第十二話「神々の都合」


 「しかし、また鴉天狗が狙ってここにやって来たら……。ここからやしろまでは近いと言えど、我らが到着するまでの間、あまりにも無防備ではありませんか。境内であれば、一時的であったとしても結界は行き届きます。もしも稲荷様に何かあったら……我らは他の祭神さいじん様方に顔向けが出来ません!」

 「なあ、この状況で野暮な質問だとは思うんだが……他にも祭神がいるのに、結界は破られたのか?」

 東雲は不思議に思い、右京を逆撫でしないよう左京に耳打ちで尋ねた。

 「それがなあ……今は、他の神様方も春休み中なんだ。他四柱の祭神様方は、兵庫の温泉地へ慰安旅行に行っている」

 「……はあ?」

 拍子抜けな答えが返ってきたので、東雲は耳を疑った。左京は腰に手を当てて笑いながらも、真面目な声色で続けた。

 「まあそう言ってくれるな。……今の世ともなれば、神様方の勤務形態だって変わるものさ。だから交代制にして、今週は稲荷様と稲荷山に居る我ら神狐しんこ達で留守番をしていたんだ。まだ御帰宅されていないから、今は本殿には居られない」

 とても現代的な神様事情に、東雲は困惑を隠せなかった。左京が嘘を吐いている様には到底思えなかったが、主祭神とはいえこんな子供を一人置いて――だの、狙われているのに何故――だの、真面目な東雲にとって、疑念に感じる所がいくつも浮かんだ。

 しかし今、この時―――目の前で起きている出来事そのものが異端であることも重々理解していた。東雲は、口から出かけた疑念の数々をゴクリと飲み込む。

 そんな東雲の心境を察してか、左京はまた申し訳なさそうに笑うのであった。


 「……分かりました、稲荷様がそこまで仰るなら」

 東雲が左京から神様事情を聞いている間にも、稲荷と右京のやり取りは続いていたらしい。最終的に、右京が折れる形となったようだ。

 「感謝するぞ、右京」

 「しかし、時々顔を見せてくださいね。我々もお伺いしますから」

 「うむ、約束しよう。幸い、社からも近いからな。いつでも会えるぞ」

 「稲荷様、どうかご無事で」

 「ちょ、待て待て待て! 俺の意見はどうなる!」

 この部屋の契約者は、他の誰でもなく自分だ。勝手に話を進められては困る。――東雲は、着々と進む話し合いに待ったをかけた。

 「事情は分かった。けど、俺は同居まで許可した覚えはない!」

 「おい、空気を読めよ人間」「そうじゃ東雲、ここまできたら諦めろ」

 舌打ちをした右京の眉間の皺が、更に深くなる。対して、飄々ひょうひょうとした態度の稲荷。人の部屋で、どうしてこんなにも太々ふてぶてしい態度が取れるのか。親の顔が見てみたい。――そう思いながら、東雲も苦い顔で一人と一匹を見た。

 「其方そなたは先程、ここに住んでいいと言ったではないか」

 「待て、そこまでは言ってないだろ。それにあの時は、あの場に居るのは危険だと思ったからだ。でも、危険じゃないなら……迎えが来たなら、帰った方がいいに決まってる」

 「……大家も良いと言ったのに」

 稲荷は悲しそうな表情で呟いた。

 「そんな顔したって駄目だからな。大家さんは大家さん、俺は俺だ!」

 「ケチんぼ!」「罰当たりな!」

 東雲の拒否に対して、子ども化した稲荷は勿論、右京までもが一緒になってギャアギャアと煽り文句を投げつけた。

 「稲荷様も右京も、東雲が嫌がっているなら無理を言っても仕方ないだろう」

 これぞ、天の助けとでも言おうか。見かねた左京が間に入り、稲荷達をなだめてくれたので、東雲はこの状況を回避できそうだと安堵した。

 

 「……良いのか左京。ここの大家はと言うらしいぞ」

 「おやおや?」

 にんまりと笑みを作り、稲荷は言う。それを聞いた右京も、同じ表情へ変わっていく。

 東雲は何のことだかさっぱり分からなかったが、左京を見た瞬間に目を疑った。

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