芳を庇い始めたのである。
「確かに
そう告げた教師は視線を蘇芳へと移し、続けた。
「調べてみれば、これまで起こしていた喧嘩もキッカケは全て相手側からだったそうじゃないか。当時、目撃していた他の生徒達が証言してくれたよ。蘇芳、調査不足でお前を叱ってしまったこと、本当に申し訳なかった。……だがな、私達教師とて暇ではないんだ。あれでも、お前の性格を重々理解していたつもりだよ。期待をしていなければ、毎度口煩く叱ったりなどしない」
そう言って優しく笑った教師に対し、蘇芳は自身が想像した悪い展開とは真逆の状況に頭がついていかない様子で、目を見開いたまま立ち尽くすことしかできなかった。
「ああ! それで言えば、俺も手合わせをした時……蘇芳が周囲で見物していた狐達にぶつからないよう、配慮して戦っていたと感じました。その証拠に、俺の攻撃で体が見物者達に近付く度、やり返すことを突然止めて防御ばかりしていたので間違いはないかと」
橡も、蘇芳の不器用な気配りを見抜いたらしい。一方で、褒められることに慣れていない本人は次第にむず痒くなって眉間に皺を寄せ、教師や橡から目を逸らした。
「……ふむ。青鈍とやら、どうやら
「何が嘘で、何が真実か。……それは、貴方達が一番分かっているでしょう?」
佐田彦と大宮能売に告げられ、地べたに座り込んでいる三匹は冷や汗を垂れ流す。
そんな状況下にあっても、今だ抗い続けて言い逃れできる策を巡らせていた青鈍は、ふと目に入った橡を見て何かを思いついたらしい。引き攣った笑みを浮かべながら、彼は神々に意見した。
「お、お待ちください三柱様! 本人も言っていたように、そこに居る橡は
咄嗟の思い付きだと言わんばかり。次は、あれ程に媚び
「何を言い出すかと思えば……。橡は既に見定められ、白狐への進級を許可されているのだぞ。我ら神々を護衛するため、日々の鍛錬は勿論のこと……信仰と忠誠心を怠らない。故に、我らも信用しておる」
「ウフフ、それにね。お忘れかしら? 神である
「「……!!」」
大宮能売が付け加えると、取り巻きの二匹は顔面蒼白ですっかり無言になってしまった。
「っ、そ……それ、それでも……!! 私は、何もしておりません……っ!!」
「「……」」
これ程告げても頑なに罪を認めようとしない青鈍には、二柱の顔も次第に険しくなる。
このまま平行線が続いてしまうのだろうか――周囲の見物狐達の誰もがそう思い、固唾を飲んで見守っていた―――その時だった。
「では、私からもひとつ
先程まで静観していた主祭神である宇迦之御魂が一歩前へ出て青鈍達を見つめ、問うた。
「昨夜、蘇芳は私と橡に『力加減が苦手だ』と教えてくれたよ。……青鈍、君達の怪我は人型の子狐達が軽く取っ組み合いをした程度の打撲と口元の切り傷だよね。加減が出来ない蘇芳が殴って、本当にその程度で済むものなのかな?」
普段通りの無表情に穏やかな声色で、稲荷は青鈍達へ向けて優しく問いかける。しかし、彼らを見下ろす金色の瞳はギラギラと輝き、その横に並んでいる二柱の瞳も同様に「嘘は許さない」と目で訴えているようであった。
「あ……っ」
「ああああ、あの……!」
「「も、申し訳ありませんでした……!!」」
「?!」
初めこそ、青鈍の背後からしどろもどろに話し始めた取り巻きの二匹だったが―――互いに顔を見合わせると三柱に向けて更に深々と頭を垂れ、謝罪の言葉を発した。
あまりの勢いに蘇芳達や見物狐だけでなく、青鈍までもが焦った様子で二匹を交互に見た。そんな状況にも関わらず、取り巻きの二匹はもう耐えられないと呟き、思いの丈を交互に吐き出し始めた。
「……僕達は、青鈍様に憧れておりました」
「成績も優秀で、学校生活で悩んでいた僕らに優しく手を差し伸べてくださって。……だから、ずっと尊敬していたんです」
「でも、関わっていくうちに青鈍様が裏で良くないことに手を出していることを知って……」
「お、お前ら……! でたらめなことばかり言うな!!」
青鈍が制止しようと怒鳴ったが、二匹は地面に額を擦り付けた状態のまま続けた。
「『宇迦之御魂神様の次期側近を決める』との話が上がると、青鈍様は僕達に候補生達のあらぬ噂を流すよう言ったり、不祥事を起こさせて候補の枠から除外されるように仕向けろと命じてきました」
「僕らも、立派な白狐になりたいと真剣に学んできたんです。ここで断ると、僕らまで進級できなくなってしまうんじゃないかって……怖くて、何も抵抗できませんでした」
「蘇芳を『神通力』で痛めつけたのは、間違いなく青鈍様です」
「僕らは、蘇芳を両脇で固めて……身動きが取れないようにと、押さえる役回りを強要されました」
「?!」
二匹の言葉に冷静さを失った青鈍は、振り返って叫んだ。
「強要だと?! お前達だって乗り気だっただろうが……!! 蘇芳が気に食わないと俺が言ったら、お前達も同意して……っ!!」
我に返り、捻った上半身を戻して顔を上げたが―――時、既に遅し。
青鈍を見下ろす稲荷三柱の鋭い眼光は、周囲の者達をも金縛りのように締め付けて離さない。自身の口から溢れた本音と真実に、青鈍の顔は更に血の気を無くしていくばかりであった。
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