第219話 戦争⑩
「ちょ、ちょっと待ってよ父上え!!」
マクスデルの言葉に、完全に意気消沈してしまっている第二王妃・第一王子とその派閥の貴族。
だが、今まさに思い出したかのようにロデナンがすがるような声をあげる。
「…なんだ?ロデナン?」
「ぼ、僕は父上の実の息子だよね!?」
「…それがどうした?」
「だ、だったら僕関係ないよね!?僕子供なのに、無理やり巻き込まれただけだし!!それに、父上だって…実の息子が罪人になんてなったら、困るよね!?」
「…何が言いたい?」
「ぼ、僕を不問にした方が、父上も困ることはなくなるよね!?それに僕は第一王子だよ?後継者がいなくなったら、国にとっても損失なんじゃないの?」
取って付けたかのような屁理屈をこねて、どうにかして自分だけでも助かろうとするロデナン。
その浅ましい姿に、マクスデルの眉間の皺が深くなっていることに、ロデナンは全く気付かない。
「そ、そうですわ!!ロデナンは正当な王位継承者となる身!!そのような存在を罪人にすることは、王家にとっても大きな損失となりましょう!!」
「だ、だよね!?母上!?」
「そうですとも!!そして、その母となる妾も、ロデナンには必要でしょう?そもそも、妾達はこちらの取り巻き達にそそのかされただけなのですから!!妾達は無罪!!そうでしょう!?」
そんなロデナンに便乗しようと、ジャクリーヌまでもが見苦しい言い訳を始めてしまう。
しかも、派閥の貴族にそそのかされただけ、などと言い出し、自分も罪から逃れようとするその浅ましい姿。
そんなジャクリーヌとロデナンに、マクスデルのこめかみにビキリと青筋が浮かんでしまう。
「…ロデナン」
「!は、はい!」
「そもそも、いつ我が貴様を後継者にするなどと申した?」
「!!??え!!??え!!??」
「リリーシアは常に民と同じ視線に立ち、民の為に何ができるかを考え、学び、王族として己を厳しく磨き上げて来ていた!!魔法と言う才能に恵まれながらも、決してそれに驕ることなく、王族としての責務を果たそうとしてきた!!」
「!!!!う……」
「アルストは姉と比べて平凡と言われながらも、人の心に常に寄り添い、その優しさで多くの臣下の心を救ってきた!!今は姉と同じ環境で学び、かつてとは比べ物にならん程に成長している!!」
「!!!!そ、そんな……」
「その二人と比べて…貴様はどうだ!?王家に生まれた、ただそれだけの身でありながらこの二人のような努力をしてきたか!?国の為、民の為に何かをしようとしたか!?王家に生まれた者の責務を、少しでも果たそうとしたのか!!??」
「そ、それは……」
「そもそも、そのような発言が出てくる時点で、先程我が言ったことを何一つ理解しておらんかったと言うことではないか!!その有様で、どうして我の後継者が確約されているなどと思えるのだ!!??」
「う、うう……」
「いいか!!王家に生まれたと言うことは、その一挙手一投足全てに国を背負う責任が発生する!!いくら子供だろうと、大恩ある友好国に独断で戦争を仕掛けるような真似をするからには一切容赦はせん!!それ程に…それ程に王家の人間の責は重いのだ!!」
「あ、うう……」
「貴様のような愚物に王位を継承するなど、国の未来を閉ざすのと同意!!この国を預かる王として、そのような間違いを犯すことなど、できるはずもなかろうが!!」
ただ助かりたい一心で声にしてきたロデナンの言葉を、マクスデルは容赦なく論破し、切り捨てる。
自身の言い分をことごとく論破され、切り捨てられたロデナンはすっかり顔を落としてしまい、もはや何も言うことができなくなってしまう。
「ジャクリーヌ!!」
「!!!!は、はい!!!!」
「貴様は貴様で、王家の者となってから一体何をしてきた!!公務どころかただただその立場にあぐらをかいて己の欲望を満たすことしかしてこなかっただろう!!それどころか、己の愉悦の為にいたずらに民の命を奪うなど…貴様の存在が、どれ程我が王家の汚点となっていたのか、知りもしなかったのか!!」
「!!!!お、汚点……」
「エリーゼは、我に娶られてからはずっと我に…国に尽くしてきてくれた!!貴様とロデナンのような害悪な存在を抱えながら、それでも国が存続できていたのは…民が居続けてくれたのは…他でもないエリーゼのおかげだ!!貴様らの尻ぬぐいを、どれ程エリーゼがしてきてくれたのか、分かるか!!??貴様らのおかげで、どれ程エリーゼがしなくていい苦労をしてきたのか、分かるか!!??」
「!!!!ぐ、ううう……」
「貴様のだらしなく情けない姿に、ロデナンもそれでいいと思うこととなってしまった!!貴様ら母子は、王家にとって…この国にとってこの上なく害悪な寄生虫となり果ててしまった!!あげくには、我が崇拝してやまない守護神様が建国してくださったスタトリンの略奪など…」
「で、ですからそれは……」
「そそのかされた、だと?貴様らが愚かだからそそのかされることとなっただけだろうが!!貴様らがあまりにも愚かだから、ここにいる国を食い物にするような害虫共にいい様にそそのかされたのだ!!」
「!!!!……」
「何度でも申すが、王族である以上…貴族である以上…その責は誰よりも重いものとなる!!当然、義務を果たさずに権利ばかり主張などもってのほか!!罪を犯した場合もより重い罰が下されることとなる!!貴様ら全員…その命一つで済むなどと思うな!!簡単に死なせるつもりなど、我には一切ない!!これまでの罪……その全てを生きて償ってもらう!!無論貴様らだけではない!!一族郎党全てだ!!」
憤怒の化身と言っても過言ではない程、怒りを露わにしたマクスデルからの言葉に、その場にいる大罪人達は今度こそ、反論すらも失ってしまう。
特に、自分達がどれ程愚かであるかを徹底的に言われたジャクリーヌとロデナンは、完全に意気消沈し、死んだ魚のような目になってしまっている。
エリーゼ、リリーシア、アルストが国にどれ程貢献してくれているかも併せて言われてしまった為、余計にそのみじめさが際立ってしまっている。
「ほほう……そこにおるのが、無謀にも我が国スタトリンを略奪しようなどと目論んだ愚かな輩共か……」
そんな中、妙に老成した口調であるにも関わらず、年若い少女のものと言うちぐはぐさを感じさせる声が聞こえてくる。
「!!シェリル様!!」
スタトリン陣営で、神の宿り木商会所属となる者は…
スタトリンの王となるシェリルの姿を目の当たりにすると、すぐさまその場に跪き、王に対して服従の姿勢を取る。
それに倣うように、王家直属の騎士団に魔導部隊の面々も、シェリルと言う友好国の王に跪き、最大限の礼を贈る。
「な、なんと美しい娘……」
「な、何者なのじゃ?」
突然現れた絶世の美少女に、大罪人となった悪徳貴族達はこんな状況であるにも関わらず、思わず鼻の下を伸ばしてしまっている。
「あ、あの声……」
「ま、まさか……」
だが、本来の姿のシェリルと実際に対峙し、その声を聞いたことがあるジャクリーヌとロデナンは…
かつて自分達を屠ろうと、散々威圧をかけてきたあのエンシェントドラゴンの声と、この場に突如現れた美少女の声が一致していることに、どうすることもできない程の恐怖を感じてしまっている。
「シェリル殿…我が国の愚か者共が、貴国に多大なる迷惑をかけてしまったこと…国王となるこの我からも謝罪させてもらいたい」
「ん?別にマクスデル殿のせいではなかろうて」
「いや…この我が王としての責務をしっかりと果たせておれば、このような輩をのさばらせることなどなかったであろう…シェリル殿、この通りだ」
そして、謎の美少女がサンデル王国の国王となるマクスデルと対等に話し、しかもマクスデルが腰を折り、頭を下げて謝罪したことに…
その場で断罪を待つばかりの悪徳貴族達は驚愕に陥ってしまっている。
「頭を上げられよ、マクスデル殿。あくまで此度の戦争はそこにいる罪人共の独断…つまり、真に断罪すべきはこやつらじゃろう?」
「シェリル殿…」
友好国としてよき関係を築いており、互いに協力しあっていることもあり…
シェリルはあくまで、ジャクリーヌ一派こそ断罪すべき相手だと主張し、マクスデルに頭を下げさせることをよしとしない。
そんなシェリルに、マクスデルは渋々ながら頭を上げ、視線を交わす。
「さ、さっきから聞いておれば…」
「そこの小娘!!貴様が言葉を交わしておる方を、一体誰と心得る!!」
「貴様のような小娘が、気安く言葉を交わせるようなお方ではないことが分からぬか!!」
一見、絶世の美少女ではあるもののただの平民にしか見えないシェリルの態度に、悪徳貴族達が抗議を始めてしまう。
自分達がサンデル王国を窮地に追いやった大罪人であるにも関わらず、この厚顔無恥さ…
そんな恥知らずな悪徳貴族達に、マクスデルはまたしてもこめかみに青筋をぴきりと立ててしまう。
「ほお?貴族と言う立場がなくては何もできず、人のものを奪うことしか能のない欲ボケ共が、随分と強気じゃのう…」
だが、それよりも先にシェリルが、竜族であることを象徴する金色の目をギラつかせ…
エンシェントドラゴンとしての力の一端を解放し始める。
「!!!!こ、これは!!!!……」
「い、一体なんなのじゃ!!!!……」
「あ、あの小娘からなのか!!??これは!!??……」
その瞬間、大罪人達にまるで真剣を喉元に突き付けられたかのような、恐ろしい程の威圧感が襲い掛かる。
そのあまりの威圧感に、大罪人達は見苦しく蹲り、身動きすらろくに取れない状態になってしまう。
「先程から何度も申しているはずだ。貴様らはもはや貴族でも何でもない、ただの罪人だと。加えて、我が友好国となるスタトリンの王にその態度……今すぐその首、刎ねてほしいようだな」
「!!!こ、この、小娘、が……」
「ス、スタト、リン、の……」
「お、王、じゃとお!!??」
「そうじゃ。マクスデル殿が申した通り、妾はスタトリンの王…名はシェリル。そして……」
「!!!!な、なあ!!??……」
不敵な笑みを浮かべたまま、シェリルはその華奢で美しい右腕のみを、大きさこそは違えど本来の姿に戻して見せつける。
その光景に、大罪人達は顎が外れてしまいそうな程に驚いてしまう。
「見ての通り、妾は人族ではない……本来の種族は、エンシェントドラゴンじゃ」
「!!!!エ、エンシェント、ドラゴン……」
「あ、あの、で、伝説、の……」
「そ、そんな…そんな……」
魔物の中でも、特に脅威的な存在として知られる竜種。
その中でも頂点に君臨するとまで言われている、伝説の種族。
そんな種族の存在が王となる国を敵に回そうとしていたと知ることになり…
大罪人達は、元より勝ち目のない戦争に挑んでしまっていたことをようやく知って、愕然としてしまう。
そして、敵に回せば間違いなくサンデル王国が滅亡していたことを知り…
今更ながらにその恐怖に怯えてしまっている。
「あ、あああ……」
「や、やっぱり、あ、あの時の……」
そして、本来の姿のシェリルと遭遇したことのあるジャクリーヌとロデナンに至っては…
いつ殺されてもおかしくなかった、あの時の絶大な恐怖を思い出してしまい…
此度の戦争でシェリルを完全に敵に回していたことにようやく気付き、醜く肥え太ったその身体を震え上がらせてしまっている。
「シェ、シェリル、さん…お、落ち、ついて…」
その背後から、言葉の覚束ない、優しい少年の声が聞こえてくる。
「!!リン様!!」
「我らが守護神様!!」
その声が聞こえた瞬間、その場にいるスタトリン陣営の全ての者がリンに向かって跪き、絶対の忠誠を誓う姿を見せる。
「リン様!!」
「リン様!!」
もちろん、リンをサンデル王国の守護神と崇拝してやまないマクスデルとエリーゼも…
リンの方へと向き直り、リンに絶対の忠誠の証を見せるがごとくに跪く。
「!リン……」
さらには、大罪人達をその力で威圧していたシェリルも…
最愛の存在であり、スタトリンの絶対の守護神となるリンに跪き、忠誠の姿勢を取る。
「な、なんじゃなんじゃ?……」
「な、なんなのじゃ?あのみすぼらしい子供は?…」
「なぜ、あのような子供に陛下も第一王妃も…」
「スタトリンの王と呼ばれるあの娘までもが…」
その場にいる、スタトリン陣営の全ての者がリンに向かって跪いているその光景に…
大罪人となる悪徳貴族達は何が何だか分からなくなってしまう。
「あ、あの子供は……」
「な、なんであいつが……」
リンと会ったことのあるジャクリーヌとロデナンは、リンにマクスデルもエリーゼも…
さらには、あのシェリルまでもが跪いて忠誠を誓う姿を見せていることに理解が追い付かない。
「貴様ら!!このお方をどなたと心得る!!」
「このお方は、たった数ヶ月で数十人規模の小さな町だったスタトリンを、八万人を超える小国にまで発展させ、独立させてくださった…スタトリンの偉大なる守護神様!!」
「さらには、我がサンデル王国をもお救い下さる、我らが国王陛下、そして第一王妃殿下も崇拝される守護神様だぞ!!」
「それだけではない!!今サンデル王国内でも超優良商会と評判の神の宿り木商会を設立してくださった会頭でもあるのだ!!」
まるで理解が追い付かず、間の抜けた顔を晒していた大罪人達に、サンデル王国王家直属の騎士団の騎士達が、まるで自分のことを自慢するかのようにリンを称える。
偉大な守護神となるリンのことを間近で見られて、騎士達はそれだけで幸せだと言わんばかりの表情を浮かべてしまっている。
自分達が忠誠を誓う国王、第一王妃が崇拝する守護神となるから、騎士達はなおさらリンへの忠誠心と崇拝心が膨れ上がっていっている。
「!!!!こ、こんな……」
「こんなみすぼらしい子供が、守護神…だと!?」
そんな騎士達の言葉に、大罪人達は驚きを隠せない。
もちろん、ジャクリーヌとロデナンも同じように驚愕の表情を浮かべてしまっている。
「リン様…恐れ入りますが、今ここで我らにリン様の【雷】魔法を見せて頂いても、よろしいでしょうか?」
「?は、はい」
マクスデルは、ここでリンに【雷】魔法を見せてほしいと願い…
リンは、その願いになんでだろう、と疑問を抱きながらも素直に承諾の意を表す。
そして、自身が天に掲げた右手に、自身の小さな身体ならたやすく飲み込んでしまう程の稲妻を、天から落とし…
その稲妻を、自身が掲げた右の手のひらに受け止め、バチバチとスパークしながら渦巻く球体にして楽しそうに転がし始める。
「!!!!!!そ、そんな……」
「か、雷をじ、自在に操る、なんて……」
「ほ、本当に……」
「本当にあの子供が、サンデル王国の守護神様だったとは……」
「し、しかもあの胸の金色の光!……」
「あれは、王家に代々伝わる『王家の友』では!?……」
「わ、我らは……」
「なんと…なんと愚かな事をしてしまったのじゃ……」
リンが雷を楽しそうに自由に操るその姿に、悪徳貴族達は度肝を抜かれ…
さらに、リンの胸にある金色の光が、サンデル王国の王家に代々伝わる秘宝『王家の友』のものであることにも気づき、愕然としてしまう。
さすがに腐ってもサンデル王国の貴族。
サンデル王国において、雷そのものは守護神として崇拝されており…
当然、それを操る者も守護神として崇拝の対象になることは、先祖代々から伝えられている。
同時に、その守護神を侮蔑などもってのほかであり…
ましてや、守護神が独立させてくれた、しかも母国にとって大恩ある友好国を侵略しようとするなど、決して許されることではない。
守護神に盾突いた者は、必ずや没落する。
そのことは特に厳密に、先祖代々から伝えられている。
そんな忘れかけていた国の伝承を思い出し、その伝承の意味を己が身で知ることとなった悪徳貴族達は、今更ながらリンを守護神として崇めようと跪くも…
己のした事の重大さ、愚かさが骨の髄までずっしりとのしかかってきたような、大いなる罪悪感を実感してしまい…
心底、己の愚かさを悔やむこととなってしまっている。
「も、もう…もうおしまいだわ……妾達は…妾達はなんと、なんと恐れ多いことを……」
「は、母上……」
その愚かさが国中で評判となっているジャクリーヌも、国の伝承に関してはさんざん実家で伝えられており、そのことはさすがに脳裏に焼き付いている。
だからこそ、リンと言うサンデル王国の守護神に盾突くような真似を仕出かした自分が、どれ程に愚かだったかを実感させられてしまい…
ただただその大罪を少しでも償おうとするがごとく、リンに対してその醜く肥え太った身体を折って、地面に額を付けて土下座の姿勢を取ってしまっている。
選民思想が強いからこそ、なおのこと自分よりも遥かに上位の存在が…
そんな存在に盾突くような真似をしてしまったことが恐ろしくなってしまい…
ジャクリーヌは土下座の姿勢のまま、がたがたと震えてしまう。
そんな母の姿に、ロデナンは事の詳細こそは分からなくとも、守護神と呼ばれるリンが自分などには想像もつかない程に格上の存在であることは、はっきりと分かってしまう。
「うむ…あの大罪人共も、リン様が守護神様だとようやく分かったようだな」
「ふふ…これでようやく、守護神様としてリン様を国内にお披露目できそうですね」
自身めがけて落とした稲妻を、未だ楽しそうに自身の手のひらの上で球体状にしてころころと転がしてるリンの姿があまりにも神々しく映るのか…
第二王妃・第一王子とその派閥の者達は全員がひれ伏してしまっている。
これでようやく、リンをサンデル王国の守護神としてお披露目できると、リンのそばで跪きながらマクスデルもエリーゼも顔を綻ばせるのであった。
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