第217話 戦争⑧
「ぐあっ!!」
「ぎゃあっ!!」
場所は変わり、再び国境となる峠の麓の、第一防衛線となる戦場。
未だローザとマテリアが放った炎の柱が囂々と燃え盛っている為、正面から切り込むことができないジャクリーヌとロデナンの派閥の軍勢。
仕方なしに周囲の森に潜り込み、そこから各人で切り込む手段を選んだのだが…
当然ながら兵一人一人の練度が違い過ぎる為、いくら切り込んでもゴルドを筆頭とする前衛部隊の面々にあっさりと迎撃されてしまっている。
そして、中衛部隊の面々が気絶させられ、無力化してしまった敵兵を捕虜として拘束していく。
残っているであろう六百程の敵兵も、その半数となる三百程が切り込んで迎撃されてしまうと、さすがにどうすることもできないのか動きが止まってしまう。
「全く…仮にも騎士を名乗る者達であるにも関わらず…」
「まさか、ここまで貧弱であるとはな」
「偉大なるリン様率いる、神の宿り木商会の諜報部隊に調べてもらった内容では、こやつらはろくに鍛錬もせずに弱い者いじめばかりしていたらしいからな」
「なるほど…それではこの有様も当然か」
王家直属の騎士団の面々は、所属が違うとは言え自国の騎士を名乗る者達の、あまりの練度の低さに思わず呆れの声を漏らしてしまう。
実際、命のやり取りをするはずの戦場で、相手を殺さずに無力化するなんてことを…
いくら、後衛に控えている魔導士部隊の力が凄まじいとは言え、赤子の手をひねるよりもたやすくやってのけられたことに、逆に驚いてしまっている。
それ程、王家直属の騎士団の騎士と、ジャクリーヌとロデナンの派閥の貴族直属の騎士とで、大きな力の差があると言うこと。
王家直属の騎士団の騎士からすれば、此度の戦争はまるで何かの演習ではないのか、と勘違いしてしまいそうになる程なのだ。
兵の数でも、リンの生活空間にある神の宿り木商会の防衛部隊本部に交代要員が多く控えているし、スタトリンにも戦える冒険者は多くいる。
しかも、リンの従魔達はどれも一体で万の兵すらもたやすく超える程の力を持っているし、リンと契約しているフレア達精霊娘も、今回攻め込んできたジャクリーヌとロデナンの派閥の軍勢程度はたやすく全滅させられる程の力を持っている。
スタトリンの王となるシェリルはエンシェントドラゴンと言う伝説の種族となる為、その力を解放すれば敵は成す術もなくこの世から消し飛ばされてしまう。
そして、このスタトリン、さらにはサンデル王国の守護神として崇められているリンは、そのシェリルをも遥かに上回る程の力を持っている。
だから、スタトリン陣営からすれば負ける要素など初めから微塵もない戦争なのだが…
それでも、この結果は拍子抜けもいいところだと思ってしまう。
唯一開けている道を、巨大な炎の柱が防壁となっており…
それを【水】や【氷】魔法を使って相殺したりできる魔導士など、相手の軍勢にはいるはずもなく、結局のところ脇の森の中から個々で襲撃をかけるしかない状況。
せっかくの大人数を全くと言っていい程活かせない状況ができあがってしまっている上に、個々の兵としての練度も、スタトリン陣営と比べること自体がおこがましいと言える程に差がある。
「これは……少数精鋭とはよく言ったものだな」
「敵はせっかくの大人数の軍勢をまるで活かせず、こちらは前衛部隊による各個撃破で苦も無く敵兵を無力化できてしまってますから…ローザさんとカーマイン名誉子爵の炎の柱の存在も大きすぎますわ」
本来ならば、戦争の真っ最中となる戦場に王となるマクスデル、王妃となるエリーゼが出てくるなど、あってはならないことなのだが…
それがあっても、二人にまるで危険が及ばないこの状況に、マクスデルもエリーゼもスタトリン陣営の鉄壁さに感嘆の声をあげてしまう。
「彼は…諜報部隊の隊長と言っていたが…」
「ええ…そこから得られる情報の精度もそうですが…それをここまで活かし、数の差をまるで不利としない程に緻密に戦術を組み立てられるなんて…」
「しかも、個々の兵の練度まで織り込み済みで…敵兵を殺さずに生かしたまま捕虜とするのも…此度の戦力であれば十分に可能と踏んでおるとは…」
「ロクサルさん…彼は、スタトリン陣営…何より、神の宿り木商会において非常に重要な存在ですわ」
そして、諜報部隊の隊長として、管理能力に情報の精査能力、さらには自身の諜報能力もさることながら…
いざという時には、スタトリンの誰もが認める程に戦の司令塔としての能力にも長けており…
味方はおろか、可能と踏んだのであれば敵すらも死なせない戦術を組み立て、しかも自らも遊撃兵として戦闘に参加することができるロクサルの存在を、マクスデルもエリーゼも非常に貴重な存在であると、嫌でも認識させられることとなった。
――――
「な、なんじゃと!?」
「そ、それは本当なのか!?」
「は、はい…」
「スタトリン陣営の防衛線に、国王陛下と第一王妃様が姿を現しております!」
「そして、我が陣営は残り六百の戦力ももはや半数以上が敵の捕虜として捕まっております!」
「我が陣営の兵では、とても太刀打ちできません!個々の戦闘能力に、比べ物にならない程差があります!」
ローザとマテリアが放った炎の柱により、立ち往生を余儀なくさせられているジャクリーヌとロデナンの派閥の軍勢。
森の中を迂回してどうにか偵察することができた状況を、本陣の貴族達に報告する。
その報告に、貴族達はその醜く欲に肥えた顔を真っ青にしてしまう。
敵の陣営に、国王マクスデルと第一王妃エリーゼが姿を現していること。
強制的に徴兵した民達が全て、敵陣に降伏宣言をして捕虜となってしまっており…
残った六百程の兵も、森から個別の強襲を余儀なくすることとなったものの、ことごとく無力化させられ、敵の捕虜となってしまっていること。
すでに残った戦力の半数以上が敵の捕虜となってしまった為、戦局はもはや絶望的。
しかも、その戦場に国王と第一王妃が姿を現しているとなると、もはや言い逃れなどできない状況にまで追い込まれてしまっている。
「え、ええい!どうにかならぬのか!?」
「この戦をどうにかするのが、貴様らの役目じゃろうが!」
すでに悪徳貴族達の直属の騎士達は、この戦は完全に自軍の敗北だと理解しているのだが…
自身の置かれている状況を知っているからこそ、未だに引こうとしない貴族達はこの戦況からどうにかしろ、などと無理難題を言ってくる。
「もはや…もはやどうすることもできません!」
「!な…」
「徴兵した民は全て敵陣に自ら降伏宣言し、捕虜となり…残った兵も敵陣に攻め込んだ者はことごとく敵の手に落ちております!」
「しかも、先程も申し上げました通り、個々の戦闘能力がまるで違い過ぎます!これ以上は、我々ではどうすることもできません!」
だが、今の戦況を一番理解している騎士達は、そんな悪徳貴族達の言葉を一蹴する、事実上の敗北宣言を強い口調で声にする。
そもそも、まともにやり合うことすらできていない、戦にすらなっていない程敵との力の差が大きいのだから…
これ以上は何をしても無駄以外の何者でもない。
まさに、万策尽きたと言っていい状況。
「もはやこれ以上は無謀もいいところ…悪あがき以前の問題!」
「我々ももう、降伏宣言と共に捕虜となります!」
「!あっ!き、貴様らっ!!」
「敵前逃亡などとは、騎士として恥を知らぬのかっ!!」
「そもそも、我らはあなた方に忠誠など誓っておらぬ!!」
「!!な……」
「此度の戦争がうまくいけば、我らにとっても利が大きいと踏んだからこそ参戦したに過ぎぬ!!それがこれ程の戦力差があり…ここまで一方的にやられてはもはや犬死にするのみ!!我らはあなた方の為に張る命なぞ、持ち合わせておらぬ!!」
「このまま犬死にするくらいなら、降伏宣言し捕虜として捕まった方がまだましと言うもの!!」
そして、これ以上この戦争を長引かせることは犬死にするだけだと悟った騎士達は…
主となる悪徳貴族達に堂々を裏切り宣言をし、主達の怒号にも逆に怒号を返し…
その言葉を最後に本陣から離れ、スタトリン陣営の第一防衛線に向かって行く。
元々、主となるこの悪徳貴族達をよくは思ってなどおらず、さんざん辛酸を舐めさせられてきたこともある為…
こんな主達の為に命まで張ろう、などと言う者は一人もおらず…
とうとう、ジャクリーヌとロデナンの派閥の軍勢は兵が全て失われてしまい、戦力は皆無となってしまった。
「は、母上え……」
「い、一体これからどうなるのじゃ…」
さすがに自軍にもう戦力が残っていないことは理解できたのか…
ジャクリーヌもロデナンも、その顔を青ざめさせることとなる。
「も、もう…もうおしまいじゃ…」
「まさかこの戦場に、国王と第一王妃が姿を現しているなどとは…」
同じように、悪徳貴族達も絶望しかない未来を思い描くこととなってしまい…
直接この戦場で国王から直々に判決を言い渡される恐怖に、醜い顔を歪めてしまっている。
あまりにも一方的すぎる程の敗戦。
そして、これまでの圧政により見事に人心を失い、土壇場で見限られることとなってしまった。
当然、ジャクリーヌとロデナンはもちろん、その取り巻きとなる悪徳貴族達にスタトリン陣営と戦うだけの戦力など持ち合わせているはずもなく…
下手をすれば、その場で物理的に首を飛ばされてしまうかもしれない未来を思い浮かべ、身動き一つ取ることすらできなくなってしまうのであった。
――――
「ふう……これで敵兵は全て、このスタトリン陣営の捕虜となりました!!」
「うむ…大儀であった」
「皆さん、本当にお疲れ様でした」
残り三百を切っていた、ジャクリーヌとロデナンの派閥の兵達も、残り全てが敗戦を受け入れ、自ら捕虜になることを望んできた。
それにより、実質の終戦を迎えることとなる。
スタトリン陣営の、無傷の大勝利と言う形をもって。
もっとも、強制的に徴兵された民達と違い、悪徳貴族達直属の騎士達は憂さ晴らしなどで護るべき民に暴力を働くなど、横暴の限りを尽くしていた為…
彼らもジャクリーヌとロデナン、その派閥の貴族達同様、国王となるマクスデルの判決を待つこととなっている。
「ローザさん、カーマイン名誉子爵…もうあの炎の柱は必要ないですので、消してもらってもよろしいでしょうか?」
「承知致しました。エリーゼ第一王妃殿下」
「承知致しました!」
「ここまでこの第一防衛線を護って頂き、ありがとうございました」
「エリーゼ第一王妃殿下からそのようなお言葉…至極光栄にございます」
「至極光栄にございます!」
エリーゼの命により、不要となった炎の柱をローザとマテリアは、魔力の供給をストップさせ、消失させる。
囂々と燃え盛っていた炎の柱が一瞬にして消え去り、捕虜となった騎士達は驚愕の表情を浮かべてしまう。
周囲の10mはある木の高さに匹敵する程の炎の柱を、戦争が始まってから今までの数時間、ずっと維持していられる程の魔力と魔法制御能力に…
捕虜となった敵陣営の騎士達は、心底恐怖してしまう。
あの横暴な主の言葉通りに最後まで悪あがきをしていたのなら、下手をすれば本陣ごと焼き尽くされてしまっていたかも知れない。
そう思うと、今後の沙汰を待つ身となってしまってはいるものの、降伏宣言をしてよかったと心底安堵してしまう。
「さて…そなた達は騎士たる身でありながら、守護すべき領地の民を虐げると言う愚行をしておったと聞いておる」
「!!そ、それは……」
「へ、陛下、それはですね…」
「残念だが、我は今、非常に優秀な神の宿り木商会の諜報部隊に国内すべての領地の調査依頼を出しておる。ゆえに証拠、証言共に我の元に揃っておる」
「!!ぐ……」
「その内容は我が聞いた分だけでも目に余るものでな。あろうことか、幸せに営んでいた家庭の妻に横恋慕したあげく、主人に暴行を働いて無理やり奪い取るなどと言うことも…さらには、他の家の美人姉妹に…それも決まった相手のいる女性に強姦を働くなども聞いておる。我が国の騎士として恥を知れい!!」
「!!あ、ああ……」
だが、国王マクスデルから、自分達が領地の民に働いた悪事のことは全て耳にしており、さらには証拠、証言も全て揃っていると聞かされ…
戦争であの炎に焼き尽くされなかった安堵が、一瞬にして自分達のしでかした悪事を暴かれたことによる恐怖に代わってしまう。
今ここで捕虜となっている、六百程いる騎士達全て、自分達がしでかした悪事をマクスデルに知られていることで…
まさにお先真っ暗の状態となってしまっている。
「陛下!!」
「?む?どうした?騎士団長?」
「畏れ多いことは重々承知でありますが…どうかこの者達を、我が騎士団にお預け願えますでしょうか?」
「…それは、如何なる理由で?」
「この者達は仕える主に恵まれなかったがゆえに、自ら悪事に手を染めた、と言っても過言ではありませぬ。無論、それを情状酌量の余地とするつもりはございませぬが…」
「では、なぜ?」
「我が騎士団にて、この者達を一から徹底的にしごき直しとうございます!!仮にも我がサンデル王国で騎士を名乗る者が、このような小悪党などと知られては、我が国の恥!!騎士見習いとして一からやり直させ、たわけた悪事などに手を染める余裕もなくなる程に鍛え直したく思います!」
そこに、王家直属となる騎士団の団長がマクスデルに申し出てくる。
罪もない民を、己の欲望のままに傷つけると言う、騎士としてあるまじき悪事に手を染めた者達を許すつもりなどない。
しかし、だからこそ騎士としての訓示をその身に徹底的に叩き込み、騎士として再生したいと言う思いが強くある。
ゆえに、騎士団長は自らの騎士団にて捕虜となった騎士達を預かり、できることなら国の為に仕える清廉な騎士として心身ともに徹底的に鍛え直したいと思い…
その思いをそのまま、マクスデルへの申し出とした。
「…確かに、その方が国としては益になろう。だが、それでもその者達が騎士としての再起が叶わなかったとしたら、どうする?それでも再び、己が欲望のままに悪事に手を染めるようになれば、どうする?」
「その時は我が騎士団の責とし、再生は不可と判断!我が責任において、引導をくれてやる所存でございます!」
騎士団長の覚悟の一言に、捕虜となる騎士達は青ざめてしまう。
つまり、国の騎士として再生が叶わなければ、命そのものがなくなってしまうのだ。
あの悪徳貴族達に仕えるくらいならば、と捕虜の道を選んだのだが、所詮は小悪党なる性分の者達。
それまでがかなりやりたい放題だっただけに、これから確実に訪れるであろう、茨の道となる未来を受け入れるだけの覚悟は、定まってはいなかった。
「!何を情けない顔をしておるのだ!貴様らそれでも誇り高きサンデル王国の騎士か!」
「!ひ、ひいいいいっ!!」
「我が国の守護神様が所属の、神の宿り木商会の諜報部隊に調査頂き、陛下がお知りになられた貴様らの悪事…本来ならば、今この場でその首叩き切られてもおかしくはないのだぞ!」
「!!あ、うううう……」
「貴様らも騎士ならば、覚悟を定めよ!!今ここで陛下に沙汰を言い渡され、この場で死罰を受けるか、騎士見習いとして一からやり直すか、二つに一つだ!!」
騎士団長の烈火のごとき怒号に、捕虜となっている騎士達は完全に怯えてしまっている。
しかも、騎士としての再起の道を選ばなければ、今この場で死罰が待っている、とまで言われ…
完全に震えあがってしまっている。
「…騎士団長。こやつらの再生、叶うと思うか?」
「元より茨の道は覚悟の上でございます!!ですが、今ここで切り捨てるのは、我らが守護神様であるリン様の御心を痛めることになるかと、私は愚考致します!!」
「!…そうか…確かにそうだな…騎士団長、よくぞ申してくれた。では、頼めるか?」
「お任せを!!必ずやこの者達を我が国の誇り高き騎士として、容赦なく鍛え上げて御覧に入れます!!」
今ここで沙汰を言い渡し、死をもって罪を償わせるのは簡単にできる。
だが、それではサンデル王国の守護神として崇拝するリンの心を痛めることとなってしまう。
それを騎士団長から言葉にされ、マクスデルは死刑になっていた選択を再考する機会を得ることができた。
そして、リンの為に無駄に命を散らすことをせず、騎士団長の申し出をそのまま受けることにした。
「喜べ!!我が騎士団が総力をあげ、貴様らを一から鍛え直してくれようぞ!!」
「あ、あああ……」
「なんだその情けない顔は!!命が助かっただけでもありがたいと思え!!それどころか、本来ならばこの場で死んでいた身なのだ!!ならば、死ぬ気でこれからの鍛錬にしっかりと着いてくることだな!!」
「うひいいいいいいっ!!」
ひとまず命は助かったものの…
これから騎士としての再起を図る為の、王家直属の騎士団による地獄の鍛錬が待ち構えていると思うと、捕虜となった騎士達は怯えた情けない表情を隠すことなどできなくなってしまっている。
が、騎士団長はそれを見てますますやる気になり…
これから、どうやってこの情けない騎士達を一人前にしようか、うきうきとしながら考え始めるのであった。
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