第216話 戦争⑦

「ぼ、ぼく、い、い~っぱい、つ、作った、んで、い、い~っぱい、食べて、く、ください、ね」


場所は変わり、リンの生活空間の中にある、神の宿り木商会の防衛部隊の本部。

【闇】属性の魔法で空間に直接作用し、実際の建造物よりも明らかに広く大きな空間を作っている為、一万を超える人員も余裕をもって入ることができる。


第一防衛線の様子を見ていたフレア達精霊娘からも、念話で強制的に徴兵された民達が一時的に受け入れたことを伝えられたリンが自ら、この防衛部隊の本部まで出向き…

ある意味では奴隷以下の扱いをされ、ろくに食事も休息も与えられず疲弊しきっている民達を、【光】属性の回復及び治癒魔法を使って回復させると、神の宿り木商会の調理部門の面々すら感嘆の表情を浮かべてしまう程の手際の良さで、民達全員で食べてもなくならなさそうな程の食事を作り出し…

まさにこの世に舞い降りてきた天使のような、可愛らしくも優しい笑顔で、民達に食べてほしいと言葉にする。


「お、おおお…」

「う、うめえ!こ、こんなうめえの、初めて食った!」

「な、なんて優しい…こんなに小さな男の子なのに、なんて大きく見えるんだ…」

「このメシ、うめえだけじゃなくて…心まであったかくなってくるよ…」


リンの回復魔法によって、疲弊していた身体は元気になり…

リンが作ってくれた食事があまりにも美味しくて、民達からは喜びの声が絶えない。


「ああ…リン様…♡」

「リン様が、あんなにもお喜びになられて…♡」

「今日わたし、リン様に添い寝させて頂くから、もうぜ~ったいリン様のことめっちゃくちゃに可愛がって差し上げなくちゃ♡」

「もお~…羨ましすぎるよ~…」

「早くリン様の添い寝当番、来ないかなあ…♡」


民達が盛大に喜んでいるのを見て、とても嬉しそうなにこにこ笑顔を浮かべているリンを見て…

リン直属のメイド部隊のメイド達は、もう蕩けてしまいそうな表情を浮かべ、その瞳の奥に止めどなく溢れてくる愛情の形を浮かべている。


「ああ…我が国の民の方々があのように喜ばれて…やはり…やはりリン様はサンデル王国の守護神様…リン様…このアンは生涯、リン様にお仕えさせて頂き…リン様を生涯愛させて頂きます…♡」


王家直属の侍女であり、今はリン直属の侍女でもあるアンも、リンのにこにこ笑顔に心からの笑顔を浮かべ、リンへの絶対の忠誠と愛を改めて誓っている。


「いやほんと、最初に聞いた時は何かの冗談か?って思ったんだけどな」

「王家直属の侍女様が、まるで神様を崇めるみたいに跪いたから、何だ何だ?って思ってさあ」

「そしたらまさか、サンデル王国の守護神様なんて話が飛び出してさ」

「まさか雷の魔法を、この目で見ることになるなんてな!」

「すげえよな!あれ見た瞬間、『このお方は本当にサンデル王国の守護神様なんだ!』って思えてさあ!」

「しかも、魔法なんかちっとも分かんねえおれが見ても分かるくらい、すげえ回復魔法まで使われて…」

「こんな、天国でしか出てこないようなうますぎるメシまで作って頂いて…」

「ほんとに、この世に降りてきた神様としか思えねえよ、もう」


ぱっと見では見すぼらしい恰好の、言葉の覚束ない小さな少年であるリンが、アンから国王であるマクスデル、第一王妃であるエリーゼからも崇拝されている、サンデル王国の守護神であることを聞かされた民達は、その瞬間はアンが一体何を言っているのかさっぱり分からなかった。


だが、この世でリンのみが使うことのできる【雷】属性の魔法を実際に目の当たりにし…

魔法に関する知識など皆無と言っても差し支えない自分達でも、それがどれ程異常なのかが分かる程に凄まじい効果を持つ回復魔法をかけてもらい…

さらには、専門のコックすら盛大に称賛する程の料理の腕前まで見せつけられ、嫌でもリンがサンデル王国の守護神として、国王と第一王妃はもちろん王家直属の侍従全てが崇拝していることを認めるしかなくなってしまう。


「み、みな、さん、こ、これ、から、ど、どう、し、します、か?」

「!ど、どうって……」

「守護神様にこんなこと言うのもあれなんですが、おれらはもう…」

「ああ…サンデル王国に住みたいと思えないし、そもそも住めると思ってません」

「国王様と第一王妃様がいいお方だってのは分かるんですが…」

「俺らからやたら税金巻き上げたり、家族を奪い取って挙句殺したり…」

「その上、こんな戦争に駆り出すような貴族共の領地に住む、なんてことになったら…」

「さすがにもう、野垂れ死ぬしかねえですわ…」

「そもそも、守護神様が独立させて下さったスタトリンと言う国を奪おうとする貴族共に無理やり駆り出されたとは言え…」

「守護神様、国王様、第一王妃様に盾突くようなことをしちまいましたから…」

「今は捕虜として、沙汰を待つだけです…」


リンの回復魔法と料理によって、元気を取り戻した民達に、リンがこれからどうするのかを聞いてみる。


だが、民達は元々住んでいた領地が、領主となる貴族達の選民思想による横暴がひどすぎた為、サンデル王国で暮らそうとは思えない状態になってしまっている。

加えて、無理やり徴兵されたとはいえ、リンが独立させてくれたスタトリンを略奪する為の戦争に加担したことは事実だと認め…

その上、降伏宣言してスタトリン陣営の捕虜となってしまっている為、最終的な沙汰を待つしかないと、己の命はそれに委ねる思いになってしまっている。


「…その事なのですが、此度の戦争で我らが国王陛下と第一王妃様が自ら戦場にそのお姿を現された理由が、サンデル王国の膿と言える第二王妃・第一王子とその派閥の貴族達を一網打尽にする…その為に陛下と第一王妃様自らが証人となり、その場で判決を言い渡すおつもりなのです」


せっかくリンのおもてなしによって息を吹き返したように元気になったにも関わらず、これからのことを考えてまたどんよりとしてしまった民達に、どうして国王たるマクスデルと第一王妃たるエリーゼが、戦争の真っ最中となる戦場に自ら姿を現したのか…

その理由を、王家直属の侍女となるアンが説明する。


「すでに、このスタトリン…そして我がサンデル王国の守護神様となられるリン様が率いる神の宿り木商会の諜報部隊の協力もあり、連中の悪事に関する、言い逃れのできない決定的な証拠も掴んでおります。加えて、国王陛下からの勅命による厳密な監査も、私腹を肥やすことしか頭にない悪しき貴族の屋敷に順々に入り、爵位の剥奪と一族郎党の処罰…及び強制的に労働奴隷化など、徹底的に我が国の膿を吐き出していっている最中でございます。そして、国王陛下、第一王妃様がお認めになられた清廉な貴族を領主として各領地の再興を図っております」

「じゃ、じゃあ…」

「これからは、あの悪徳貴族共も…」

「はい。この戦争を仕掛けてくるのを機に、我が国に巣くう悪しき権力者を一網打尽にしようと、王家が主となり…リン様率いる神の宿り木商会にもご助力を頂いております。皆様には、全てとは申し上げられませんがこれまでの圧政による損害の補填も検討しております。ですので、どうか…どうか我が国の民として、領地の再興をお手伝い頂きたいと切に願っております」


嘘偽りなど微塵も感じさせない、切実な表情のアンの説明に、民達はそれならば、と思ってしまう。

思うのだが、これまで住んでいた領地での圧政が、貴族はもちろんのこと、国に対すしても極度の不信感を生んでしまっており…

どうしても、首を縦に振るまでにはいかず、黙り込んでしまう。


そんな民達の様子に、アンはこれまでの悪徳貴族達のしてきたことを考えれば仕方ないと思いつつも…

ここにいるだけで三千人を超える民達が、サンデル王国を去ってしまうのを止められないことに歯噛みしてしまい…

この民達を己の欲望の為だけに散々弄び、奪い、蹂躙し続けてきた貴族達にどうしようもない程の怒りを感じてしまう。




「だ、だっ、たら、キ、キーデン、は、伯爵、の、領地、なら、み、みな、さん、あ、安心、して、く、暮らせる、と、お、思い、ます」




そんな微妙な空気の中、リンがキーデン伯爵の領地なら大丈夫だと、にこにこした笑顔を浮かべながら言葉にしてくる。


「!そ、そうです!キーデン伯爵はとても領民思いの領主で、一度自分の領民として迎え入れた民は絶対に幸せに暮らしてもらおうとしてくれます!」

「マ、マジか……」

「そ、そんな貴族がいるのか……」

「で、でもあの守護神様が言ってくださってるんだ……」

「それなら……」


もはやサンデル王国の守護神として微塵も疑わず、ただの民に過ぎない自分達を救ってくれたことで崇拝しているリンの言葉の威力は絶大だった。


どうしようもない程に膨れ上がっていた不信感が、嘘のように消えていくのを民達は感じてしまう。


リンが純粋な言葉で後押しをしてくれたことに多大な感謝を抱きながら、アンはさらに説明を続ける。


「そして、キーデン伯爵もリン様を守護神様として崇拝されていて、リン様が喜ばれる、領地の誰もが喜べるような領地経営をされてます!何より、リン様の商会となる神の宿り木商会とも直接の交渉をされており、領地を民達の為に住みよく、住みやすくと様々な改革に取り組まれています!そのおかげでキーデンの領地は経済も活性化し、職を失った領民もジャスティン商会や神の宿り木商会、その他経営状況が好転した商会に雇用してもらうなど、今では誰一人あぶれることなく仕事に就くことができており、領民の誰もが日々平和に、そして幸せに暮らせております!」

「そ、そんな領地があったのか……」

「や、やっぱり守護神様はすげえ……」

「そして、キーデンの領地はその広さに反して人口は少なく、今ここにおられる方々なら全員受け入れてもまだ余裕がある程です!これから、このキーデンを皮切りにサンデル王国はどんどん良くなっていきます!なぜなら私達には、サンデル王国の守護神様となられるリン様がついてくださるからです!」

「そ、そうだよ……」

「サンデル王国には、こんなにも素晴らしい守護神様がついてくださってるんだ!」

「しかも、国王様と第一王妃様が直々に、貴族とは名ばかりの悪党に制裁を加えに出て下さってるんだ!」


アンからの激励とも言える説明に、民達の目に希望と言う名の輝きが浮かんでくる。


文字通り、国の守護神としてリンが国の北方から改革の支援をしてくれていること。

それにより、キーデンの領地は目に見えて改革が進んでいること。

何より、そんな守護神がサンデル王国を護ってくれていること。

国王と第一王妃自ら、悪徳貴族の制裁の為に戦場に出向いてくれていること。


それらのことと、リンと言う守護神の存在。

それだけで、民達にとっては絶対の信用に値するものとなった。


「今、キーデンの領地には、我ら神の宿り木商会の系列となる農場を展開する計画も、リン様と、その補佐となるエイレーン様と領主様の間で話し合いがなされてるんでさあ!」

「ですので、農業を生業とされていた方々は、そちらで雇用して頂けると思います!」

「神の宿り木商会は様々な業種がありますので、一度面接して頂いたら適切な業種に巡り合えるかも、です!」

「キーデンの領地は今、凄い勢いでよくなっていってるので、これから領民になるのでしたら、とてもオススメです!」


キーデンの領地の繁栄を願って、神の宿り木商会所属の調理師達や、リン直属のメイド部隊のメイド達も、民達の心を後押ししようと、言葉を贈る。


「マジか……」

「リン様だけでなく、神の宿り木商会の人達がここまで言ってくれるなんて…」

「キーデンってとこは、そんなにいいのか…」

「よっしゃあ!ならおれ、キーデンの領民になるぞ!」

「オレも!」

「で、神の宿り木商会がキーデンの領地に作ってくれる農場で働かせてもらうんだ!」

「俺も、キーデンに住んで神の宿り木商会で雇ってもらいてえ!」

「リン様に、恩返しがしてえ!」


リン、アン、そして神の宿り木商会所属の面々の言葉に、民達は心に希望が溢れてくるのを強く感じる。

そして、キーデンへの移住を決意し、リンへの恩返しの為に神の宿り木商会で働くことを心に、領地は変われどサンデル王国の民として生きていくことを願う。


「リン様!おれらリン様にお仕えさせて頂きたいです!」

「なので、必ず神の宿り木商会の一員になってみせます!」

「オレら農作業はずっとやってきてるから、お手の物です!」

「それ以外にも、力仕事があればお任せください!」

「ぜってえ、守護神様のお役に立たせて頂きます!」

「リン様!」

「守護神様!」


そして、誰もが守護神となるリンに仕えたい思いを次々に言葉にし…

絶望して命すらも諦めていた、憔悴しきった様子が嘘のように…

希望に満ち溢れた笑顔を浮かべ、とても元気にアピールしながらリンの元へと寄って跪く。




「ぼ、ぼく、み、みな、さん、が、よ、喜んで、く、くれて、す、すっごく、う、嬉しい、です」




民達がとても元気になって、笑顔になってくれて…

リンは心からの笑顔を浮かべて喜ぶ。


「キ、キーデン、だ、だけ、じゃ、な、なくて、ほ、他の、りょ、領地、に、にも、ぼ、ぼく、の、しょ、商会、の、支店、や、きょ、拠点、や、の、農場、つ、作って、い、いきます」

「お、おおおおおお!!!!!」

「守護神様!!俺ら守護神様のお手伝い、させて頂きます!!」

「守護神様にお仕えできるの、幸せ以外のなにもんでもねえです!!」


リンの笑顔があまりにも尊くて、その言葉も純粋で裏表のないものだと言うことがすぐに分かり…

民達は、これからの明るい未来を思い描くだけで心が弾んでくるような感覚までしてしまう。


そして、このサンデル王国を支えてくれる守護神がいてくれるなら、絶対にこれからは幸せしかないと確信できてしまう。


すっかりリンに心酔しきった民達は、絶対に神の宿り木商会の一員となって…

必ずリンの為に目いっぱい働いて、少しでも恩返ししようと心に誓う。


民達がすっかり元気に、前向きになってくれたのを見て…

リンは心の底から嬉しいのが傍から見ても分かる程の、にこにことした笑顔を浮かべて喜ぶのであった。

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