流れ、流れて ~武蔵野の地で~
マクスウェルの仔猫
流れ、流れて ~武蔵野の地で~
遥か、遥か昔の武蔵野の大地で。
寄り添って過ごす、二つの命があった。
争う事のない、豊かな時代の中。
集落の隣同士。
ほぼ変わらぬ時期に産声を上げた男女の子は。
春は、川の雪解けの水の冷たさに歓声を上げながら、魚を探し。
夏は、照り付ける日差しを遮る森の緑の芳香の中で、我先にと駆けまわり。
秋は、美しい白銀の月を互いの家族と共に見上げ、豊穣の祈りを捧げて。
冬は、まだ見ぬ春を思いながら、器や石を手にその出来を競い合い。
少女が振り返れば、いつもそこには。
優しげな瞳の、少年の笑顔があった。
少年が振り返れば、いつもそこには。
美しい顔立ちの、少女の笑顔があった。
時には些細な喧嘩をし。
時には悲しみの中、支えあい。
決して、離れる事はなく。
交わした明日の約束を、心待ちにして。
この小さな集落の中が、二人の全てだった。
●
何度目かの季節が
病に
少年は、もう何処にもいない少女の笑顔を探して泣き。
後ろに手を差し出しては、少女の温もりが返って来ない事に泣き。
精霊へと昇華した少女を想い、森を探し続けて会えずに泣いて。
そして集落の長老から掛けられた言葉に、少年は泣くのを止めた。
召された魂は、精霊となって舞い戻る。
お前の涙で精霊も、共に悲しみに暮れるだろう。
少年は、涙を祈りに代えた。
懸命に生きた。
そして、十度程廻った季節ののちに、少女と同じ様に夜空へと登った。
●
大いなる、命の源流の中で。
流れ、流れて。
二つの命の物語は、続く。
●
腹を空かせ
●
病の町娘の為に険しい山を登り薬草を摘み、その家族に託して事切れた小坊主。
●
鄙びた家の縁側に腰掛け、夜の月に手を伸ばす幼子。
●
狩りの矢から盾となり絶命した群れの頭の傍で、命運を共にした鹿達。
●
流れ、流れて。
流れ、流れて。
●
燃え盛る城の中で若君を逃がすべく影武者となり、陰腹を切った武者姿の女。
●
大火で崩れ落ちた梁の下敷きになった媼を助けんと、飛び込んだ火消の男。
●
●
秘法の贄にされた白蛇に、絡みつく蛇。
●
流れ、流れて。
流れ、流れて。
追いつき、追い越し。
流れ、流れて。
触れては、離れ。
流れ、流れて。
流れ、流れて。
そして、また。
●
朝の日差しが溶け込む阿佐ヶ谷の仲通商店街。
その中を走る、テニスラケットのバッグを背負った制服姿の女子がいた。
「ううあー!うっあー!遅刻でござるよ、ござござる!朝練やば、やば!あと十分以内に電車に乗らないとだよ!」
走りながら、よく通る声で独り言を言う姿に、すれ違う人々がくすくすと笑う。
「おはよー!今日もギリギリだねー!」
店の前を掃除していた喫茶店の男性スタッフが、少女に声を掛けた。
「おはようございます!遅刻じゃないもーん!」
頭を下げて店先を通りすぎるルカに、開店準備をしていた他の店のスタッフからも声援が飛ぶ。
「ルカちゃんおはよ、ファイトー!」
「おはよールカちゃん、出来立ての蒲鉾あるよ!」
「何だと?!うちは焼き立てのパンだぞー!」
「おはようございます!やーめーてー!また夕方、来るー!」
ニコニコと笑いながら、パン屋と蒲鉾屋のスタッフがルカを見送る。
毎朝繰り返される光景なのである。
「危うく買っていくとこだったじゃん!パンと蒲鉾を
制服のポケットからスマホを取り出したルカ。
が。
慌てたルカのその手からスマホがすっぽ抜け、商店街の床をクルクルと滑っていく。
「嘘でしょ?!ちょっとー!」
慌てたルカの絶叫に、ルカの少し先を歩いていた制服姿の男子が振り向く。
自分が呼ばれたと勘違いをしたのである。
スマホはその足に当たり、男子が拾い上げた。
ルカがタタタタ!と駆け寄って、頭を下げて右手を差し出す。
「ご、ごめんなさい!」
「ううん。ハイ、これ」
「あ、ハイ!ありがとうございます!」
スマホを受け取ったルカが、男子の顔を見上げた。
(ま、
いつもは走って追い越しているという事実を、知る由もないルカ。
ポーっと自分の顔を見つめるルカに男子が苦笑いした。
「急いでるんじゃなかったの?」
「にゅわ!忘れてた!あの、ありがとうございました!」
「気をつけてね?あんまり急ぐと転んじゃうよ」
男子の顔と駅の方角と視線を何度も往復させ、残念そうに駆けだしたルカ。
その背中を見て、微笑みながら歩き出した男子。
が。
数メートル先で、ルカがくるりと振り返った。
「あ、あの!また、明日!」
手に持ったスマホを高く掲げて、ぴょんぴょん!と飛び跳ねるルカ。
「あ……うん!」
驚きつつも、握った右手を前方に突き出した男子。
「……!!ありがとうございました!じゃ、また!」
赤く染まった顔にいっぱいの笑顔を浮かべたルカが、駅に向かって走り出す。
(うわー!私何言ってるの!何しちゃってんの!でも何か、何か何か!運命の人に出会っちゃった感じ?!)
嬉しさのあまりルカはもう一度、高く飛び上がった。
●
ルカの背中を見送る男子、良太は握った拳を更に強く握りしめた。
(やった!何か知らないけど!あの子と話ができた!……性格もめちゃめちゃ可愛いかったよあの子!うわ!うわ!ホントに?夢じゃないよね?!)
良太は高々と右手を掲げた。
●
だが。
ルカと良太は、ある事をすっかり忘れていた。
この場所が、人々が行き交う商店街だという事を。
翌日の朝、仲通商店街はやじ馬だらけであった。
●
この武蔵野でまた。
二人の新たな物語が、幕を開ける。
(了)
流れ、流れて ~武蔵野の地で~ マクスウェルの仔猫 @majikaru1124
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