第222話 判決

「では、裁きを言い渡す」


スタトリンと、サンデル王国の第二王妃となるジャクリーヌ一派の戦争から数日。

サンデル王国の王都チェスターにある王城の謁見の間。


そこに、サンデル王国に属する全ての貴族が招集されている。

今となっては、守護神となるリンをどこまでも信奉しているキーデン伯爵、ブレイズ・ヴォルカニック子爵、ウンディル・シーサイド子爵…

さらには、リンのそばでリンに仕えつつ魔法の研究に勤しむマテリア・カーマイン名誉子爵の姿も、そこにある。


もちろん、国王となるマクスデル、第一王妃となるエリーゼは王座に腰を据えており…

その正面に、此度の戦争を引き起こした張本人となるジャクリーヌ、ロデナン…

その一派となる貴族達が全員、囚人服に手足を拘束された状態で、周囲の国王・第一王妃派の貴族達に晒される形で、大罪人として国王からの判決を待つこととなっている。


そして、国王マクスデルの厳かな口調から、冒頭の台詞が声にされ…

いよいよ、判決を言い渡されることとなる。


「まず、ジャクリーヌ一派の貴族達だが――――」


大罪人として、判決を下されることに見苦しくがたがたと、その醜く肥え太った身体を震わせる悪徳貴族達に対し、マクスデルは淡々としながらも、厳かな口調で判決を述べていく。




罪状

・自身の領地の民に過剰な程の重税を課し、己の私腹を肥やした

・自身の領地の民をいたずらに虐げ、ひどい時はその命を奪った

・領地経営の責務を放棄し、己の悦楽のみを優先させた

・幾度となく国王、第一王妃、第一王女、第二王子に暗殺を仕掛けた

・第二王妃となるジャクリーヌを口八丁で騙し、王家の財に着服した

・大恩ある友好国となるスタトリンを略奪しようと戦争を仕掛けた


判決

・当主及び家の爵位剥奪

・屋敷含む財産の全没収

・一族郎党全て無期限の労働奴隷化




淡々と読み上げられる罪状、そしてそれに対する判決に、悪徳貴族達はその顔を蒼白にしてしまう。

爵位の剥奪、全財産の没収に加え、自身含む一族郎党全て労働奴隷化。

これは、もう自身のみならず一族全てが日の当たる場所に出ることは生涯ないと宣言されたようなもの。

自身が国に与えた不利益を、自らの身体でもって償え、と…

そう国王マクスデルに告げられたのである。

しかも国家反逆に等しい重罪を犯した、一級犯罪奴隷となる為、その扱いはもはや人として扱われるなど、夢のまた夢。


無能のくせに気位ばかり無駄に高いこの悪徳貴族達にとって、最も重い罰となることが容易に想像できてしまう。


「そして、ジャクリーヌ、ロデナンには――――」


自身の一派となる悪徳貴族達が、文字通り奈落の底に落ちることとなるであろう未来への恐怖に怯えている最中…

自らの名を告げられたジャクリーヌとロデナンはびくりと、その醜く肥え太った身体を震わせてしまう。


そんな二人に一瞥することすらせず、マクスデルは淡々と、しかし厳かな口調で罪状と判決を読み上げていく。




罪状

・王家、そして貴族の血筋を持たない身でありながら自らを王家として周囲と謀った

・不貞の末に生まれた、王家と何のゆかりもない子を国王の子として偽った

・偽りの王族でありながら己の欲望のままに王家の財を貪り、国民を弄んだ

・自身の取り巻きとなる貴族の口車に乗せられ、王家の財を騙し取られた

・偽りの王族でありながら正当な王族の者を侮辱し続けた

・大恩ある友好国となるスタトリンを略奪しようと戦争を仕掛けた


判決

・王家からの廃嫡

・サンデル王国からの永久追放(支援金など一切なし)




「そ、そんな……」

「は、ははうええ……」


マクスデルが読み上げた罪状、そして判決に…

ジャクリーヌとロデナンはその顔を蒼白にして、これからのことに怯えてしまう。


その身一つで、国からの永久追放。

これと言った才を持たず、怠惰で無能の象徴とされていたこの二人にとって、この判決はまさに死罰を言い渡されることと変わりない。


最も、この国に留まれたとしても少なくとも労働奴隷化は避けられないだろうし、二人が国民から向けられている憎悪などの悪感情は相当なものとなっている。

ゆえに、王族と言う身分を失った二人が、国民の悪感情に殺されるのは明白。

ましてや、ジャクリーヌ・ロデナン共に王族はもちろん貴族の血すら持たない、ただの平民と言うことが判明し、にも関わらず偽りの王族として散々やりたい放題してきたのだから…

国民から向けられる悪感情はより凄まじいものとなるだろう。


加えて、無能の象徴と言えるこの二人を労働奴隷としたところでまともに働くことなどできず、むしろ足手まといになってしまうのは容易に想像できてしまう。

ゆえにマクスデルは、二人にはサンデル王国からの永久追放と言う…

考えられる限りでは最も重い罰を、言い渡したのだ。


自らの身をもって、己に虐げられた民達の苦しみを味わえ。

自らの身をもって、己が虐げ続けた平民、そして貧民の生活を味わえ。


マクスデルは、まさに二人にそう告げたと言える判決となっている。


「へ、陛下……」

「なんだ?」

「わ、妾とロデナンに対しそのような判決……あまりにも酷すぎます」

「そ、そうですよ父上え……」


この期に及んで、未だ自分が王族だと勘違いをしているかのようなジャクリーヌとロデナンの発言に、マクスデルのこめかみに青筋が浮かんでしまう。


特に、自身とまるで血縁関係がないことが判明したロデナンに今更父と呼ばれることなど…

マクスデルとしてはあまりにも許せぬ行為となってしまっている。


それは周囲の国王・第一王妃派の貴族達にとっても同じことのようで…

ジャクリーヌとロデナンを見つめるその表情から、あからさまに怒りの感情が浮かんでしまっている。




「…あなた達は、未だ自分の立場を理解することができていないのでしょうか?」




そこに、まさに『無』と言うべき能面のような表情を浮かべているエリーゼが静かに立ち上がり…

まるで永久凍土を思わせる程の凍てつく視線を、ジャクリーヌとロデナンに向ける。


「「!!ひ、ひいいいいいい……」」


国内では『豊穣の女神』と称され、とても温厚で優しいエリーゼの…

まるで人を人とも思わないような凍てつく視線に、ジャクリーヌとロデナンは心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖を覚え、盛大に怯えてしまう。


「な、なんと……」

「あの豊穣の女神様が、あのような……」


普段の温厚で優しいエリーゼしか見たことのない、国王・第一王妃派の貴族からざわめきが起こる。

その怜悧冷徹なエリーゼの表情に、直接視線を向けられていないにも関わらず…

自分達も思わずぞくりとするような感覚を覚えてしまう。


「…

「「!!は、はいいいいいっ!!」」

「そもそもあなた方は、血筋で言えば平民…ロデナンは、国王陛下の血を微塵も受け継いでいない…にも関わらず、自らを王家だと偽ってきた…本来ならば、これだけで即ギロチンによる晒し首の刑なのですよ?」

「「!!!!~~~~~~~~~……」」

「それどころか、その偽りの立場を利用して国民を虐げ、王家の財を貪る…あなた方の行為がどれ程我が王家の、国の名誉に泥を塗ったか、お分かりで?」

「「!!!!そ、それは…………」」

「挙句、わたくしはもちろん国王陛下も崇拝され、敬愛される我が国の守護神様を侮辱し…その守護神様が、我が国が見捨ててしまった町をお護り下さり…ついには、我が国にとって大恩ある友好国にまで独立してくださったスタトリンを略奪など…到底許されることではございませんわ」

「「!!!!う、うひいいいいいいいいいいいい……」」


情け容赦なく己の罪を追求され、ジャクリーヌもロデナンもまるで生きた心地がせず…

かつて、エンシェントドラゴンに睨まれた時のような圧をエリーゼからかけられて、もうひたすら怯えてしまっている。

しかも、これまでは『ジャクリーヌさん』『ロデナンさん』と呼ばれていたのが、吐き捨てるような口調で呼び捨てにされているのも恐ろしい迫力があり…

なおのこと、恐ろしいものとなっている。


「本来ならば、死罪は免れないような罪状ばかり…それを国外への永久追放で留めているのですから、命があるだけでもありがたいと思うことです」

「「で、でも……」」

「…あなた方は、よほど死刑の判決を下されたいようですね。それでしたら、国民への晒し者になりながらの火あぶりの刑にでも、して差し上げましょうか?」

「「!!!!!!!!~~~~~~~~~~~~~~~~(ぶんぶん)」」


エリーゼが怒髪天を衝く、と言う程に怒り狂っているのが嫌と言う程に伝わって来てしまい…

普段のエリーゼならば言葉にすらしないような苛烈な死刑を突きつけられ、それだけは、と言わんばかりにジャクリーヌとロデナンはその首を目いっぱい、横に振り回す。


「お、おおお……」

「我らが『豊穣の女神』様は、ただただお優しく温かなだけではなかったのか…」

「お美しい…」

「あの怜悧冷徹な第一王妃様も、なんとお美しい…」


国の為ならば、冷酷非道な鬼になることもできるエリーゼを目の当たりにして、国王と第一王妃に心酔する貴族達はさすがに意外だと思うことにはなったのだが…

むしろ国の為ならば清濁併せ呑むこともできると言うところを見せてもらえたと…

そして、その非情な面も苛烈でありながら美しく、かえって派閥貴族の信奉心を膨れ上がらせることとなった。


「(エリーゼ……よほど奴らがリン様に多大な迷惑をかけたことが許せぬようだな……)」


普段なら、公の場でここまでの怒りを見せることのないエリーゼ。

それが、見ているだけで寒気がする程の怒りを露わにしているのだから…

それ程、ジャクリーヌ一派がしでかしたことが許せなかったのだと、マクスデルは思う。


本来ならば、マクスデルは今回の主犯となるジャクリーヌ一派、加えてその一族郎党には苛烈な程の死罰を与えようと考えていたのだが…

それは守護神となるリンの心を痛めてしまうこととなる、とエリーゼに諫められた。

その代わり、生きて地獄を味わうようにするべきとエリーゼと話し合い、悪徳貴族とその一族郎党には無期限の労働奴隷化を、ジャクリーヌとロデナンにはその身一つでの国外永久追放を罰とすることにしたのだ。


だが、今のエリーゼを見て…

エリーゼも本当は今言葉にしたような、苛烈な程の死罰を与えたかったのかもしれないと、マクスデルは思った。

その思いを飲み込み、あくまで守護神となるリンの心を優先するように計らったエリーゼに、マクスデルは改めて惚れ直すこととなった。




~~~~




判決を下されたジャクリーヌ一派は、すぐさま王家直属の騎士団の手によって謁見の間を退室させられることとなった。

これから、ジャクリーヌとロデナンは国外への永久追放、一派の悪徳貴族達は一族郎党も含め、国が所有する鉱山での労働を課されることとなる。


『豊穣の女神』とまで称される程に温厚で優しいエリーゼが、絶対零度を感じさせる程の怜悧冷徹さと、その裏に隠されている凄まじい怒りを見せたことが大罪人達にはよほど衝撃だったようで…

連行される際も一切の抵抗なく、すごすごと退室していった。


こうして、残ったのは国王マクスデル、第一王妃エリーゼと…

ジャクリーヌとロデナン、その一派となる貴族が一斉に消えた為、国王・第一王妃派の貴族のみとなった。


「皆の者!!今よりこの場に、我がサンデル王国の守護神様におこし頂く!!心してそのお姿、拝するように!!」


そして、この日この場にいる貴族達に、ついにサンデル王国の守護神となるリンをお披露目することとなる。


この場にいる貴族達は、国王マクスデル、第一王妃エリーゼからはもちろん、キーデン伯爵、ブレイズ、ウンディルからも熱狂的な信者であるかのように熱く語られてきた守護神を、ようやくこの目で見られることとなる。


「リン様、さあ…おいでくださいませ」

「は、はい」


謁見の間の、王座の背後にある重厚な扉が開かれ…

エリーゼの来場を促す声と共に、リンが謁見の間に姿を現す。




「は、はじめ、ま、まして。ぼ、ぼく、リ、リン、って、い、言い、ます」




いつものみすぼらしさを感じさせる外套にその身を包んではいるものの…

普段は被っているはずのフードは被っておらず、その首から上は全て晒されている。

暖簾のように、ちょんとして可愛らしい鼻から上を全て覆い隠す黒の前髪は、第一王妃となるエリーゼの手によって綺麗に左にある分け目に沿って分けられ、その幼く可愛らしい顔が、左半分だけとはいえ晒されている。

今となっては身体の一部と言える程に常時身に着けている『王家の友』も、リンの華奢な首にかかっていて、その華奢な胸の上に姿を見せている。


そして、マクスデルとエリーゼのお願いにより、その小さな右手にはバチバチと渦巻く【雷】魔法で作られた渦が、まるでおもちゃのようにころころと転がされている。

それにより、『王家の友』からは稲妻を思わせる金色の光が発せられている。


リンの登場に合わせて、マクスデルもエリーゼも謁見の姿勢を取り…

まさに神を崇拝するように、深く頭を下げてリンを迎えている。


「あのお方が、我がサンデル王国の守護神様……」

「おおお……本当に雷をその手に自在に……」

「『王家の友』が、まるで守護神様のそばにいるのを喜んでいるかのようだ…」

「幼く小さなお姿だが…とても大きく温かな雰囲気を感じる…」


リンが発動している【雷】魔法と、それに反応している『王家の友』から発される金色の光に、言いようのない神々しさをこの場にいる貴族達は感じている。

姿そのものはみすぼらしい少年ではあるものの、その容姿からは想像もつかない程の大きく温かな雰囲気も、感じ取れてしまう。


この日初めてリンを目の当たりにした貴族達は、なぜかは分からないが…

心が素直に、リンをサンデル王国の守護神だと認め、絶対の忠誠を誓おうとするのを感じてしまう。


「リン様…非常にご多忙な中、我の願いを聞き届けて下さって、誠にありがとうございます」

「ぼ、ぼく、お、お役、に、た、立てて、う、嬉しい、です」

「リン様…どうぞ、その王座にお座りください」

「は、はい」


エリーゼに促され、リンは先程までマクスデルが座っていた王座に腰を下ろす。

この場で、リンが最も上位の存在であることを示す光景となる。


「皆の者!!我らが守護神となるリン様は、あのスタトリンをたった数ヶ月で十万近くの国民を有する国家へと、発展させてくださった!!」

「そして、神の宿り木商会と言う、超が付く程の優良な商会を設立してくださり…すでにこの王城の国庫、備蓄はもちろんのこと、キーデンの領地の問題を次々に解決してくださっております!!」

「さらには、今は我がサンデル王国の国土に神の宿り木商会の関連施設をどんどんお作りくださり、国民の生活を向上…さらには他商会とも卸売の契約を結び、次々に業績を改善し、ジャスティン商会と共に国内の経済を活性化させてくださっておられる!!」

「次はヴォルカニック子爵領とシーサイド子爵領に、神の宿り木商会の関連施設を展開してくださり、領地の経済の活性化、問題の解決に導いてくださるご予定となっております!!」

「皆の者!!我がサンデル王国は守護神リン様がおられる限り、安泰だ!!」

「リン様がお護り下さる限り、この国は明るい未来しかありません!!」


リンが王座に座ったタイミングで、マクスデルとエリーゼがリンの傍付のように立ち上がり…

恭しく跪いたままの貴族達に、リンの功績はもちろん、リンがいる限りサンデル王国は繁栄の未来しか見えないことを力強く語っていく。


「お、おおおおおお!!!!!」

「リン様!!!!我らが守護神リン様!!!!!」

「敬愛する国王陛下、そして第一王妃殿下が崇拝される守護神リン様!!!!」

「我ら一同、リン様に絶対の忠誠をお誓い致します!!!!!」

「リン様!!!!!万歳!!!!!」

「万歳!!!!!」


自分達が心酔する国王マクスデル、第一王妃エリーゼがここまで心酔し、崇拝するリンは、貴族達にとってまさに守護神と言うべき存在となった。

リンを崇拝し、リンに絶対の忠誠を誓うと言う声が高々と上がり、謁見の間が揺れそうな程の大歓声が巻き起こる。


「おおお……リン様……なんと…なんと神々しいお姿…」

「このブレイズ・ヴォルカニック、リン様に絶対の忠誠をお捧げし、リン様の御身をお護り致します!!」

「このウンディル・シーサイド、リン様に絶対の忠誠をお捧げし、リン様の手足となってスタトリン、そして神の宿り木商会の発展に尽力致します」

「偉大なる守護神リン様…このマテリア・カーマイン…この身も心も忠誠も全てリン様にお捧げし、リン様の為に魔法の研究に邁進してまいります♡」


キーデン伯爵を始め、ブレイズ、ウンディル、マテリアもリンが国内の貴族に認められたことが嬉しくて嬉しくてたまらず、溢れる涙を拭うこともせず…

ただただ、偉大なる守護神に自身の忠誠を捧げ、仕えることができる喜びと幸せに浸るのであった。

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