第208話 再生

「そ、そんな……」

「そんな、孤独を強要させられるような呪いを、リン様が……」


マテリアに抱きしめられてキスされて、あっさりと気を失ってしまったリン。


リンを愛することに夢中で、そのことにまるで気が付いていなかったマテリアも、ひとしきり愛し続けてようやく落ち着いたところで、やっと気づく。


ブレイズ、ウンディル、マテリアの三人が、リンが気を失ってしまったことに混乱してしまうものの…

その理由を、気を失ったリンをそのありったけの母性と慈愛で包み込むように自身の膝に寝かせているエリーゼから丁寧に説明されることとなった。


それを聞かされたブレイズとウンディルは、冒頭の言葉を愕然とした反応の声にしてしまい…

しかしそんな呪いを背負いながらも、ただただ自分以外の誰かの為にその力を惜しまず使って、人々を笑顔にしているその尊く健気な心を思うと、涙が溢れて止まらなくなってしまっている。


「そんな…リン様…」


マテリアも、自身がその溢れんばかりの愛を伝えようとしたスキンシップのせいでリンが呪いの効果を発動して気を失ってしまったと聞かされ…

誰よりも愛される存在であるはずのリンが、それが叶わない呪いを背負っていることに涙が溢れて止まらなくなってしまっている。


「い、嫌です…リン様が、リン様がそんな…そんな人との愛を育めないような呪いを背負われているなんて…わたし、わたし…リン様を心から愛して、添い遂げたくて…」

「カーマイン名誉子爵…わたくしも同じですわ」

「!エ、エリーゼ様……」

「リン様は親の顔すらご存じない孤児…なのにご自身は孤独そのものを背負わされる呪いをその身に宿しておられて…でも、それでもご自身以外の誰かの為にそのお力をふるわれて…その誰かが喜んでくれたら、それを我が事のように喜んでくださるお方…」

「!!リン様…リン様…あああ…」

「そんなリン様だからこそ、このわたくしも不相応と思いながらもリン様のお母様として、リン様を愛して差し上げたい…常に思っております」

「エ、エリーゼ様あ……」

「カーマイン名誉子爵…リン様の周囲には、リン様の呪いを知ってなお、リン様を心から愛し抜こうとする女性ばかりですよ?それこそ、リン様の呪いすら吹き飛ばしてしまわんばかりに、誰もがリン様をありったけの愛情で包み込んで…とても幸せに満ち溢れた笑顔まで浮かべて…」

「!!……」

「カーマイン名誉子爵、あなたはそこに加わり、リン様に付き従う女性と共にリン様を愛し抜くことができますか?」

「したいです!リン様をわたしの愛で包み込んで、幸せと思って頂けるくらいに愛したいです!」

「うふふ…でしたら大丈夫です。娘のリリーシアもその中に加わって、リン様をとことんまで愛し抜こうとしてますもの」

「!リ、リリーシア様まで……わたし、わたしリン様をめっちゃくちゃに愛して、添い遂げさせて頂きます!」


リンが背負う呪いに涙が止まらないマテリアの背中を押すように、エリーゼはマテリアにリンを愛することを促していく。

エリーゼから見ても、目に入れても痛くないと断言できる程に可愛くて愛おしい存在であるリンに、もっともっと誰かからの愛情を注いでもらいたいからこそ、マテリアに発破をかけているのだ。


その発破に、マテリアの顔つきが変わる。

これからの生涯全てをリンに捧げ、リンを愛し抜く覚悟が定まった。

そんな顔つきになる。


「国王陛下!エリーゼ様!このブレイズ・ヴォルカニック、リン様を守護神様として崇め、リン様の力とならせて頂けるよう、全力を尽くしてまいります!」

「国王陛下…エリーゼ様…このウンディル・シーサイドも同じく、リン様を守護神様として崇め、リン様の力とならせて頂けるよう、尽くさせて頂きます!」


ブレイズとウンディルも、リンを守護神として崇拝し、リンの為の助力を惜しまず尽くしていくことを、国王となるマクスデルと第一王妃となるエリーゼの前で宣言し、誓う。


「うむ!そなた達はこのサンデル王国を担ってくれるであろう、未来ある若者達!ひいては、この国の守護神となるリン様に仕える神の使徒となろう!我は今後のそなた達が楽しみで仕方ない!」


ブレイズ達の力強い宣言に、マクスデルは今後のサンデル王国を担う希望そのものだと頬を緩め、強い信頼を置いていく。


そして、エリーゼからの進言により、ブレイズとウンディルは自身の領地に神の宿り木商会の拠点、支店が展開され次第民の為の改革を進めていくことを命じ…

王城仕えの宮廷魔導士となるマテリアは、現状その実力と実績ゆえに同僚にはやっかみを受け、上司からは煙たがられており、孤立してしまっていることを考慮し、マクスデルとエリーゼも出入りしているリンの地下拠点で、リン直属の魔導士として魔法の研究を進めていくことを命じる。


「はああ…♡…リン様のおそばで、リン様の為に魔法の研究を…考えただけで…幸せ過ぎて…♡」


これからリンのそばにいられる勅命を受け、マテリアはその美少女顔をふにゃふにゃに緩めて、これからのことを考えては天にも昇ってしまう程の幸せに浸ってしまうのであった。




――――




「わ……ボ…ボク…の…み、右手……」


マテリアがリン直属の魔導士として、拠点に来た翌日。

すぐにマテリアは、リンの底知れぬ魔法の力をその目にすることとなる。


本来、【光】属性の【治癒】や【回復】をもってしても、完全に失われてしまった四肢の欠損部を復活させることは不可能とされている。

理由はそれをするのに、その失われた箇所を外観のみならず、中の筋肉、骨、血管、神経までも全て明確に想像し、それを元に治癒する必要がある。

無論、それには規格外と言える程の知力、器用と言った魔法の力が必要になる。

加えて、何もないところから失われた四肢そのものを再生させる程の馬鹿げた出力で魔力を使う必要がある為、そんなことを可能とする程の魔力を持つ存在はこの世界には存在しないとされている。


だが、そのどちらも兼ね備えており、さらには優れた医療系の技能と技術を持つリンならば、それが可能となる。

リーファを魔物から救出した時の力では不可能ではあったものの、それ以降飛躍的に魔法の力が上昇し、保持する全ての技能の出力も精度も向上した。

その今なら可能なはずだと、リンの中で確信が生まれたのだ。


そして、マテリア含む拠点で暮らす者が見守る中…

リンは、リーファの失われた右腕を再生すべく、リーファの右腕を明確に精密に想像で再現し、それをリーファの右肩につなぎあわせて、元通りとなるように想像する。

そして、その想像に基づき、【光】属性の中で幻の魔法とされていた【再生】を発動する。


【再生】は文字通り、肉体の失われた箇所を再生する回復系の魔法。

だが、この魔法はまさに神の領域に達する程の魔力と魔法の力が必要とされ、それを持たない者ではこの魔法を発動することすらできない。

さらには再生する箇所を非常に明確に、そして精密に想像する必要がある為、治療の対象となる者の肉体の構造を正確に把握することが必要不可欠。

その飛びぬけた魔法の力と医療の力を併せ持つリンだからこそ、使うことが可能な魔法なのだ。


「あ…あああ…」

「す…凄い…凄すぎます…」


リンが発動する【再生】によって、失われたリーファの右腕が…

まるで時間を逆行するかのように再生されていくその光景に、その場にいる誰もが神の所業だと思わされ、その場に跪いてリンを崇拝してしまっている。


「リ…リン様の魔法の力…まさか…まさかここまで凄まじいものだったなんて…」


サンデル王国内では飛びぬけた魔法の力を持ち、優れた研究者として研鑽しているマテリアは、それゆえにリンが今どれ程常識から外れた、とんでもないことをしているのかがより分かってしまい…

その光景に驚愕しながらも、瞬きをする間も逃さず脳裏に焼き付けておこうとしている。


そうして、リンが【再生】を使ってリーファの右腕の再生治療に取り掛かること、約十数分…




「ボ、ボクの右手!ボクの右手が、元に戻ったあ!」




若干十歳と言う幼い身の上で失うこととなってしまった右腕。

その右腕が、まるで魔物に食われる前と同じように元通りになったことに、リーファは無邪気にその喜びを露わにしている。


「リ、リーファ、ちゃん」

「?なあに?お兄ちゃん?」

「そ、その、み、右手…ちゃ、ちゃん、と、う、動く、かな?」

「…言われてみると、ちょっと自分の手じゃないみたい。なんか、動かしにくいかな?でも、そんなに気にはならないよ?」

「た、多分、さ、再生、し、した、ちょ、直後、だ、だから、し、神経、が、ま、まだ、も、元、通り、に、な、なって、ない、と、お、思う。だ、だから、ちゃ、ちゃんと、リ、リハビリ、す、すれば、す、すぐ、ちゃ、ちゃんと、動く、ように、な、なる、と、思う、よ」

「!ありがとう!お兄ちゃん、だいだいだいだいだあい好き!♡」


この数か月、存在しなかった右腕が急に再生されたこともあり、まだ神経が正常に働いていないこと…

そして、リハビリすればすぐに元通りになることをリンは伝える。


実際、再生されたリーファの右腕は左腕と比べると少しやせ細った感じで、動きも覚束ない印象が否めない。

しかしそれでも、リハビリすれば問題はないとリンがお墨付きをくれた。


もう二度と会えることはないと思っていた自分の右腕が、こうして再生したことがとても嬉しくて、リーファはリンに抱き着いて、その胸に顔を埋めて思いっきり甘えてくる。

そんなリーファの抱擁にびくりとしつつも、リンはリーファの頭を優しく撫でて、好きなように甘えさせている。


「ああ…凄い…凄すぎます…リン様はわたしなどでは物の数に入らない程の素晴らしい魔導士…わたしはリン様のお傍で、リン様に魔法を教えて頂けるのが幸せでたまりません♡」


文献による文字の上でしか知る由もなかった【光】属性の【再生】を、まさかこうして現実に目の当たりにできるなどと思いもしなかったマテリア。


しかも、【再生】と言う、自分にとっては未知の領域とも言える程の大魔法を使用した直後であるにも関わらず、疲労感などまるで感じさせずに平然としているリンを見て、マテリアはますますリンへの愛が深まってしまう。


マテリアはこれ以降、リンを生涯の伴侶としてのみならず、生涯の魔法の師として、リンに積極的に教えを乞い、自身が進めている魔法の研究をさらに進展させつつも、後世に語り継ぐ為の文献として残していくようになるのであった。




――――




「!!リ、リーファちゃん!!」

「そ、その、み、右手…」

「も、元に戻ったのかい!?」


翌日のリンの診療所の中。


いつものようにトリアージ役として受付の方に出てきたリーファの姿を見て、普段か討伐系の依頼を中心としている常連の冒険者達が驚愕に陥っている。


なぜなら、昨日まではなかったはずのリーファの右腕が、それまでが嘘だったかのように存在しているからだ。


「うん!!元に戻ったの!!」


そんな冒険者達に、リーファはまさに天使のような可愛らしい笑顔で、失った右腕が元に戻ったことを鈴のなるような声にして伝える。


「まあ!!本当によかったわ!!」

「リーファちゃんみたいな可愛い女の子が、右手がないなんて本当にかわいそうで…」

「でも、元通りになって本当によかったわ!!お姉さんとっても嬉しい!!」


普段からリーファの回復魔法に助けられ、その愛らしさにメロメロになっている女性患者達は、リーファの右腕が再生したことを心から喜び、リーファのことをぎゅうっと抱きしめてしまう。


「わぷ…えへへ…」

「ねえ、これってリン様のおかげでしょ?」

「そうよね!リン様以外にこんなことできるのって、いないもん!」

「うん!お兄ちゃんが、ボクのなくなっちゃった右手、元に戻してくれたの!」

「!やっぱり!」

「リン様は本当にスタトリンの神様だわ!」

「なくなった身体の一部まで元に戻しちゃうなんて…まさに神様の御業だわ!」


そして、リーファの失われた右腕を元通りに再生する、などと言う奇跡のようなことができるのはリン以外にいないと、半ば確信しつつも女性患者たちはリーファに聞いてみる。

案の定、リーファがそれを肯定したことに、女性患者達だけでなく、その場にいた全ての患者達が、ますますリンへの敬愛心と崇拝心を深めていく。


「ねえ、診療が終わったらすぐにリン様の教会に行って、リン様に祈りを捧げに行きましょう!」

「そうしましょ!」

「リン様のおかげで、このスタトリンはこんなにも素晴らしいことまで起こっちゃうんだから!」

「このスタトリンを平和に導いてくださるリン様に、もっと感謝のお祈りしなきゃ!」

「お、おい!オレ達も怪我の治療終わったらすぐにリン様の教会に直行だ!」

「もちろんだ!」

「リン様のおかげで、おれ達日々冒険者として当たり前のように暮らせているんだから!」

「僕達冒険者に救いの手を伸ばしてくださって…さらにはスタトリンなんて天国のような国を建国してくださったリン様に、感謝のお祈りしないと!」


失ったリーファの右腕が元に戻ると言う奇跡。

それを目の当たりにした患者達は、自分達が日々当然のように暮らせているのはリンのおかげだとより強く思うようになり…

宣言通り、それぞれ治療が終わったらすぐにリンの教会に向かい、リンの神像に日々の感謝を捧げる祈りを深めていく。


その祈りは、リンを通して天界に捧げられることとなり…

神々にとっては神力そのものとなる信仰心と清浄な祈りをより多く得られるようになったことで、ますます神子となるリンへの溺愛度が深くなっていくのであった。

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