第十一話「狐達の思案」
「しかし稲荷様、もう鴉天狗は入って来られませんよ」
右京が嬉しそうに尾を動かしながら、稲荷へと告げた。
「
「なんと、紫苑が」
「ええ、後日には妹の
右京は、一刻も早く稲荷を連れ戻したい!と言わんばかりの忙しない口調だった。
人に「稲荷様を連れて逃げろ」と言ったかと思えば、早く帰ろうなどと、身勝手な狐め。――そう思わなくもなかったが、自分の大切な主人を側に置いて守りたいと思うのは、忠実な眷属であるならば当然だろう。加えて、子どもの姿であろうと、稲荷も人間が住む単身用アパートにいつまでも閉じ込められているというのは窮屈な話である。
「なあ、紫苑と結って?」
東雲は、稲荷と右京のやり取りを聞きながら、左京に耳打ちで尋ねた。
「俺達の社へよく手伝いに来てくれる、
「へぇ……」
「境内は広いからな、人手は多いに越したことはない。
「え?」
「いいや、何でもない。今度紹介するさ」
左京が勿体ぶる言い方をしたので、東雲は首を傾げた。―――と、同時に右京と話していた稲荷が口を開いた。
「わたしは東雲が気に入った。だから、暫くここで世話になることにする」
「「…………はい?」」
意外な返事に、右京だけでなく左京までもが硬直した。そんな二匹を気にする様子もなく、稲荷は口角を上げて東雲を見た。
「よろしく頼むぞ、東雲」
「は? いや、お前の眷属達が……」
「そうです稲荷様! 何故このような人間と……! も、もしや、我らが頼りないばかりに、愛想を尽かされたのですか?! も、申し訳ございません……! 今後、このような失態は決して致しませんので……」
どうか捨てないで!――とでも言いたげな瞳で稲荷に縋る右京の耳と尾は垂れ下がり、先ほどまでの強気で自信家な狐の姿はない。まるで、捨てられた子犬のようであった。
「落ち着け、右京」
見兼ねた左京が、右京の肩を叩いて
「こ、これが落ち着いていられるか! 俺達が不甲斐ないばかりに……」
「稲荷様と俺達の関係がそんな
「それは……そうだが」
この右京という狐は、余程稲荷と離れる事が苦痛らしい。稲荷への忠誠心が強い証拠だが、何かしら問題が起こると冷静さに欠けるのだろう。それを補っているのが左京のようだ。上手くバランスが取れた関係性だな――と、東雲は二匹を静かに見つめた。
「すまない右京、わたしの我儘を聞き入れてはくれぬか」
「稲荷様……」
「もう何百年と人の前に姿を見せてはいなかったのでな。久々に人間と話して、わたしは心が
稲荷は右京の手を取り、申し訳なさそうに告げるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます