第十話「面皮を剥ぐ短慮達」
目を凝らして見てみると、そこには
「橡様! 眷属の継承式、楽しみにしています!」
「えっ? あ、ああ。ありがとう。……でも、百年以上は先の話だぞ? それに、まだ
「でも、きっとあっという間ですよ! 次期・右腕はこの
困惑する橡を他所に、取り巻きの狐達の話は盛り上がるばかり。青鈍と呼ばれた狐に至っては、橡の相棒となるのは自分だと信じて疑わないらしく、胸を張って誇らしげな顔をして見せた。
そんな様子を遠巻きに見ていた蘇芳は、以前から修行を積む狐達の手本的存在だった
「宇迦之御魂神の次期側近ってことは、相当強いんだろうね」
「! ……へぇ、面白れーじゃん」
「えっ……蘇芳、気になるの? ま、待ってよ!」
初めこそ素通りしようと考えていたが、血の気が多い蘇芳は薄氷が何気なく呟いた『強い』という言葉に反応を示す。口角を上げて橡の元へと歩みを進めれば、薄氷は焦った様子でその後に続いた。
「橡、俺と勝負しようぜ」
「ねぇ、蘇芳……!」
「! お前は……」
「何だお前は!」「橡様に向かって馴れ馴れしいぞ!!」
目を見開いた橡が言葉を続ける前に、取り巻きの数匹が蘇芳に向かって吠えた。しかし本人は彼らを相手にする様子もなく、
「宇迦之御魂神って言やぁ、『
「! お前……
「下っ端の取り巻きなんぞに用はねーんだよ。俺は橡と話をしてんだ」
「な……っ、こいつ……!!」
青鈍が眉間の皺を深くして唇を噛み、拳を握りしめて蘇芳に向けて振り上げる。それには蘇芳だけでなく、薄氷も警戒し拳を握った。―――しかし、それらの
「喧嘩はよせ、ここは稲荷山の麓だ。神々も見ておられる神聖な場所で失礼を働くのは俺が許さないぞ」
橡が厳しい口調でそう告げたので、青鈍は渋々と拳を解く。その様子を見て蘇芳と薄氷も肩の力を緩めたが、お互いに睨み合うことは止めなかった。
「蘇芳、と言ったな。正式な手合わせなら相手になろう。だが、見た所……お前は野狐だから『神通力』は持っていないだろう。それなら、俺は『神通力』だけでなく、『妖術』も使わない。体術の真っ向勝負っていうのはどうだ?」
「馬鹿にしてんのか?」
橡の提案に、蘇芳は怪訝な顔を向けた。
「そうじゃない。俺の得た『神通力』と『妖術』の違いを明確にする必要があるってだけさ。勝負において平等じゃないのは信念に反するからな。それに……素手なら実力を見せるのに後腐れがないし、手っ取り早いだろ」
「! ……ケッ、優等生が」
「悪意はない」と、橡に嘘偽りない笑みを向けられた蘇芳は思わずたじろぐ。返す言葉が分からず悪態を
そんな二匹の様子を、不安気に見る薄氷。―――と、不服そうに見つめる青鈍率いる取り巻き達の姿があった。
〇
夕刻―――稲荷山、現代で言う所の『
蘇芳は、全身がボロボロになった人型姿で、薄氷の肩を借りながら足を進めていた。
「ってぇ~~……」
「まったく、無茶するんだから」
蘇芳と橡の体術勝負は、橡の圧勝だった。
何度も起死回生を狙って攻撃を繰り返した結果、何発かは橡にも痛手を負わせることができた。……が、技術力の差は圧倒的で、蘇芳は授業を怠ってきたツケがここに来て現れるとは――と、後悔したものだ。しかし、それ以上に驚いたのは、勝負が終わった後だった。
「
勝負を終えると、橡は蘇芳に握手を求めてきた。その時は悔しさも相まって渋っていた蘇芳だったが、おずおずと彼の手を握り返す。―――と、抑えていた狐の霊格を解放させた橡の力が、蘇芳を貫いたのである。正確には、「通り抜けた」と言うのが正しいのかもしれない。
手を握っただけで伝わった圧倒的な『強者』の気に当てられ、悪友の心配を他所に興奮冷めやらぬ様子で独り言を続ける蘇芳。それに対し、薄氷は面白くなさそうに口を尖らせた。
「もう! いつまで橡のこと考えてるつもりなのさ! ……
「悪いな、薄氷」
「まったく……いいよ、君のことを一番分かってるのは僕なんだから。こんなことくらい想定内だよ」
薄氷は満身創痍な蘇芳を木の下に腰掛けさせると、世話焼き女房のような台詞を吐いて狐姿に戻り、薬草を探しに山の上へと駆けて行った。そんな様子を申し訳なさそうに笑って見送った蘇芳は、緊張の糸が切れたようにその場で大の字に寝そべった。
橡の実力は本物だ。――蘇芳は揺れる木々を見つめながら、先刻の勝負を思い出す。
それは、攻めの姿勢だけではない。相手の気を読み、緩やかな動きでも徹底した防御をやってのけた。蘇芳は、のらりくらりと
「側近、か。……ま、俺には縁のない話だけど」
木々の隙間から見える空は、夕焼け色に染まっている。それをぼんやりと眺めながら呟いた蘇芳だったが、体術勝負で昼間から動きっぱなしだったこともあり、すっかり体力を消耗していた。
強い眠気が襲い、そのまま深い眠りに落ちそうになった時―――。
「随分と惨めな負けっぷりだったな」
「……?」
蘇芳が気怠そうに声のする方へ顔を向けると、青鈍率いる橡の取り巻きをしていた雄狐三匹が彼の元へとやって来た。
「何だ、橡にくっ付いてた金魚の糞か。……何の用だよ?」
「っ、こいつ……!」「よくもそんな……!」
「橡様に負けた挙句、お仲間と逃亡して
青鈍と呼ばれた自称『次期右腕』が、寝転がる蘇芳を見下ろして小馬鹿にした。しかし、当の本人は面倒臭いと言いたげに欠伸をひとつすると、上半身を起こして口を開く。
「んなこと言っても……俺は
「!! お前……っ!!」
「だってそうだろ。俺は橡にこそ負けたけど、強い奴に
さらりと正論を言う蘇芳に、青鈍の眉間の皺は深くなり、
「まあいい。そこまで言うなら……おい、お前ら」
「「はい!」」
「あ? ……おい、どういうつもりだ」
青鈍の一言で、取り巻きとして人型に化けている狐二匹が蘇芳の両脇を固めた。
そのまま―――強制的に起こされて身動きが取れなくなった蘇芳の顔面を、青鈍は自身の拳で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます