第218話 戦争⑨

「さあ!さっさと歩け!」


進軍当初は五千はいたはずの兵は一人もいなくなり…

圧倒的な程の敗北を喫することとなってしまった、ジャクリーヌとロデナンの派閥。


ローザとマテリアによって展開されていた炎の柱も消失し…

再び通行可能となった道から、王家直属の騎士団の騎士が十数名程姿を現し、敗戦のショックで茫然としている、ジャクリーヌとロデナンの派閥の面々を拘束し…

国王マクスデル、第一王妃エリーゼがいるスタトリン陣営の方に、強制連行していく。


「ぐ、ぐぐ……」

「き、貴様ら、我らを誰と心得る!」

「我らは……」

「黙れ!!我がサンデル王国を食い物とする魑魅魍魎共が!!」

「!!ひ、ひいいいいいいいっ!!」

「もはや貴様らは爵位の剥奪は確定しており、一族郎党重罰を受けることが確定している!!」

「よって貴様らは貴族でも何でもない!!ただの重罪人!!」

「これから貴様らは、我らが国王陛下直々に沙汰を受けることとなる!!」

「覚悟しておくのだな!!」


いくら王家直属の騎士団所属とはいえ、ただの騎士に連行されることが癪に障った貴族達が権力を笠に抵抗するものの…

歴戦の猛者の風格を持つ、屈強な騎士達からの一睨みにあっさりと屈してしまう。


しかも、すでに爵位の剥奪は確定、一族郎党重罰を受けることも確定していると言われ…

さらには、国王直々に沙汰を言い渡されることとなる、とまで強い圧の口調で言われてしまい…

もはや怯えるばかりでどうすることもできなくなってしまっている。


「こ、この僕にこんな真似をして、ただで済むと思うなよ!」

「この妾にこんな真似をして…陛下が黙ってると思わないことね!!」


当然、今回の戦争の首謀として担ぎ上げられたジャクリーヌとロデナンも、騎士達に拘束され、スタトリン陣営まで強制連行させられているのだが…

未だに状況が分かっていないのか、自分達の王族としての強権を行使して、拘束からの解放を強要する。


「残念だが…その陛下のお達しで拘束しているのだ」

「!!??な、なんで!!??」

「よりにもよって、陛下と第一王妃殿下が崇拝する、サンデル王国の守護神様が建国された友好国となるスタトリンを略奪しようなどと目論むとは…」

「!!??しゅ、守護神様!!??そ、それに友好国!!??」

「我らが守護神様は、緩やかに滅亡へと向かっていた我がサンデル王国をお救い下さっている、まさにこの世に顕現された神様のようなお方!!」

「その守護神様が建国なされた国を…我がサンデル王国もとてもお世話になっている友好国を、こともあろうに醜い欲望のままに狙うなど、許されることではない!!」

「!!??な、なにそれなにそれええええっ!!??」

「貴様らは王家からの追放は確定、およびこれまでの民への圧政、横暴…さらには貴重なる国営資金を己の欲望のままに使い込んでいることもすでに明らかになっている!!」

「貴様らの所業で、どれ程陛下と第一王妃殿下、そして我がサンデル王国が不利益を被ったことか!!」

「その命をもって償うのなら、まだマシだと思っておくのだな!!」


だが、すでにマクスデルがこの二人を王家から追放することに決定しており…

そのことを、今ここにいる騎士達はすでに通達されている。


そして、おそらくこの二人にとっては死をもって償うよりも辛く苦しい沙汰が待ち構えていることを、騎士達は告げてくる。


「お、王家から追放って…」

「そ、そんなこと僕らは信じないぞ!!」

「信じる信じないは貴様らの勝手だが…」

「実際に沙汰を下すのは、我らが敬愛する陛下だからな」

「そもそも、今の時点で貴様らは王族でも何でもない…国家に反逆の牙をむいた、極悪な重罪人だからな」

「!!??は、反逆って……」

「!!??わ、妾達は陛下の、この国の為を思って…」

「何を言っている?」

「本当におめでたい頭をしているのだな」

「先程も言ったはずだ」

「我らが陛下が、そして第一王妃殿下が崇拝してやまない守護神様が建国された、それも我が国にとっては報いることも困難な程の大恩を頂いている友好国に、貴様らは独断で侵略を図ったのだぞ?」

「それはつまり、我が国に対する反逆の意があると言うことであろう?」

「!!!!ち、ちが……」

「!!!!わ、妾はそのような……」

「はあ……このように説明されて、やっと理解ができたのか?」

「もっとも、今更理解が追い付いたところで、何もかもが遅すぎるのだがな」

「すでに事は貴様らだけの問題には収まっておらん!!貴様の実家となる公爵家も、身内が国に謀反を企てたとして取り潰しが決定している!!」

「!!!!そ、そんな……」

「あの家は誰もが過ぎた選民思想を持っていたからな…民はもちろんのこと、民に寄り添おうとする下位の貴族に対しても、圧政が度を越えていた」

「今回、貴様らが我が国にとって大恩ある友好国に侵略を仕掛けたことで、目の上のたん瘤だったあの家を潰す理由ができたのだ」

「つまりは、貴様らのおかげで取り潰しがなされた、と言うことだ」

「!!!!わ、妾…妾……」

「は、母上……」


騎士達の説明で、ようやく事の重大さに気づくこととなった、ジャクリーヌとロデナン。

しかも、ジャクリーヌの実家となる公爵家も、国家への反逆の意思ありと判断され…

マクスデルは取り潰しを決定することとなった。


そのことを騎士から伝えられたジャクリーヌの顔は…

自身の愚かな行いによって実家の取り潰しが決定したことで、死人のように真っ青になってしまう。

そんな母を見て、ロデナンも同じように顔を青ざめさせてしまう。


「そもそも、第一王女となられるリリーシア様、第二王子となられるアルスト様に留学の話があり、第一王子となる貴様にその話がなかった時点で、陛下は貴様に王位を継承する意思が微塵もないことくらい、分かるだろう」

「!!!!そ、そんな……」

「そして、第二王妃の立場を利用してさんざんやりたい放題…その上、取り巻きの貴族共に口八丁でいいように扱われ…国庫に納めていた国営資金を随分、取り巻きの貴族共に巻き上げられるなどと…同じ王妃でも、第一王妃となられるエリーゼ様とは格が違い過ぎる」

「!!!!わ、妾があの平民に劣るとでも!!??」

「劣る、だと?」

「!!!!ひ、ひっ!!!!……」

「貴様ごときが、我が国の『豊穣の女神』とまで称されるエリーゼ様と比べ物になるとでも思っているのか?」

「はっきり言って、比べること自体がおこがましすぎる!」

「エリーゼ様は常日頃からこの国を想い…民を想い…その聡明さとカリスマ性で緩やかに国営が傾いていたサンデル王国を必死にお支えくださっていた…ご息女のリリーシア様が生死不明となり…おいたわしい程の心痛を抱えられていた時もずっとだ!!」

「それに比べて…貴様は何をしていた?」

「ただただ王族の立場にあぐらをかいて、贅沢の限りを尽くし…国の基盤となる民を思うがままにいびっていただけではないか!」

「あげく、取り巻きの貴族共に踊らされていたなど…あきれてものも言えん!」

「国の宝たる民を他国や他の地に流出させ、傾いた国営をさらに傾かせ、我が国を存亡の危機にまで陥れた疫病神めが!」


これまでの行ないが、よほど目に余っていたであろうことが容易に想像できる程の、騎士達の非難囂々の声。

烈火のごとき激しい怒りをもはや隠すことすらせず…

無能どころか国の疫病神扱いとして、ひたすら糾弾してしまっている。


「ふ、ぐうう……」


取り巻きの貴族達の、ただ躍らせようとするだけの、心にも思っていない称賛の声しか聞いてこなかったジャクリーヌとロデナン。

実際に他からどう思われているかを突きつけられる、現実の、真実の声…

それらは二人の心を抉るように突き刺さることとなり…

二人はもう、抵抗の言葉すら出なくなってしまっている。


それは、ジャクリーヌとロデナンの取り巻きとなっていた悪徳貴族達も同様で…

すでに騎士達の容赦ない糾弾の言葉によって、抵抗する気力すら奪われてしまっている。


「陛下!王妃殿下!国の反逆の徒となる大罪人を連行致しました!」


そして、スタトリン陣営、第一防衛線の戦闘員が見守る中…

ついに大罪人となったジャクリーヌとロデナン、そしてその派閥の貴族達と、国王マクスデル、第一王妃エリーゼが対面することとなる。


「へ、陛下!」

「お、お待ちを!」

「ど、どうか我らの話をお聞きくだされ!」

「我らは、そこにおわす第二王妃殿下、そして第一王子殿下に強制され、仕方なく…」


国王マクスデルと対面した途端、悪徳貴族達はまるで中身のない、意味のない言い訳を始める。


「あ、あなた!わ、妾は決してそのような…」

「そうだよ!父上!僕達、あいつらに騙されたんだ!」


そんな取り巻きの貴族達の言葉に、ジャクリーヌとロデナンも反論の言葉を紡ぎ始める。




「…黙れ」




醜い言い争いが始まろうとしていたまさにその時。

マクスデルから、静かでありながら一切の抵抗も反逆も許さない、王の威厳に満ち溢れた声が放たれる。


「!!…………」

「!!…………」

「!!…………」

「!!…………」


その声に、喧々囂々としていたジャクリーヌとロデナン、その取り巻きの貴族達は心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚え…

もはや言葉を発することもできずに、その場にひれ伏してしまう。


ら…我が王となるこのサンデル王国で、よくも好き放題やってくれたな」


その一言を声にしたマクスデルの表情…

それはまさに、憤怒の化身と呼ばれるに相応しい程の、燃え盛る炎のごとき激しい怒りが面に現れていた。


国の宝となる民を、己が欲望の為に食い物にし、貴重な人材となり得る者まで国からことごとく流出させたこと。

己が欲望に従い、贅沢の限りを尽くそうと、国の金にまで手を付けたこと。

自身のみならず、最愛の家族となる妻エリーゼ、息女リリーシア、子息アルストに何度も暗殺を仕掛けたこと。


何より、自身が崇拝してやまない、すでに返しきれない程の恩がある守護神、リンが建国してくれたスタトリンまでをも食い物にしようと略奪を企んだこと。


もう何もかもが許せない。

存在そのものが害悪だと、マクスデルに思わせてしまっている。


「お、お戯れを…」

「た、民などいくらでも増えていくではございませぬか」

「陛下はもちろんのこと、我らは神に選ばれし高貴な血統の元に生まれた、高貴な存在」

「民草など、我らのような高貴な存在の糧となるものでしょう」

「そ、そうですわあなた!妾達のような高貴な存在だからこそ、民草などどうしようが許されるのです!」

「そうだよ父上!平民が僕達のような高貴な存在に従うなんて、当然のことだよ!」


しかし、未だマクスデルが何に対してここまで怒りを燃やしているのか、考えることもせず…

ジャクリーヌとロデナン、その派閥の貴族達はあくまで自身が当然と認識する選民思想に囚われた発言をしてしまう。


自分達は神に選ばれている。

だから、何をしても許される。

自分達のすることに、間違いなどない。


この期に及んで、未だそんな迷信とも言うべき考えに囚われた発言をする愚物達に、その場にいる者達は全員が汚物を見るような目を向けてしまっている。


「…高貴な存在、だと?」

「そ、そうでございます!」

「我らは民草などとは、存在の価値そのものが違うのです!」

「ですから、スタトリンなどと言う平民のみの国など、我らが支配するのは当然…」


悪徳貴族達がその一言を発した、まさにその時だった。




「貴様らのような、人のものを奪うしか能のない盗賊共が舐めたことをぬかすな!!!!!!」




激怒しているマクスデルから、まるで物理的な圧力を伴っていると思わせる程の怒号が飛び出したのは。


「!!!!!!ひ、ひいいっ!!!!!!」


憤怒の化身とも言うべき表情で、物理的な圧力すら感じさせる怒声を響かせるマクスデルの剣幕に、その場で己の権利を主張していた貴族達、そしてジャクリーヌとロデナンも全員が驚き…

完全に怯えて、震えあがりながらその場に座り込んでしまっている。


「民が我らに税を納めてくれるからこそ、我は王として国を繁栄させていくことができる!!我は王として日々を生きていくことができる!!言うなれば、民が国を支えてくれているのだ!!我ら王族、そして貴族は民に支えてもらっているのだ!!」

「!!!!そ、それは……」

「そして、我ら王族、貴族はそれに報いる為にも、民に住みよいと思ってもらえる国造り、領地造りをせねばならぬ!!国の中で起こる、心無い存在による理不尽に、懸命に真っ当に生き、国を支えてくれる民が脅かされることなど、あってはならぬ!!」

「!!!!ぐ、ううう……」

「それこそが王族の…貴族の高貴なる心!!精神!!ただ、その家に生まれたと言うだけで手に入れた立場と権力を振りかざすだけなら、それは王族とは…貴族とは呼べぬ!!」

「!!!!く、くうう……」

「我らが崇拝する、偉大なる守護神様は常に他の為に動かれ…他の喜びを己が喜びとされる…そのお力を微塵も己の為になど使われず、ただただ他の幸せの為にお使い下さる、どこまでも高貴で尊いお方!!我などではそのお背中すらも見えぬ程、大きく温かなお方!!」

「!!!!そ、そんな……」

「そんな、偉大なる守護神様に比べ、貴様らは一体なんだ!!??なんなのだ!!??支えてくれる民を思い、その生活を護るどころか…貴族としての義務も放棄し、いたずらに民を蹂躙し、搾取するのみではないか!!貴様らのような下卑た盗賊が高貴だと!!??その傲慢過ぎる勘違いもいい加減にしろ!!!!」


国に対する反逆の徒として、大罪人にまで落ちた第二王妃・第一王子とその派閥の者達に対し、マクスデルはその激しすぎる怒りを隠そうともしない。


王族、そして貴族が背負う義務…

さらに、それを果たそうとし、民を護ろうとする精神がいかに重要となるか…

それがどれ程高貴で尊いものか…


そして、それらを失った王族、貴族など下卑た盗賊に過ぎないと、マクスデルは怒りの感情を込めた強い口調で叩きつけるように大罪人達に言い続ける。


「へ、陛下!!……」

「陛下のお言葉……我らの心に刻ませて頂きます!!……」


王家直属となる騎士団、魔導部隊の面々は、マクスデルの言葉に感動を覚え、涙まで流す者も現れている。


リンと出会う以前のマクスデルならば、ここまでのことは言えなかった。

それが今は、ここまでのことを言い切れる程に、王族としての高貴な精神を身に着けることができている。


第一王妃となるエリーゼが裏で支えてくれていたからこそ、どことなく頼りなさげな印象もあったマクスデルだが…

リンとの出会いをきっかけに、明らかにいい方向に変わってきている。


それが、直属の騎士達や使用人達は嬉しくてたまらない。


そして、マクスデルにここまでいい影響を与えてくれたリンへの感謝と崇拝心、そして忠誠心がとめどなく溢れてくる。

今となってはリン直属の執事となるセバス、侍女となるアンも、天井知らずに膨れ上がっているリンへの忠誠と崇拝、そして感謝の心がますます溢れかえって来るのを感じ、涙が止まらない。


「そ、そんな……」

「わ、我らが、下卑た盗賊……」

「わ、妾が、そんな……」

「は、母上え……」


王族と貴族の義務、そしてそこから生まれる高貴な心をマクスデルから叩きつけられるように説かれ…

大罪人となった第二王妃・第一王子とその派閥の貴族は、茫然自失の状態となってしまっている。


もはや、先程までの筋違いの言い訳すら声にすることもできなくなってしまい…

後は、国王マクスデルから直々に沙汰を言い渡されるのを待つばかりと、なってしまうのであった。

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