第210話 戦争①

「それは本当かい?ロクサル君?」

「……はい」


この日も順調にサンデル王国への各支店や冒険者ギルド、そして孤児院兼ごみ収集場の支部、さらには商会の拠点となる事務所の展開を進めることができ…

神の宿り木商会の勢いは留まるところを知らない、と言う状態になっている。


商会の医療部門も医師の数が順調に増えており、さらにはこの世界において最上の医師とまで称されることとなっているリンが自ら、その医師達に自分の持つ医療の知識や技術、さらには技能の使い方まで…

リンの時間が許す限り目いっぱい教えている為、神の宿り木商会の医療部門に所属する医師達はメキメキとその実力を上げており、一人一人が診療所の主力を任せられる程となっていっている。

その為、商会内部では商会の新たな施設として診療所の展開も視野に入ることとなってきている。


リンの生活空間にある医療部門の研究所も、日々増えていく多くの医師や助手達が、医療分野の頂となるリンを信奉し、リンの為にと日々楽しそうに切磋琢磨し、薬品の開発や医療系魔導具の設計なども積極的に行われている。

【生産・製薬】の技能を持つドライアド達、飛びぬけた魔法と錬金術の力を持つウィッチ族、さらには卓越した鍛冶の力を持つドワーフ達とも連携し、世の病や怪我に苦しむ患者達の為にと、日夜研究に明け暮れているのだ。


スタトリンへの移民希望者も人族、亜人問わず日々途切れることなく訪れ、リンに仕えることを心から希望する者が神の宿り木商会の一員として新たに加わり、その力を遺憾なく発揮してくれることで、神の宿り木商会はさらに盛り上がっていっている。


そんな中、商会直属となる諜報部隊の隊長であるロクサルからの報告に、会頭補佐となるエイレーンはその麗しい眉を顰めてしまう。




「…まさか、サンデル王国の第二王妃・第一王子の派閥がそんなことを企んでいるとはな…」




ロクサルから伝えられた内容は、サンデル王国の第二王妃・第一王子及びその派閥の貴族がこのスタトリンに戦争を仕掛け、武力による略奪を企んでいる、とのこと。


キーデン伯爵領の膿であったドグサレ商会とグドン名誉子爵が、その悪事を明るみにされて国からの制裁を受けたことを皮切りに、悪徳貴族揃いの第二王妃・第一王子派の貴族の調査を、サンデル王国の国王であるマクスデルから直々に依頼されて商会の諜報部隊が調査を進め…

その悪徳貴族達がひた隠しにしてきた悪事の全てを明るみにし、国からの監査も行なった上で制裁を加えることができている。


それにより、高みの見物と言わんばかりにのうのうとしていた上位の貴族達も、自分達が決して安全圏にはいない…

むしろ、いつひた隠しにしてきた悪事を白日の下に晒されるか分からない状況に陥ったことを自覚したがゆえの、最後の抵抗のようなもの。


だが、国内の冒険者はごく一部を除き、ほぼ全てが神の宿り木商会系列の冒険者ギルドに登録している為頼れず、かき集められる戦力はそれぞれの貴族お抱えの騎士団と領地からの徴兵、後は流れの傭兵集団や戦闘奴隷に頼るのが関の山。

その為、精々一万に届くかどうか、と言ったところ。


「ふん、あの王族とは名ばかりの愚物共が考えられるようなことではあるまい。奴らの派閥の貴族が、あの愚物共を御輿として企てておるのは間違いなかろう」


かつて、第二王妃となるジャクリーヌ、第一王子となるロデナンと出会ったことのあるシェリルが、思い出すのも嫌そうな表情で吐き捨てるように自身の推察を言葉にする。

自身の最愛の、そして生涯の伴侶であり、今となっては名実ともにスタトリンの神となるリンを愚弄されたことで、シェリルはあの二人を心底嫌っている。


もしその場にリンがいなければ、間違いなく自身の炎の息災で跡形もなく燃やし尽くしてしまっていたと確信できる程に。


「陛下!これはあの第二王妃の派閥を一網打尽にできるチャンスでございます!今ここには、王国最高峰の魔導士となるカーマイン名誉子爵もおられます!このセバスがスタトリン防衛線の一員となり、彼奴らの野望を潰えさせて御覧に入れますぞ!」

「陛下!愚かにも我らが守護神様となるリン様を愚弄するような者共の粛清、何よりこのスタトリンの防衛にはこのアンも遊撃兵として加わる所存でございます!リン様がここまで発展させてくださったこの国を、護らせて頂きとうございます!」

「陛下!我が生涯の師であり、最愛の人…何より、我らが守護神様となるリン様と、そのリン様が独立にお導き下さったスタトリンをお護りさせて頂くのは、このマテリア・カーマインもでございます!このわたしの魔法で、国に巣くう不届者を一網打尽にしてご覧に入れます!」


第二王妃・第一王子を筆頭とする派閥の貴族達が徒党を組んで、このスタトリンに攻め込むと言うのなら…

それは王国の膿を根こそぎ排除する絶好の好機。


セバス、アン、マテリアはこのサンデル王国の救世主となる友好国スタトリンを…

何より、サンデル王国の守護神となるリンを護る為、スタトリン防衛線に立つことを、その強き意思が宿る決意の表情と共に宣言する。


「うむ、そなた達が前線に出てくれるなら、きっと強固な防衛線として機能してくれるだろう」

「ただし!死ぬことは許しません!絶対に、絶対に生きて帰って来るようにしてくださいね」

「「「御意!」」」


その宣言に、マクスデルはとても心強さを感じ、信頼して三人に前線を任せることができた。

その上でエリーゼは、三人に決して命を落とさないように言い含める。


そんな王家二人の言葉に、三人の士気は一層高まっていく。


「…ロクサル君」

「……今は国境となる峠の事務所に、こちらの諜報隊員も交代で常駐させてます。それにより奴らの動きを最大限警戒し、有事には商会の事務所とその近くにある宿屋を戦闘の拠点として防衛の最前線とすることを防衛部隊とも相談し、合意の上で動いております」

「うむ、さすがはロクサルじゃ。神の宿り木商会の拠点と店舗は全てリンの結界に護られておるから、これ以上ない砦になるじゃろう。そしてお主ならば戦闘に出る者を一人も死なせない…そのような指揮もできると妾は微塵も疑っておらん。のう、ロクサル?」

「……無論です。最前線の指揮官はこのロクサルが、防衛部隊も納得の上で出ることに決定しております。こともあろうにリン会頭を愚弄するばかりか、このスタトリンを略奪しようなどと企む輩など、決して許すつもりはありません」

「その言葉が聞けたなら安心だよ、ロクサル君。最前線は全て君に任せる。よろしく頼むよ」

「うむ、よろしく頼むのじゃ」

「……御意!」


すでに第二王妃・第一王子の派閥が戦争を仕掛けに来ることを前提に、各所と連携して防衛線を固めているロクサルに、シェリルもエイレーンも絶対の信頼を置いている。

その信頼に応えるべく、ロクサルは絶対にスタトリンを、何よりリンを護り抜く決意をする。


「ロクサル殿!」

「!……セバスさん、何か?」

「話は聞かせてもらいましたぞ!その最前線、このセバスもぜひ加えて下され!」

「ロクサルさん!このアンも、ぜひ!」

「ロクサルさん!このマテリア・カーマインも最前線で後衛の魔術部隊に!」

「!……セバスさんにアンさん、そしてカーマイン名誉子爵まで加わって頂けるなら、心強いことこの上なしです!よろしくお願い致します!」

「「「こちらこそ!!」」」


ロクサルが指揮官となる最前線にセバス、アン、マテリアも加わることとなり…

スタトリンの防衛最前線は比類なき強固さを誇るであろうことが容易に想像できるようになった。


また、峠を越えられても魔物が多く生息する深い森が天然の防壁となっている為、よほど練度の高い兵でもない限りはそうそう突破されることはないと踏んでいるし…

いざとなれば諜報部隊が普段から使っている各ポイントに存在する簡易拠点を使って遊撃など、不意を突いた攻撃を仕掛けることもできる。

それに加え、冒険者が御用達にしている冒険者用の訓練空間から洞窟を辿り、各ポイントにつながっている出入口からも仕掛けることができるので、戦闘能力の高い冒険者で遊撃隊を編成し、敵兵を迎撃することもできる。


万が一スタトリンに辿り着かれたとしても、領地自体がリンの結界に護られている為、最終防衛線もまさに鉄壁と言えるものとなっている。


「ふん、たかが一万弱程度の軍勢なぞ…いざとなればこの妾が自ら返り討ちにしてくれよう…」

「シェリル様、エンシェントドラゴンであるシェリル様のそのお言葉…非常に心強いのですが、ここは商会の防衛部隊を始めとする防衛線に期待致しましょう」

「!エイレーン…」

「シェリル様、あなたはこのスタトリンの王です。その王が自ら前線に出るようなことは…このスタトリンにろくな戦力がないと宣伝してしまうことにもなりかねません」

「!む…そ、そうか…」

「そしてそれは、我らが神となるリンちゃんにも同じことが言えます。もう、あの大氾濫の時のように、リンちゃんにたった一人で最前線で戦ってもらうなど…」

「…エイレーン…」


エイレーンは、あの大氾濫の時にリンに一人で津波のように襲い掛かる魔物達と戦わせたことを、今でも後悔している。


たとえ、それしか手がなかった、としても。

たとえ、当のリンがそれを望んだ、としても。


だが今は、かつての小さな町だった頃とは比べ物にならない程に発展を遂げたスタトリン…

そして、リンが会頭、自身が会頭補佐となる神の宿り木商会があり、防衛の戦力もあの大氾濫の時とは比べ物にならない程向上し、揃っている。


ましてや、十万を超える中位以上の脅威度の魔物の大氾濫と比べれば、人族の兵一万弱程度の軍勢など、取るに足らないとまで言い切れてしまう。

そんな程度の相手に、このスタトリンの最高クラスの戦力となるシェリル、さらにはそのシェリルを遥かに上回る戦力となるリンまで出てもらうことなど、今のスタトリンにはまともに戦える存在がいないと宣伝してしまうようなもの。


今度こそ、自分達の手でリンとスタトリンを護り抜く。

その決意を、エイレーンは心に秘めている。


「…ふふふ…妾は本当に素晴らしい国の王とならせてもらえたようじゃのう…」

「?シェリル様?」

「エイレーンよ、確かにお主の言う通りじゃ。敵はしょせん人族の兵一万弱程度…かつての十万を超える高位の魔物共の大氾濫を思えば、慌てる必要性すら感じぬ敵じゃ。ギルドの冒険者達も一万人に届きそうな上に戦闘能力の高い者もかなり揃ってきておるし、商会の防衛部隊は獣人が中心となっているゆえ、純粋な戦闘能力は相当に高い」

「その通りでございます、シェリル様。このスタトリンと神の宿り木商会でしたら、リンちゃんやシェリル様に出張って頂く必要などございません」

「ははは!頼もしい台詞じゃ!であれば妾は王として、どっしりと王座から戦局を眺めるとするかのう」


小さな町だった頃とは雲泥の差を言い切れる程の規模にまで発展を遂げ、さらには神の宿り木商会をも擁するスタトリンの戦力ならば、サンデル王国の第二王妃・第一王子の派閥の戦力などどうとでもなると、確信が持ててしまう。

それを思うと、シェリルは愉快な気分になれてしまう。


ならば、自分はそのスタトリンの王としてどっしりと構えておくべきだと、シェリルは思い直すことにした。


「エイレーンお姉ちゃん!怪我した人達は、ボクに任せてね!」

「エイレーンおねえちゃん!ミリアもけがしたひとなおすの!」

「エイレーン様!このライラも、怪我をされた皆様の治療をさせて頂きます!」

「エイレーン会頭補佐!我ら神の宿り木商会の医療部門が、絶対に誰も死なせなどしません!絶対に治してみせます!」

「ああ!もちろんだとも!君達がいてくれるからこそ、最前線で戦う者達は安心していられるのだからな!」


死んでさえいなければ、確実な治療を確約できるとさえ称されている、神の宿り木商会の医療部門の面々。

リーファとライラも、かつてよりも大幅に【光】属性の回復魔法の威力が向上し、かなりの重傷患者の治療も確実に行なうことができている。

ミリアに至っては【聖女】の称号がある為、その回復魔法の効果は底知れぬ程のものがある。


峠の事務所と宿屋を砦とするのなら、怪我人はリンの生活空間に設営する医療本部にすぐに運び込めるから迅速に治療を開始することができる。

加えて、砦となる事務所から最前線に最速で、救援物資となる回復薬に魔力回復薬を送り込めるので戦場での回復もすぐに行なうことができる。


その医療能力を、エイレーンは商会の自慢の一つだと思っており、微塵もその力を疑ってなどいない。


「エイレーン会頭補佐さんよお!なんか頭のわりい連中がスタトリンに喧嘩ふっかけてくるんだってなあ!」

「武器や防具はわし達鍛冶部門に任せな!いくらでも揃えてやっからよお!」

「戦いに出てくれる人達の食事はこの調理部門にお任せを!」

「回復薬や魔力回復薬はもちろん、毒消しや他の薬品などはわたし達ドライアドの薬品部門がいくらでも作ります~!」

「戦闘用の魔導具やゴーレムが欲しいなら、あたし達ウィッチ族の魔術・錬金術部門がいっぱい作るね~!」


もちろん医療系だけではなく、戦闘員の武器や防具はドワーフを筆頭とする鍛冶部門が…

戦闘員の食料は豚人族を筆頭とする調理部門が…

薬品関連はドライアドを筆頭とする薬品部門が…

戦闘用の魔導具やゴーレムはウィッチ族を筆頭とする魔術・錬金術部門が担ってくれる。


「エイレーン様!あたし達ハーピーが最前線の遊撃隊として、スタトリンに喧嘩吹っ掛けてくるような連中をかき乱してやります!」

「うち達猫人族も遊撃で頑張るにゃ!」

「ワイ達豚人族が、最前線で皆さんの盾役になりますブヒ!」

「わたし達狐人族が、後衛で魔法を使って皆さんをサポートします!」

「我ら馬人族が、前衛で直接攻撃役として奴らを叩きのめしてやります!」


そして、商会の防衛部隊は非常にバラエティに富んでおり…

各種族がそれぞれの持ち味を最大限に活かし、短所を補い合って戦うことができる。


「ああ!みんながいてくれて本当に頼もしいよ!」


これ程頼もしい存在が、こんなにもいてくれる神の宿り木商会。

エイレーンはもう、この戦争に負ける気など、微塵も起こらなかった。


「エイレーン会頭補佐!このジャスティン率いるジャスティン商会も忘れてもらっては困る!」

「!ジャスティン会頭!」

「設営予定の医療本部には、我が商会の医療部隊も派遣するし、最前線での戦闘員としてゴルドを筆頭とする護衛部隊の幹部達も派遣する!我らもこのスタトリンを奪おうなどと言う輩共がいると聞かされては、黙ってなどおれんからな!」

「ジャスティン会頭、ありがとうございます!」

「エイレーンよ!此度の戦は我がサンデル王国の膿が原因となってしまったもの…当然ながら我ら王家直属の精鋭部隊も参加させる!いいように使ってくれ!」

「このわたくし直属の魔導部隊もぜひお使いくださいませ、エイレーンさん!」

「!陛下、エリーゼ様…ありがとうございます!」


すでに十分過ぎる程に体制が整っているにも関わらず、さらにはジャスティン商会、サンデル王国の王家からも支援がされることとなった。


リン、シェリル、フェル、従魔達の力を借りなくても過剰な程の戦力と体制となっており…

エイレーンは今度こそ、リンをたった一人死地へと送り込むような真似をしなくて済むことに、安堵の表情を浮かべるのであった。

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