第215話 戦争⑥
「む?」
「敵兵が、森の中から?」
「なるほど…ローザ殿とカーマイン名誉子爵が放った炎の柱を避けて、攻め込んできたと言うわけか!」
ローザとマテリアが放った炎の柱に、ジャクリーヌとロデナンの軍勢が完全に立ち往生になっており、戦闘が始まる気配もなく、若干肩透かしをくらっていた前衛陣。
だが、炎の柱を避けるように、森の中から敵兵がこちら目掛けて走って来るのを見て、前衛の騎士、ジャスティン商会の護衛部隊、神の宿り木商会の防衛部隊の隊員は臨戦態勢に入る。
ところが、スタトリン陣営に攻め込もうとしていたように見えた敵兵が、スタトリン前衛の近くまで来ると…
手に持っていた粗末な武器を炎の柱の中に投げ入れ、その場で跪いてしまう。
「?…」
「な、なんだ?…」
その光景に、臨戦態勢に入っていた前衛陣の者達はまたしても肩透かしをくらってしまう。
「お、おれ達、降伏します!!」
「も、もうあんな横暴な王族や貴族共の言いなりになるなんて、まっぴらごめんだ!!」
「ただの農民でしかない俺が、こんな戦争に無理やり駆り出されて…」
「しかも、こんなにも強力な戦力のある国に攻め込むなんて…」
「おまけに、たとえ戦争に勝ったとしてもあの横暴な貴族共に搾取され続ける未来は変わらない…」
「なら、もうここで降伏して捕虜にでもなった方がマシです!!」
敵の強制的に徴兵された民達の言葉に、前衛陣の者達…
特に、サンデル王国の王家直属の騎士達は、悲痛な表情を浮かべてしまう。
今こうして降伏宣言を聞いている間にも、次々と悪徳貴族達に強制的に徴兵された民達がスタトリン陣営に駆け込み、手に持っている武器を炎の柱に投げ入れては、跪いて降伏宣言をしてくると言う有様。
しかも、ここまでの行軍で相当に疲弊しているのか顔色も悪く、足取りも覚束ない者さえいる。
母国を、故郷を、そして住処をも捨てる覚悟で…
最悪、この場でその命を終わらされることとなっても…
それでも、もうあの横暴貴族共のいる領地はごめんだ、と…
次から次へと、強制徴兵された民達が降伏宣言し、捕虜として捕まりにきてしまっている。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
ここで、スタトリン第一防衛線の総司令官であり、自身も中衛の戦闘員として戦争に備えていたロクサルが前衛陣の方まで訪れ、降伏宣言してきた民達に問いかけの言葉を投げる。
そんなロクサルの言葉に、降伏してきた民達は緊張感が最高潮になりながらも…
この時点ですでに自分の命はないも同然と開き直り、問われることに素直に答えようと、真っすぐにロクサルの方を見つめる。
「……あなた方は、我がスタトリンを略奪したい、などと言う意思はなく…それぞれの領主となる貴族の強権により、強制的に徴兵された…と言うことで合ってますか?」
「あ、ああ!!間違いねえ!!」
「戦争なんてまっぴらごめんだ!!」
「なのに、あの貴族共が徴収できねえ税の代わりに、とか言い出してきて…」
「ふざけんじゃねえよ…その税にしたって、俺らに死ね、って言うレベルでごっそりと持っていってるくせによ…」
ロクサルの問いかけに、徴兵された民達はこれまでの経緯などを洗いざらいぶちまける勢いで、隠すことなく素直に答えていく。
ある意味、奴隷よりもひどいと言える、徴兵された民達の切実な思いに、サンデル王国の王家直属の騎士団の者達は、第二王妃・第一王子はもちろん、その派閥の貴族にも激しい憤りを感じてしまう。
「……あなた方は、それぞれの領地にご家族はおられますか?」
「え?い、いや…そんなのはいねえよ」
「俺ら全員独り身だよ…」
「元々はいたんだけど、おれらの領地はあまりにも税金が高くてさ…親父とおふくろもどうにかして生活を支えて来てくれたんだけど…それで無理しすぎて、病気で…」
「俺も、美人で優しい姉ちゃんがいたんだけど…領主の息子に無理やりメイドにさせられてさ…手籠めにされたあげく、ちょっと嫌がったからって言うだけで殺されちまったよ…」
そして、続くロクサルの問いかけに返される、徴兵された民達の言葉。
あまりの圧政に、家族がことごとく蹂躙され、その命を落としてしまったこと。
女性の肉親は、見目のいい者から貴族達の慰み者にされ、思い通りにならなければ容赦なくその命を奪われてしまったこと。
それらを聞かされ、騎士達は完全に激怒してしまう。
「……ふざけるな!!」
「民を…この国を支えてくれる民を、なんだと思っているんだ!!」
「決して、決して許してはならん!!こんな現状は、我らが敬愛する国王陛下と第一王妃が望むものでは、決してない!!」
「もはや容赦はせんぞ!!覚悟しろ!!第二王妃・第一王子派の者共!!」
民を国の宝とする国王と第一王妃の精神を受け継ぐ騎士達。
だからこそ、ジャクリーヌとロデナン、そしてその派閥の貴族達の民に対する悪逆非道な行ないが許せなくて、激しい怒りがこみあげて来てしまう。
「よく言った!!我が命を預ける騎士達よ!!」
そんな騎士達の背後から、本来この場にいてはならないはずの人物の声が、大きく響き渡る。
「!!へ、陛下!!」
「そ、それに第一王妃まで!!」
「な、なぜ戦場に出てこられたのですか!?」
「早く、早くお戻りを!!」
聞きなれた声のする方向に振り向くと、そこにはサンデル王国の国王マクスデル…
さらには、第一王妃となるエリーゼが立っていた。
騎士達はもちろんのこと、魔導部隊の魔導士までもが慌てて二人を戦場からリンの拠点に帰そうとする。
「我らならば問題はない!なぜなら、我が崇める、偉大なる守護神様のお護りを頂いているのだからな!」
「そうです。偉大なる守護神…リン様が、戦場に出向くわたくし達に、そのお力による守護をくださっているのです」
そう言って、マクスデルとエリーゼは自身の左手首に装備している、銀色のブレスレットを見せてくる。
結界のブレスレット
・製作者:リン
・属性:なし
・『結界』の二文字を詠唱することで、リンの技能【空間・結界】による結界が装備者の半径1m周囲に展開される。
魔導具自体がリンの魔力を吸収し、充填する機能を備えている為、魔力のない者でも使用可能。
・使用MP:一分ごとに500消費
・防犯・盗難対策:最初に身体の一部(血液、体液、髪の毛など)を登録させた者にしか使用できず、一定期間未使用の場合は自動的にリンの収納空間に収納されるようになっている
「お、おおお…」
「偉大なる我らが守護神、リン様の御手によって作られた魔導具…」
「リン様の結界と言えば、あのヒドラの攻撃すら物ともしない程の堅牢さを誇ると聞いている…」
「あのリン様がお作りになられた魔導具の守護があるのでしたら、何も心配はございませんね!!」
「ああ…リン様はまさにサンデル王国の守護神様…わたしは一層、此度の戦争でリン様とスタトリンをお護りする為に戦わせて頂けることが、嬉しくてたまりません♡」
マクスデルとエリーゼが、リンが作った結界の魔導具を装備しており…
実際にそれぞれを守護する、教会のステンドグラスを連想させるドーム状の結界が出現したのを見て、騎士団の者も魔導部隊の者もますますリンへの崇拝心と忠誠心が溢れかえってしまっている。
「……それにしても……」
エリーゼは、今も次々とこのスタトリン陣営に降伏する為に自陣を抜け出し、ローザとマテリアが発動した炎の柱に、自らが持っている粗末な武器を投げ入れ、降伏宣言をしてくる民達を見て、悲痛な表情を隠せなくなっている。
「……皆さん、本当に辛く苦しい思いを長きに渡ってさせてしまい、申し訳ございません」
「!!??お、王妃様!?」
「お、王妃様が、俺らみてえなただの平民に…」
「あ、頭を…」
「あなた方の身柄は、サンデル王国の第一王妃となるこのエリーゼの名の下に保護致します。そして、この戦争に決着をつけ…あなた方に耐えがたい苦痛を与え、さらには生活の糧をも搾取し続けた権力者達には、必ずや相応の報いを与えます」
「お、おお……」
「こ、これが…」
「『豊穣の女神』と噂の、第一王妃様…」
「お美しいだけじゃなくて…とてもお優しく、凛とされておられて…」
「ですから皆さん、それまでもう少し…もう少しの辛抱、願えますでしょうか?」
その美貌に、今回強制的に徴兵された民達の不遇さを思い、心を痛める表情を浮かべて気遣うエリーゼに、降伏宣言をした民達は見惚れてしまう。
そして、この人がサンデル王国の王族であるならば、まだ希望が持ててしまう。
「お、俺ら、第一王妃様のお言葉に従います!」
「第一王妃様がそうおっしゃってくださるなら、そうします!」
「元々ここには命捨てるつもりで来たんでさあ!」
「それが、命を拾えるばかりか、第一王妃様の保護まで頂けるんでしたら、喜んで従わせてもらいますぜ!」
「それどころか、第一王妃様がスタトリンって言う国を護られるおつもりなら、おれらも戦わせてもらいますぜ!」
「あ!そう言えば武器捨てちまったなあ!」
「しゃあねえ!いざとなったら皆さんの盾にでも、なるとすっか!」
「そうだな!」
エリーゼの存在がよほど救いとなったのか…
徴兵された民達は、先程までの暗く沈んだ状態が嘘のように、きらきらと目を輝かせて立ち上がる。
さらには、ジャクリーヌとロデナンの一派と戦うとまで言い出す。
まるで、サンデル王国内では『豊穣の女神』とまで称され、その人柄と執政能力共に認められているエリーゼを守護する騎士となろうとするかのように…
その場にいる民全員に、生気と活気が漲っていく。
「諸君の気持ちはありがたいが、それは我ら騎士団の役目!」
「お主達のような、心無き権力者に虐げられる民を護るのは、我らの使命!」
「それぞれの領地で虐げられていたお主達を護れなかった分、せめてこの場だけでも護らせてほしい!」
その民達の心意気を嬉しく思いながらも、それに待ったをかけるのは王家直属の騎士団の面々。
こんな無益な戦争で、民達の命を散らすようなことなど、あってはならない。
これまで、心無い貴族の圧政から護れなかった分、今ここで護る。
その決意が、どの騎士の顔にも現れている。
武器を握る屈強な腕に、より一層力が入る。
「こ、これが…」
「これが王家直属の…」
「ほ、本物の騎士…」
「こ、これを見ちまったら、おれらの領地の騎士なんて…」
「紛い物もいいとこじゃねえか…」
己の護るべきものの為に、その身を挺してでも護り抜く。
そんな騎士達の言葉、そして決意の表情と佇まいに、民達は驚かされてしまう。
領地で暮らしていた時に見てきた、悪徳貴族直属の騎士達はお世辞にも民の為に、などと言う心をまるで持っていなかった。
それどころか、ストレス発散の為にどれ程領地で暮らす民を虐げてきたか。
そんな、横暴な領主と一緒になって民を虐げてきた騎士達とは雲泥の差と言える、王家直属の騎士達の言葉に、民達は感動を覚えてしまう。
すでにジャクリーヌとロデナンの軍勢から、強制的に徴兵された民達は全て抜け出し…
今ここに、所狭しと三千と数百を超える民が勢ぞろいしている。
「それでは、あなた方を保護できる場所に案内させます。ロクサルさん、この方達をあそこへと避難させて頂いても、よろしいでしょうか?」
「……もちろんです、エリーゼ第一王妃殿下。我が神の宿り木商会の防衛部隊の本部でしたら、十分に受け入れられます。何より、リン会頭ならば必ずこの人達を受け入れ、保護をするように命じてくれると、俺は確信しております」
「ありがとうございます。ふふ…わたくし達は本当にリン様、そしてそのリン様率いる神の宿り木商会にお世話になってますね」
エリーゼがここに降伏宣言をしてきた民達を、神の宿り木商会の防衛部隊本部で一旦保護することに決め、そのことをロクサルに確認を取る。
ロクサルは当然のように民達を保護する為、商会の防衛部隊本部を使うことに肯定の意を示す。
「アン、いますか?」
「はい!エリーゼ様、ここに!」
「この方々を、神の宿り木商会の防衛部隊本部へとご案内してください。そして、十分な治療を受け、食事を摂って頂けるように手配をお願いします」
「承知致しました!」
「お話は伺いました!わたし達、リン様直属のメイド部隊もお手伝いさせて頂きます!」
「アンさん!こちらに!」
「ありがとうございます!では皆さん、私達についてきてください!」
エリーゼから命を受けたアンを筆頭に、話を聞いていたメイド部隊のメイド数人も加わって、民達を神の宿り木商会の防衛部隊本部へと案内していく。
見目麗しい少女と若い女性に丁寧に案内されて、民達は眼福となりながら、ほうっと心が癒されていくのを感じながら、素直に後について行く。
アンとメイド部隊のメイド達の手際のよさもあり、気が付けば三千と数百もいた民達は、あっという間に全員が神の宿り木商会の事務所を経由して、防衛部隊本部へと案内されていった。
「……これで、敵の兵力は大部分が削がれた形になりました。もう負ける要素は微塵もないと思っていますが、追い詰められた敵が何をしてくるかは分かりません。気を抜かないようにお願いします!」
「承知した!ロクサル殿!」
「分かりました!ロクサルさん!」
これで、敵の兵力はわずか六百程にまで落ち込んだ。
ローザとマテリアの【火】属性の魔法だけで完全に立ち往生させられただけでなく、敵の兵力の大部分を無力化することができた。
戦争と言うことで、気を張り詰めさせていた戦闘員達からすればかなり拍子抜けもいいところなのだが…
だからこそ、敵が追い詰められたことで何をしてくるか分からないと、ロクサルは決して気を抜こうとせず、より確実に敵を仕留めようと思考を巡らせる。
そして、それを周囲の戦闘員にも伝え、各々の緊張感を保たせる。
「……エリーゼ」
「?あなた?」
「……いくら我の後継者候補をより多く作ることが必要だとは言え、ジャクリーヌを迎えたこと…そして、今の今までジャクリーヌを腫物のように扱い、半ば放置してしまったことは、我の罪だ」
「……あなた……」
「我はエリーゼ、そなたが我の妻としてそばにいてくれたから…平民出身のそなたが平民にも寄り添った政策を次々と打ち立て、しかも己の功績を我のものとなるように自身は目立たず…ずっと我を支え続けてくれたから…だからこそ、執政者としては取り立てて優れたもののない我が、今日までサンデル王国の王としてやってこれたのだ」
「あなた、それは……」
「だからこそ…だからこそジャクリーヌとロデナン…そしてその派閥となる貴族達は、この我が裁かねばならぬ」
それが国の為とは言え、エリーゼにずっと功績を譲られる形で、王として一定以上の評価を受けてきたマクスデル。
さらにはリンと言う、この世に生きる神のごとき力を持つ、サンデル王国でも守護神として崇められる存在に出会い…
なおのこと、自分が取り立てて飛びぬけたもののない凡夫に過ぎないかを自覚することとなってしまった。
いかに王家の血を引く、公爵家の出の者のとは言え、ジャクリーヌのような民を人とも思わない、度を越した選民思想の持主を第二の立場とは言え、王妃として迎えてしまったこと。
これは、自身の弱さと見る目のなさが招いてしまった汚点としか、言いようがない。
そのジャクリーヌとの間に生まれたロデナンも、実母であるジャクリーヌの性格をそのまま受け継いだかのような選民思想の持主となってしまった。
しかも、母子揃って王族の立場を利用して贅沢の限りを尽くし、魔物と見間違うような醜悪な容姿になってしまい…
挙句、羽虫を弄ぶかのように民の命を弄ぶ。
自身の弱さと至らなさのせいで、どれ程の国民が苦しむこととなってしまったか。
自身の弱さと至らなさのせいで、どれ程の国民の命が無慈悲に奪われてしまったか。
こんなことでは、ジャクリーヌとロデナン、そしてその派閥の貴族達の犠牲となった民達への償いになるかどうかも分からないが…
マクスデルは、正式にジャクリーヌとロデナンを離縁し、此度の戦争の首謀者として断罪することを決意する。
無論、ジャクリーヌとロデナンを傀儡として担ぎ上げた貴族達も同様に断罪する。
ジャクリーヌとロデナン、そしてその派閥の貴族達の罪をこの目で見届ける為に、マクスデルは戦場に出てきたのだから。
「…あなた…」
「エリーゼ…君までこのような戦場に出ることなどなかったのに…」
「心配は無用です…あなた。なぜならわたくし達には、リン様と言う守護神様が、常に味方についてくださっているのですから」
「!そうか…そうだったな…」
自分達には、リンと言う守護神が常に味方になってくれている。
そんなエリーゼの言葉に、マクスデルは張り詰めていた緊張が程よくほぐれ、落ち着いた表情になる。
現に、リンが万が一の備えとしてくれた魔導具が、自分達に絶対の防御を約束してくれている。
王家直属の騎士団、魔導部隊はもちろんのこと、神の宿り木商会を始めとするスタトリン陣営の戦闘員達も、自分達を護ってくれる。
リンと言う守護神を、そのリンがここまで発展させてくれたスタトリンと言う国を信じ…
マクスデルとエリーゼは、戦場にその身を置きながら反逆の徒となるジャクリーヌ一派に引導を渡そうと、この戦争の行く末を見守るのであった。
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