第211話 戦争②

「ぬう…思った程には集まらなかったか…」


スタトリンでは、神の宿り木商会を中心にサンデル王国の第二王妃・第一王子の派閥との戦争に対して、非常に順調に備えている。


そんなスタトリンの陣営とは裏腹に、第二王妃・第一王子の派閥の方は…


流れの傭兵集団は情報に敏感で、今のスタトリンが、人口数十人程度の町からたった数ヶ月と少しで人口八万人超の国家として独立を果たしていること…

そして、神の宿り木商会と言う、今ではサンデル王国内においてもジャスティン商会と双璧を成す超優良商会があり、そこが中心となって防衛線を固めていること…

さらには、王国の第二王妃・第一王子の派閥の貴族が、国王直々の勅命による抜き打ちの監査を食らい、次々とその悪事を白日の下に晒され、粛清されて派閥そのものが大幅に弱体化してしまっていることなど、全て把握している。


加えて、この派閥が御輿として担いでいる第二王妃と第一王子が、愚物と言う言葉そのものを現すかのような無能と言うことも当然ながら知っており…

そんな落ち目の派閥について、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで発展を続けている国に戦争を仕掛けるなど、どう考えても敗戦の未来しか見えない為、第二王妃・第一王子の派閥の貴族からの依頼はあっさりと断っている。


戦闘奴隷の確保にしても、ドグサレ商会とグドン名誉子爵の一件以降、違法奴隷に対する取り締まりが非常に厳しくなっており、奴隷そのものを確保すること自体が非常に困難となってしまっている。

特に戦闘面で人族よりも優れている亜人の奴隷は、世界樹のお告げにより誰もがリンのいるスタトリンへの移住を求めて移動をしており、悪質な奴隷商会がそういった亜人を捕らえることそのものがほぼできなくなってしまっている。

ドグサレ商会と関与していた犯罪組織となる闇ギルドが国の監査によって壊滅させられてしまったことも、大きな要因となってしまっている。


結局、派閥の貴族それぞれのお抱えとなっている騎士団、護衛団に加え…

第二王妃と第一王子直属の騎士団、そして領地で強制の徴兵をかけて民を無理やり兵としてかり出させるなどして、どうにか形にはできたというもの。


しかしそれでも、当初の悪徳貴族達の見込みとなる二万とは程遠い、わずか五千程の兵力。

しかも、無理やり徴兵した各領地の民がほとんどで、その民達は農作業などで体力には多少自信はあるものの戦闘とは無縁の生活を送っており、兵力としての期待値はさすがに低いと言わざるを得ない。

各直属の騎士団、護衛団も飛びぬけた強さを持っているわけでもなく、ただただ領地の民や弱い獣相手に弱い者いじめをしているような者ばかりとなっている為、こちらも戦闘の練度に関しては、民よりも多少は戦える、と言った程度のもの。


「ま、まあスタトリンのような成り上がり国家に挑むには十分であろう!」

「しょせんは薄汚い平民の寄せ集め…我らのような高貴な存在など、おらぬであろう!」

「スタトリンそのものを我らの手中に収めることができれば…あの神の宿り木商会をも手中に収めることができるであろう!」


第二王妃となるジャクリーヌ、第一王子となるロデナンよりは政治や謀略に長けているとは言えども、しょせんは底辺よりまし、と言った程度のもの。

派閥の貴族にしても、こんな穴だらけの計画を実行しようとする辺り、愚物と称されてもおかしくない連中ばかりとなっている。


だが、さすがにすい星のように現れ、ジャスティン商会と双璧を成すまでの大商会として非常に高い評価をされている神の宿り木商会のことは、噂程度には把握しており…

何としても自身のお抱え商会にしたいと言う野望を秘めていた。

今回の戦争でスタトリンを支配することができれば、神の宿り木商会も手中に収めることができると、本気で信じて疑わない。


だが、戦闘員の数にしても、神の宿り木商会の防衛部隊だけで今となっては五千もの隊員が存在しており、それに加えてジャスティン商会の護衛部隊も千を超える大部隊となっている。

さらには、マクスデルとエリーゼ直属の騎士団も加わることとなっており、単純に人員数だけでも数百を超える部隊となっている。


当然、日頃から魔の森のすぐそばとなるスタトリンで魔物の討伐にも勤しみ、それ以外にも隊員同士での厳しい訓練にも励んでいる各部隊の練度は、第二王妃・第一王子の派閥がかき集める兵とは比べ物にならない程のものとなっており…

加えて、神の宿り木商会の防衛部隊にはあちらにはない魔導士のグループも存在しており、獣人の中で唯一魔法の力に特化した狐人族が中心となっているので、後衛として非常に強力な存在となっている。

しかもそこに、サンデル王国最高峰の魔導士とされるマテリアまで加わるのだから…

峠に展開する防衛線の人員を最低限にしたとしても、負ける要素などない戦になってしまうことは容易に想像できてしまう。


最も、そんなことはこの悪徳貴族達の知る所ではなく…

挑めば大敗必至の戦争を仕掛ける為の準備もおざなりで、にも関わらずすでに戦争に勝ったかのような振舞いで、スタトリンと神の宿り木商会を手中に収めた後のことを妄想して、悦に浸っている。


自分達の破滅の未来に、他でもない自分達で進もうとしている愚かな悪徳貴族達。

彼らはただただ、ありもしない栄光の未来に酔いしれているのであった。




――――




「……では、この布陣で防衛線を組んでいきましょう」


場所は変わり、リンの生活空間。

その中にある、神の宿り木商会の防衛部隊の本部。


そこに、今回の戦争に参戦する全ての人員が集まっている。


その全ての人員の注目を集める中、指揮官となるロクサルが作戦の説明を行なっている。




最前線(国境となる峠の麓に展開、商会事務所と宿屋を砦とする)

・王家直属の騎士団(人族五十名)

 前衛(敵に直接攻撃を仕掛ける)

 ※ここにセバスも加わる

・防衛部隊(馬人族グループ三十名)

 前衛(敵に直接攻撃を仕掛ける)

・防衛部隊(豚人族グループ二十名)

 前衛(盾役として敵の攻撃から味方を護る)

 ※ウィッチ族が作った、盾役ゴーレムも加わる

・ジャスティン商会護衛部隊(人族二十名)

 前衛(盾役として敵の攻撃から味方を護る)

 ※ゴルドは盾役含む前衛の指揮官も担当

・防衛部隊(兎人族グループ二十名)

 中衛(砦や盾役の後ろから弓矢で攻撃支援を行なう)

・防衛部隊(ハーピーグループ二十名、猫人族グループ二十名)

 中衛(遊撃隊として敵を混乱させつつ攻撃する)

 ※ここにピアとアンも加わる

  ピアは中衛の指揮官も担当

  アンは砦への伝令役も担当

・防衛部隊(狐人族二十名)

 後衛(魔法による攻撃補助、後方からの攻撃で前衛部隊を支援する)

 ※ここにフェリスとローザも加わる

・王家直属の魔導部隊(人族二十名)

 後衛(魔法による攻撃補助、後方からの攻撃で前衛部隊を支援する)

 ※ここにマテリアも加わる

  マテリアは後衛の指揮官も担当




第二防衛線(峠より中、スタトリンを囲む森)

・諜報部隊(人族五十名)

 各簡易拠点を行き来し、囮として敵をおびき寄せる

・防衛部隊(犬人族グループ十名、猫人族グループ十名、兎人族グループ十名)

 各簡易拠点を行き来し、諜報部隊がおびき寄せた敵を捕縛する




最終防衛線(スタトリン領地)

・ジャスティン商会護衛部隊(人族五十名)

 スタトリン領地の各出入り口を防衛、侵入する敵を防ぐ

 無力化した敵は捕縛し、拘束する

・神の宿り木商会守衛部隊(人族五十名)

 スタトリン領地の各出入り口を防衛、侵入する敵を防ぐ

 無力化した敵は捕縛し、拘束する




拠点(神の宿り木商会の防衛部隊本部)

・交代人員(残りの戦闘員全て)

 指揮官の要望に応じて怪我人、戦闘不能者と交代する

 その際、砦に怪我人や戦闘不能者を運び込む

・医療本部(神の宿り木商会医療部門、ジャスティン商会医療部隊)

 怪我人及び戦闘不能者の治療、回復を行なう

・食料供給(神の宿り木商会調理部門)

 戦闘員の為の食事を用意する

・各種雑務(リン直属のメイド部隊)

 戦闘員の装備の交換や補充、食事の配膳などを行なう

 最低一人は砦に常駐し、アンからの伝令の中継役も行なう




峠の麓がそこまで開けた場所でないことも考慮し、最前線に戦力を集中させて少数精鋭で防衛線を張ることにしたロクサル。

前衛、中衛、後衛でそれぞれ部隊ごとの指揮官を置き、ロクサルが遊撃を兼任しつつの総指揮を執ることとなった。

加えて、砦となる商会の事務所からいつでも交代人員を出せるようにすることで、一人一人に無理をさせることなく戦えるように想定している。


また、盾役にはウィッチ族が【生産・錬金】と魔法を駆使して作り上げたゴーレムが入ることとなっている。

大柄な人型だが両腕が盾となっており、それをつなぎ合わせることで巨大な盾が展開できるようになっている。

完全防御特化の為攻撃の機能こそないものの、盾の部分はオリハルコンで作られている為、まさに鉄壁の防御を誇っている。


万が一峠を越えられても、そこから先は深い森となっており、迷路のような樹海が待ち受けている。

しかも、脅威度こそ低いものの魔物も多数生息しているので、練度の低い敵では魔物に見つかった時点で詰むことになるだろう。

それに加え、森の至る所に作られている、諜報部隊ご用達の簡易拠点を利用して囮となる諜報部隊員が敵を誘い込み、そこで防衛部隊員が無力化して拘束することを基本線としている。

この時点で敵からすれば天然の防壁となっている為、先に進むことすら危ぶまれてしまう。


よしんばスタトリンの領地まで辿り着けたとしても、領地自体がリンの結界に護られている為、防壁を破壊しようとしてもヒドラの攻撃ですら物ともしない強度の結界相手にはどうすることもできなくなる。

となると、数少ない領地の出入り口から入り込むしかなくなってくるのだが…

そこを神の宿り木商会の守衛部隊と、ジャスティン商会の護衛部隊で守護すれば、相手がよほどの戦闘力でない限りは突破されることはなくなると想定している。

加えて、普段から領地の周辺を守護しているリンの召喚獣もいる為、なおのこととなる。


「…これが…これが陛下と第一王妃をもお護りくださる、リン様の生活空間…」

「そして…リン様が会頭となられる、神の宿り木商会…」

「砦となるあの商会の拠点に、リン様の結界が付与されていて、ヒドラの攻撃ですら物ともしないなんて…」

「あの盾役のゴーレムも、オリハルコンで作られているから防御力は折り紙付き…」

「しかも、回復薬に魔力回復薬もいくらでもあるから、戦場での回復も問題ないなんて…」

「ここを拠点とさせて頂けるのであれば、此度の戦争でも負ける要素が見当たらなくなるな!」


王家直属の騎士団に魔導部隊は、ロクサルの説明にただただ驚くばかりとなっている。


リンの技能【空間・生活】による生活空間のおかげで、いつでも戦闘員の交代や治療、そして食料や武器、回復薬などの補給が可能となる。

砦となる商会の拠点にはリンの技能【空間・結界】による守護がなされており、文字通り鉄壁の防御力を誇る要塞となっている。

しかも戦場すぐそばの砦から、この生活空間内の防衛部隊本部と行き来できるので怪我人もすぐに運び込めるし、治療もすぐに行なうことができる。

神の宿り木商会の医療部門に、ジャスティン商会の医療部隊が力を合わせて怪我人の治療をしてくれるから、即死でもない限りはまず助かると言う期待ができる。

神の宿り木商会が保有する食料に物資も、まさに無尽蔵と言える程に存在し、商会の調理部門が食事を、リン直属のメイド部隊が物資をすぐに補給してくれるから、戦場での物資の補給もスムースに行なえるし、食事もこの拠点に戻ればすぐに補給することができる。


これなら、最前線での戦いも何の問題もない。

それどころか、まさに難攻不落の地となるだろう。

スタトリンは、これからとんでもない国に化ける確信しかない。

サンデル王国が、そんなスタトリンの友好国となれたことを心底嬉しく、ありがたく思えてならない。


王家直属の騎士団と魔導部隊は、そんな思いに心がいっぱいになってしまう。


「ロクサル…私はリン様の為に戦うことができるのを、心底嬉しく思います」

「……ローザ…」

「リン様のおかげで、今の私はかつてとは比べ物にならない程に魔力も、魔法制御の精度も向上してます。前衛で戦ってくださる方々、中衛で遊撃として戦ってくださる方々の為にも、私はリン様が下さったこの魔法の力で目いっぱい、後方支援をさせて頂きます」

「……頼もしいな。期待してるよ、ローザ」

「ええ!私もロクサルの司令塔としての力に、大いに期待してます!」


今回、メイド部隊の長であり、メイド達の中で最も魔法攻撃力が高いローザも、自ら志願して最前線で後衛に加わることとなった。


今のローザは、日頃からリンに教えてもらっているおかげで『栄光の翼』に在籍していた頃とは比較にならない程に魔力も、魔法制御の精度も向上しており…

自身が使用できる【火】属性と【風】属性を組み合わせて、熱風の嵐を巻き起こしたり、火炎の威力を少ない魔力で大幅に向上させたりできるようになっている。

さらには、炎を鎧として纏う【炎鎧】の魔法も習得し、それを自身以外の味方に装備させることもできるようになっているし、文字通り炎の防御壁を構築する【炎壁】にそれの風バージョンとなる【風壁】をも習得するなど、これまで攻撃一辺倒で非常に少なかったバリエーションもかなり豊富になっている。


そのローザが後衛に加わってくれることを、ロクサルはとても頼もしく思い…

ローザもかつての大氾濫の時に見せたロクサルの司令塔としての力を、とても頼もしく思っている。


こうして、スタトリンの防衛線の構築は着々と進んでいき…

いつでも、第二王妃・第一王子の派閥との戦争を開始できるところまで準備を整えることができるのであった。

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