第214話 戦争⑤

「くくく…我がサンデル王国に捨てられた町が独立したと言うから…どのようなものかと思えば…」

「しょせんは辺境の地にひっそりと作られた町…防衛戦力も、まさかこの程度とはのう!」

「見てみい!兵の数にしても、二百にも満たんではないか!」

「これは我らの勝利は確実じゃろうて!」


キーデンの領地を超え、とうとうスタトリンとサンデル王国の境目となる峠にまで進軍してきた、第二王妃・第一王子の派閥の軍勢。

ロクサルを総司令官とする、最前線に展開された第一防衛線…

そこに所狭しと配置された戦闘員の数を見て、悪徳貴族達はもはや勝ったも同然とばかりに高笑いをしてしまっている。


「きひひ!よほど民が少ないようだねえ!スタトリンと言う国は!」

「きゃはは!こんなの、僕達の軍勢なら一瞬だよね!」


同じように、この軍勢の筆頭となるジャクリーヌとロデナンも、スタトリンの第一防衛線を見てすでに勝ったかのような高笑いをしてしまっている。


最も、そんな風に楽観的になっているのは実際の戦場を知らない権力者達ばかりで…


「お、おい…嘘だろ…」

「なんで王家直属の騎士団に魔導部隊が、スタトリンの防衛線に加わってんだよ…」

「それにあそこにいるの…ジャスティン商会の護衛部隊のゴルド隊長じゃねえか。おまけに護衛部隊の幹部達までいやがる…」

「し、しかもあれ…国内でも最高峰の宮廷魔導士と称されてる、カーマイン名誉子爵じゃねえか…」

「な、なんなんだこれ…こんなの聞いてねえよ…」

「カーマイン名誉子爵が全力で魔法を撃ってきたら、こんな軍勢なんかひとたまりもねえじゃねえか…」


スタトリン陣営の第一防衛線は、確かに兵の数で言えば二百に満たない少数となっている。

だが、その一人一人が精鋭と呼ばれる程に質が高い。


サンデル王国でも屈指の騎士達が集う王家直属の騎士団。

サンデル王国でも屈指の魔導士達が集う王家直属の魔導部隊。

その王家直属の騎士団とも双璧を成す実力を有し、幹部クラスに至っては最低でもゴールドランク冒険者以上と称される、ジャスティン商会の護衛部隊。


他にも、非常に高い身体能力から繰り出される格闘技が強力な馬人族。

どっしりとした重心で強固な盾役となる豚人族。

獣人の中でも唯一にして、非常に高い魔法の力を誇る狐人族。

さらには、その素早さと隠密性の高い動きが得意で遊撃兵として非常に頼もしい猫人族に兎人族。


その戦闘員達をまとめ、戦場で常に最適な指揮を出せ、しかも自身も遊撃兵として高い能力を持つロクサル。

愛してやまないリンからの指導により、王国の宮廷魔導士に勝るとも劣らない程の火力と制御力を得ることができたローザ。

魔導部隊の中でも筆頭クラスの魔法の力を持ち、その火力は抜群のマテリア。


自身の軍勢にはない魔導士の部隊が相手にあるだけでも、ほぼ負け戦となる未来が見えてしまっているのに…

前衛の顔ぶれを見ても一人ひとりが猛者と言える程粒が揃っている。


ここまでの行軍ですでに疲弊し、その士気も底の方まで下がっている兵士達からすれば…

戦場となるこの峠の麓がそれ程開けた場所でなく、兵の数と言うアドバンテージを活かしにくく、しかも相手が一騎当千と言える程の精鋭揃いとなっては…

今すぐにでもこの場から立ち去りたくなってしまっている。


「お、俺らあんな強そうなのと戦争すんのか?」

「む、無理無理!無理に決まってんじゃねえか!」

「な、なんでこんなことに…」


曲がりなりにも、貴族の護衛を担う騎士達ですら逃げ腰になってしまっているのだから…

無理やり徴兵されただけの民達はもう、奈落の底に突き落とされたかのような絶望感で心が埋め尽くされてしまっている。


多少、民の中で体力がある若い男が徴兵され、この場まで来てしまうこととなったのだが…

当然ながら、命を懸けた戦争どころか戦闘訓練すら受けたことのない者ばかり。

民同士で喧嘩をすることはあれど、それも実際の戦闘と比べると児戯に等しいもの。


ましてや、与えられている武器も木製のこん棒や槍、と言った状態であり…

ここまでの行軍では、ひたすら長距離を歩いて来ている上にろくな食事も与えられず、ずっと野宿で眠ることもままならなかったのだから…

その士気は騎士達よりも落ち込んでしまっている。


「くくく…さあ行けい!!者共よ!!」

「スタトリンなどと言う、どこの馬の骨とも分からぬぽっと出の国など、蹂躙してしまうがいい!!」

「そして国の資源も何もかも、我らのものとしてしまうのじゃ!!」


そんな兵達の嘆きなど、当然気にすることもなく…

兵達からすれば敗戦必至の戦に挑もうと、悪徳貴族達が意気揚々と戦争開始の檄を飛ばしてしまう。


そして、その声と同時に…

地獄と言う世界をそのまま形にしたかのような、灼熱の豪炎の柱が、軍勢のすぐ手前に飛び出した。


「!!!!な、なんじゃ!!??」

「な、なんなのじゃこれは!!??」

「い、いったい、な、何が!!??」


それを間近で目の当たりにした兵は当然のように混乱に陥り…

遠距離から戦いを眺める立場だった、悪徳貴族達も驚愕に陥ってしまう。




「ふふ……こともあろうに私が愛してやまない、最愛のご主人様となるリン様を愚弄し、あげくそのリン様がここまで発展させてくださったスタトリンを奪おうなどと…」

(リンがここまでのくににしてくれたスタトリンをうばうなんて、ゆるせないのー!)

「ようやく…ようやくサンデル王国を食い物にする悪党共を一網打尽にする機会を得ることができました!!さあ、覚悟するんですね!!」




開戦の狼煙となる、巨大な炎の柱を放ったのは…

スタトリン陣営の中でも屈指の魔法の力を誇るローザ、マテリアの二人と…

リンの為にと、他の精霊娘達と共に第一防衛線に加わっているフレア。


「ふふ…ローザさんとマテリア様の火力の被害が味方に及ばないように、水の障壁で前衛の人達を護りますね!」

(あたしも、かぜでひのいきおいをつよくするのー!)

(わたしも、みずでみかたをまもるのー!)


そこに【水】属性の【水壁】を発動し、ローザとマテリアが放った炎の柱から前衛の戦闘員を護るのは、魔法の力に長けた狐人族の中でもトップクラスと言える程に、魔法の力を向上させているフェリス。

さらに、精霊娘のアクアもフェリスの【水壁】を強固にするべく重ね掛けをしていき、ウインドが【風】魔法を絶妙な威力で使って炎の柱の威力をさらに高めている。


ローザ、マテリアは、その磨かれた美貌に不敵な笑みを浮かべながら、己が放った炎の柱をじりじりと敵軍の陣営に近づけていく。


「おお…さすがはカーマイン名誉子爵!!これ程の炎の柱を事もなげに!!」

「そのカーマイン名誉子爵に匹敵する程の炎の柱を放っている、あのローザと言うメイドも凄まじい!!」

「しかもその炎から我らを護るように展開された水の壁…これはあの狐人族のフェリスと言う娘のものか!!大したものだ!!」

「しかもここはそう開けた場所ではない…ただでさえ多勢の利点を活かしにくい場所なのに加え、これ程の魔導士達が味方として後ろを支えていてくれるのだから!!」

「前衛諸君!!我らの役目は、目の前の敵を一歩たりとも通さないこと…そして後ろを支えてくれる中衛、後衛の皆を護ることだ!!僭越ながら前衛の指揮はこのゴルドが取らせてもらう!!よろしく頼む!!」

「おお!!その実力と名声は国内にも轟いているゴルド殿に指揮を取ってもらえるならば、我らも全力でお応えせねば!!」

「敵はただ数を集めただけの烏合の衆…兵の数だけが戦の勝敗を分けるものではないと、我らが思い知らせてくれよう!!」


味方の魔導部隊の力を目の当たりにして、前衛部隊の士気は高まる一方となっている。

しかも、サンデル王国内でもその名を轟かせている強者であるゴルドが、前衛部隊の指揮官となってくれることで、なおのこと戦闘員の士気は高まっている。


魔導部隊の力のおかげで、兵の数は全く意味をなさなくなっており…

しかも戦場が大勢の兵が攻め込むには向かない場所であることも、スタトリン陣営には追い風となっている。


「ロクサル殿は、この場所による戦闘を想定し、魔導部隊の力を信頼してこの少数精鋭による作戦を提示されたのか…」

「しかも神の宿り木商会の拠点が砦として使えることも織り込み済みで、交代要員もそこにつながる本部からすぐに交代できるように…」

「その上、敵の兵力は数こそあれど一人一人の質は雑兵と言っても差し支えない…神の宿り木商会の諜報部隊の長として、そういった情報も漏れなく取得し、それを元に常に最善を導き出す…」

「これが、リン様が率いる神の宿り木商会の実力…」

「我らは、なんと素晴らしく…なんと恐ろしい商会を味方にできたのだろう…」

「これも、守護神となられるリン様あっての戦力!!我らはリン様を…そのリン様がここまで発展させてくださったスタトリンをお護りする為、全力を尽くすのみ!!」

「おおおお!!」


そして、この戦争が始まる前から常に自陣の状況を最大限に考慮し、決して一人も死なせないように作戦を考え…

敵陣営の情報も抜け目なく収集し、それも踏まえて最適解をきっちりと導き出しているロクサルの能力にも、王家直属の騎士団の騎士達は一目置くこととなった。


王家直属の騎士団はもちろん、その場にいる戦闘員全ての士気が、際限なく高まっていく。


「ぐ…ぐぬう…」

「ど、どうした!!敵はあんなに少数なのじゃぞ!!」

「早く奴らの陣営に攻め込んでこぬか!!」


ローザとマテリアが放つ炎の柱が、完全に第二王妃・第一王子の派閥の軍勢の行く手を阻む形となっており…

陣営は完全に混乱状態に陥ってしまっている。


攻め込むどころか、じりじりと軍勢そのものが後退している様を見せられ、悪徳貴族達は焦れたように兵達に突撃を促してくる。


「ほら!!何をしておるのじゃ!!この第二王妃たる妾と、ここにいる第一王子の為に、兵共は活路を切り開いてくるのじゃ!!」

「お前ら兵は黙って僕達の言うことを聞いて、スタトリンを奪ってくればいいんだよ!!」


もちろん、悪徳貴族達が感じている焦りなど、ジャクリーヌとロデナンは知る由もなく…

完全に兵の数で圧倒的に上回っている、と言う要因だけで戦争に勝てるものと勘違いしてしまっている。


ゆえに、兵達が攻め込むどころか後退させられているその光景に苛立ちを隠すことなどなく…

無慈悲に敵陣に攻め込むように命令を下していく。


「…じょ、冗談じゃねえ…」

「な、なあ…この戦、絶対に勝てっこねえよ…」

「も、もう…こうなったら…」

「俺らだけでも降伏して、向こうの捕虜になっちまおう!!」

「そうだ!!その方がまだ救いがあるな!!」


当然、いけ好かないどころか蛇蝎のごとく忌み嫌っている王族や貴族の為に命を捨てるなど、もってのほかだと強制的に徴兵された民達は憤り…

ここに徴兵された民達は幸か不幸か、全員が家族を持たない独り身であることも手伝って、あっさりと自分達だけでも降伏してしまおうと決断してしまう。


そして、その炎の柱の影響がない、周辺の森の中に散らばって、スタトリン陣営の方に向かって走り去ってしまう。


「!あ!お、おい!」

「き、貴様ら敵前逃亡とは卑怯な!」

「う、うるせえ!」

「なんであんな横暴しかしねえクソ貴族共の為に、俺らが命張らなきゃなんねえんだ!!」

「もう、もう我慢の限界だ!!」

「これからもあいつらに搾取されるくらいなら、降伏してあっちの捕虜になった方がまだマシってもんだ!!」

「俺ら、あんなクソ貴族共の為に死ぬなんてまっぴらごめんだぜ!!」


悪徳貴族達の直属となる護衛の騎士団の者達がそれに気づいて止めようとするも…

すでに開き直っている徴兵された民達の決意は変わらない。


それ程に、ジャクリーヌとロデナン、そしてその取り巻きとなる貴族達が民達にとって嫌悪と憎悪の対象となっていることが伺える。


行軍中に目減りしているとは言え、四千はいる兵の大部分が、ジャクリーヌとロデナンの陣営から逃げ出し、走り去っていく。

そして、スタトリン陣営の防壁となる炎の柱の脇を抜けるように、周辺の森に潜り込んで、それぞれが降伏宣言をする為にスタトリン陣営の方に行ってしまう。


「な、なんじゃなんじゃ!!??」

「兵共が、我が陣から離れていきよるぞ!!??」

「もしや、ようやく攻め込む気になったのか!!??」

「そうであればよい!!者共よ!!我ら高貴なる存在の為に、その命を使うのじゃ!!」


そうとは知らない悪徳貴族達は、ようやく兵が攻め込み始めたと思いこんでしまい…

スタトリン略奪に向けての檄を飛ばす。


「で、伝令!!伝令です!!」

「どうした!?何かあったのか!?」

「各領地で徴兵された民共が、スタトリン陣営に降伏宣言を申し出ると言って、次々に我が陣営から離脱しております!!」

「!!な、なんじゃと!!」

「我が軍勢は、大部分が徴兵された民共によって構成されております!!このまま民共の離脱が続けば、残るのはせいぜい六百程!!」

「!!ぐ、ぐぬう…」

「しかも、敵は少数ではあるものの一人一人が騎士団の団長クラスの戦闘能力を誇る猛者ばかり!!それに加えて強力な魔導部隊までおります!!正直な話、この戦力では我が陣営に勝てる見込みはございません!!」

「!!な、ならん!!それだけはならん!!」

「ここまできて撤退など…それこそありえん!!あってはならん!!」

「し、しかし!!この戦況では!!」

「それをどうにかするのが騎士団である貴様らの役目であろう!!」

「!!……」

「何の為に我らが貴様らを子飼いにしておるのじゃ!!」

「主たる我らへの忠誠を見せるのなら、この戦況をどうにかしてまいれ!!」


伝令役の騎士からの言葉に、悪徳貴族達は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまうものの…

それでも、ここまで来ての撤退はあり得ないと、伝令の言葉を無視して進軍を命令してくる。


それもそのはず。


すでに国内ではその地位すらも脅かされ、いつ国王勅命による監査のメスが入るかも分からない。

もしそれが入ってしまえば、爵位の剥奪と自身の死刑は免れないだろうと言う確信まで生まれてしまっている。


その状況から逃げ出す為にも、自分達の新たなる領土として、新進気鋭の独立国となるスタトリンを選び、略奪する為にここまで来てしまっているのだから。

そこまでしてしまっている以上、国に対する反乱と捉えられてもおかしくはない。


このままおめおめと撤退することは、この貴族達にとっては今の地位はおろか、命すらも失うことに等しいのだ。


「で、ですが……」


とは言え、戦場に出ている騎士達にとっても、今の状況は死活問題。

兵力の大部分となる民達はこぞって降伏宣言をする為にこちらの陣営から離脱しており、もはやその場での立て直しは不可能な状況にまで陥ってしまっている。


スタトリン陣営は二百足らずとは言え、一人一人が精鋭揃い。

こちらの陣営は数こそ四千はいたものの、それもすでに瓦解してしまっている。

それでも数では上回っているものの、二百足らず対四千でも勝ち目が見えなかったのに、それが二百足らず対六百程にまで条件が悪くなってしまっては、これ以上の進軍はもはや無駄死にするだけとなるのは目に見えている。


「ちょっと!!何をしておるのじゃ!!早くこの妾とロデナンの為に、スタトリンを略奪してくるのじゃ!!」

「そうだそうだ!!早くしろ!!」


貴族達と騎士達の折り合いが全くつかず、その空気も最悪な状況にまでなってしまっているところに…

そんな空気を何一つ読めないジャクリーヌとロデナンが、今の戦況を何も理解していないことが分かる言葉をぶつけてくる。


この一言で、さらにこの場の空気は悪くなり…

ただでさえ無能の代名詞とまでされていて、すでに地の底まで落ちているジャクリーヌとロデナンの権威が、もうこれ以上落ちようがないところまで落ちてしまう。


この伝令役を含む騎士達もこれまでの行軍で疲弊しており、その士気は地の底にまで落ちてしまっている。

その上、現場の状況をまるで理解できない権力者達に、伝令役の騎士はほとほと愛想が尽きてしまうのであった。

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