第213話 戦争④
「きひひ……妾と可愛いロデナンが率いる、スタトリンを奪う為の部隊…」
「お母様!僕達の率いる部隊なら、ぜ~ったいに負けなんて、あり得ないよね?」
「当然でしょう、ロデナン?スタトリンなどと言うぽっと出の国なぞ、妾達の手にかかればすぐに略奪できるわよお~?」
「だよね!だよね!」
スタトリン陣営がすでに神の宿り木商会、ジャスティン商会、さらにはサンデル王国の国王・第一王妃直属の騎士団と魔導部隊と協力して…
不届き者となる第二王妃・第一王子の派閥を迎撃する為の防衛線を構築し、警戒体制を強化しているその頃。
その第二王妃・第一王子の派閥となる軍勢が一路、略奪の目標となるスタトリンを目指して現在進行形で移動を続けている。
「(ふん…気楽なものだ)」
「(我らが何のために、貴様ら愚物共をこの軍勢の筆頭として呼び寄せたと思っているのだ)」
「(いざと言う時には貴様らを全ての首謀者とし、我らはそれに逆らえず巻き込まれた形にする為…)」
「(せいぜい、無能なりに道化として無様な姿を晒すことだな)」
もうすでに国内ではいつ罪人として国からの裁きを受けることになるのか、戦々恐々としてしまっていることもあり、…
派閥の貴族達もこの戦争に全てを賭けている。
軍勢としては想定よりも質も量も揃わなかったのだが、スタトリンが王以外は平民しか存在しない、建国されたばかりの小国であることが、悪徳貴族達の油断を誘うこととなっている。
すでに神の宿り木商会の防衛部隊だけでも、五千人に達する軍勢となっており…
しかも身体能力と戦闘能力に優れた獣人が多い。
加えて、そこにジャスティン商会の護衛部隊に、最近メキメキと戦闘能力の向上を図れている冒険者、さらには王家直属の騎士団に魔導部隊と、質も量も第二王妃・第一王子の派閥の軍勢を遥かに上回っている。
おまけに、スタトリンの国土自体がリンの堅牢な結界で護られており、迎撃の最前線となる峠の麓にある、神の宿り木商会の事務所に宿屋もその結界で護られている。
加えて、砦となる事務所から、リンの生活空間にある防衛部隊の本部に素早く行き来することができ…
そこで武器の補充、交換や怪我の治療、さらには飲食も可能となっている。
いざとなれば砦での籠城戦に持ち込むこともできる為、戦闘員を死なせる確率を極限まで下げることができているのだ。
加えて、最前線の指揮を取るのがロクサルと言うこともあり…
第二王妃・第一王子の派閥の軍勢はいくら数が多くとも一人一人の練度は、スタトリン陣営と比べると明らかにいまいちである為、まず勝てる見込みのない戦になってしまう。
しかも、兵糧も敵陣営から奪うことしか考えていない為、五千の軍勢を一日食わせればいいと言う程度の量しか運んできていない。
これは、度を越えた圧政により民が心身ともに疲弊してしまって、農業もろくに捗らず…
領地全体が深刻な食糧不足に陥ってしまっているのも要因となっている。
その上、この悪徳貴族達は民から搾り取れるだけ搾り取っておいて、自分達は贅の限りを尽くしており…
それゆえに領地そのものを見限られて、民がどんどん他の領地、もしくはスタトリンへの移民をしてしまっている。
現に今回の進軍中でも、兵には最低限の貧しい食事しか与えないくせに、ジャクリーヌとロデナンを始めとする権力者達は豪勢な食事を惜しむことなく食べている。
そのせいもあり、兵の士気は戦争が始まる前からどん底にまで落ちてしまっている。
それどころか、こんな人でなし共の為の戦争などごめんだ、と言わんばかりに軍勢からこっそりと逃げ出す民がぽつぽつと出てくる始末。
そろそろキーデンの領地を超える辺りまで軍勢は進んでいるが、その間に五千いた兵は四千と少しにまで減っている。
だが、しょせんは楽観的で大雑把な悪徳貴族達はそのことに気づくこともなく…
せっかく集めた軍勢が進軍中に弱体化しているにも関わらず、スタトリンを目前としているのであった。
――――
「ぼ、ぼく、も、な、何、か、お、お手伝い、を……」
「大丈夫ですよ♡リン様♡」
「リン様はいつものように、生産活動や国の相談事の対応をして頂けたら嬉しいです♡」
スタトリンを略奪しようとする軍勢を迎え撃つ。
そんな戦争を間近に迎えて、リンはそわそわとした様子になってしまっている。
いつものように、自身が作り上げた
やはり戦闘員として戦う者達のことが気になって仕方がないのか、ついつい防衛線の拠点となる、商会の防衛部隊の本部に出向こうとしてしまう。
「で、でも…」
「(ああ~♡こんなにも商会の人や国の民を想ってくださるリン様…尊すぎて可愛すぎて…♡)リン様♡最前線には、リン様が結界を施してくださった商会の事務所に宿屋がありますから♡」
「(リン様…リン様…もう、もう可愛すぎてどうにかなっちゃいそうです…♡)そうですよリン様♡ヒドラの攻撃でもびくともしないのでしたら、人の力でどうにかできるようなものではございません♡いざとなれば、そこで籠城戦に持ち込むこともできますし、ウィッチ族の皆様が作ってくださったゴーレムもございます♡」
「何より、日頃から厳しい修行を重ねて、その実力をメキメキと上げている防衛部隊の皆様でしたら、何も心配はございません♡」
そして、そんなリンを落ち着かせようと、メイド部隊のメイド達が最低一人は交代でついて、リンが普段の活動を円滑にこなせるようにサポートを、さらには日頃の生活のお世話をしつつも、リンが安心できるようにと優しい言葉をかけている。
そわそわとして落ち着かず、スタトリンに住む全ての者達を常に気にかけているリンのことがあまりにも尊くて可愛くてたまらず、メイド達は常に幸せの絶頂に浸っており…
メイド達のリンへの愛は、天井知らずに溢れかえっていくこととなっている。
「そうだよ?リンちゃん」
「そうじゃぞ?リン」
「!シェリル様に、エイレーン様!」
「リン…お主がかつて、あの大氾濫からこのスタトリンを護り抜いたのと同じように…今度はスタトリンの民、そして神の宿り木商会のみんながお主と言う神を護りたいと思っておるのじゃ」
「だからリンちゃん…リンちゃんはみんなが勝利して帰って来ることを祈って、みんなが帰ってきたら盛大にお祝いしてあげたら、それでみんな凄く喜んでくれるよ」
「そうですよリン様!シェリル様とエイレーン様のおっしゃる通りですよ!」
「リン様が、この戦争に勝利して帰ってきた皆様を労ってくださったなら、それだけで皆様は大喜びされますよ!」
「そ、そう、で、です、か?」
「そうだよ、リンちゃん♡」
「そうじゃよ、リン♡」
「「そうですよ!リン様♡」」
いつの間にか、リンのそばに現れたエイレーンとシェリルも、そわそわと落ち着かないリンの為に、優しい言葉をかけてくる。
その二人の言葉にメイド達も便乗し、リンの心を落ち着かせようとする。
その言葉に、リンも少し心が落ち着いたのか…
「じゃ、じゃあ、ぼ、ぼく、み、みな、さん、が、か、帰って、き、きたら、い、い~っぱい、ご、ごちそう、と、とか、つ、作って、い、い~っぱい、よ、喜んで、ほ、ほしい、です」
と、ロクサルを始めスタトリンを護ってくれる者達が帰ってきたら、思いっきり美味しいものを作って、みんなに『ありがとう』と『お疲れ様』をいっぱい伝えて、喜んでもらおうと、気持ちを切り替える。
そして、帰ってきた皆が喜んでくれる姿を思うだけで、まるで天使のようなふわりとした笑顔が浮かんでくる。
「ああ~もお!!リンちゃんはなんて可愛いんだ!!♡」
「リン!!リンはどこまで妾をメロメロにすれば気が済むのじゃ!!全く!!♡」
「もお~!!リン様が可愛すぎておかしくなっちゃいそうなくらい愛してます!!♡」
「リン様!!わたしリン様を心の底から愛してます~!!♡」
そんなリンの、天使のような可愛すぎる笑顔に心を撃ち抜かれてしまったのか…
エイレーン、シェリル、メイド達はもう我慢ができなくなって、全員で囲うようにリンをぎゅうっと抱きしめてしまう。
「!!あ、あの、は、はな、し、て…」
「だめなのじゃ!!こんなにも可愛いリンを愛せないなんて、妾…妾気が狂ってしまいそうになるのじゃ!!♡」
「リンちゃん!!私はこれからもず~っとリンちゃんにお仕えするし、ず~っとリンちゃんを愛し続けるからね!!♡」
「リン様のような、こんなにも優しくて、こんなにも可愛らしくて、最高に素敵なご主人様にお仕えさせて頂けて…わたし…わたし幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうです!!♡」
「リン様!!私はこれからもリン様に絶対の忠誠をお誓いさせて頂き…リン様を心から愛させて頂きます!!♡」
リンの匂い。
リンの幼く華奢な身体。
リンの長い前髪に隠れて目立たないが、とても可愛らしい顔。
それら全てが、エイレーン達の心をきゅうんとさせてしまう。
狂おしい程に、リンを愛したくてたまらなくなってしまったエイレーン達は…
リンを抱きしめて、リンの幼い頬にキスを落として、もうめちゃくちゃに愛して離そうとせず…
リンが気絶してしまったら、それを待っていたかのようにリンを自宅のベッドに寝かせ、自分達もちゃっかり添い寝して、もう思う存分にリンを愛し、可愛がってしまうのであった。
――――
「おい!聞いたか!?」
「ああ、聞いたぜ!」
「なんか、このスタトリンを奪いに戦争吹っ掛けてくる奴らがいるらしいな!」
「しかも、今こっちに向かってきてるんだって!?」
リンがそうして、エイレーン達にめちゃくちゃに愛されてしまっているその頃。
スタトリンにある冒険者ギルドの本室では、いつものように依頼を探しに来ていた冒険者達が…
サンデル王国の第二王妃・第一王子の派閥の軍勢がスタトリンを略奪しに、攻め込みに来ていることを噂にしている。
「ふざけんじゃないわよ!」
「リン様が…神の宿り木商会がここまで発展させて、国として独立までしてくれたこのスタトリンを、略奪ですって!?」
「ねえ、職員さん!」
「スタトリンの防衛の依頼って、出てないの?」
当然そのことに激しい憤りを感じ、この楽園と言い切れる程に素晴らしい国を護ろうと、冒険者達の士気が天井知らずに上がっていっている。
そして、スタトリン防衛の、冒険者向けの依頼が出ていないのかを、ギルドの窓口で受付をしている職員に確認してくる。
「まだ出てねえってんなら、遠慮はいらねえ!」
「スタトリン防衛の依頼ってんなら、俺達喜んで受けるぜ!」
「そうよそうよ!」
「リン様があの大氾濫の時、たった一人で小さな町だったこのスタトリンを護ってくれたんだから!」
「今度はあたい達が、リン様とこのスタトリンを護る番だよ!」
特に、このスタトリンがまだ、サンデル王国に捨てられた小さな町だった頃…
今はスタトリンを国として独立できるまで発展させてくれて、これ程までに住み心地のいい国にしてくれた、まさに守護神として崇められているリンが、たった一人で死地に飛び出し、津波の様に襲い掛かる魔物達を討伐してくれたのを、その目で見ていた冒険者達は、国を護る為の戦争に出ることも辞さない覚悟まで定まっている。
あの時、リンがいてくれたからこそ…
自分達はあの未曾有の大氾濫に襲われたにも関わらず、こうして無事に生きることができている。
それどころか、うだつの上がらなかった冒険者に過ぎない自分達が、こうして日々の暮らしの不安もなく平和に暮らせていることに、リンへの抑えきれない程の感謝の思いを抱いている。
そのリンと、リンが護ってくれたスタトリンを護る為ならば、喜んで戦場に出る。
そして、絶対にこのスタトリンを護り抜く。
どの冒険者からも、その強い意志が感じられた。
「…………」
そんな冒険者達に、受付の職員は考える。
最前線はロクサルを司令塔として、神の宿り木商会の防衛部隊を中心にサンデル王国の王家直属の騎士団と魔導部隊、さらにはジャスティン商会の護衛部隊の幹部クラスが加わる為、戦力としては十分すぎる程整っている。
しかも、商会の事務所と宿屋がそのまま戦場の砦となり、物資、食料の補給や怪我人の治療も砦からつながる防衛部隊の本部で行なえて、戦闘の交代要員も十分に揃っているし、交代もすぐに行なえる。
国教となる峠を越えられて、天然の防壁となる森に入られても、神の宿り木商会の防衛部隊と諜報部隊が協力して、視界の悪さを利用して奇襲を仕掛けたり、戦闘員のいるところにおびき寄せたりできるのもあって、備えは万全と言える。
だが、スタトリンの危機に我先にと立ち上がってくれている冒険者達の思いをむげにするのもはばかられてしまう。
「…でしたら、普段通りに害獣の討伐や採取の依頼をこなして頂ければ、当ギルドとしては嬉しく思います」
考えた末、職員となる受付嬢が発した言葉は、普段通りに討伐や採取の依頼をこなしてもらうこと。
それを、まず伝える。
「!な、なんでだ!?」
「戦争になるなら、戦えるやつが多く行った方がいいんじゃないのか!?」
「そうよ!」
「あたしの魔法で、このスタトリンを略奪、なんてやつをやっつけてやるわ!」
「皆様のお気持ち、とても嬉しく思います」
「な、なら!」
「ですが、神の宿り木商会の防衛部隊、ジャスティン商会の護衛部隊が共同戦線を張り、国境となる峠の方で最前線に防衛線を展開しております。峠の方はさほど開けた場所ではない為、そこまで人を多くは置けないのです」
「!マ、マジか!?」
「神の宿り木商会の防衛部隊と、ジャスティン商会の護衛部隊が!?」
「ただ…戦争となるのでしたら、普段よりも物資…食料や薬品の消耗は激しくなると思われます」
「!そうか!それを補う為に、おれ達が討伐や採取を頑張れば!」
「はい。そうして頂けると、ギルドとしてもとても助かりますし…リン様もお喜びになられると思います」
「そういう話なら納得よ!わたしめっちゃ採取頑張っちゃう!」
「あたしも討伐頑張らなくちゃ!」
「ありがとうございます。どうしても皆様のお力が必要になりましたら、その時は緊急招集をかけさせて頂きますので…その時はどうぞ、よろしくお願い致します」
「もちろんだぜ!」
「俺達の理想の国は、俺達も護るぜ!」
「いつでも招集かけてね!」
「あたし達、いつだって受けられるようにするから!」
実際には、神の宿り木商会の飛びぬけた生産力があれば、物資や食料の問題などないに等しいのだが…
国の危機に自ら戦場に出ることを志願してくれる冒険者達の心意気を大切にすべく、あえてそれを言わなかった受付嬢。
実際に冒険者達が常設依頼としている害獣討伐や薬草類の採取をこなしてくれることで、神の宿り木商会の物資が補填できることは間違いないので、あくまで本当のことしか言っていない。
あえて言わなかった事実があるだけなのだ。
本来なら個人主義なタイプが多く、命に関わるような強制依頼はお断り、と言うのが多い冒険者が、これ程までにスタトリンを思って自ら戦場に出ることを志願してくれる、この光景。
そうして、みんなで国を護ろうとする一体感。
それを目の当たりにすることができて、受付嬢は優しい笑顔を浮かべるのであった。
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