第220話 戦争⑪

「?……あ、あれ?」

「?いかがなされましたか?リン様?」


手のひらの上で転がしていた【雷】魔法で作った球体でひとしきり楽しんだのか…

それを消失させて、自分に向かって土下座のまま拝み続ける大罪人達に視線を向けるリン。


その時、何かに気づいたのか…

素っ頓狂な声をあげてしまう。


「あ、あの……マ、マクスデル、さん……」

「?はい?」

「だ、第一、お、王子、って…」

「?ロデナンが、いかが致しましたか?」

「マ、マクスデル、さん、が、お、お父、さん、で、です、よね?」

「??はい。非常に不本意ながらそうですが…」


リンの質問の意図が全く分からず、マクスデルはただただ、聞かれたことに答える形になってしまっている。

相手がリンでなければ、『そんなことは当然だろう』と言う一言が出ていたかもしれない程、当然のことを聞いてくるリンに、マクスデルはさすがに疑問符を隠せない。


「お、おか、しい、で、です」

「?何が、おかしいのでしょうか?」

「ぼ、ぼく、今、ちょ、ちょっと、か、【鑑定】、で、み、見ちゃ、った、ん、で、ですが…」

「!!【鑑定】…そんな希少な技能まで、リン様はお使いに…」

「だ、第一、お、王子…」


【鑑定】と言う、神に仕える敬虔な教徒にしか使えないような希少な技能まで使えるリンに、マクスデルは改めて驚かされてしまう。


だが、それよりも次の――――




「……マ、マクスデル、さん、が、お、お父、さん、じゃ、な、なかった、です」




リンのこの言葉に、マクスデルは一体何を言われたのか分からなくなってしまう。


「!?……も、もう一度、言って頂いてもよろしいでしょうか?リン様?」

「だ、第一、お、王子、マ、マクスデル、さん、が、お、お父、さん、じゃ、な、なかった、です」


自分の耳がおかしくなってしまったのかもしれない。

そう思ったマクスデルが、改めてリンに聞き直すも…

リンの言葉は、先程と全く同じものだった。




名前:ロデナン・アール・サンデル

種族:人間

性別:男

年齢:12



~~~中略~~~




実父:イチモブ

実母:ジャクリーヌ・ジェイ・サンデル

義父:マクスデル・エム・サンデル

義母:エリーゼ・イー・サンデル




称号【神々の愛し子】を得たことにより、【鑑定】の精度もさらに向上したリン。

それにより、以前は見られなかった詳細な情報まで見ることができるようになっている。

その【鑑定】でついロデナンを見てしまったのだが…

その時に見えた実父の名が、マクスデルとは違う誰かのものだった為、リンはつい素っ頓狂な声をあげてしまったのだ。


「そ、それは確かなのですか!?リン様!?」


ロデナンの父親が、自分ではない。

それが事実なら、自分はどこの馬の骨とも分からない子を、王子として育ててきたことになる。

王である自身とは何の関係もない子を、王子としてきたこととなる。


しかもその王子は、王家の者であると言う立場をいいことに、さんざん王家の富をむさぼり、さんざん民を虐げ…

あげく、守護神となるリンが独立させてくれたスタトリンの略奪にまで乗り出した。


何かの間違いであってほしい。

よりにもよって、血のつながりすらない子を王族として扱ってきたなどと…

そうは思いたくないマクスデルから、まるで慈悲を願うかのような確認の声があがるのだが…




「は、はい。ま、間違い、な、ない、です」




リンから返ってきた言葉は、無情な現実を突きつけるものとなった。


そのやりとりを聞いていたジャクリーヌの身体が、後ろめたさのあまりそうなってしまったかのようにびくりとしたのを、マクスデルは見逃さなかった。


マクスデルは、未だリンにひれ伏すように地に額を付けたままの状態のジャクリーヌのところに、ずかずかと近寄っていく。


「……ジャクリーヌ」

「!…は、はい…」

「…貴様が我が王家に、第二王妃として加わってから…王城に出入りする見目のいい男と関係を持っていたことを、我は知っていた」

「!!…………」

「すでにエリーゼと言う、心に決めた伴侶がいる我には正直どうでもよかった…だからこそ、その事実を知りながら不問としてきたのだが…まさか、その時にできた子を我の子と偽り、王子としていたとはな……」


第二王妃となった直後は、まだ見目もよかったジャクリーヌ。

それゆえに、王城に出入りする平民の業者で、自分好みの男を第二王妃の強権を乱用して自室に連れ込み、思うが儘に快楽を貪り続けていた。


だがそれは、ジャクリーヌは隠していたつもりでも王城内の使用人達にはバレバレであり…

そのことはすぐさま、国王となるマクスデルに報告されることとなっていた。

最も、自身が溺愛しているエリーゼ以外はどうでもよかったマクスデルは、その報告を受けても『放っておけ』の一言で済ませてしまっていたのだが。


しかし、その不貞行為のおかげでついにジャクリーヌは、マクスデルではない平民の男の子を授かることとなり…

その妊娠がバレては非常にマズいと、半ば無理やりマクスデルに理由を付けて、マクスデルからは一度も言われたことのなかった、夜の営みを行なうことにしたのだ。

無論、その頃からジャクリーヌの不貞行為を知っていたマクスデルからすれば、一人でも多くの後継者候補を輩出する名目があるとはいえ、数多くの顔も知らない男と不貞行為に明け暮れていた第二王妃と身体を重ねるのは、拷問に等しい行為であり…

行為の最中はずっと能面のような表情になってしまっていた。


時期として、マクスデルとの行為で授かった、と言っても不自然でないものとなってしまった為、ロデナンがマクスデルの実子ではなく、どこの馬の骨とも分からない男の子供であることは知られずに済んだ。

加えて、王城には無闇に妊娠などできないようにする避妊用の薬品及び魔導具が揃っており…

さすがのジャクリーヌも、自身に第二王妃と言う自覚があるならば、不貞行為の際にはそれを使うだろうと言う思いがあった為、なおのこと知られることがなかった。


だが、その見込みよりもジャクリーヌが遥かに欲望に正直であり…

快楽を優先するあまり避妊を行なわなかった為、このようなことが起こってしまった。

その為、国王と血のつながりのない子が、王家で生まれてしまったのだ。


「……貴様、欲望のままに国の益を貪り…民をいたずらに弄び…あげく、王家の者として決して許せぬ偽りを十数年に渡って隠してきたとはな……」

「あ……ああ……」

「……そもそも貴様自身、公爵家の娘とされているが…実際には平民の両親を失った孤児であったところを、公爵家の養子となった……つまりは、貴様自身も元は平民であろうが」

「!!そ、そのことを…な、なぜ……」

「その程度のこと、我が王家直属の諜報部隊ならたやすく調べ上げられる。長年子のいなかったあの家に、いきなり娘ができたことはさすがに我が父…先代の王も不自然に思っていたからな」


さらに、ジャクリーヌ自身が子供のいなかった公爵家に引き取られ、養子となった…

元は平民の出であったことをマクスデルから告げられ、愕然としてしまう。


「そ、そんな……ぼ、僕が、へ、平民の、こ、子供?……は、母上まで、元は平民?……」


リンの【鑑定】によって、自身がマクスデルの実子ではないことを知らされ、愕然としていたところに、さらには実母であるジャクリーヌまでもが、元は平民であったことを知らされてしまい…

ロデナンは絶望のあまり、その醜く肥えた顔を蒼白にしてしまう。


「…ジャクリーヌ。貴様はことあるごとにエリーゼのことを平民の出などと言って蔑んでいたな?」

「う……」

「そもそも、元をたどれば貴様もその平民の出……だが、現実はどうだ?先程も言ったが、エリーゼは我の伴侶としてこれ以上ない程に我に…国に仕え…文字通りサンデル王国の第一王妃として恥じない…それどころか『豊穣の女神』と称されるに相応しい働きをしてくれた」

「あ、ああ……」

「それに比べて、貴様はどうだ?貴様の行ないは、全て自身の欲望の為……ましてや、王家の立場がなければ自身に何もない、と言っても過言ではない程何もしてこなかった。国民は誰もが、貴様を『サンデル王国に巣くう寄生虫』と称しておったのだぞ?」

「!!そ、そんな……」

「そんな声も聞こえてなかったと言うことは、よほどここにいる罪人共から口八丁で踊らされていたのだろうな。だから、本来ならば領地経営の能力もなく、いたずらに領地を危機に陥れ…あげく、王家の財にたかるような真似をこやつらに許してしまうのだ」


マクスデルの情け容赦ない追及に、ジャクリーヌはもはや奈落の底に落とされたかのような絶望感しか感じられなくなっている。

さらには、その領地経営の手腕のなさゆえに国から預かった領地を存続の危機に晒し、あげくジャクリーヌを躍らせて王家の財を横流しさせるなど、盗賊のような真似をずっと繰り返してきた悪徳貴族達にも、その追及の言葉が及ぶこととなり…

未だリンにひれ伏したままの悪徳貴族達は、その醜く肥え太った身体をびくりと震わせ、がたがたと怯えてしまう。


「もはや貴様らは国に反逆の意思を見せた大罪人…ひとまずは王都に護送し、牢に放り込むとしよう。貴様らの屋敷に本格的に監査を送り、徹底的に余罪を洗い出し、関与した一族郎党全て捕縛する。我が貴様らに沙汰を下すのはそれからだ。それまでは囚人として、神妙にするがいい」


マクスデルの国王としての命に、ジャクリーヌ達一派はもはや言葉もなく項垂れ、抵抗する意思すら見えなくなってしまう。


「陛下!!神の宿り木商会より、罪人の護送にと、大型の馬車をいくつも借り受けております!!」

「おお!!そうか!!」

「我々王家直属の騎士団が、責任をもって罪人共を護送致します!!」

「うむ!!頼んだぞ!!」

「は!!」


エイレーンの指示により、商会の鍛冶部門と商品開発部門共同で作り上げた護送用の馬車を貸し出してもらえるようになったことを、マクスデルは王家直属の騎士団長から知らされ、険しくなっていた顔を綻ばせる。

しかもその馬車を曳く馬は、普通の馬に偽装したリンの召喚獣である為、リンの魔力が供給される限りは疲れることもなく、休みなく走り続けることができる。


騎士団長が自身の団が責任をもって護送すると宣言し…

その言葉を皮切りに、すぐさま騎士団の面々がジャクリーヌ一派を護送用の馬車へと運び始める。


マクスデルはそこからは騎士団長に全権を委任することを宣言し、騎士団長も恭しく、しかし力強く応えた。


「…リン様、我が国がスタトリンに多大なる迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。そして、リン様率いる神の宿り木商会の力をお貸し頂き、国に巣くう魑魅魍魎共を一網打尽にできたこと、心より御礼申し上げます」

「リン様、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。そして、多大なる協力を頂けたこと、誠にありがとうございます」


騎士団がジャクリーヌ一派を護送の馬車に運び終え、すぐさま王都に向かってその場を後にしたのを見送ると…

マクスデルとエリーゼが揃って、リンにスタトリンに多大なる迷惑をかけたことの謝罪と、サンデル王国の膿を一気に吐き出す為に尽力してくれたことの感謝を、心から言葉にする。


「マ、マクス、デル、さん、と、エ、エリーゼ、さん、の、ち、力、に、な、なれて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」


そんなマクスデルとエリーゼの言葉に、リンは二人の、サンデル王国の力になれたことを心から喜び、天使のような笑顔を浮かべてその思いを言葉にする。


「!!リ、リン様……リン様はなんと大きく、温かな……」


そんなリンに、マクスデルは天井知らずに膨れ上がっているリンへの敬愛心と忠誠心が、またしても大きくなっていくのを感じてしまう。

そして、リンのそばで跪きながら恭しく頭を下げる。


「!!はあ…リン様はなんて…なんて大きくて温かで…なんてお可愛らしいのでしょう♡わたくし…わたくし…もう我慢できません♡」


エリーゼはリンを見る度に溢れてくる母性と慈愛が、もはやどうしようもない程に心の中に溢れかえって来るのを抑えられなくなってしまったのか…

自身がお腹を痛めて生んだ我が子のように、自身の身体で優しく包み込むようにリンをぎゅうっと抱きしめ、その頭を優しく撫で始めてしまう。


「!!あ、あの…」

「リン様♡わたくし、リン様のお母様…などとは申しませんが、それでも…リン様を心から愛したくてたまらないのです♡」

「ぼ、ぼく、そ、そんな…」

「ああ…リン様♡リン様は誰よりも愛されなくてはならないお方…わたくし、リン様のお母様の代わりとして、リン様をい~っぱい愛して差し上げたいのです♡」

「だ、だめ……」

「もお♡いやいやするリン様も可愛すぎて…わたくし…わたくし…はあ…♡」


エリーゼの愛情溢れる抱擁に、リンはいやいやしながら儚い抵抗を見せるものの…

そんなリンがますます可愛くてたまらないのか、よりぎゅうっと抱きしめ、リンの幼い頬にその唇を落とすなど、ますます愛情表現が激しくなってしまう。


「もお!!エリーゼ殿ばかりずるいのじゃ!!妾もリンを可愛がってあげたくて、たまらないのじゃ!!」

「リン様…このアンも、リン様を愛したくてたまりません♡」

「リン様…ああ…このマテリアの最愛の、ご主人様…♡」

「リン様…ローザは、ローザはもうリン様を愛したくて、どうしようもございません♡」

「リン様♡」

「リン様♡」


エリーゼがリンを思う存分に可愛がっているのを見て、シェリルを始めとする第一防衛線にいる女性陣が、リンの元へと駆け寄り…

全員がリンを可愛がって、思う存分に愛してしまう。


「だ、だめ、ぼ、ぼく、あ、あ、あ、あ、あ…………きゅう……」


そして、案の定多くの美人な女性達にめちゃくちゃに可愛がられているリンは、その呪いゆえにあっさりとその意識を手放してしまう。


「リン様、気絶しちゃいました♡」

「ああ…♡…気絶したリン様も可愛すぎて…たまりません♡」


気絶したリンも可愛くてたまらないのか…

女性達はリンをとても大切に抱きしめ、神の宿り木商会の事務所を通って拠点に帰ろうとし始める。


「皆の者!!本当にご苦労じゃった!!皆のおかげで、この戦争に圧勝することができたのじゃ!!さあ!!これより勝利の宴じゃ!!」

「!お、おおおおおおおおお!!!!」

「リン様、シェリル様、スタトリン、万歳!!」

「我ら、リン様とシェリル様にお仕えできて…神の宿り木商会の一員となれて本当に幸せでございます!!」


勝利の立役者となる、第一防衛線の戦闘員にシェリルが称賛の言葉を贈り…

これから宴をすると宣言する。


その言葉に全員が大いに喜びを見せながら、リンの後を追うように商会の事務所を通って、リンの生活空間に戻っていくのであった。

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